「ウフフフ……あはははは。雪、きれーっ! あはははは……!」
必要以上にケタケタ笑いながら、ひとりの女子高生――湯森奏がクリスマスツリーの森の雪を堪能している。真剣に雪だるまをつくっていたかと思えばいきなり雪をまき散らしてケラケラ笑いだしたりして、しかもちょっと瞳孔が開いているので、スノウマンすら彼女からは少し距離を取っていた。
「あははは。あは――」
パシュッ!
出来上がりかけた奏のちいさなスノウマンが、突然、奇妙な破裂音とともに砕け散った。
奏は笑顔を引きつらせ、目を見開いて、ただの雪に戻ってしまった雪だるまを見つめ、ゆっくりと顔を上げた。
「誰……、誰、こんなことするの……だ――」
パスッ、パスパスパスパスパスッ!
平和な森のはずなのに、そこでは雪といっしょに血が飛び散った。
ほんの少し離れたところで、そんな惨劇が起きていることも知らず、ミケランジェロがイエティ型雪だるまにもたれかかって爆睡していた。雪だるま……というよりも立派な雪像、芸術作品と言っても過言ではないそのイエティは、ミケランジェロがひとりで作り上げたものだ。
が、創作の疲れに負けて眠っていた彼も、
ズダダダダダドドドドドド!
「ぅおあっ、なんだー!?」
ものすごく立て続けな銃声に叩き起こされ、不覚にも大声で叫びながら、雪まみれになってその場から逃げ出していた。
『逃げるな、このイヌめが!』
『消えろ! この世から消えてなくなれ、金の亡者めー!』
激しい銃声に加えて、ほうぼうに飛び散る資本主義への罵詈雑言。きらめくツリーがなぎ倒され、生み出されたばかりのスノウマンが雪に還っていく……。
(フフフ……できたわ。ついに完成。『きみょかわ作朗』って名づけよう)
何も知らず創作に打ち込むものが、ここにもひとり。無表情だが、心の中は達成感でいっぱい。そんな流鏑馬明日であった。
彼女の前には、ガクガクウゴウゴと蠢き始めた、不気味で恐ろしい(明日に言わせれば、奇妙でかわいい)スノウマン。
「……ハッ!?」
パスッ! ビシッ!
『おぎゃうっ!』
「きみょかわ作朗……!」
明日製作のスノウマンが、生物兵器のような叫び声を上げて悶える。飛び散る雪のカケラ、立ち上がる明日。氷の弾丸が飛んでくる方向に彼女は走り、見事や飛び蹴りで、ツリーの陰に隠れていたスナイパーをブッ飛ばした。
「あたしのきみょかわ作朗を襲うなんて、言語道断。……何者なの?」
ピクピク痙攣しているスノウマンは答えない。
と思いきや、突然、スパパパンと無数のサイコロ状に切り刻まれて、ひと息に崩れ落ちてしまった。明日が顔を上げると、ジャック=オー・ロビンがニッコリ笑っている。
「フフ。彼らはね、火気厳禁の危険な雪だるまらしいんだよ」
「……?」
「中央のツリーがある広場で、面白いゲームが始まるらしい。ボクもそろそろ切り上げて、そっちに行くつもり。詳しい事情もわかると思うけど?」
明日は、ジャックの背後にある見事な氷像を見止めた。彼が自前の刃で削りだしたものだった。明日は自分のきみょかわスノウマンとジャックの芸術作品を交互に見つめた。そして、ポツリと一言。
「……やっぱりきみょかわ度のほうが大切だわ」
「ん? なにかな?」
「こっちの話。広場に行くわ、ありがとう」
すべてはテロ集団がつくったスノウマンのせいだったのだが、何も知らない市民の間にも被害が広がり始めている。幸い、『ハーメルン』がすぐに植村を通じて対策課に報告したため、突然の事件ではあるが、物騒なスノウマン殲滅作戦の協力者は大勢集まった。
「おっ、どうしたー、デカイ溜息なんかついちまって」
赤城竜が、ストラから離れてぽつんとしているひとりのガスマスクに近づき、バシッと強く肩を叩く。
「おまえ名前は」
「ドミトリ」
「おーそーかそーか、おまえがドミトリか! 腕立てやらされたんだってな」
「腕立てはいいんだ、30回なんて大したことないし。でもリーダーを失望させたのは、自分的に自決モノの失敗だよ」
「大げさなヤツだな、まったく! ミスしたぶんをすぐにてめえで取り返せば男も上がって、上司も許してくれるってモンだ」
「ウオッカを取り返す、か。正直な、キンキンに冷やした『すげえウオッカ』、作業のあとすぐ飲めなかったのもショックなんだよ」
「ほぉ、『すげえウオッカ』ってのはそんなにうめぇのか」
「ソイツは無視できねぇな! よし、行くぜレイ!」
「ああ。今夜は飲み明かすつもりしかないからな」
ドミトリと赤城の会話を拾ったジム・オーランドとレイは、すでに焼酎を一本空けていたのでそれなりに酒くさかった。ふたりは赤城とドミトリのそばを通り、銃声響く戦場に突進していった。
