★ 【女神祀典】プリマヴェーラの花冠祭 ★
<オープニング>

 とても気持ちのよい、麗らかな春の一日のことだった。
 神代の森の女王、レーギーナは、神獣の森に咲いた桜を観に出かけ、花が終わるのを見届けたあと、その帰り道に『彼女』と出会った。
「そう……あなたはまだ、実体化して間がないのね」
「ええ、そうなのです」
 女王の言葉に頷くのは、隣に座した華奢な少女だ。
「つい先日、対策課というところで、市民登録を済ませてきたばかりなのですわ。……ここは、とても不思議なところですわね」
「ええ、本当に。でも……素敵なところよ」
「ふふふ、レーギーナ様がそう仰るのなら、それは真実なのでしょうね」
 鈴の音のような愛らしい笑い声を立てる少女の、腰まで届く長い髪は、養分をたっぷり含んで春の芽吹きに備える広大な大地の色、
「でも、とても哀しいこともあったと、お聞きしましたわ」
 ふと哀切を宿してきらりと輝く瞳は、穏やかに凪いだ春の空を体現したかのような深い青だ。
 彼女は、白い肌と細い手指、伸びやかな四肢を持ち、それでいて弾むような生気と明るさとをまとった、優しい、やわらかい印象の美少女だった。
「ええ……そうね」
「まだ、とても哀しい思いをしている方も、いらっしゃるのですね。喪われた、たくさんの、もう戻らないもののために」
「……あなたには、感じられるのね?」
 レーギーナが目を細めて問うと、少女は微笑んだ。
「春はわたくしの領域、“青き大地の娘”プリマヴェーラの司る季節ですもの。春に起きた出来事ならば、季節がわたくしに届けてくれるのですわ」
 プリマヴェーラの言葉とともに、彼女の周囲で穏やかな薫風が吹く。
 風は、もうすっかり終わってしまったはずの桜を再び花開かせ、匂い立つかのような薄紅で周囲を染めた。
 広い緑地公園を訪れていた人々が、驚きの声と歓声とを上げて、満開の桜に見入る。桜は、この国の人々に、他国民には理解できないほどの感慨を与えるようだった。
 中には、涙ぐんでいる者もいた。
 ――何を思ってなのかは、さすがの女王にも判りはしないけれど。
 レーギーナは、公園を埋め尽くす春の使者を見つめながらぽつりと呟く。
「これが……春の女神の力」
 春の女神プリマヴェーラは、ただここにいるだけで、春の、生命の息吹、芽吹きのエネルギーを幾重にも展開させる。
 彼女がどういう映画から実体化したのか、レーギーナには興味もないが、プリマヴェーラとはそういう存在であり、そんな力の持ち主であり、
「ねえ、レーギーナ様」
 そして、
「『楽園』のお話も、聞きました。それで、お願いが、あるのですわ」
「ええ、何かしら?」
「この場所で、お茶会を開いてくださらないかしら」
「お茶会を?」
「ええ。春は芽吹きの季節、出会いの季節、そして恋の季節なのですわ。大きな、瑞々しいエナジィに満ちているの。とても哀しいことがあったからこそ、この先どんなに苦しい未来が待ち受けていても負けぬよう、そのエナジィを、身体と心と魂いっぱいに浴びていただきたいのですわ」
 ――プリマヴェーラが、この街で生きるために、この街の人々に何か出来れば、と考えていることさえ判れば、レーギーナには事足りる。
「とても、素敵なアイディアね、それは」
 だから、女王はにっこり笑って頷くのだ。
「花は散るからこそ美しいもの、花に永遠を求むるは無粋なこと。誰もがそれを理解しているでしょう」
 花も、時も、――人も、永遠に同じままではいられない。
 否、変わらずに在るとは、結局のところ、生きてはいないのと同義なのだろう。
 それでも、せめて、今だけでも。
 この地を満たす悲嘆が、春の和らぎの中で、わずかばかりでも癒されれば、と。
 彼女の目配せで、女王の意図を察した森の娘たちが、笑いさんざめきながら、茶会の用意をするべく『楽園』へと戻ってゆく。
「けれど、今この時ばかりは、誰もが永遠を感じられるような一時を」
「ええ」
 プリマヴェーラもまたにっこりと笑う。
「一瞬で過ぎ行く季節だからこそ、胸にはその思い出が、静かに深く残ればいい、と思いますのよ」
 映画という擬似世界から現れた存在ではあれ、神という永遠を関した生き物として、世界の歩みを長い長い時間見守ってきたがゆえに、瞬きの間で過ぎ去ってしまうすべてのものを、愛しく胸に留めたいと女王は思うのだ。
 そこへ、ひとり残っていたリーリウムが思案顔で言う。
「でも、レジィ様、もしもたくさんのお客様がいらしたら、わたしたちだけではおもてなししきれないかもしれません」
 例えどんなに働き者であったとして、森の娘たちと、真禮に唯瑞貴に寺島信夫、更にはベルゼブルまで駆り出したとしても、公園いっぱいのお客をもてなすことは確かに難しいだろう。
 しばし沈思黙考したレーギーナだったが、妙案を思いついて微笑んだ。
「――そうね、じゃあ、こうしましょう」
 彼女の言葉に、リーリウムとプリマヴェーラが色鮮やかな双眸を瞬かせる。
「あの事件で一番哀しい思いをされたのは、可愛いお嬢さんだとお聞きしたわ」
「はい、存じ上げています。『楽園』にも来てくださったもの」
「ええ、きっと他にも、哀しい思いをしたお嬢さんたちがいらっしゃるわね」
「そうですね、きっと」
「殿方がどうでもいいというわけではないけれど、可愛いお嬢さんたちの憂い顔を見るのは哀しいわ。――だから、此度の茶会は乙女たちのためのものにしましょう。すべての乙女たちが、楽しい一時を経て、幸いと、明日を歩むための活力を得られるように」
「あら、素敵」
「そして、幸いにも、この街には素敵な殿方がたくさんおられるわ。彼らにお願いして、おもてなしのお手伝いをしていただきましょう。もちろん、うんとおめかしをして来ていただいて、ね」
 女王の提案に、リーリウムが頷く。
「判りました、では、そのように呼びかけをしてきます。――たくさんのお客様と、たくさんのお手伝いが来てくださるといいですね」
「ええ、わたくしもそう願うわ」
 では、と笑って踵を返すリーリウムの、凜と伸びた背筋を見つめながら、プリマヴェーラが、
「ではわたくしも、ひとつ、お手伝いを」
 そう言って、空に両手を掲げた。
 ――途端、空に渦巻くのは神々しい香気と、色とりどりの花びらだ。
「わたくしはプリマヴェーラ、春と幸いと芽吹きのエナジィを司る者」
 厳かに告げるプリマヴェーラが、手を胸の前に差し伸べると、そこに、宝石のように輝く花々で折られた冠が現れる。
「此度のお茶会に参加されるどなたかに、プリマヴェーラの祝福と祈りを捧げましょう。プリマヴェーラの花冠はその証(あかし)。これを持つ者を守り、助け、幸いへと導くでしょう」
「まあ……素敵ね」
 プリマヴェーラが掲げ持つ神々しい花冠を目にしてレーギーナもまた微笑み、春の女神と同じように、白い繊手を胸の前に滑らせる。
 と、彼女の掌へ、きらきら輝きながら凝るのは、森の緑と朝露の輝きの粋を集めたかのような美しい宝玉だ。苺一粒分程度の、真円を描くそれは、女王の白い手の中で、ゆらりとした光を揺らめかせている。
「ならばわたくしは、森の女王レーギーナは、幸運なるたったひとりに、我が親愛なる森の神気を凝縮した守護の宝玉を捧げましょう。この石が、そのたったひとりの、大切なものを守る力となるように」
 春の女神と森の女王は、互いに、よき隣人たちへの贈り物を手にして微笑みあい、
「……素敵なお茶会になれば、いいですわね」
「ええ、楽しい一時を過ごせれば、素敵だわ」
「すべての麗しき乙女たちが幸いであるように」
「素敵な殿方たちもまた、幸いであるように」
 謳うように言葉を交わし、また、笑みをこぼすのだ。
 ――これから行われる、華やかで賑やかな一時を脳裏に思い描いて。

種別名パーティシナリオ 管理番号532
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
クリエイターコメント皆さん今日は、新しいシナリオのお誘いに参りました。

銀幕市ホストクラブカフェとでも銘打つべき今回のシナリオでは、女性PCさんにはお茶会にお客様としてご参加いただき、男性PCさんには女性PCさんたちをおもてなししていただきたく思います。

プレイングには、

◆女性PCさん
*どんな出で立ちで参加するか(描写されない場合もあります)
*誰にもてなしてほしいか(お好きな方をご指名ください)
*茶会にどんな風に参加したいか(当日の行動)
*思うことがあれば、何か

◆男性PCさん
*どんな出で立ちで参加するか(描写されないこともあります)
*どんなもてなし方をしたいか
*指名ではなく、特にもてなしたい方がおられれば
*思うことがあれば、何か

を、お書きくださいませ。

勿論、上記以外の行動を書いてくださっても結構ですし(調理など裏方に回る、延々とスイーツを食べ続けるなど)、男性PCさん(及び『その他』の方)でもお茶会にお客様として参加していただくことも出来ます。

その際、ボツ(PCさんがまったく登場しないこと)はありませんが、あまりに本筋から離れたプレイングは採用されにくいことと、特に男性PCさんは、指名の割合によっては登場率に差が出ますことをあらかじめご承知おきくださいませ。

なお、春の女神プリマヴェーラと森の女王が用意した贈り物は、全PCさんたちの中から(AMIDAゴッドという名の)厳正な抽選によって選ばせていただきますが、「是非私に」「是非あの方に」という自薦他薦、ありましたらこっそり教えてください。

ちなみに、OPに名前が出ているNPCたちは、特に指定がない限り本分には登場しませんが、お望みとあらば絡んでいただけますので、その際はプレイングにお書きくださいませ。