とはいっても、戦場は中央ツリーのすぐ近くだ。雪のテロリストどもは目立つ中央ツリーを目指してほとんど特攻してきていると言っていい。戦う気や戦う力を持たない市民は、対策課や警備にあたっていたサマリスの指示で森の外に避難を始めていた。
「サマリスさーん!」
水瀬双葉が、サマリスに駆け寄り、勢いあまって抱きついた。
「水瀬様……、危険です。すぐに避難なさってください」
「ううん、アイアンファイターのプラモ持ってきてるの。あたしもみんなといっしょに悪をやっつける!」
「プラモデル……、なるほど。わかりました。ロケーションエリアを展開します」
サマリスが言った次の瞬間、双葉が携えてきたプラモデルとまったく同じデザインの、しかし大きさはヒトくらいある格闘ロボットが、アニメ独特のSEとともに現れた。
「お願い、ファイター!」
双葉の願いそのままに、アイアンファイターはブースターで一気に加速し、氷の弾丸の弾道をねじ曲げながら突進した。文字通りの鉄拳が、一瞬でスノウマンを雪飛沫に変える。
サマリスにしがみついたまま、双葉が見つめるその光景は、彼女にとって夢そのものだった。
「みんなが楽しんでるときになんてことすんだい! こりゃおしおきだね!」
冬も雪もあまり似合わない、褐色の豊満かつ屈強な身体。その持ち主はハンナだ。巨大ツリーを背にした彼女は、テロリストを前にしても一歩も引かない。モップを片手に胸を張るその様は、ヘタな男性よりも頼もしい。
褐色の肌が目立つせいか、テロリストの数名がハンナめがけて一斉射撃した。
なんの、とばかりにハンナはロケーションエリアを展開した。43歳のおばちゃんは消えうせ、かわりに若くてピチピチの褐色美人が現れる。女海賊はプロペラよろしくモップを回し、氷の弾丸をハネ返した。
「ワーッ! ヒェー、いたいた痛いいたたヒィィィやめてえ!」
情けない悲鳴はとてもけたたましいのだが、小鳩雄……じゃなかった小嶋雄はヒトにあるまじき無表情だった(いや、顔、ヒトじゃないです)。奇跡的に氷の弾丸(ハンナがハネ返したもの含む)をよけながら、必死で雪玉を丸めて投げている。しかし、威力も弱いし急ごしらえの雪玉も脆いしで、奇跡的にスノウマンに命中した雪玉は、かえってその胴体や頭を大きくするだけだった。
「ヒェェエエエ! 効いてない効いてない! コワイコワイコワイコワイ!」
目を見開き(いや、鳩だからもともと目はまんまるなんです)、小嶋はその場に仁王立ちしたまま動かない大男の後ろにまわってしゃがみこむ。彼が壁にしたのは風轟だった。
「なんじゃ、あの玉の投げ方は。情けない!」
「すすすすいませんすいません」
「見ておれ、雪合戦とはこうするものじゃあ!」
ズドドドドドド、とガトリングも真っ青の爆音が響き、風轟が事前につくっておいた雪玉が、風と豪腕によってテロリストどもに投げつけられた。圧倒的な火力、いや風力によって敵の頭が粉砕されていく。
「おー、すっごい! そうかー、こういうゲームなんだ!」
氷の弾丸と風轟の雪玉の応酬を見かけたミリオルは、事情を知らなかったことも災いしてすっかりカン違いした。冷たさもそっちのけで雪を丸め、四本の異形の脚で次々にブン投げる。
雪玉と弾丸が飛び交う中、棒きれを振りかざして特攻する者がいた。燃える火のような赤い髪をしていた。格好は男性のものだが、裂帛の気合は女性のものだ。彼女に続いて、徒手空拳の女がスノウマンの隊列に突っこむ。
「ちょっとふたりとも、落ち着いて! ……ああもう!」
ふたりを制止するつもりが、まったく声が届かず、結局続いて特攻する短髪の青年。
そんな3人を、後方で、温かい目と言えなくもない目で見守るのは、緑色の髪をなびかせた女性。彼女は四幻家長女のカザネだった。前線に突っこんで戦っているのは、ホタル、ヒサメ、アズマの3人だ。カザネの呼びかけで、一家総出でスノウマン殲滅作戦に参加することになった。ヒジリとミナトもカザネ同様後方に下がっている。
「ホタルがなんだかヤケクソに見えるんだけど」
「火が使えないからだろう。……酒入りの雪だるまはいるか?」
「見える範囲内にはいないみたいだ」
「それなら、適当に暴れていても問題はないか」
7人の剣の守護者たちに、氷の弾丸はまるで当たっていない。カザネは妹と弟をただ見守っているだけではなかった。彼女の髪は激しくなびいている――風が吹いているのだ。風が、彼女の家族を護っている。
それだけではない。弾が急に失速して、パラパラと落ちているのだ。ヒジリの力で、この空間だけ重力が変わっている。
「――3匹目っ!」
パァン!