それでは、皆様のお越しと、皆様と楽しい一時を過ごせますことを、切に祈っております。

参加者
吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
フェイファー(cvfh3567) ムービースター 男 28歳 天使
理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
ジラルド(cynu3642) ムービースター 男 27歳 邪神の子、職業剣士
月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
片山 瑠意(cfzb9537) ムービーファン 男 26歳 歌手/俳優
夜乃 日黄泉(ceev8569) ムービースター 女 27歳 エージェント
ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
一乗院 柳(ccbn5305) ムービースター 男 17歳 学生
ギリアム・フーパー(cywr8330) ムービーファン 男 36歳 俳優
薄野 鎮(ccan6559) ムービーファン 男 21歳 大学生
小暮 八雲(ctfb5731) ムービースター 男 27歳 殺し屋
千曲 仙蔵(cwva8546) ムービースター 男 38歳 隠れ里の忍者
神撫手 早雪(crcd9021) ムービースター 男 18歳 魂を喰らうもの
ガーウィン(cfhs3844) ムービースター 男 39歳 何でも屋
姫神楽 言祝(cnrw9700) ムービースター 女 24歳 自動人形
ジャンク・リロッド(cyyu2244) ムービースター 男 37歳 殺し屋
フェルヴェルム・サザーランド(cpne6441) ムービースター 男 10歳 爆炎の呼び子
森部 達彦(cdcu5290) ムービースター 男 14歳 中学生+殺し屋見習い
古辺 郁斗(cmsh8951) ムービースター 男 16歳 高校生+殺し屋見習い
エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
Sora(czws2150) ムービースター 女 17歳 現代の歌姫
アルヴェス(cnyz2359) ムービースター 男 6歳 見世物小屋・水操士
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
神龍 命(czrs6525) ムービーファン 女 17歳 見世物小屋・武術使い
カサンドラ・コール(cwhy3006) ムービースター 女 26歳 神ノ手
須哉 逢柝(ctuy7199) ムービーファン 女 17歳 高校生
ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
昇太郎(cate7178) ムービースター 男 29歳 修羅
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
ロゼッタ・レモンバーム(cacd4274) ムービースター その他 25歳 魔術師
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
ベアトリクス・ルヴェンガルド(cevb4027) ムービースター 女 8歳 女帝
悠里(cxcu5129) エキストラ 女 20歳 家出娘
柝乃守 泉(czdn1426) ムービースター 女 20歳 異界の迷い人
サンクトゥス(cved7117) ムービースター 男 27歳 ユニコーン
沢渡 ラクシュミ(cuxe9258) ムービーファン 女 16歳 高校生
神凪 華(cuen3787) ムービーファン 女 27歳 秘書 兼 ボディガード
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
レイエン・クーリドゥ(chth6196) ムービースター その他 20歳 世界の創り手
ヴァネイシア(cvms3107) ムービースター 女 28歳 皇帝
シェリダン・ストーンウォーク(cesd7864) ムービースター 男 28歳 魔王
DD(csrb3097) ムービースター 男 24歳 便利屋
来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
朝霞 須美(cnaf4048) ムービーファン 女 17歳 学生
葛城 詩人(cupu9350) ムービースター 男 24歳 ギタリスト
花咲 杏(cyxr4526) ムービースター 女 15歳 猫又
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
マリアベル・エアーキア(cabt2286) ムービースター 女 26歳 夜明けを告げる娘
王様(cvps2406) ムービースター 男 5歳 皇帝ペンギン
ルースフィアン・スノウィス(cufw8068) ムービースター 男 14歳 若き革命家
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
綾賀城 洸(crrx2640) ムービーファン 男 16歳 学生
コーター・ソールレット(cmtr4170) ムービースター 男 36歳 西洋甲冑with日本刀
エディ・クラーク(czwx2833) ムービースター 男 23歳 ダンサー
ツィー・ラン(cnmb3625) ムービースター 男 21歳 森の民
クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
リャナ(cfpd6376) ムービースター 女 10歳 扉を開く妖精
アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
ティモネ(chzv2725) ムービーファン 女 20歳 薬局の店長
山口 美智(csmp2904) エキストラ 男 57歳 屋台の親父
クロス(cfhm1859) ムービースター 男 26歳 神父
りん はお(cuuz7673) エキストラ 男 35歳 小説家
刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
十狼(cemp1875) ムービースター 男 30歳 刀冴の守役、戦闘狂
レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
鹿瀬 蔵人(cemb5472) ムービーファン 男 24歳 師範代+アルバイト
龍樹(cndv9585) ムービースター 男 24歳 森の番人【龍樹】
兎田 樹(cphz7902) ムービースター 男 21歳 幹部
玄兎(czah3219) ムービースター 男 16歳 断罪者
ルウ(cana7787) ムービースター 男 7歳 貧しい村の子供
槌谷 悟郎(cwyb8654) ムービーファン 男 45歳 カレー屋店主
リヒト・ルーベック(cptw5256) ムービースター 男 20歳 騎士
ジェイク・ダーナー(cspe7721) ムービースター 男 18歳 殺人鬼
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
バロア・リィム(cbep6513) ムービースター 男 16歳 闇魔導師
タスク・トウェン(cxnm6058) ムービースター 男 24歳 パン屋の店番
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
ジュテーム・ローズ(cyyc6802) ムービースター 男 23歳 ギャリック海賊団
アディール・アーク(cfvh5625) ムービースター 男 22歳 ギャリック海賊団
シノン(ccua1539) ムービースター 女 18歳 【ギャリック海賊団】
ファーマ・シスト(cerh7789) ムービースター 女 16歳 魔法薬師
ラズライト・MSN057(cshm5860) ムービースター 男 25歳 <宵>の代行者
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
クライシス(cppc3478) ムービースター 男 28歳 万事屋
清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
沙闇木 鋼(cmam9205) ムービーファン 女 37歳 猟人、薬師
市之瀬 佳音(csvm1571) ムービーファン 女 25歳 バックダンサー兼歌手
木村 左右衛門(cbue3837) ムービースター 男 28歳 浪人
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
藤代 陽子(cpcw4713) エキストラ 女 47歳 下宿経営者
犬神警部(cshm8352) ムービースター 男 46歳 警視庁捜査一課警部
続 歌沙音(cwrb6253) エキストラ 女 19歳 フリーター
ジム・オーランド(chtv5098) ムービースター 男 36歳 賞金稼ぎ
シキ・トーダ(csfa5150) ムービースター 男 34歳 ギャリック海賊団
藤花太夫(cbxc3674) ムービースター 女 18歳 吉原の太夫
柚峰 咲菜(cdpm6050) ムービーファン 女 16歳 高校生
旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
須哉 久巳(cfty8877) エキストラ 女 36歳 師範
古森 凛(ccaf4756) ムービースター 男 18歳 諸国を巡る旅の楽師
クロノ(cudx9012) ムービースター その他 5歳 時間の神さま
李 白月(cnum4379) ムービースター 男 20歳 半人狼
津田 俊介(cpsy5191) ムービースター 男 17歳 超能力者で高校生
ルア(ccun8214) ムービースター 男 15歳 アルの心の闇
アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
ルイーシャ・ドミニカム(czrd2271) ムービースター 女 10歳 バンパイアイーター
北條 レイラ(cbsb6662) ムービーファン 女 16歳 学生
相原 圭(czwp5987) エキストラ 男 17歳 高校生
アゼル(cxnn4496) ムービースター 女 17歳 ギャリック海賊団
崎屋 ユキ(cdbp4160) ムービーファン 男 28歳 化粧師
<ノベル>

 1.青に映えるハレ

 うたを捧げる きみに
 無垢なあの日々には もう戻れないとしても



「やっぱり、思った通りだ」
 全身をアルマーニで統一したギリアム・フーパーは、会場を見渡して呆れたような声を漏らした。
「事前に参加者リストを見ておいて、よかった」
 美しい花の咲き乱れる美しい光景が目の前には広がっている。
 それと同時に、お茶会会場では、明らかに男の比率の方が高いと言う切ない現状も広がっている。
 彼の周囲で、美しい女たちがくすくすと笑った。
 ギリアムは肩を竦めて両隣の女たちの肩を抱いた。
 彼は、自分を含めて、手酌する男たちの救済措置にと、業界のレディたちに声をかけたのだ。結果、三十数名に及ぶ、女優やセレブたちが、この不思議で稀有な茶会に顔を出すこととなった。
「さて、前述の通り、今日は女性がもてなされる日なんだそうだ。いい男ならそこら中にいる、可愛い我儘で、彼らを振り回してやってくれ」
 花が綻ぶように笑う女たちを送り出し、会場を一望したギリアムを見つけ、
「お、ギリアムじゃん」
 通りすがりに片手を挙げる月下部理晨に彼は破顔する。
「理晨、きみか。日本にいるなんて、珍しいじゃないか」
「ま、野暮用でな」
 ジーンズにTシャツというラフな出で立ちに、野生の獣のような油断ならない鋭さを纏った理晨は、両手に持った大きな盆に、数え切れないくらいのグラスを載せている。
「『弟』さんは元気かい?」
「……まぁな」
 銀幕市内の出来事に詳しいギリアムの言葉に、理晨の目元が和む。
「今日も、来てんじゃねぇの?」
 どこか嬉しげなその様子にギリアムも微笑して頷いた。
 それから挨拶を交わし、茶会のホスト役を全うすべく、別々に方向に歩いていく。
 シャノン・ヴォルムスはフォーマルな黒スーツ姿で会場のあちこちを移動していた。
「……そうか、新作のタルトとダージリンのホットだな。承知した、少し待ってくれ」
 籐で編まれた華奢で美しい椅子と、瀟洒なテーブルに陣取った少女たちが、うっとりとした眼差しで彼を見つめるのへ、穏やかな笑顔を向け、オーダーを通すべくバックヤードへ向かう。
 楽しい一時を共有したい気持ちはよく判る。
「……いつ、この夢が終わるともしれないのだから」
 だからこそ、今この瞬間を大切にしたいと思うのだ。
 今でこそ。
 彼が足早に歩くのを視線の端で見送って、光沢のある黒いスーツに黒いドレスシャツ、ワインレッドのネクタイを締めた薄野鎮は、求められるままにスイーツやお茶を饗し、また、和やかに会話に加わった。
 ジェルを使って髪をオールバックにまとめた彼は、男性とも女性ともつかぬ危うく儚い美しさを持っている。
 その隣では、白いスーツに胸元の開いた黒いドレスシャツ姿の古辺郁斗が、周りの雰囲気に圧倒されながら、ティーサーブやテーブルの片付けに精を出していた。
 鎮のようには行かないのは、年の差ゆえであり性質の違いゆえでもあるだろう。
 来栖香介は、暇だから、と葛城詩人とともに遊びに出たところ、楽園で引っかかってホスト役を押し付けられた。
「……ま、変なカッコしねぇだけいいか」
 これまで同様、基本的にやる気のない、不遜な接客だが、それは来栖香介という人間には相応しくも見え、彼のファンなどはその不遜さにすら悦んでいるようだった。
「くるたんくるたんご指名だぜー」
 詩人は細身のカジュアルなスーツ姿でホスト兼ウェイターを勤めていた。
 爽やかな笑顔の彼に、親しげな声があちこちからかかる。
「くるたん言うなッ!」
 詩人に呼ばれて、怒りの表情とともにくわっと振り向いた香介の視線が、清楚でシンプルなワンピース姿の少女に行き着き、静けさを取り戻す。
「……Sora」
 香介が名を呼ぶと、歌姫Soraはにっこりと微笑んだ。
「こんにちは。注文をお願いしても、いいかしら」
 香介は長い睫毛をぱさぱさと揺らして瞬きし、頷くと、無造作にメニューを差し出した。
「お勧めは?」
「オレに訊くなよ」
「だと思ったわ」
「なんだその納得の断定口調」
「だって、貴方だし。……じゃあ、一番美味しいタルトと、一番美味しいお茶をお願い」
「だからな、」
「……ね?」
 畳み掛けるように言われ、香介は仏頂面で頷く。
 足早にその場を離れる香介を見送って、Soraはくすくす笑った。
「案外、こういうのも楽しいわね。一度限りのイベントなのかしら?」
 ジラルドは『おめかし』とやらの基準が判らず、いつも通りの格好で茶会の手伝いに参加していた。
 哀しい思いをした沢山の人たちが笑顔になれるように、と、裏方に徹するつもりで、様々な手配に走り回っている。
 それだけでも、彼はひどく楽しげだった。
「だってさ、何があったって、生きてるって嬉しいことじゃん。そう思わねぇ?」
 今この瞬間に同じ場所で同じ時間を共有出来る、その奇跡を噛み締めるように呟くと、学生服にネクタイ姿の一乗院柳が笑って頷いた。
「僕もそう思います」
 柳は、勿論ジラルドが言うような喜びも感じているが、彼の笑顔の一番の理由は、やはり、『男』として『女性』をもてなす、という、待ちに待ったシチュエーションが実現したから、なのだった。
「何やかやでお世話になってるから、レーギーナさんや森の娘さんたちの役に立てたらって思いますしね。賑やかなの、楽しいし」
「だよなぁ」
 しみじみ言ったジラルドは、
「あ、こら」
 周囲を興味深げにうろうろしながらスイーツをつまみ食いしていた玄兎の首根っこを咄嗟に掴んでいた。
「うげ」
 という妙な声が上がったが、玄兎自身は楽しげだ。
 楽しげな表情のまま抗議してくる。
「なぁーにすんだよー」
「なにすんだよもクソもねぇよ、ケーキの苺だけ食うな、全部食え」
「えー、だって苺が食べたかったんだもんさー」
 首根っこをつかまれたままジタバタと自己主張する玄兎にジラルドが溜め息をついた。
 ジュテーム・ローズは、手製の、胸元が大きく開いたきわどいドレスを美しく着こなして参加していた。今回は、同伴のシノンに負けじとパッドを詰めこんで、見事なボディラインを披露している。
「アディール! こっちよ、アディール!」
 指名は勿論アディール・アークだ。
 こちらに気づいた彼が、笑顔を浮かべてゆっくりと歩いてくるのが見えて、 ジュテームとお揃いの、きわどい露出のワンピースを身に纏ったシノンはというと、嬉しいやら恥ずかしいやらで真っ赤だ。
「あ、あの、ジュー、声、おおき……」
「なぁに言ってんのシノン! 遠慮してちゃ負けよ、こういうのは。あんただっておもてなししてもらいたいでしょ?」
「う……」
 シノンの恋を応援したいジュテームは、アディールに手製の衣装を渡して(押し付けて)、おもてなしをしてもらおうと思ったのだ。
「いらっしゃい、可愛いお嬢さんたち」
 襟や袖に上品なレースがあしらわれた紫のシャツを、ごくごく自然に着こなしてアディールがやってくると、シノンの赤面は当社比二倍くらいになる。
「ご注文は、何かな?」
「じゃあわたしはオレンジとチョコレートのタルトに、アッサム・ティーでよろしくね」
「シノン君は?」
「え、えええええええとあのそのあのそのだからその……ッ」
 物凄い勢いで口ごもるシノンに、ジュテームは苦笑し、アディールは内心首を傾げつつも穏やかに注文を待つ。
 クロスは、白いシャツに黒いエプロンと言う簡単な装いで茶会に参加していた。
「素晴らしい催しがあると聞きまして。ほんの少し、お手伝いが出来ればと」
 声がかかれば、穏やかで美しい笑顔で人々に接し、人々の心をほぐしつつも、彼の本当の目的は人間観察だ。
 神代の森の女王や、その他魔に属する者たちを観察し、歌姫の力を秘めた者たちを物色すべく、ここに来たのだ。
「君も来ていたんですね、来栖君」
「……ん」
 歌姫Soraを仏頂面でもてなす香介に笑顔で声をかけ、Soraにも微笑を向ける。
 美しい歌声を持つものは、彼にとって興味の対象だ。
「……おや」
 主が従を演じるという倒錯を秘めつつ、これほど完璧で美しい執事もいるまいというような出で立ちと立ち居振る舞いで周囲に溜め息をつかせていたブラックウッドは、森の女王と春の女神と談笑していてその視線に気づいたが、差し迫った危険は感じなかったので特に何も言わなかった。
「どうかなさったの、ブラックウッドさん」
「いいや、薔薇の君」
 気づいてはいるが気にはしていない風情のふたりに微笑み、手にした繊細なティーカップに、優雅で洗練された手つきでお茶を注ぐ。
「私は、元来、他者から生命力を奪わなくてはならない存在だけれど」
「ええ」
「今はこの場に在るだけで、満ち溢れる生命の息吹の恩恵に与ることが出来る。――これが春の女神の力かと」
「まあ、嬉しいことを言ってくださいますのね」
 微笑むプリマヴェーラには、小さな蝶ネクタイをし、銀の盆の上にクッキーやキャンディーを載せた使い魔が、懸命な仕草でお菓子を薦めている。
「つかいまちゃん、あたしにもクッキーちょうだいっ」
 弾むように明るい、元気な声で小さな妖精リャナが言うと、
『ぷぎゅ。どうぞなのですおじょうさま』
 使い魔は銀の盆を恭しく差し出して、使い魔なりに主人に倣う。
 リャナはご機嫌でクッキーを受け取り、
「つかいまちゃんはかわいいのだっ」
 やはりご機嫌でそれをいただいた後、
「それにしてもすごいにんずうだよね。あたし、空からかずをかぞえてみよう」
 虹色の羽を背に広げて空へ舞い上がった。
「みんなたのしそうでいいよねぇ。いっつもないかなぁ、こういうパーティ」
 そんな声を残して。