ヒサメの掌底が、スノウマンの頭部を一撃で粉砕した。雪のカケラを浴びながら、アズマが妹に抗議する。
「あ、ソイツは私が狙ってたのに!」
「あら、ごめんなさい」
「コラ、ふたりともマジメにやりなよ!」
機嫌の悪いホタルが、ふたりに向かって棒きれを振り上げた。
その光景に目を奪われかけたミナトの視界に、一瞬、異様なスノウマンが映りこんだ。
「……ん?」
「どうした、酒を見つけたか?」
「いや……、何だろう。すごくヘンなカタチの雪だるまがいたような――」
不恰好なテロリストスノウマン。ソレは確かにいたのだが、ミナトの視界からはすでに消えていた。
「くっそー、姉貴……火気厳禁なら、私を引っ張ってくんなーっ!」
ホタルの鬱憤がとうとう爆発するのを見て、カザネはちょっとだけ肩をすくめた。
火気厳禁? そんなことは問題にならない――そう考える者もここにはいる。ファレル・クロスの能力にかかれば、雪はたちまち水と酸素に分解されて、バシャバシャと無残に崩れ落ちた。氷の弾丸も同様だ。彼は一歩も動いていないのに、スノウマンは確実に融けて崩れていく。
『3号と94号がダウン! これで犠牲は20体目です!』
『チッ、正面からの突破は不可能か。散開しろ!』
『了解!』
どこでどうやって走っているのかは不明だが、巨大ツリーのすぐそこまで迫ってきていたテロスノウマンの集団が、パッと散開した。見た目は鈍重そうだが、動きは洗練された軍隊に近い。
「おらおらおらおら、逃げてんじゃねーーーっ!」
「待て、逃げんなウオッカ!」
ヤシャ・ラズワードがデッキブラシを振り回しながらスノウマンを追いかける。元気な海賊を追い抜くくらいの勢いで、ジムが体格のいいスノウマンに追いすがった。
「おい、ボウズ! こいつを殴れ! 頭を殴れ!」
「うっしゃー、まかせろおらおらおらおら!」
ジムが三段目の雪玉を押さえつけている間、ヤシャがデッキブラシで頭からテロリストをめった打ちにした。あわれにもボコボコにされて頭を失ったスノウマンは、中央の雪球だけを残して動かなくなった。駆けつけてきたレイが、ひとつだけ残った雪玉に手を突っ込む。
「あったぞ、センサーの反応どおりだ」
「お、なんだソレ」
「ガキが飲んじゃいけないものさ」
「酒か! ガキってひでーだろオイ!」
1本目の『すげえウオッカ』が無事回収された。
が、ハーメルンのもとに戻りそうな雰囲気ではない。
『貴様らは完全に包囲されている! 武器を捨てて投降しろ!』
『肥え太ったブタどもが、死にたいなら手助けしてやるぞ!』
『なにがクリスマスだ、本気で救世主の誕生を祝う気もないクセにバーカバーカ!』
『神聖なクリスマスを金儲けのイベントに変えやがってこのブタども死ね!』
どこからその自信が来るのかはわからないし、拡声器を持っているのかどうかも不明だ。だが、いったん銃撃がやんで静寂が戻り始めた森の中めがけて、そんな呼びかけが飛んでくる。
「挑発はともかく、現在、この中央ツリー広場が88体の攻撃的なスノウマンに包囲されているのは事実です」
サマリスが、マルチセンサによって得た情報を有志に伝える。ストラはまだツリー周辺で情報収集中で、ソレを聞くと腕組みをした。
「ダ・ヤア。突破口を開かねば同志の捜索もままならんな」
「あんたたち、バカなんじゃないの? イカれたテロリストがムリして雪遊びなんかするからこのザマよ」
「そう言うな、ジェーブシュカ。ウオッカが奪還できた暁にはご馳走しよう」
「……」
無表情でウインクしたストラに、リカは何も言い返せなかった。スノウマンに奪われた(と言っていいものか?)『すげえウオッカ』がうまいウオッカと知ったからには、ロシア人として見過ごせない。
「イイ話じゃねえか。もちろん俺の取り分もあるんだよな?」
ギル・バッカスが酒の話を聞きつけて、ストラとリカの会話に割りこむ。あまり悪気はなかった。タダ働きする傭兵はいない。
「アルコール99パーセントの酒だ。ひと瓶で何人も酔えるだろう。希望者には配給する」
「配給って言い方がまた……」
「よし、乗った。適当に探させてもらうぜ」
「お酒とお友達を探しているんですって? 聞いたわよ」
傘をゆっくりと回しながら、エルヴィーネ・ブルグスミューラーがやってきた。悪戯っぽい彼女の笑みを受けて、ストラが頷く。
「力を貸してくれるのか、血のジェーブシュカ」
「おたくのメカニックさんを貸していただけるなら考えてあげてもよろしくてよ」