 一方、バックヤードでは、呼びかけに応じて集まった有志たちが、大人数の参加者たちを満足させるべく、物凄い勢いで調理や製菓、その他の準備に精を出していた。
「なるほどねぇ、そりゃあそうだ」
 うんうんと頷きながら、素晴らしい手つきで抹茶パフェを仕上げていくのは作務衣にエプロン姿の山口美智だ。
 彼は、隣でひたすら紅茶を淹れるラズライト・MSN057の言葉に相槌を打っている。
「はい、銀幕市に来て間もないものですから、少しでも雰囲気に慣れたいと思って来てみたのですけれど……ここまで賑やかとは思ってもみませんでしたね、人の多さに酔ってしまいそうです」
 かっちりした衣装に身を包んだラズライトは、人の多さと賑わいぶりに少し呆然としつつも、慣れた手つきで紅茶の準備を次々と仕上げていく。
 白磁の小さなティーポットからは、清々しく優しい、鮮烈でいて繊細な香りが立ち上っており、ラズライトは目を細めてそれを盆に載せる。
「今日は、男性が女性を接待する趣旨のようですので……僭越ながら、自分なりに努力させて頂きたいと思います」
「おう、そうだな、おれっちも頑張るぜ」
 言いつつ、美智は和風黒蜜パフェをあっという間に仕上げていく。
「大変なことがたくさんあったしなァ、皆と笑顔で楽しいひと時が過ごせたらいいと思ってんだ、おじさんは」
「はい、そうですね」
 にこにこと会話を交わすふたりの隣では、筋金入りのフリーター・続歌沙音が、大量にオーダーのあったサンドウィッチの仕込を黙々とこなしている。
 ありとあらゆるアルバイトを経験しているといって過言ではない歌沙音の手つきは危なげがなく、正確で、巧みだ。蒸したチキンとレタス、トマトとチーズを巧みに組み合わせ、あっという間に十人前ものサンドウィッチが出来上がる。
「彼女、やるわね。負けていられないわ」
 サンドウィッチを抱えて給仕に出て行く歌沙音の背を見送り、アゼルが生クリームを泡立てる手に更なる速度を加える。
 海賊団で厨房を預かる彼女の腕は確かだ。
 こちらも、あっという間に、生クリームとフルーツで彩られた綺麗なケーキが出来上がっていく。
「折角だから、この際、ギャリックBIGパフェでも流行らせようかしら」
 そうしたら海賊カフェにもお客さんが増えるかもしれないし、などと呟きつつ、アゼルは、心躍るスイーツを次々に作り出していくのだった。



 2.八面六臂ってこういうこと

 ここにいるよ きみを想い
 きみを照らす 太陽でいる



「これを、お嬢さんに」
 小粋にネクタイを締め、シックな色の帽子を被った王様は、恭しく一礼しながらお客の少女に一輪の花を差し出していた。
 少女がそれを受け取り、ありがとうと微笑むだけで、幸せな気分になる王様である。
「お嬢さんが幸せだと、俺も幸せを感じるな」
 そんな彼の視線が、同年代の少女たちと席をともにする白い天使の姿を捉える。
「おや、あれは」
 王様は破顔し、少女らをもてなすべく歩き出す。
 ……彼女らの周囲に侍る野郎どもには気づかぬ振りをしながら。
 ルシファは、須哉逢柝と柚峰咲菜の手を引いて、レイドやガーウィン、ジャンク・リロッドとともに茶会会場を訪れていた。
 テーブルについたあと、姫神楽言祝と柝乃守泉を見つけ、相席することになった彼女の周囲はとてもとても賑やかで、華やかだ。
「すごいね、皆とっても楽しそう」
 とっておきのスイーツと美味しいお茶を前ににこにこと笑うルシファに、少女たちから同意の声が上がる。
「……逢柝ちゃん、楽しい?」
 ルシファが問うと、たくさんの事件に心を疲弊させてしまい、ここのところ元気のなかった少女は、苦笑して頷いた。
「こうやってギャアギャア騒いでんのも悪くないなって思うよ」
「そっか、よかった」
 ルシファが心底嬉しそうに笑うと、逢柝もまたそれにつられるように笑った。
 そこへ、何故か、妖艶なチャイナドレスを身に纏ったレイドとガーウィンとが、追加のスイーツとティーセットを持って現れる。
 ルシファは綺麗! と拍手し、言祝と咲菜は微苦笑し、逢柝と泉は顔を見合わせて超絶微妙な表情をした。
 ガーウィンに巻き込まれてこうなってしまったレイ子ちゃんが、羞恥とか憤りとかで赤黒くなり、逃亡したい気持ち100%充填中であるのとは対照的に、ガーウィンはノリノリで楽しげだ。この場合はガーベラちゃんとでも呼ぶべきかもしれない。
「こんな美女に接待してもらえるんだから、ありがたく思えよな」
 自信満々なガーベラちゃんを、
「いやー、お前さんが美女だとしたら、世界中の女性の大半は美の女神だと思うなー、俺。猥褻物陳列罪とやらでしょっぴかれないようにしろよー? 俺だったら間違いなく三年はブッ込むね、塀の中に」
 容赦なく斬り捨てるのは、スイーツとお茶を堪能している悪友ジャンクだ。
「そりゃいいや、三年といわず十年くらい入って来い」
 思わずレイドが同意すると、
「そういうあんたもだろこの猥褻物!」
 逢柝から容赦のないツッコミが飛ぶ。
「おま、俺はだな、」
「うるせぇ何かビミョーに美女なのが更にむかつく」
「微妙に美女とか言われてもひとっつも嬉しくないっつの!」
 逢柝から何故か優しさのない扱いばかり受けているレイドは、色々弁明も弁解もしたかったが、ここのところ意気消沈していた彼女が、少し元気になったのを見て、安堵してもいた。
 ぽんぽんと逢柝の頭をたたき、
「なにすんだこのロリコン!」
 どことなく嬉しそうな響きを含んだ抗議の声にロリコンじゃねぇと返してから、
「何か、美味いもの持って来てやるよ」
 ぶっきらぼうに言ってバックヤードへ戻る。
 逢柝から返事がなかったのは、多分、彼女が、レイドの気遣いに気づいたからだろう。
 小暮八雲は、黒いスーツに、大きく胸元の開いた黒シャツ姿でホスト役に従事していた。
 そもそもの職業が職業なので、彼のもてなしは少し荒さが目立つ。
「追加の紅茶、持って来たぜ」
 ぶっきらぼうに言い、ジャンクにティーセットを差し出す。
「もっと愛想を振り撒いた方がいいんじゃないのか? ホストなんだろ?」
「……それが出来りゃ苦労はしねぇよ」
 苦虫を噛み潰したような表情をする八雲に、ジャンクが声を立てて笑った。
 八雲の背後には、黒いスーツに白いドレスシャツ、黄色いネクタイ姿の森部達彦がいて、彼の補助役として控えている。
 手にした盆には、清潔な濡れ布巾や紙ナプキン、ストローなどが載せてあった。
 そこから少し離れた場所では、着流しに羽織を纏った千曲仙蔵が、妙な重圧感を醸し出しつつ、誰かミスをしていないか、しっかり目を光らせていた。そして、素晴らしい気配りぶりで、ミスをした人のフォローに回っている。
 フェルヴェルム・サザーランドはルシファに甘いお菓子を届けに来て談笑していた。
 子ども用の、制服のようなスーツに身を包んだ彼は、幼いながら、懸命にルシファを、そしてお客としてこの場に集まった人々を楽しませようとしているようだった。
 神撫手早雪は黒いスーツを着ていたが、シャツはボタンを掛け違っている。
 男もお客になれると知って、おもてなしそっちのけでスイーツを食べまくっている。そもそも、最初はホスト役を務めるつもりでここへ来たことなど綺麗に忘れているようだ。
 それを微苦笑とともに見つめつつ、レイドを指名した言祝は、彼に肩を揉ませたり、お茶を注がせたりして、お姫様気分に浸っていた。
 事実、青いドレスを身に纏った彼女は、とても美しい。
「……女性が沢山いるというのは、素晴らしいことだな」
 サンクトゥスは、美しい、愛らしい女たちがあちこちで談笑する様子に心の底から癒されていた。ユニコーンの一体である彼は、清らかな心を持った女性が大好きなのだ。
 自然、お茶を注ぐ手つきにも真剣味が混じる。
 執事の出で立ちをした彼のそんな様子は非常に様になっており、泉は彼の手つきがとても美しいと、思わず見惚れていた。
「……どうかしたか?」
 視線に気づいてサンクトゥスが首を傾げると、泉は照れた笑顔で首を横に振る。
「いえ、なんでもないです」
 サンクトゥスは不思議そうな表情をしたが、相手が泉なので、同時に幸せそうでもあった。
「……まぁ、あんなもんか」
 須哉久巳は普段着で茶会を訪れ、弟子たちからは少し離れた場所にあるテーブル席に陣取って、賑やかな騒ぎを見守っていた。
 美しいのか刺激的なのか微妙なラインのガーウィンを呼びつけ、軽くつまめるスナックや菓子、飲み物の類いを給仕させながら、逢柝たちの様子を、目を細めて見つめている。
 最近どうも元気がない逢柝を無理やり連れ出し、茶会に参加させたのが彼女なのだ。
「子どもは、体力の続く限り大騒ぎしてたらいいんだよ。悩むのは、後回しでいい」
 呟き、ティーカップを傾ける久巳の眼差しは、弟子が見たら驚くだろうほどにやわらかかった。
 そんな中、ミケランジェロは茶会会場の一角で宿敵と対峙していた。
「……あたしは昇太郎に給仕をお願いしたんだけどねェ?」
「そうか、そりゃあすまねェな。だが、どうも俺とアイツはセットらしいんでな。ちぃっと我慢してくれや、な? 誠心誠意もてなすからよ」
「あんたから誠心誠意なんて言葉が出てくると感動のあまり鳥肌が立つね」
「当然だろ、俺ほど真面目で誠実な男なんざそうそういねェよ」
 黒いスーツをラフに着崩し、呼びかけに応えては給仕をしていたミケランジェロが、手先の器用さ、視野の広さのお陰で、何もかもが危なっかしい昇太郎を見ていられず、サポートに回っていたところ、いつの間にかセット指名されるようになったのは自然な流れなのかもしれなかった。
「ほらよ、レモンチーズタルトにシャルロット・オ・ポンムな。茶はもうじきアイツが持ってくるから」
 嘘くさい笑顔でスイーツの入った皿を置くと、『宿敵天敵殺し合い』的仲であるカサンドラ・コールが憎々しげな表情をした。昇太郎に歪んだ愛情を抱いている彼女は、彼の一番近くにいるミケランジェロが憎くて仕方がないのだ。
 ミケランジェロはミケランジェロで、大事な親友をこんな女の餌食に出来るかとばかりに睨みを利かせている。
「まったく……男と女の逢瀬を邪魔しようだなんて、無粋なタマだねェ」
「タマじゃねぇっつの。どっから仕入れてきた、そんなネタ」
 表面上は笑顔で、内心では火花を散らしたやり取りを続けていると、木賊色の着流しに羽織という、普段よりも小綺麗な出で立ちをした昇太郎が、おっかなびっくりといった風情で、ティーセットを載せた銀色の盆を運んで来た。
 盆に集中しすぎて足元を見ていないのが微笑ましいやら危なっかしいやらで、ミケランジェロは思わず溜め息をついて彼に歩み寄り、盆を受け取る。
 それでようやくミケランジェロに気づいたらしく、昇太郎が顔を上げた。
「ん? ああ、ミケ」
「ああ、じゃねっつの。ちゃんと足元見ろ、足元」
「あー……そうじゃな、すまん」
 照れ臭そうに笑う昇太郎に、ミケランジェロがまた溜め息をつく。
 その少し向こう側では、いつも通りの出で立ちをしたツィー・ランがガーウィンに掴まっていた。
 こういう場所での正当な格好はこれだ、と、神秘的な深緑のチャイナドレスを押し付けられ、本気でそれを実践しようとする彼の、純粋すぎる姿に焦った周囲が、ガーウィンを取り囲んでいわゆるフルボッコの刑に処している。
 それでもツィーは笑顔だった。
 暗い事件ばかりで、気持ちがちっとも奮わない中、こんな賑やかで楽しいパーティが開催されたのだ、笑顔でいなくては申し訳ないような気すらしてくる。
 無垢な雰囲気を漂わせるツィーに、母性をくすぐられたらしいセレブたちが声をかけると、そのたびに彼は、笑顔で、真摯に話を聞くのだった。