ガスマスクたちの視線が、迷彩服に『マルチニ』とネーム刺繍されたメンバーに注がれた。マルチニはクスクス笑われながらほうぼうから小突かれている。
「カン違いしないで。『バシャー』の情報がほしいだけ」
「マルチニ、どうだ。可能か」
「ダ……ダ・ヤア」
「じゃ、とりあえず貴方がたのために道を開いてあげましょう。北側を一斉攻撃して、包囲網に穴を開けるの」
「わかりやすい作戦だな。おい、十狼」
「御意に」
話を聞いていた刀冴と十狼の天人ふたりが、ツリーの北に向かって走りだす。
「オイ、協力したら連中が『すげえウオッカ』をくれるってよ!」
刀冴は、走りながら殲滅戦参加者にそう触れ回った。現在ツリーは完全にスノウマンに包囲されていること、包囲網の北側を切り崩すこと――その情報もすぐに広がった。
「ね、ちょっとストラさん」
今にも行動を開始しようとしていた黒ずくめのテロリストを、浅間縁が引きとめる。
「いいこと考えたんだ。ハーメルンにはぜひぜひ手伝ってもらいたいんだけど。人手がいるんだよー、貸して!」
「フム。……5名ではどうか」
「ぜんっぜん足りない」
「7名」
「もう一声!」
「ダ・ヤア。10名だ。これ以上は割けない」
「よっ、太っ腹!」
「ハラショー。10名、こちらのジェーブシュカの指示に従え。残り8名は、私とともに同志ブレイフマンの捜索だ」
「ダ・ヤア!」
ストラの指示を受け、すばやく二手に分かれるハーメルン。それと同時に、銀幕市民側の電撃的な反撃が始まった。
突如、身の丈20メートルを超えるドラゴンが、ツリーの北側に出現した。白いドラゴンだった――牙も舌もウロコも、雪でできている。
十狼が、雪の精霊に働きかけて、ほぼ一瞬でつくりあげたのだ。
雪の中に潜んでいた白いテロリストたちは色めきだち、中にはパニック状態になって、氷の突撃銃をやみくもに連射する者も現れた。
しかし、氷の弾丸は、十狼にも、スノウドラゴンにも当たらなかった。刀冴が手をかざして前に進み出ただけで、凶悪な氷の弾丸は砕け散り、無数のカケラになっていく。雪も氷も、天人にとっては友だった。
そのうえ、血の色をしたのっぺらぼうの軍勢がものも言わずに突撃して、前線に立つスノウマンの視界をさえぎっている。エルヴィーネが放った血の兵隊たちだ。
「おぅらっ!」
ひと息に距離を詰めて、刀冴が〈明緋星〉を振り下ろせば、スノウマンがいともたやすく一刀両断にされる。雪でできた巨大な竜は、その巨躯に似合わず俊敏で、次から次へとスノウマンを食らい、尾でなぎ払う。
その横では、風を切る音が舞い、テロリストの首の玉が胴体から切り離されていった。
天人のモノとは違う力によって、氷の弾丸が風にもてあそばれ、速度を失って雪の上に落ちていく。
香玖耶・アリシエートが操る精霊と、鞭によるものだった。
『うごぉっ、クソッ、カラダ……カラダ……お、おれの……胴体……あがぁ……』
「悪く思わないでね……、あら? これって、もしかして――」
鞭で首と胴体を粉砕すると、最後に残った三段目の雪玉は、自然と崩れていった。香玖耶はそこから、白いラベルのビンを見つけて……。
「ははははは、資本主義バンザーイ! 金儲けのなにが悪いってんだコノヤローッ! この世はカネだよ、カネで回ってんだよ、稼いだモンが正義なんじゃオラーッ!」
それは本心からの叫びなのか、はたまた挑発しているだけなのか、ウィズはそう叫びながら手製のバズーカを手当たり次第にブッ放している。
「そうだそうだ、共産主義なんかよくわかんねーぞー!」
ウィズのすぐそばで上がっているこちらの叫びは、片山瑠意の本心からのものだ。彼は天狼剣を振り回し、疾風を呼んでいた。ウィズのバズーカから放たれるのは弾丸ではなく捕獲ネットだ。瑠意が起こした風がネットをすばやく広げて、スノウマンたちに叩きつける。
「よっしゃ、壊せ壊せ壊せ!」
「テロ反対! テロ反対っ!」
網に捕らえられてジタバタもがくことしかできないスノウマンの上に、ウィズと瑠意が駆け上がって、無情にもガスガス踏みつける。そんなふたりの横で、新たなネットがサアッと音を立てて広がった。その網は、キラキラ輝く水でできていた。影のように黒い『鳥』が、佐藤きよ江が、氷の網の端をつかんで大きく広げる。
「あらー、ふしぎふしぎ! 水なのにつかめるのねぇ、今は便利なものができたモンだねぇ! 大したモンだよ、おにいさん!」
「あ……、ちょっと話しかけるのは待ってくださ……、気が散るので……すいません」
たちまち凍りついてスノウマンたちを文字通り一網打尽にする不思議な網は、クラウス・ノイマンが精霊の力を借りて生成したものだった。
「手伝います!」
クラウスの横に、ちょっとおぼつかない足取りでレドメネランテ・スノウィスが駆けつけ、水鉄砲を取り出した。引金を引けば、飛び出した細い水がたちまち凍りついて、雪の結晶のように無数の枝を伸ばす。
クラウスの網を力任せに破りかけていたスノウマンも、レドメネランテの網の追い討ちを食らって、再び動きを封じられた。
「ふう、ありがとう。助かったよ」
「いえ。氷に氷で対抗しても、なんとかなるものですね」
『くそお、離せ! 卑怯者!』
『われわれを鳥や獣扱いか! 屈辱だ!』
氷の網にガッチリ固められて、スノウマンたちはもがきながら罵詈雑言を放つことしかできない。しかし、その形相と汚い罵声に、『鳥』を使役していたガルム・カラムはすっかりすくみ上がった。「スノウマンさんはみんなかわいい」「スノウマンさんはみんないいひと」という子どもの夢が壊された瞬間だった。そんな恐ろしいスノウマンが、ウィズや瑠意に踏み潰されて断末魔を上げるさまも、子どもの精神教育上よろしくない。
「成功したよ、今のうちに!」
「ハラショー。突破する」
クラウスの合図を受けて、ブレイフマン捜索隊が一気に駆け抜ける。網にとらわれたスノウマンは完全に踏み固められて、ただの雪の塊どころか、道の一部になっていた。
『クソッ、包囲網を突破されてどうする! 撃て撃て撃て撃て!』
「わわっ、突破はいいけど、南側とかの迎撃はどうなってんだよー!」
太助が叫んだとおり、ツリーの南と両翼を固めていたスノウマンが、怒り狂ってやみくもに突進してきた。エフィッツィオ・メヴィゴワームが、ツリーの根元で大砲を撃っていたが、ほとんど捨て身のスノウマンの動きは速すぎるせいか、ちっとも当たっていない。いや、もともと彼の砲撃の命中率は著しく低いのだが。
「オイオイ、大砲なんかよせ! 『すげえウオッカ』に何かあったらどうすんだ」
舌打ちする海賊団の砲撃主の肩を、船長のギャリックが思い切り叩く。エフィッツィオはめんどくさそうな顔で言い返した。
「安心しろ、今のところ一発も当たってない」
「んじゃ一瞬だけでいいから力貸せ。火気厳禁とくりゃ、水だろ!」
ギャリックはつい最近、ひとりでも海賊『団』と称して海賊団お家芸の大津波を起こしたばかりだったが、今日は違う。少なくともひとりではない。
「行くぞ! 『俺達、ギャリック海賊団だぜ!!』」
森のド真ん中なのに津波が起こった。
スノウマンたちの野太い悲鳴に混じって、イルカのコーディの歓声が上がる。津波の上で宙返りも立ち泳ぎも自由自在。保護者のレイがウオッカ捜索に夢中になってしまったので、彼女ははぐれてしまったのだが、コレはコレですごく楽しんでいる。
「きゃっほー! めりークリスマスなのダわヨー! クリスマスになみのりできるなんてシアワセー!」
津波は確かにスノウマンを押し流したが、まわりに生えているツリーのきれいなオーナメントや樹氷、積もったパウダースノー、そして善良でちょっとトロいスノウマンも、平等にさらっていってしまった。
津波が去ったあとの惨状を見て、太助があちゃあと頭を抱える。隣にいたリゲイル・ジブリールは、ちょっと顔を曇らせた。
「あーあー、もうカオスじゃねーか。でも、水ってのはいい考えだよな」
「溶かしちゃうのも壊しちゃうのも、かわいそうだなぁ。せっかくストラさんたちが作ったのに。返してあげる方法、ないかな」
「……かわいそう……って、すとらたちが? なんで?」
「わざわざつくりに来たんだよ。雪だるまが好きなのかもしれないじゃない」
「そりゃーねーと思うけど……。どっちにしても、うおっか取り返してやれば、きっとゴキゲンだって!」
ドロン、と太助は消防車に化けた。タンクに詰まっているのは熱湯だ。
『湯まくの、手伝ってくれよ』
「お、ちょうどいいところに。ちょっと貸せ」
「わっ」
横合いから、大きな木槌を担いだ大柄な女が現れて、リゲイルの手からホースを奪った。神凪華だった。彼女が片手で軽々とホースを振ると、熱湯は鞭のようにしなって、逃げていくスノウマンたちの足元に命中した。まとめて数体のスノウマンが、バランスを失ってつんのめる。
「しっかり目ぇ開けて、足元を狙えよ」
華はリゲイルにホースを返し、木槌を振りかざして、足止めしたスノウマンに走り寄った。
「ハッ、逃げられると思ったのか、このイヌっころ!」
スカーン!