 3.君が・あなたが・あの人が、華と笑ってくれるなら

 きみが笑う 春の日の午後
 どれほどの幸いが ここに満ちるのか



 吾妻宗主はヴィクトリアン調の執事服で茶会に参加していた。
 優雅な、優美な手つきで、思わず溜め息が零れるような笑顔とともに、人々が楽しめるよう力を尽くす彼は、外見云々ではなく、ただただ、輝くように美しかった。
「香介、少しくらい休憩すれば? ほら、お茶を淹れたよ」
「あぁ。……ん、やっぱあんたの茶、美味いわ」
「当然、だって香介のために淹れたんだからね。詩人君も、よければ」
「あ、うん、サンキュー……って、何か俺の、苦いんだけど」
「おや……それはごめん」
 やわらかいのに確信犯的な笑みを浮かべる宗主に、弟分たちがあんたには敵わねーや、と肩を竦める。
 くすくす笑いながら、宗主はデジタルカメラをあちこちに向けた。
 写真などというものに、この楽しい、幸福な時間が収まりきるとは思わないものの、その一瞬を、皆で、どこかで懐かしめたら、とも思うのだ。
「太助、あっちにバナナタルト三人前とサラミのキッシュ二人前だってよ」
 理月は『楽園』経由で話を聞いて手伝いに来ていた。
 そのため、衣装はいつもと同じ黒ずくめに、先日無茶をした名残の包帯だ。
 もてなすというのはよく判らないので、ひたすらウェイター役に徹している。
「おうよっ、んじゃ俺ナイフとフォーク持ってくなっ!」
 答える太助は、仔狸姿に黒服と蝶ネクタイを着用している。
 その愛らしさたるやまず理月が悩殺されかけたほどだが、本人は至って真面目にホスト兼ウェイターとしてあちこちを駆けずり回っていた。
 動物好きの皆さんも勿論沢山いらっしゃるようで、時には魔性のおなかも提供しつつ、周囲の雰囲気を明るく楽しく盛り上げている。
「なあなああかっちー」
「ん、どしたよ?」
 ふたり並んで注文の品を運びつつ、
「だれかがさ、俺たちのすることで楽しんでくれるって、すてきだよな」
「……だな」
 なんだか満足げな笑顔を向け合って、給仕に励む。
 猫又の花咲杏に引き摺られてお茶会へ来ていたゆきは、殿方のおもてなしなどという不慣れなことに戸惑いつつ、杏の隣に座ってお茶や甘味をいただいていた。
「おっやァ、ゆきクンじゃないかァ! キミも来てたんだねェ!」
 テンションの高い声は、勿論CTことクレイジー・ティーチャーだ。
 初めはホストとして来ていたはずなのに、最初から白衣で、しかも最初からスイーツを片端から貪り食っているという駄ホストもしくはアホストは、今も両手に巨大なシュークリームを持ってご満悦だった。
「CT先生。先生も楽しそうじゃな」
 嬉しそうに手を振るゆきに、相原圭が、
「お茶が冷めてしまいましたね、取り替えてきます」
 爽やかな笑顔でティーカップを下げ、すぐに新しいティーセットを運んでくる。
「どうぞ、楽しんでください」
 と、接客の上手な男性の行動を逐一チェックし、四苦八苦しながらその真似をしてもてなすという微笑ましい努力を続ける圭に恭しく一礼され、ゆきは、まるで姫君にでも接するような態度に思わず赤くなる。そんな様子を、杏が目を細めて見ている。
 狂気先生はその間も特大シュークリームと幸せそうに格闘していたが、ゆきがはにかんだように微笑むのを見て、自分も楽しそうにアハハと笑った。
「どうかしたかの、CT先生」
「イヤ? ボクの生徒たちは、笑顔でいるノガ一番だナァって思ったダケさ」
「……そうかの」
「ウン、だからこのシュークリーム、食べてみナヨ! 一発で笑顔にナルからネ!」
 と、自分の顔ほどもある菓子を差し出され、ゆきは一瞬驚いた顔をしたが、ややあって、満面の笑顔で頷いた。
 杏はそれを穏やかに笑いながら見ている。
 哀しいことがあって、意気消沈しているゆきを励まそうと無理やり参加した茶会だったが、雰囲気は悪くなく、活気にあふれた会場にいるだけで楽しくなってくる。
「あ、リヒトさんやん。なぁなぁ、なんか美味しいお菓子、持って来てくれはる?」
 会場の一角にリヒト・ルーベックの姿を見出し、杏は笑顔で手を振った。
 スーツ姿に、長い髪をポニーテールにしたリヒトが杏に気づき、笑顔で歩み寄って来る。
「今日は、杏。どんなお菓子をお望みですか?」
「リヒトさんのお勧めは何やのん?」
「そうですね、ラムを利かせたチョコレート・ムースは絶品ですよ」
「ほな、それをお願いするわ」
「はい、少しお待ちくださいね」
 穏やかに微笑み、恭しく、かつ親しみを込めて一礼したリヒトが、件のスイーツを手に戻って来るのを、杏は楽しげに見ていた。親しい人が、自分のために何かをしてくれる、というのは、心が躍る。
 エディ・クラークは、タイのないドレスシャツに、素肌にシルバーのネックレス、麻のジャケット、胸にはTVフォールドのチーフをさりげなく配した姿で給仕に従事していた。
「今日はただのウェイターとは勝手が違うね。でも、寛いだ時間を過ごしてもらえるようにするって意味では一緒かな」
 エディは戦闘や荒事に対してそれほど貢献出来る訳ではないが、誰もが胸を痛めるような事件の後のこのお茶会が、楽しく幸せな時間になるよう努力することならば出来るし、真摯に向かおうと思う。
「お待たせしました、どうぞお楽しみください」
 エディは、爽やかな笑顔とともに、相席となったロゼッタ・レモンバームとヴァネイシアの元へ、メープル風味のプディングと、塩キャラメルのアイスクリームを運ぶ。
 植物と春の気配に釣られて来たロゼッタは、丁度いい機会だからお菓子を貪り食おう、と、女性の出で立ちをしてもてなされる側に回っていた。非常に着る人間を選ぶ、ロリータでフリル過多な服を着ているのだが、繊細な顔立ちを持つゆえか、嫌味なく似合っている。
 ただ、片腕で、更に着慣れない服を着ているので食べにくく、真摯に給仕してくれるエディにああだこうだと指示をして手伝わせていた。エディは苦笑しつつも抗わず、丁寧な対応をしてくれる。
 ロゼッタはご満悦だった。
 同時に、あたり一面に満ちる春の気配に故郷を思い出し、ほんの少し感傷的にもなっていた。
 それを感じ取ってか、エディの給仕は丁寧で、優しい。
「おやおや、中々に刺激的な光景だの」
 銀糸で白蓮の刺繍が入った蒼いチャイナドレスを纏ったヴァネイシアは、睦まじくすら見えるふたりの様子を、目を細めて見つめながら、白磁のカップを傾けていた。
 その頃清本橋三は会場の入り口付近で睨みを利かせていた。
 ……いや、本人は至って真面目にドアマンの役目を果たそうとしているだけなのだが、そもそもの顔立ちに、普段世話になっている、ちょっと口にし難い職業の友人に、「先生、こういう場ではスーツです」と無理やり着せられたスーツがジャストミートしてしまい、どう見てもヤクザですありがとうござい(略)な状況に陥っているのだった。
 とはいえ清本橋三という、本人曰く『しがない斬られ役』のファンもちらほらいるらしく、彼に向けられる視線はそれほど険しいものではない。
「うむ、これはな、裃と言うのだ、武士の正装なのだぞ」
 時代劇ファンという女性たちと語らいながら、岡田剣之進は杯を傾けていた。手には徳利を持ち、イケル口の女性たちの杯が空になるとすかさず注いでいるが、自分が飲む分と注ぐ分の比率は5:1だ。
「そうか、俺のふぁんとは嬉しいことを言ってくれる。まあ、呑んでくれ、――それはそうと、丁髷のある男をどう思う?」
 物凄く単刀直入な質問をする剣之進の隣では、紋付袴を纏った旋風の清左が、静かに徳利を傾け、女性たちの杯に酒を注いでいる。
 熱烈な『天衣無縫 赤月一家』のファンと言う女性が、刺青を見せて欲しいとキラキラした目でねだると、清左は静かに苦笑し、
「……見せびらかすもんじゃ、ねぇが」
 着物をはだけ、背に施された見事な風神の彫り物を見せていた。
 少女のように目を輝かせた女性が、うっとりと刺青に見惚れるのを、苦笑しながら見ている。
 そこへ、ふたりの禿を伴ってやってきたのは藤花太夫だ。
 美しい、藤の花が描かれた着物を見事に着こなした彼女に、時代劇好きの女性たちの視線と溜め息とが集まる。
「わっちも仲間に入れていただきとう存じます。よろしいでありんすか」
「勿論だ!」
 はしゃぐ女性たちとともに一も二もなく同意するのは剣之進、静かな目礼を寄越すのが清左。
 藤花太夫は艶然と微笑んで礼を言い、ゆったりと席に就く。
 清左が茶を供するのを、目を細めて見つめ、藤花はくすくすと笑った。
「たまには、こうしてわっちたちがもてなしてもらうのも、楽しいことでありんすねぇ」
 ふたりの禿が、甘い菓子をもらって幸せそうに同意する。
 木村左右衛門はそれらを少し離れた場所から一望しつつ、このような光景を百花繚乱というのだろうか、などと思っていた。
 現代風のもてなしとは無縁な左右衛門は、友人とはぐれたらしい女性が、座席の位置を訪ねてくるのへ、
「ああ、それならば、ここから……こちらへ、こう歩いて、大きな台車を右へ曲がったところだ。……いや、大事ない、楽しんでくれ」
 と、誘導するような、雑務を請け負って、淡々と、しかし真摯にそれをこなしていた。
 穏やかな催しに、この日が皆の心に残ればいい、と思う。
 例え、自分たちを含めた沢山の代物が、夢幻のうちの出来事であろうとも、それが人々の痛みを和らげるのなら、本物と呼んでも問題はないだろう、と。