やけに小気味良い音がして、立ち上がりかけていたスノウマンの三段目の雪玉がスッ飛んだ。華の木槌の一閃の勢いが、あまりにもすごかったのだ。
スカーン!
今度は、二段目の玉が飛ぶ。
スパーン!
最後に残った一段目――頭部ともいう――も、見事にスッ飛ばされて、モミの木の幹に激突した。
「あー! うわー、今のすっげー! なんてワザ!? ねえねえねえっ」
「ワザっていうか、『ダルマ落とし』っていう遊びの要領だな」
「ダルマ落とし! ぅわー、ぼくもやるっ!」
相変わらずミリオルは状況を把握しないままずっと雪玉を投げていたが、華のワザを見てからというもの、攻撃方法はダルマ落とし式にシフトした。異形の脚とデカい木槌が、スコンスコンとあざやかに、三段式の雪だるまを片づけていく――。
幸い、ふたりが始末するスノウマンの中に、ウオッカを抱えたものはなかったようだ。
「あーあ……。三段式だったばっかりに……」
遠巻きから、須哉逢柝がその光景を見つめて、本当の意味でも遠い目をしていた。彼女のそばでは、ハーメルンのひとりが、バケツを山ほど運んでいるところだった。
「なぁ、オイ。せっかく作った雪だるま壊さにゃなんねぇなんて、災難だな」
「まったくだ。まさか今の自分たちじゃなくて、映画の中の自分たちに似るとは思わなかった」
「アレ、なんで三段なんだ?」
「祖国ではアレが普通でな。日本人から見たらヘンなのか?」
「そんなことねぇよ。あたしは……けっこう好きだ」
氷の流れ弾がどこからともなく飛んできて、逢柝とガスマスクはほぼ同時に肩をすくめて身構えた。
「あっぶねぇな!」
「手が空いてるなら、協力してくれるか? このバケツを向こうに運ばねばならない」
「いいけど……なに始める気だよ」
「バケツリレーだそうだ」
そのとき、ガスマスクをかぶっているのに、目の前の男がニッと笑ったと……なんとなく、逢柝にはわかった。
「バケツならこっちにもあるよ! お湯も用意したる。まったく、楽しいクリスマスをジャマされてたまるかい。ほらほら、はよ運ばんか!」
もともと炊き出しをして市民に豚汁やおにぎりを配っていた針上小瑠璃だったが、今は打倒テロリストを掲げて、沸かした湯とバケツを近場の人々に押し付けている。中には豚汁を求めて寄ってきた空気の読めない者もいたが、有無を言わさずバケツを運ばされていた。しかし、いちばん彼女の叱咤を浴びているのはハーメルンだ。雪景色の中で黒ずくめ、レンズの大きいガスマスクという出で立ちが、ひどく目につきやすいせいかもしれない。
「もー、イベントのたびにとんでもないことが起こるんだから……」
ブレイブ・アンブレラ――怒りと悲しみで強化された傘を盾にして、鈴木菜穂子がボヤく。だいぶ前からそうして氷の弾丸をしのいでいたが、パチパチという音の勢いが弱まりだしてから、ようやく、放湯攻撃でスノウマンが一時撤退を始めていることに気がついた。気がついてしまうと、だんだん腹が立ってきた。せっかく、素敵でほのぼのとしたクリスマスを過ごせると思ったのに……。
「クリスマスが1月7日だなんて……、ここは日本だから24日でいいんです! 24日じゃなきゃダメなんです! チクショーーーーーー!」
ブレイブ・アンブレラを振りかざした菜穂子の視界には、もうスノウマンの姿はなくなっていた。全員撤退したのか。いや、やけに不恰好なスノウマンが、ヨタヨタと逃げているような――。
「体勢を立て直すつもりか……?」
トナカイのルドルフは、上空から撤退するスノウマンたちを監視していた。彼が引くソリは雪を山ほど積んでいる。先ほどから、空から雪を落としてスノウマンたちを地道に押しつぶしていたのだが……。
ルドルフの表情が強張った。
スノウマンが一箇所に集まっている。
「まさか……」
★ ★ ★
「へぶしっ!」
豪快なクシャミは、若い相棒と別れて「遭難」してから、何度目のものかわからない。
「うう……さみー……なんだ、急に冷え込んできたぞ……」
コートの襟をかき合わせて、桑島平はトボトボとひとり森を歩いていた。
「誰か他に遭難してるヤツぁいねぇのかよう……」
一見理不尽な望みだったが、奇しくも彼の希望どおり、この森には仲間とはぐれたものがひとりいるのだった。
ブレイフマンだ。
捜索隊は無事に包囲網を抜け、森を北上していた。テロリストどもはほとんどがツリーを目指して一直線だったようで、辺りは静かなものである。雪でできたテロリストの行軍の跡が、森の中にハッキリ残されていた。
「しかし、少々おかしな話ですね」
マイク・ランバスは難しい顔をし、ストラの前でアゴをなでた。
「ストラさんは、敵の気配や位置を性格に把握できるのでしょう。大切なお仲間の居場所など、敵よりも簡単にわかるのではありませんか?」
「はい。ストラ様は『ハーメルン』メンバー19名様のマスターです。19名様の生体データは、まるでストラ様のデータを圧縮・複製したかのように似通っております。おひとりだけ異なった行動を取り、かつ、ソレをマスターが把握できなかったというのは、奇異であるかと」
白姫もマイクの疑問を裏づけるかのようなことを言った。ストラはふたりの言い分を聞いて、ふと……眉をひそめ、目を伏せた。
「確かにそうだ。なぜ私は、同志が移動中はぐれたことに気づかなかったのだろう。現在地の見当もつかん。こんなことは初めてだ……」
「どこかのスノウマンの中に埋まっちゃってるんじゃないのぉん? いくらココがあったかくても、雪はホンモノみたいに冷たいのよぉ。早く見つけて、あっためてあげなくちゃ」
クネクネとしなをつくりながら、ニーチェが手近なところにいた善良なスノウマンに抱きついて、首を引っこ抜こうとし始めた。当然スノウマンは慌ててニーチェを振りほどこうとしながら首を死守しようとしている。ハタから見れば相撲の取り組みのようでもあった。クネクネワタワタとしたヘンな取り組みを見なかったことにして、捜索隊は歩みをとめずに前進していた。
「あ……、落ち着いている今のうちに」
のそっ、と完全防寒スタイルの大男が前に進み出て、ストラに向かってペコペコ頭を上げた。
「ランドルフ・トラウトです。ストラさん、この間は、申し訳ないことをしました。そのう……あなたの肋骨を何本か……」
「4本だ」
「4本も!」
「気にしていない。謝罪すべきはこちらのほうだ。それで、今回は……わが同志の捜索に力を貸してくれるのだな」
「はい、私でよければ。何か、ブレイフマンさんの所持品があれば、匂いを覚えて追跡できるのですが」
「あ、僕もちょうどそういうのがほしかったんだよ! ムクに探してもらえるんじゃないか、って思って」
レオ・ガレジスタが、紀州犬を連れてふたりの会話に加わった。ストラはメンバーを呼び出す……が、集まりが悪かった。ストラの号令に応じたのはたった2名だ。
「残りはどうした」
「あー、ソレが……」
ガスマスクがモゴモゴと困った声を出して、後方を指差した。
「ブレイフマンはきっと地下よ。この雪の下に埋蔵されてるのよ、掘りなさい! 徹底的に掘りなさいっ」
レモンがプラスチック製のかわいらしいスコップで適当な場所の雪を掘りまくっている。どうやらハーメルンは不幸にも彼女に捕まり、仕方なく雪かきを手伝っているようだった。
ストラが半分キレ気味でハーメルン語の号令をかけ直す。
ハーメルンにとってはストラの命令が絶対だったため、ただちに雪かきをやめてすっ飛んできた。レモンは幸い、雪を掘るのに没頭していたせいか、手伝いが減ったことに気づいていない。
「ブレイフマンの所持品ですか?」
「ああ、自分、AKを預かりましたよ」
雪まみれのガスマスクのひとりが、背負っていたアサルトライフルをランドルフとレオに差し出す。クンクンと銃の匂いをかいでいるランドルフと犬のムクの光景を眺め、ふとストラはまた怪訝な表情を見せた。
「なぜブレイフマンは銃を貴様に預けたのだ、エミール」
「重いとか言ってましたね」
「ありえない」
「そ、そうかな? けっこうズッシリしてると思うよ、コレ」
レオがAKを上げ下げしながら言うと、ストラはかぶりを振った。
「常に総重量10キロ近い装備で生活しているし、ブレイフマンはその銃を愛している。重荷とは考えられないハズだが……」
ストラは足元に目を落とした。
紀州犬のムクが、シッポを振りながらストラの匂いを嗅いで、ピョンピョン跳ねつつワンワン吼えている。どうやらライフルの持ち主はこの人だよと主人に教えているようだ。無表情で犬を見下ろすストラの横で、レオはガックリ肩を落とした。