 4.賑やかな百花繚乱

 交錯する必然と運命 きみの祈り
 鮮やかな奇跡が 世界を満たしている



 レイエン・クーリドゥは、ルースフィアン・スノウィスの車椅子を押して茶会に参加していた。
 ふたりの関係を知る周囲が意味深な視線を向ける中、
「……お熱いことだな」
 給仕として呼ばれたシェリダン・ストーンウォークが呆れるように、瀟洒なテーブルに着いた後も、揃いであつらえたオリハルコン製の指輪が光る手を絡めあい、ふたりで微笑んでいる。
 それはまるで一枚の風景画のように完成された、美しく幸せな光景だった。
 あまりにも睦まじい姿にシェリダンは呆れたが、その視線は温かだ。
 レイエンと寄り添うルースフィアンは、ひどく穏やかで満ち足りた表情をしている。
 事実、レイエンの傍にいる彼は幸せだった。
 同時に、彼は、こうして過ごせるのも今だけかもしれないとひしひしと感じている。だからこそ、今という時間を大切にしようと思うのだ。
 ふたりの睦まじい様子を微笑ましく見つめるシェリダンに、
「シェリダンさん、ちょっといい?」
 制服姿の沢渡ラクシュミが声をかける。
 その隣には、ダークグレイのパンツスーツを身にまとった神凪華の姿がある。
 シェリダンが慣れた様子で応じると、ラクシュミは笑顔でお目当てのスイーツの名前を挙げた。
「ええと、欲張りフルーツタルトっていうのと、お勧めの紅茶と、もらえる?」
「判った、少々お待ちいただけるか」
「あ、はい、よろしくお願いします。それと……」
「ん、どうした?」
「ええとね、角とか、格好いいね!」
「……そうか」
「あの、触ってもいいかな。嫌、なら無理は言わないけど……」
 おずおずとした、しかし興味を抑えきれないといった風情のラクシュミに、シェリダンが苦笑し、黙って頭を下げると、少女はパッと目を輝かせて赤い角に触れ、それからありがとう、と笑った。
 どういたしましてと返したシェリダンは、ラクシュミの隣で華が青褪めていることに気づいて苦笑する。
「……もしかすると、そちらは甘い物が苦手なのか。では、この、ベーコンとホウレン草のキッシュなど、いかがか」
 グラスの水でチーズケーキを飲み下していた華は、差し出された皿に目を落とし、にやりと笑った。
「……おまえ、中々見る目があるじゃないか」
「華、すんごい偉そう」
 呆れたようにラクシュミが断じる。
 華は肩をすくめたが、否定も肯定もしなかった。
 その傍を、水色と青の布で構成されたレインコートのような衣装を身にまとった小さな少年が、小さな両手で、色とりどりのキャンディが山のように盛られた銀色の盆を持ち、楽しげに走って行く。
「ボクも、役に立ちたいもん……!」
 アルヴェスはその一心で、手伝いを申し出たのだった。
「甘くて美味しいキャンディ、いりませんかあー!」
 頬を紅潮させた可愛らしい少年が、弾むような足取りでキャンディを配り歩く姿に、思わずときめいたお姉さんは少なくなかったという。
「いやー、嬉しいね、美味しいスイーツに楽しい時間。なんて幸せなんだろう!」
 いつも通りの衣装に身を包んだ神龍命は、スイーツを食べながら周囲の人々と会話に花を咲かせていた。彼女のいるテーブルには、何故か山のように肉まんが積まれているが、命にとっては普通のことだ。
 同席者や通りすがりの人々に肉まんをお裾分けしつつ、命は交流に勤しむ。
 スーツをびしりと決めた桑島平の周囲には、自然と人が集まっていた。
 特に、平と同じ『元悪ガキ』オヤジたちが集まって、自分たちのヤンチャぶりを自慢げに話し始めると、彼らの話の輪に加わった女性たち、彼らと年代の近い妙齢の婦人たちは、共感と悪戯っ子を詰るような視線とを込めてくすくす笑った。
「やっぱアレだろ、ガキの頃のあそびっつったらベーゴマとメンコ、これに限る」
 真っ赤なスーツとネクタイに身を包んだ赤城竜は、わざわざ台を持ち込んでベーゴマの腕前を披露していた。懐かしがった同年代の男性諸氏が戦いを挑むも、竜の腕前は素晴らしく、誰も勝つことが出来ない。
 平も完膚なきまでに叩きのめされて悔しげに唸っている。
「がはは、どんなもんだ、おっちゃんの腕前は!」
 女性たちの賞賛の拍手に、竜は上機嫌で杯を呷る。
 竜が給仕する、ラムネと駄菓子もなかなかに好評だ。
「今日は、わたしも仲間に入れてもらっていいかしら」
 そこへふわりと舞い降りたのは、ワンピース姿のマリアベル・エアーキアだった。
 風を感じながら飛ぶことが何よりのリフレッシュ、と空中散歩を楽しんでいたところ、下界が賑やかなことに気づき、降下してみたらお茶会だったのだ。折角だからのんびり楽しめれば、と舞い降りたところが、オヤジたちの悪ガキおもてなし区画だった、というわけだ。
「おっ、いらっしゃい、歓迎するぜ!」
 竜がグラスを差し出し、ラムネのビンを掲げる。
 マリアベルは嬉しそうに笑って礼を言い、輪に加わった。
「楽しそうね、皆さん」
「そうだな、実際、おっちゃんも楽しい」
「素敵。ここのところ、風は哀しみの感情を運んでばかりだったもの」
「ああ……そうだな」
「でも、今は、歓びが満ちている。とても素敵だわ」
 微笑むマリアベルに、竜も頷いていた。
 先刻まで過激すぎる『若気の至り』を自慢げに話していたジム・オーランドは、大家さんが貸してくれた和服で正装していた。生地も仕立てもいいこれは、大家さんの亡き夫の形見であるらしい。
 ジムは、平と竜とマリアベルがベーゴマに興じているのを片目に見ながら、槌谷悟郎と、子どもの頃の思い出について語り合っていた。
 悟郎は、バツイチ四十代の自分は、分相応に調理など……と、裏方に回ろうとしていたのだが、意外と年齢層の高い参加者もいることに気づき、また、自分と同じような道のりを辿って大人になったと思しき人々の話を聞いて、ついつい会話に加わってしまっているのだった。
「あんときのあいつがあんまりにも鼻持ちならなくてなぁ、ついつい叩きのめしちまった。あ、一応、殺しはしなかったぜ」
「あはは、過激だね、それは」
「そういうてめぇはどうなんだい?」
「わたしかい? そうだね、わたしはとにかく映画が好きで……時代劇の侍になりきって棒きれを振り回したり、西部劇のガンマンきどりで水鉄砲撃ったりして、よく怒られていたよ」
「ははは、そりゃ剛毅だな!」
 ジムの豪快な笑い声が明るく響き渡り、通りすがりの人々を思わず微笑ませる。
「ご注文を伺いに上がりましたお嬢様……って、うっ!」
 スイーツの香りに誘われて茶会に参加したDDは、本当はひたすら貪り食っていたかったのだが、森の娘たちが、手伝ってくれないと哀しみのあまりツタをけしかけちゃうかも的脅しをかけてくるので、不承不承接客に精を出していた。
 勿論やる気などなく、下手をするとお仕置きをされかねないだらけぶりで、丁度席に着いたばかりの女性に注文を訊きに行ったのだが、その女性と言うのが、姫系の、ふんわり可愛らしいモスグリーンのワンピースを身に纏ったリカ・ヴォリンスカヤだったのだ。
 身長も迫力もあるスレンダーな美女が、レースやリボンで彩られた愛らしい衣装に身を包むとどれくらい似合わないか、を地で行くリカに、DDは思わずドン引く。
「あら、イケメンっていうヤツね、素敵! じゃあ、何をお願いしようかしら……!」
 しかしリカはそのことに全く気づいていないようで、給仕に来たDDを見てキャアキャアとはしゃいでいた。
 はしゃいでいるのは可愛らしいのだが、しかしそれを裏切るのが、外見と衣装と行動の素晴らしきギャップ。
「うふふ、どうしようかしら、迷っちゃうわ……!」
 可愛らしく小首を傾げながら迷うリカから逃げ出したい気分満載だが、しかし逃げたら背後からツタが迫ってきそうで、DDは、神さま自分は何か悪いことをしましたか、などと遠い目で思っていた。
 事情を全く理解していないリカから、憂い顔のあなたも素敵よ、などと声がかかる。
 鹿瀬蔵人は、こういう、出会いがありそうな場所だということで、今日は執事風のシックな衣装に身を包み、非常に張り切って茶会に参加していた。
 とはいえ体格がよすぎて執事と言うよりはSPだが。
 最初はお客の女性を席に案内したり、彼女らと談笑したりしていたはずなのに、気づけば食器を下げたり食べ物や飲み物を運んだりお茶を淹れたりという裏方に回っているのが蔵人クオリティ。
「折角の、出会いの場なのに……」
 ふうと溜め息をついて首を巡らせると、蔵人と同じくらい体格のいいムービースター、龍樹が、笑顔の森の娘たちに追い詰められている場に視線が行き着いた。
 美しい森の乙女たちは、サイズがないなら差し上げるわ、などと言いつつ、手に手に、美しい衣装を携えている。
 ――どれも女物だが。
「う」
 あれが噂の、と、物凄い勢いで首を横に振っている龍樹と、にこやか過ぎる森の娘たちから離れようとした瞬間、乙女のひとりと視線がガッチリ絡み合ってしまった。
 森の娘の唇が、意味深な微笑を刻む。
「やば……!」
 硬直、脱兎、ざわりと足元が蠢き、――運命は無情。
 悲鳴はツタにかき消されて聞こえなかったとかなんとか。
 そんな阿鼻叫喚には気づかず、真船恭一はジェントルな態度で接客に精を出していた。
 妻の助言で、銀縁眼鏡に黒いフロックコートとネクタイ、ポケットチーフはシルバーグレイという出で立ちだ。理知的な恭一に、それらはとてもよく似合っている。
 花の美しさを愛で、目を細めるアメリカ人セレブに、和菓子と抹茶を給仕しながら、恭一はともに微笑む。
 とても大変な時期だからこそ、皆で楽しい、よい思い出を作れればと思う。そのために彼はここに来たのだ。
 彼が忙しく立ち働くテーブルのすぐ傍には、黒い大きなアタッシュケースが置いてあり、周囲にたくさんの皿が重ねられた真中で、ガスマスク姿の幼女、アレグラが、アタッシュケースに寄りかかって眠っていた。
 彼女は、この素敵な日に、一番美味しいお茶とお菓子を出してくれた人に一等賞のメダルをあげよう、と思っていたのだが、どれも美味しくて満足し、お腹が一杯になって眠ってしまったのだ。
「みんな、みんないっぽんしょだー……」
 むにゃむにゃと幸せそうに寝言を言うアレグラの手には、『一等賞』と真中に書かれた手作りメダルが握られている。
 その傍を通りかかった兎田樹は、
「もっもぎぃ(サービスワゴンだよぉ、好きなのをとって欲しいんだよぉ)」
 兎姿で、一張羅の燕尾服に身を包み、ふよふよ浮かぶ不思議ワゴンに茶や菓子を満載して給仕に精を出していた。
「もぎ、もぎぎぃ(今日もBのよさを皆に皆にわかってもらうために頑張るよぉ)」
 お世話になった人たちにお茶を淹れてあげよう、と、樹は忙しく動き回る。
 花びらが薄紅の雪のように降り注いでいた。



 5.想念渦巻きあかく映え

 天(そら)は与える 均しく平らかに
 日々という名の 十全の機会を



 梛織は、藍色の光沢を持つ黒いスーツを、正統派ホスト風に着崩しながら給仕に回っていた。
 某『楽園』でも完璧すぎる接客を披露した彼のことだ、その手つきや口ぶり、態度には全く危なげがない。
 お姑さんことクライシスはというと、おもてなし何それ美味しいのとでも言いたげに、接客される側に回っている。
「はっはっは、ご苦労なことだナ!」
 上機嫌で、通りかかるホスト役を捕まえては用事を言いつけ、性別間違って生まれて来たんじゃ、という女王様ぶりを発揮するクライシスに、
「ちょっと何ナチュラルに指名してんの、そこのお姑さんっ!? 出来ればちょっと働きませんか、ねえ!?」
 思わず突っ込みを入れる梛織である。
「お兄ちゃ――――んっ!」
 そこへ、背後から強烈な抱きつきタックルをかますのはレドメネランテ・スノウィスだ。
「ぉふぁっ!?」
 あまりの勢いに変な悲鳴を上げた梛織だったが、レドメネランテに気づいて満面の笑顔になった。
 同時に、
「ボク、お兄ちゃんをおもてなししたいんだにゃん★」
 黒ネコミミメイド服を、全く違和感なく着こなし、語尾ににゃんまでつけて自分を見上げてくる弟に、梛織はまず感動した。
 レドメネランテは、「こういうのが喜ばれる」という理由で着てきたのであって、萌とか女性用とかそういうことはあまり判っておらず、ただ梛織に喜んでもらおうと一生懸命だ。
 些細なことでもいいから、自分に出来ることをして、哀しみを乗り越えていけたら、とレドメネランテは思っていた。
 そんな、あまりにも可愛い弟の姿に、
「俺、レンを永久指名で」
 思わず真顔で主張し、
「お前も指名してるじゃねぇか」
 後頭部にクライシスの激烈チョップを喰らう梛織である。
 李白月は、執事の衣装で接客を行っていた。
 髪はオールバックにし、右目には黒い眼帯をしている。
 どんな相手に対しても敬語で、恭しく、しかし爽やかにもてなしていた白月の近くのテーブルに、純白の天使アルナの格好をしたルアと、ミニマムな伯爵風の格好をしたアルがやってきた。
「……お」
 見れば、ふたりをエスコートするのは、燕尾服姿のルイス・キリングだ。
 ご機嫌のルアと、苦虫を噛み潰したようなアル、表情が真面目すぎて気持ち悪いルイスの取り合わせは、普通といえば普通だし、異色といえば異色だ。
「アル、はい、あーん」
 電光石火の勢いでルイスが整えたテーブルで、くすくす笑ったルアが、物凄く嫌な顔をするアルに、ケーキを食べさせようとしている。
「……やめろ、鬱陶しい」
「えー、なんでさー。じゃあ、僕にも食べさせてよ?」
「断る」
 アルはにべもないが、ルアが少女の出で立ちをしているのもあって、傍から見れば、双子の兄妹のじゃれあいのようだ。
 アルはというと、恋人であるシャノンが、あまりにも見事に仕事をこなしているのを目にして少々複雑な表情をしていた。
 あんな風に余裕のある態度を保ちたいとも思うが、一生無理かもしれない、という諦観も勿論ある。
「しっかし」
 あまりに好青年過ぎる営業スマイルとソツのない接客で、周囲をドン引きさせていたルイスが、地の口調に戻ってぼやく。
「やっぱ、女性客、少ねぇよなぁ」
 俳優のひとりがセレブたちを連れてきてくれたと聞くが、それでもやはり、会場には、男の方が多い。
 だから、ルイスのそれは、男性陣の心の声を代弁したものでもあったのだが、
「あ、あれ、何か今寒気が……」
 振り向くと、視線の先には、莞爾と微笑む森の女王。
 ――足元がざわりとざわめく。
「このアホルイス、今何を……!?」
 嫌な予感がしたアルが、青褪めながら立ち上がった瞬間、いつも通りの緑色の地獄が展開され、ほんの数分後には、
「ぼ、僕は別に、もてなされる側に回りたいわけでは……!」
「って、やっぱオレ、ショッキングピンクがデフォルトだと思われてんの……!?」
 純白のお嬢系ワンピースを纏ったアルナちゃんと、ショッキングピンクのカクテルドレスを纏ったルシーダ姐さんとが、全く同じ姿勢で打ちひしがれているのだった。
「あはは、似合うよふたりとも」
 ルアの無邪気な賞賛が更に肺腑を抉る。
 ついでに、白月の苦笑も。
 燕尾服を着こなしたシキ・トーダは、ホストが本業なんじゃ、ってなくらいのノリのよさで接客をしていた。人付き合い人あしらいに長けた男なので、トラブルをフォローしつつ、お客を楽しませている。
 崎屋ユキからお声がかかったのはその途中のことだ。
 淡いピンクのワンピースを身にまとったユキは、線の細さも相俟って綺麗な女性としか思えないが、
「お兄さんったら素敵ね、あたしときめいちゃうわ」
 声はハスキーでは済まされない程度には低く、
「あらやだわー上手いわねお兄さんたら……お兄さん、よね?」
 シキが思わず尋ね返すとおり、
「うふ、そうでーす、男の子でーす。声のトーン、変えてたんだけど、気づかれちゃったわー」
 れっきとした男性なのだった。
 とはいえ気のいいおねぇおにいさんは、シキや周囲のお客と大いに盛り上がり、お茶会を堪能しているようだ。
 そこへ、スイーツを大量に載せた盆を手にしたアゼルがやってくる。
「あらアゼルちゃんいらっしゃーい」
 アゼルがそれらを配り終えるのを見守った後、シキが席を指し示して促すと、アゼルはほんの少し頬を赤らめ、
「……わたし、仕事中なんだけど……まぁいいか」
 素直に、シキが引いた椅子に腰かけ、紅茶とチョコレートタルトを注文した。
「はいはい、承りましたー。ちょっと待っててねー」
 日頃の疲れを少しでも癒して欲しいシキは、せっせと給仕に励む。
 もっとも、
「素直なアゼルちゃん、可愛いと思うよー?」
 などとからかいの言葉を口にして、無言で眉を怒りのかたちにしたアゼルに、思い切り足を踏んづけられるのがシキクオリティなのだが。
 そこから少し離れた、花がもっとも美しく見える場所で、古森凜は、
「……折角、ですしね……」
 落ち着いた色合いの紋付袴姿で、笛の音を周囲に響かせていた。
 元々は、対応したお嬢さんたちが聞きたがった、というのが発端だが、世界の持つエネルギーを、同じ哀しみを共有するこの場で、皆に伝えられたら、と思ったのだ。
 凜の奏でる静かな音楽が、風に乗ってゆったりと広がってゆく。
 そのままお喋りに興じるものもいたが、中には、染み入るようなそれに、目を閉じて聞き惚れるものも少なからず、いた。
「ほほう、なるほど……音楽と言うのも悪くないですにゃー」
 毛並みのお手入れバッチリ、なクロノは敵情視察に来ていた。
 ホスト役を務める人々の接客で、参考になりそうなものをチェックし、今後に生かすつもり満々である。
 一応、もてなす側として来たはずなのだが、毒見と称しては、出される料理を誰よりも早く食している。
 たまに、
「可愛さもアピールしてみますかにゃー」
 などと、何に対して何を血迷ったのか、ウサミミをつけて新境地開拓に勤しむ姿などは、ライバルのノリの妖精がいれば、散々突いてくれたことだろうが、残念ながらツッコミ役はおらず、猫神さまのひとり芝居はしばし続く。
 その横をぐったりしながら通り過ぎる津田俊介は、
「はー、人使いが荒いんだから……」
 足りなくなってきた諸々の材料を宅配するという依頼を受け、『楽園』と会場とを何往復もさせられている。
 猫の手も借りたい状況下において、彼の意志はまるっと無視だ。
 空飛ぶバイク便で、山のような材料を運んで疲れ果てた後、今度は更に、人外入り乱れる会場へウェイターをやれと放り出された。
 断ろうにも背後でツタがざわめくので怖くて出来ず、俊介は、念動力や瞬間移動を駆使してオーダーを運ぶ、異色のウェイター業務を必死でこなしていた。

 春の穏やかな陽気を受けて、賑わいは留まるところを知らない。



 6.愛しい、優しい、美しい、たったひとりのきみに

 花よ降り注げ きみの瞳に
 世界は残酷でも 絶え間なく美しいから



 少し大人っぽいワンピースを身にまとったリゲイル・ジブリールが、友人の悠里とティモネ、弟のように可愛がっているルウとともに、花びらの降り注ぐ会場を訪れたのは、午後二時を少し回った辺りだった。
 リゲイルの姿を認めて、会場の人々が、ざわりとざわめく。
 今日の主役は彼女だと、この場に集った皆が瞬間的に理解していたからだ。
「いらっしゃい、リガちゃん。それに、悠里ちゃん、ティモちゃん、ルウも」
「いらっしゃい、リゲイルさん。それに、悠里さん、ティモネさん、ルウさんも」
 一行を笑顔で迎えたのは、シックなタキシードに身を包んだ片山瑠意と、ギャルソンスタイルの朝霞須美だ。
 リゲイルととても親しいふたりは、哀しい事件のために沈んでいる彼女を何とかして励ましたいと、とても張り切っていた。
「ありがとう、瑠意兄様、須美ちゃん」
 髪を切ったからか、少し大人びた表情で微笑み、リゲイルが席に就く。
 ルウはリゲイルの膝の上に、悠里はリゲイルの左隣の席に、ティモネはリゲイルの右隣の席に座った。
「ご注文は、いかがなさいますか、お嬢様がた」
 流麗な手つきで、瑠意が注文を掲げて見せ、
「胡桃とチョコレートのタルトや、苺のコンフィチュールをたっぷり使ったパイもお勧めですよ、お嬢様がた」
 優美な仕草で、須美がお勧めを指し示す。
 大富豪のリゲイルは、家に執事がいるのもあって、執事風のホスト役にもてなされることに関しては、それほど動じはしないが、
「あ、あの、兄様、須美ちゃん、どうしたの……?」
 友人たちが、あまりにも恭しく、丁寧に奉仕してくれることには、少々戸惑い、また気恥ずかしく感じているようで、彼女を見つけたホストたち、
「やあ、リゲイルちゃん。いらっしゃい、今、美味しいお茶を淹れるよ」
 吾妻宗主、
「よう、リゲイル」
「げんきかー、リゲイルー」
 笑顔の理月と太助、
「……何か、菓子でも、持って来よう」
 シャノン、
「姫君の顔を見ることが出来て嬉しいよ」
ブラックウッド、
「ああ、来たのか」
「来たのか、はねぇだろくるたん。もっと愛想よくしねぇと」
「……くるたん言うな」
 香介と詩人、
「おや、お嬢さん、いらっしゃい。何か、お持ちしようか?」
 王様、
「ハッアーイ、リゲイルクン! キミもスイーツを貪り食べに来たのカイ? ボクの特大パフェ、分けてあげヨウカ?」
 クレイジー・ティーチャー、
「お、リゲイル。よっす」
「こんにちはぁ、リゲイルさん」
 梛織とレドメネランテ、
「いらっしゃいませ、リゲイルお嬢様」
 白月、
「おや、リゲイルさん、いらしていたのですか。どうぞ、くつろいで行ってください」
「いらっしゃい、リゲイル。よーし、今日はお兄さん、いや今微妙にお姐さんだけど、張り切ってご奉仕しちゃうぞー」
 アル、ルイスが、次々に声をかけると、困惑したような、うれしいような、はにかんだような、そんな表情を浮かべて、周囲を見渡した。
「いいえ、リゲイルさんが楽しんでくださったら、それだけで嬉しいなぁと思いまして」
 タキシードに着られている感のある綾賀城洸が、純粋な笑顔とともに、精一杯恭しい手つきでお絞りを差し出す。
「あの、皆、どうしたの……?」
 ティモネは特に動じていなかったものの、周囲を取り囲まれて悠里が硬直し、ルウが机の下に隠れる中、洸から濡れタオルを受け取りながら不思議そうに理ゲイルが問うが、ホストたちは顔を見合わせて穏やかに微笑むばかりで、明確な答えは返らない。
 それでも、自分が気遣われていることは判るリゲイルが、無垢に微笑み、
「……皆、ありがとう」
 はにかんだように礼を言ったところで、可愛らしいワンピースに身を包んだベアトリクス・ルヴェンガルドをエスコートしたシュウ・アルガが歩み寄ってくる。
「よっす、リゲイル。ビイが一緒にお茶したいって言うんだ、相席、いいかい?」
 ラフにセットされた髪と、少々派手な細身のスーツと言う、まんまホスト姿のシュウに、リゲイルは笑顔で頷いた。
 ベアトリクスが席につき、シュウはカトラリーの準備を始める。
 そこへ、シャノンが丁度いいタイミングで大粒苺の姫ミルフィーユを運んでくると、
「ぱぱ」
 机の下からひょっこりと顔を出したルウがシャノンに抱きつき、目を細めたシャノンが小さな少年を抱き上げる。
 にこにこしながらその光景を見つめていたティモネの傍に、白スーツを軽く着崩した、どこからどう見てもホストというレイがやって来て、
「……今日のティモネさん、可愛いんじゃねぇ?」
 黒い中華風の上着にロングスカート、臙脂色のショールと言う出で立ちの彼女を見つめて、照れもせずにさらりとそう言ったので、
「な、」
 ティモネは思わず赤くなる。
 天邪鬼なティモネだが、唐突な褒め言葉には弱いのだ。
「……冗談はやめてくださる?」
「冗談でこんな恥ずかしいこと、言わねぇけど?」
「……」
 特にレイは飄々として捉えどころがなく、反撃に出にくい。
「あ、心配しなくても、そういうツンツンしてるところも可愛いぜ?」
「……もう!」
 頬を赤くして憤慨するティモネを、くすくす笑いながら見ている悠里は、髪を下ろして金のカチューシャをし、濃灰色のワンピースにロングニットカーデ、左手首にインカローズとシトリンをあしらったブレスレット、耳に揃いの石を使ったイヤリングと、気合を入れておめかしをしていた。
 香介が通りかかったので給仕を頼んだはいいのだが、リゲイルを誘ってやる気満々で来たにも関わらず、妙にそわそわして落ち着かない。
「ほらよ、ミントティー、持って来たぜ」
「駄目だよ香介、女の子にはもっとやわらかく接しないと。悠里ちゃん、キャラメル・パフェ、ここに置くからね。どうぞ、ゆっくりしていって?」
 ぶっきらぼうながら親しげな香介と、穏やかで優しい眼差しの宗主、双方に給仕され、
「ひぁーすみませんっ、どうもありがとうございますっ」
 思わず引っ繰り返った声でお礼を言ってしまう悠里だった。
 それでも嬉しげなのは、リゲイルを初めとした皆が、楽しそうにしているからだ。
 ――今日、ここへ来たのは、そのためでもあるのだから。
 給仕が一段落し、ギャルソンスタイルのままリゲイルたちのお茶の輪に加わった須美の傍へ、セバスチャン・スワンボートがやってきたのはその少し後のことだった。燕尾服を着た彼は、似合わないこともないが、微妙に草臥れた雰囲気が漂う。
「あら、ぼさぼささん、こんにちは」
 リゲイルが笑顔で挨拶をすると、茶器を手にしたセバスチャンはどうも、と返し、お茶の準備を始めた。
「……もしかして、お茶を淹れてくださるんですか」
 須美が問うと、
「そのつもりだけど」
 そんな答えが返り、須美は気恥ずかしそうに、嬉しそうに笑った。
「どういう風の吹き回しかしら、って言ってもいいですか?」
「どういうとか訊かれても困るんだけどなぁ」
 これだからツンデレは困る、と聴こえないように言ったつもりのセバスチャンだったが、
「ツンデレとか言わないでください執事セバスチャン」
 ばっちり聴こえていたようで、しっかり反撃を食らっていた。
 丁度その時、そのすぐ近くで、ふわりとした春らしいイメージの可愛らしいドレスを身にまとったルイーシャ・ドミニカムに、優雅な手つきで茶を供していたのがエンリオウ・イーブンシェンだ。
 騎士の出で立ちの彼は、騎士としての礼儀作法が身に染み付いているため、エンリオウは、穏やかな微笑を浮かべながら貴族の姫君に接するかのごとき恭しさでソーサーをルイーシャの前へ置いた。
 ……とはいえ、ルイーシャはそもそも貴族の姫君だが。
「ありがとうございます、エンリオウさま」
 お茶を前に、清楚な微笑を小さな唇に浮かべたルイーシャが、綺麗な花柄の紙ナプキンで包まれたクッキーを差し出す。
「家で焼いて参りましたのよ。よろしければ、召し上がって」
 ふわりと立ち上る、甘くて優しい香りに鼻をくすぐられ、エンリオウが目を細める。
「ありがとう、嬉しいよ」
 恭しく包みを受け取り、優雅な仕草で一礼してみせるエンリオウに、ルイーシャがまた楚々とした笑みを見せた。
「よう、エンリオウ」
 同じ映画出身のセバスチャンが挨拶にと声をかけると、
 エンリオウはぱちぱちと瞬きをして、
「……ええと、ベンジャミンくんだったかい?」
 と、惜しいのか惜しくないのか微妙な間違いをしてセバスチャンを咳き込ませていた。
「理晨」
 沙闇木鋼は、不思議な桜を見に来て茶会に気づき、直接参加したため、ズボンにシャツ、ジャケットの動き易い格好のままだが、長身でストイックな美しさを持つ鋼は、どんな出で立ちでも人の視線を集める。
 呼ばれた理晨が、彼女を目にして笑顔になり、歩み寄ってくる。
「よう、久々。あんたは元気そうだな。彼氏さんはどうだよ?」
「あァ、まァ、いつも通りさ。そういうあんたも元気そうじゃねェか。それに、何か、嬉しそうだ」
「ん? ああ、ちょっとな」
 手早く茶の準備をしながら理晨が笑う。
 特に追求するでもなく、鋼は、皆の笑顔に満ちたこの会場を見渡して、哀しいことも、こうして、少しずつ癒され、晴れていけばいい、と思った。
 天人の主従、刀冴と十狼が茶会会場へやってきたのはその頃だ。
「お、リゲイル!」
 大きなバスケットを手にした刀冴は、いつも通りの出で立ちのまま、満面の笑顔でリゲイルに歩み寄り、
「どうだ、元気、出てきたか。あんたがもっと元気になれるようにって、心を込めて焼いたんだぜ」
 と、バスケットから、漢パンを筆頭としたリアルすぎる人体パンを取り出して薦め、目を輝かせるリゲイル以外の参加者たちを一斉に慄かせるのだった。
 十狼はというと、客として参加する気満々で、刀冴に断って少し離れた位置に陣取ると、瑠意を指名してあれこれと用事を頼んでいたが、
「……ふむ、ここでは埒が明かぬ、な?」
 しばらくすると、意味深な微笑とともに瑠意に何ごとかを囁き、真っ赤になった瑠意を伴って、どこへともなく消えていった。
「……十狼さんと瑠意兄様、どこへ行ったのかしら」
 首を傾げるリゲイルに、深々と溜め息をついて、
「大人の事情ってヤツだ、訊かねぇでやれ」
 と、彼女の肩を叩く刀冴だった。
 刀冴のそんな様子を少し離れた場所から見つめていた市之瀬佳音は、今にも弾け飛ぶんじゃないかというほどの勢いで脈打つ心臓を持て余していた。
 暗い事件が続いて少し滅入っていたところ、皆で集まってお茶会を、という話を聞いてここへ来た佳音だが、
「ど、どうしよう、誰でも指名して、いいん、だよね……!?」
 銀幕市に魔法がかかる前からの大ファンである青狼将軍の姿に、ときめきなのか動悸息切れなのか判らないものが止まらない。
「あ、あのっ、刀冴さんっ」
 悩んでいても仕方がないと意を決して声をかけ、宝石のような青い目を瞬かせた彼がこちらへ来てくれたのへ、
「あの、すみません、もしもよろしかったらお茶をご一緒に……っじゃなくて、あのその、お茶を、お、お願いしたく……!」
 しどろもどろで指名した後、
「ん、ああ、いいぜ。ちょっと待っててくれよな」
 晴れやかな笑顔で刀冴が頷くのへ、何故か申し訳なく、いたたまれなくなって、
「ああっ、すみませんすみませんごめんなさいっ」
 謝り倒してしまう佳音だった。
 ……どうやら、道は、多難そうだ。
 夜乃日黄泉は、髪を優雅に落としたまま、黒をメインにし、ポイントに銀の入った清潔そうなモード風チュニックを着ている。
「素敵ね、皆素敵」
 大好きな、美味しいお菓子と、皆の楽しそうな姿に、美しい微笑はいつもより更に麗らかだ。
「いらっしゃい、日黄泉」
「お、なんだ、あんたも来たのか」
 宗主と香介が、いい匂いのするお茶と、ふわりと焼きあがったシフォンケーキとを運んできてくれたので、日黄泉は満面の笑顔を浮かべて頷いた。
「ありがとう、宗主、香介」
 そしてふたりを手招きし、不思議そうに身をかがめる双方の頬へ、軽いキスを落とす。ふたりの驚いた顔が、愛しい。
 あの恐ろしい穴に、何も出来ない自分を歯痒く思っていた彼女だが、こうして楽しい時間を過ごせる今は嬉しいのだ。
 目の前に広がる光景を純粋に慈しみ、自分もまた謳歌する。
「ふふふ、素敵なことだわ……」
 黒いレースが上品な、大人っぽく艶やかなワンピースに身を包み、藤代陽子は賑やかな会場や、姪たちの楽しそうな様子を見つめていた。
 そこへやってきたのはコーター・ソールレットで、
「注文を伺いに参った!」
 何を血迷ったか、『幽霊だけにスーパー冥土喫茶!』と勘違いした彼は、フリフリのメイド服をもちろん鎧の上から着用していた。
 かなりの視覚的インパクトで、遠巻きに彼を見て「ウッ」と一歩引くものも少なくなかったが、
「……まあ」
 陽子は特に動じない様子でにっこりと微笑んだ。
「では、温かいほうじ茶と、丹波黒豆と黄な粉のタルトをお願いできるかしら」
 と、普通にオーダーを通されて、コーターが満足げに頷く。
「うむ、では、スーパー急いで準備いたすゆえ、しばし待たれよ!」
 彼がそう言うや否や、彼の右手が胴体からずぼっと外れ、注文表を手にしたままバックヤードへと飛んで行く。
「……まあ、便利ね」
「そうだな、何人も一気に接客出来て、都合がいい」
「あら、あなた、頑張り屋さんなのね?」
 陽子に言われてコーターは大きく頷いた。
「今回は何やらスーパー哀しかった事件の被害者をウルトラ慰めるメガ喫茶と聞いたぞ。拙者も銀幕市の一員としてその手助けがしたい! 純粋に、それだけだ」
 なりは少々おかしくとも、真摯さを多分に含んだその言葉に、陽子は微笑む。
「……そうね、あなたのような方がいてくださるなら、きっとこの町は大丈夫だわ」
 それはきっと、今この場所で賑やかな茶会を楽しむ人々のすべてが感じていることでもあっただろう。
「……よし」
 精一杯頑張った感のある茶色のブレザーを纏い、クラスメイトPはお茶の仕込みに徹していた。
 女王に頼み込んで特別に分けてもらった特別な茶葉を、ふたり分、ティーポットに用意している。
「これで、少しでも、リラックスしてもらえれば……」
 本当は、自分ごときが表立っては行けない、と思っていたのだが、後でクララでも何でもするから、と配達を頼んだ娘たちが、折角だからご自分でお行きなさいな、と言うので、いつものハプニング体質が炸裂しないよう祈りつつ、銀色の盆を手に、目当てのふたりの元へ向かう。
「あの、リゲイルさん、刀冴さん」
 恐る恐る声をかけると、ベアトリクスと談笑していたリゲイルと、佳音と話し込んでいた刀冴とが同時に振り向き、同時に笑顔になる。
「あの、これ、……ちょっとでも、元気になって欲しいな、って……」
 眩しいほど満開笑顔のふたりが、クラスメイトPの言葉に、もっと幸せそうな表情をする。
 それを眩しく見つめつつ、クラスメイトPは、森の女王と春の女神にも同じようなことがしたいな、と、どきどきしながら思っていた。
「……ふう」
 その頃、流鏑馬明日は、普段の黒いスーツ姿のまま、賑わいからは少し離れた場所にいた。
 初めは、桑島平に連れて来られたのだが、彼の周囲に楽しげな輪が出来ていたため、勿論、平が自分を元気付けようとしていることを理解してはいたが、その場にいづらくなって散歩に出ていたのだ。
 友人や知人たちが楽しそうに談笑しているのを遠巻きに眺めつつ、自分もどこかに入れないだろうか、と彷徨っていたのだが、結局入りそびれて今に至る。
「あら……どうなさったの、可愛い方」
 そこへ声をかけたのが、森の女王レーギーナだった。
「こんなところで、おひとり?」
 手にしたグラス、鮮やかなアイスローズティーが入ったそれをそっと差し出しつつ、やわらかく、穏やかに微笑んで女王が問う。
 明日は小さく頷いてから、礼を言ってグラスを受け取った。
 口をつけると、華やかで繊細な、甘く穏やかな薔薇の香りが、ふわりと鼻孔をくすぐる。
「……あたし、賑やかな場所って……どうしていいか、判らなくて」
「そうなの」
「仲間はずれとか、そういうのじゃないんですけど。皆のこと、好きだし……でも、気づくと、こうなっちゃってて」
 ぽつりぽつりと、デリケートな悩みごとを口にする明日を、女王は慈愛の目で見つめながら、静かに彼女の話を聞いていた。
 ――聞いてもらうだけで、心は、ほんの少し軽くなるのだと、明日は思った。
「焦らなくてもいいと思うのよ、わたくしは。だって、皆さん、あなたのことを、ちゃんと愛しておられるもの」
 そんな言葉が、心に染み渡る。



 7.華やかに春は過ぎ行き

 春は謳い逝く 人々の背を押し
 新たな邂逅と 胸の傷を慈しみながら



 三月薺は、春めいたパステルカラーのワンピース姿で席についていた。
 桜色のワンピースを可愛らしく着こなした友人の七海遥も一緒だ。
「なずなー、ごちゅうもんの、いちごとピスタチオのムースタルト、おまちどおさまー」
 薺が指名したのは太助だった。
 小さな仔狸は、皆が楽しんでいるのが嬉しくてたまらないという風情で、あっちへアップルパイを運び、こっちへビスケットとチーズクリームを運び、そっちへアイスコーヒーと生クリームたっぷりのエクレアを運び……という風に、小さな身体を弾ませるように動き回っていた。
「うーん、美味しいっ」
 タルトを一口食べて薺は感動し、
「太助君は偉いね、こんなに頑張ってるんだもん!」
 褒められて照れ笑いをする仔狸の手をぎゅっと握る。
「ありがとうね、太助君」
「おう、どういたしましてだぜ。でも、俺もありがとな、薺」
「え?」
「……たのしんでくれて、わらってくれて」
 真っ直ぐに見つめる仔狸の視線に、胸が詰まる。
「……うん」
 握り締めた太助の手は温かかった。
 薺は、ムービースターも何も関係なく、彼は今生きてここにいるんだ、と改めて実感する。
 ――どうか、ずっと、この幸せな時間が続くように、と、祈らずにはいられないほどに。
「でも、本当に、幸せですよね。プリマヴェーラさんのお茶会に参加できるなんて……!」
 それを微笑みながら見つめる遥は、正統派執事スタイルに身を包んだ犬神警部に給仕をされて幸せ一杯だった。
「犬神警部さん、とっても素敵です! 警察のお仕事の姿も素敵だけど、今日も、本当に素敵」
 サイン色紙をいつ差し出そうかと悩みつつ、目を輝かせて言う遥に、犬神はくすぐったい、面映い思いを味わっていた。
「いや、そんな、自分は……」
 主催者である女王と春の女神の神秘的な美しさに加え、会場には美男美女が勢ぞろいで、犬神警部はガチガチに緊張していたが、同時に、今日は色々と学んで帰ろう、と意気込んでもいた。
 犬神が今日ここへ参加したのは、高校生という多感な年頃の娘に、お父さんには女の子の気持ちが判らないのよっ! と常々詰られている彼が、今回のこの機会に、年頃の娘さんたちを理解し、スキルアップを図ろうとしてのことだった。
 しかしそれを抜きにしても、薺や遥のような可愛らしい少女が、楽しげに、幸せそうにしている姿は、胸の奥がやわらかくなるような気がする。
 自分のようなものが滑稽なことだと思いはするが、実際にほんわかするのだから、仕方がない。
「さて、では、他のスイーツをお持ちしようか。ゆっくり、楽しんでいてくれ」
「はい、ありがとうございます、犬神警部さん」
 ――自然、給仕をする手つきや態度にも、真剣み、真摯さがこもる。
 娘はそれを褒めてくれるだろうか、などと、益体もないことを思った。
 そこから少し離れた位置で、
「ちょっと、そこのシュウ・アルガ! お茶持って来なさい、お茶!」
 ゴスロリ姿のツンデレ兎ことレモンの声が響き渡ると、お腹が一杯になって眠そうなベアトリクスをリゲイルに任せたシュウが、苦笑とともにティーセットを運んでくる。
「どうぞ、レモンお嬢様」
 上客をもてなすホストさながらに恭しく、丁寧な手つきでティーカップを置かれ、
「こちらは、レモンお嬢様に一番のお勧めの、苺のコンフィチュールとヨーグルトのムースタルトでございます」
 綺麗な菓子を優雅な手つきで薦められて、
「……ありがと」
 レモンは思わず照れ、ぼそりと例をこぼす。
 くくく、とシュウが笑った。
「レモンお嬢様は、ホント可愛いんだからなぁ」
 レモンは憤慨し、膨れる。
「もう、何よ、馬鹿にして!」
 膨れつつも、レモンは幸せだった。
 春のよき日に、親しい人たちと楽しい茶会で大騒ぎするなんて、幸せ以外の何と言う言葉で括ればいいと言うのだろう。
「……プリマヴェーラも、レーギーナも、ありがとね」
 ぽつりとつぶやいたそれは、小さかったが、きっとふたりに届いていることだろう。
「……」
 ジェイク・ダーナーは、茶会開始からずっと、ただひたすら、アイスピックで氷を割っていた。
 何せ彼はスプラッタ映画のシリアルキラーである。
 そもそも指名されることもあるまい、と踏んで、相棒とでも言うべきアイスピックを駆使して大量のロックアイスを生産し、さりげなく氷を各テーブルに配り歩いているのだ。
「少し休憩したらどうだ、ジェイク」
 声をかけてきたのは、住まいと仕事とを世話してくれた恩人、ギリアムだ。
「……フーパーさん」
 アイスピックを揮う手を止め、恩人を見上げたジェイクは、視線に気づいて頭を巡らせ、
「あれって……『ダリオ』のジェイクさんじゃないかしら?」
 桜色の可愛らしいワンピースを纏った少女と、パステルカラーのワンピースを着た少女とが、不躾にならないよう気をつけながらこちらを見ていることを知った。
 スプラッタ映画がそぐわぬ、ふんわりとした雰囲気の少女たちだったので、怖がられるかな、とジェイクは思ったが、
「氷、作ってくれてるんだ。いい人だね、遥ちゃん」
「そっか、さっきから氷がなくならないなぁって思ってたら、彼が運んでくれていたのね。スプラッタ映画の登場人物だから、もっと怖い人だと思っていたけど……うん、いい人ね、薺ちゃん」
「遥ちゃん、サイン、もらいにいかないの?」
「……うん、お仕事が一段落したら、お願いしてみようかな」
 そんな、微笑ましい会話が聞こえてきて、思わず、唇の端で笑う。
 ギリアムが、それを、好もしげに見ていた。
「ううう、納得行かない、納得行かないよコレ……!」
 地の底から響くような声で呻くのは、当然のように捕獲され、女性客のひとりバロナちゃんになってしまったバロア・リィムだ。
 二代目ベビーピンクの君の名に相応しく、春らしい、可愛らしいピンク色を基調としたゴスロリ衣装で装わされ、ネコミミにはリボンまであしらわれて、轟沈寸前のバロナちゃんである。
「まぁまぁ、バロア様、そのお召し物とてもよくお似合いですわよ」
 全く動じていない、ファーマ・シストの言葉が更に肺腑を抉る。
「春の女神さまのお茶会……ふふ、素敵な催しですわね」
 薔薇色のシフォンドレスを纏ったファーマは楽しげに周囲を見遣り、それからバロアに視線を戻す。
「折角の機会ですもの、お茶をご一緒させてくださいませね。……残念ながら、肉球をお付けする薬はまだ未完成なのですけれど……」
「いやいや、頼むから完成させないでよそれ」
「それから、このハーブティ、いかがかしら?」
「……わざわざキミが薦めて来るってことは、何かけしからん作用つきってことだよね」
「この世界で言うところの、所謂『萌え系ボイス』になれるお茶なんですのよ」
「全身全霊で却下させてくれないか」
 にこにこ笑顔のファーマに対して、バロアはどこまでも真顔だ。
 超勘弁してくれ。
 バロアとしては、楽しげに笑っている薺のところにも行きたいのだが、今の状況では、バロナちゃんとしてバロアの生き別れの双子の妹かよく似た従妹辺りを死ぬ気で演じるしかないので、彼女の視界に入らないように必死で隠れることしか出来ないのだった。
「お、バロア、似合ってるな、それ!」
 唐突に朗らかな声が響き、薺に聴こえたらどうするんだ! と振り向けば、そこには宿敵タスク・トウェンの姿がある。
「……タスク」
 タスクはタキシードを小粋に着こなし、片手に銀色の盆を持っていた。
 晴れやかな笑顔は、いい男とはこういうものだ、と誰もが思うような朗らかさだ。
「ほらほら、時化た顔してないで、パンでも食べなよ」
 と、タスクが、海老がたっぷり入ったグラタンをフィリングとして詰めた惣菜パンと、バナナカスタードクリームをたっぷり詰め込んだやわらかい菓子パンを薦める。
 ファーマは笑顔でそれを受け取り、バロアも仏頂面のまま、しかしありがたくそれらをいただく。
「……嬉しそうじゃないか」
 バロアの言葉に、タスクは肩を竦めて笑った。
「当然だろ?」
 賑やかで楽しげな会場の雰囲気に、この場にいる皆が、確かに幸せを感じていることが判って、思わず自分もにこにこしてしまうのだ。
 ――時が止まればいいと、思うのだ。
 もちろん、それが不可能だと知っているからこそ、彼らは懸命に生きるのだけれど。
 会場は賑やかで、笑顔と活気に満ちていた。
 ヴィクトリアン調の執事服に身を包んだフェイファーは、その空気を心底楽しみながら――宗主に言われるように給仕にも精を出しながら、ティモネや香介を引っかけては、からかい混じりに遊んでいた。
 そんなフェイファーが、あちこち動き回って疲れも見せない宗主に、お茶を淹れてやっていた時だった。
 ざわり、と、会場がざわめいた。
「……?」
 宗主と顔を見合わせ、フェイファーが周囲を見渡すと、唐突に、人の波が割れた。
 漣のように引いてゆく人波の向こう側からは――
「お探ししましたわ、天使様」
 清楚な白いワンピースに身を包んだ、輝かんばかりに美しい少女が、フェイファーを目指して一直線に進んでくる。
「……レイラ」
 フェイファーが不思議そうに瞬きし、北條レイラを見つめた。
 レイラの真摯な眼差しに、自然、周囲が声を――息を潜め、成り行きを見守る体勢に入る。
「告白、と、言うよりは」
 独白めいて呟き、レイラが微笑む。
「決意表明のつもりで参りましたのよ」
 いつの間にか、ふたりの周囲に、人だかりが出来ていた。
 物珍しげにというよりは、ただ、ふたりを見守る視線が満ちる。
「……ああ……?」
 首を傾げるフェイファーに、
「先日、桜の元で親友と誓いましたの。大切なものを守ると」
 凛とした眼差しを向け、
「――……この夢が覚めるまで、わたくしの側にいてくださいます?」
 レイラが、しなやかな手を差し伸べる。
 それは、あまりにも潔く厳かな愛の誓い。
 色恋などという軽々しいものではなく。
 誰もが息を殺し、フェイファーを伺い、答えを待った。
 恐らく、誰も、それほど心配してはいなかったけれど。
 しばしの沈黙の後、
「……そっか」
 フェイファーは、青空めいた晴れやかさで笑い、レイラの手を取った。
「じゃあ、レイラ。おまえのことは、俺が守ったらいいんだな?」
 そして、ふわり、と、レイラを抱き上げ、その額にキスをする。
 ほんの少し驚いた顔をし、レイラが、美しく、無邪気に――無垢に、笑み崩れた。
 どっ、と、歓声と、拍手とが巻き起こる。
 そっと寄り添ったシャノンとアルが、顔を見合わせて微苦笑したリヒトと杏が、幸せそうなレイエンとルースフィアンが、思わず見つめあい、思わず目をそらすセバスチャンと須美が、穏やかに微笑んだ十狼と瑠意が、今この場に集う、心ある人々すべてが、――この瞬間に誓われた深い思いを喜び、祝福し、かたちあるものに永遠などなくとも、想いは永遠よりも強く深く残るようにと、祈るように思っていた。
 その光景を微笑みとともに見守りながら、
「あの、刀冴さん」
 白シャツに黒スラックス、黒蝶ネクタイと緑エプロンという、ホスト下っ端風の出で立ちで、銀色の盆を手にした りん はお は、刀冴にそっと声をかけていた。
 同じように微笑ましげな表情で成り行きを見守っていた刀冴が、
「おう、どしたよ?」
 くるりと振り返るのへ、温かい緑茶が入った湯飲みを差し出す。
「わざわざ、持って来てくれたのか?」
「……ええ、あの、先日、お握りをご馳走になったので、そのお礼がしたくて」
「ああ、あんなのは別に気にしなくていいんだよ、俺が好きでやってんだから」
 刀冴は生真面目なはおの様子に、少し呆れたように笑い、
「でも……ありがとな、嬉しいぜ」
 それから、長くて武骨な指先で、その湯呑み茶碗を受け取った。
 それを横目に見ながら、理月は、レイラとフェイファーに父親のような温かい眼差しを向けるブラックウッドに歩み寄る。
「あの、ブラックウッドさん」
 彼の存在には気づいていたようで、ブラックウッドが優雅な仕草で理月を見る。
「……あんたも、お疲れさん」
 少しどぎまぎしながら、自分で淹れた紅茶を、ソーサーごとブラックウッドに差し出すと、ブラックウッドは黄金の目を細めてそれを受け取り、
「君のその気遣いに感謝するよ、理月君」
 反対の手で、理月の頬をそっと撫でた。
「……うん」
 理月ははにかんだように笑い、頷く。
 穏やかで、やわらかな空気が、美しい春に満ちた空間を満たしていた。
 リゲイルは、それらを、ひとつも見逃すまいと見つめている。



 8.そして、約束は続く

 それでも きみが愛しいから
 約束しよう 永遠などなくとも
 ただ傍にいる きみの傍にいるよ



 リゲイルは、春の女神が、
「何人もの方が、あなたにこれを、と仰いましたのよ」
 美しい花冠を差し出すのを黙って見つめ、それから首を横に振った。
「ありがとう、でも、わたし、受け取れません」
 プリマヴェーラの瞳が、真っ直ぐにリゲイルを見る。
 それを恐れ気もなく、ただ純粋に見つめ、リゲイルは笑うのだ。
「わたし、今日、たくさんたくさん優しくしてもらいました。たくさんの気持ちをもらいました。これ以上のものをいただいたら、贅沢ものめって怒られてしまうわ」
 花冠をリゲイルにと願った人々が、少女の言葉に、そんなことはないと声をかけるが、リゲイルの心は決まっていた。
「今日は、素敵なお茶会をどうもありがとうございました。とっても楽しかったです。――わたしのために、なんて、自惚れるつもりはないけれど、とても安らかな気持ちになれました」
 痛みを伴った虚無、哀しみは、今でも彼女に根を張っていて、それはそう容易く消えはしないだろう。もしかしたら、一生消えぬものなのかもしれない。
 ただ、今日、この茶会に参加して、
「哀しい思いをしたのはわたしだけじゃないんだって、よく判ったから」
 哀しみに貴賎も上下もないことを、再確認した。
 リゲイルが哀しみ、自分を責めて憤ったのと同じように、苦悩し慟哭した人たちがいて、だからこそ今日のこのとき、人々は全身全霊でこの幸せな時間を共感し、楽しんだのだと。
「だから、それは、他のどなたかに差し上げてください」
 きっぱりと、リゲイルがそういうと、プリマヴェーラはレーギーナと顔を見合わせ、微笑んだ。
「人の子の、何と強く美しいことかしら」
 プリマヴェーラが、花冠を女王に手渡すと、彼女は頷き、唇を艶やかな笑みのかたちにして、
「そうね……誰が一番、などという言葉で哀しみを括っても、無意味だわ」
 悪戯っぽい視線をリゲイルに向ける。
「白状するとね、わたくしたちが、リゲイルさん、あなたと、楽しい一時を過ごしたかっただけなのよ」
 くすり、と笑った女王の手の中で、花冠があかく輝いた、
「だからこれは、あなたの願いの通りに」
 そう思った次の瞬間、それは、粉々に砕けて、花吹雪のように、会場全体を駆け巡った。
「あ……」
 最上級のインカローズもかくや、という輝きが、会場を包み込む。
 美しい、幻想的な光景に、思わず見惚れたリゲイルは、右手の小指に、ふわりと温かな何かが宿ったことに気づいて手を見下ろした。同じことが、ここに集ったすべての人々にも起きたようで、誰もが、自分の右手小指を見つめている。
 ――小指の爪に、ほんの一瞬、インカローズの輝きが宿ったような気がしたが、それは気の所為だっただろうか。
「花冠の欠片は、あなたがたが、あなたがたの大切などなたかのために何かしたいと願う時、ほんの少し力を貸すでしょう。微々たる贈り物ではあるけれど、どうか、お受け取りになって」
 プリマヴェーラが静かにそう告げる。
 レーギーナは、不思議そうに空を見上げる明日の傍に歩み寄った。
 そして、
「あなたが、あなたの思うように、あなたの大切な方を、守れるように」
 森の神気を凝縮した宝玉を、そっと彼女の掌に落とし込む。
 驚きを、表情の少ない顔にほんの少し浮かべ、明日はレーギーナを見つめる。
「……レーギーナさん」
「どうか、あなたが、あなたの望む道を、望むように歩めるように」
 囁き、微笑んだレーギーナは、明日から離れると、
「さあ……皆さん。宴はたけなわ、まだまだ続くわ。どうぞ、大切な方と、大切な一時を、心行くまでお過ごしになって」
 よく響く声で、そう呼びかけた。
 静けさの魔法から解き放たれたように、歓声と拍手とが巻き起こり、人々はまた、めいめいに、自分たちの楽しみに戻ってゆく。

 雪のごとく夢幻のごとくに降り注ぐ花びらは、人々を祝福するように、世界を薄紅色に染め、春の喜びで満たす。
 賑やかな茶会は、まだもう少し、続くだろう。
 哀しい出来事も乗り越えていける、という、希望と言う名の強い確信を孕んで。

クリエイターコメント大変お待たせいたしました!
総勢121名様でのパーティシナリオ、『プリマヴェーラの花冠祭』をお届けさせていただきます。

哀しい出来事の後だからこそ、皆さんから、今を大切にしよう、懸命に生きて、懸命に楽しもう、という思いが伝わってきて、書きながらとても温かい気持ちにさせられました。

ひとつの空間で、同じ時間を共有した方々が、たくさんのものを乗り越えて愛し合う方々が、これからも仲良く、睦まじく、この町で幸せに暮らしてゆかれるよう、願ってやみません。

人数の関係上、はしょってしまった部分も多々ありますが、少しでも、各PCさんの立ち位置や思いを描写出来ていれば、嬉しいです。

それでは、ご参加、本当にどうもありがとうございました。
また、明るい銀幕市でお目にかかれることを祈って。
公開日時2008-06-02(月) 02:40
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