「ブレイフマンさーん。おいしいウオッカ、ありますよー」
「おーい! 出てこないと『あの話』みんなに言いふらすわよー」
大声で探している人の名前を呼びながら歩くというのは、典型的だが基本的な捜索方法だ。コレット・アイロニーと二階堂美樹は、ブレイフマンが聞けば飛び出してくるだろう誘い文句(?)で呼びかけていたが、一向に反応はない。美樹の後ろを、小さなスノウマンがゾロゾロとついて歩いている。美樹は質より量を重視して、スノウマンを量産したのだ。小さなスノウマンたちもまた、あることないことを口々に叫びながらブレイフマンを呼んでいる。
森を森たらしめているモミの木からモミの木へ、竜吉はふわりふわりと飛び移りながら、ブレイフマンを探していた。高いモミの木の上からは、真っ白な雪と、ちょこちょこ歩くスノウマンと、仲間たちの姿がよく見える。
「おらんなぁ。うまいことかくれたもんや。……あれ?」
自分がいるすぐ隣のツリーの根元で、男がひとり倒れていた。
「あ、あれ……ちゃうかな」
フワッ、と白い地面に降り立った竜吉は、雪になかば埋もれている男に駆け寄った。こわごわ身体をゆすってみると、男はうめきながら身体を起こした。
「お、おい。だいじょぶか?」
「うう……、ああ、なんとか」
「血ぃ出とるで、頭から。ほんまにだいじょぶか。ブレイフマン……ちゃうよな」
「ツィー・ランといいます。突然雪だるまに撃たれてしまって」
「そ、そりゃ災難やったなぁ」
「このへんを危ないスノウマンが通っていったのは間違いないようです。でも、はぐれたガスマスクの方を見たかどうかは……」
香我美真名実がスノウマンをひとり連れてその場にやってきた。このスノウマンはスノウテロリストから逃れ、モミの木の下で震えていたらしい。物騒なスノウマンが走り去っていったあと、ものすごい勢いで黒ずくめ+ガスマスクの物騒な連中が駆け抜けていったそうだ。人数を数える余裕はなかったらしい。
状況をのみこんだツィーは、頭から流れる血をぬぐうと、雪を払って立ち上がった。
「モミの木は、数えていたかもしれません」
「木とお話ができるんですか?」
「はい。少し時間をください」
ツィーがすぐ近くのモミの木に触れたとき、少し離れたところで銃声が上がった。
潜伏していたスノウテロリストに狙撃されたのは、ミサギ・スミハラとソルファだった。モミの木の陰から陰にすばやく移動しながら、雪のテロリストはスナイパーライフルで執拗にふたりと善良なスノウマンを狙ってくる。
ソルファは聞きこみをしていたスノウマンを無言で突き飛ばし、刀を抜いた。突き飛ばされたスノウマンは雪の中に突っこみ、衝撃で首が外れてしまった。しかしソルファはかれに危害を加えようとしたわけではない。おかげでスノウマンは首を撃ちぬかれずにすんだ。首がなくなってジタバタしている。
ミサギはヒョイヒョイと狙撃を小さな動きでよけながら、スノウマンの首をもとに戻してやった。
『チッ、チョコマカ動きやがってこのブタども!』
懐に入ってしまえばこちらのものだ。
ソルファが首を斬り飛ばした。
その後ろからマイクが駆けつけてきて、蹴りで胴体を粉砕する。
残りのひとつの雪玉を、ミサギはしげしげと眺めた。テロリストはもう動かない。
銃声を聞きつけて、捜索隊が続々と集まってくる。身を潜めていた危険なスノウマンが退治されたと知ると、皆安堵の息をついた。
「集合したついでだ。各自状況報告を頼む」
「はあ、ダメ。ぜんぜん手がかりないわ」
「まるで神隠しですね……」
美樹と真名実が溜息をつく中、ツィーが言う。
「このあたりのモミの木の話だと、ひとりだけ確かにひどく遅れていたようです」
「じゃ、このへんで埋まってるのかしら」
「おう、やっと見つけた! やぁれやれ、命拾いしたぜ」
モミの木の間から、雪まみれの博徒が駆けてくる。旋風の清左だった。俊足をもって森を走り回っていたのだが、彼の着物や顔は雪をかぶっているというより凍りついている。しかも震えていた。尋常ではない様子に、真船恭一はブレイフマンにと持ってきていた温かい缶コーヒーを清左に渡す。江戸時代の侠客は缶コーヒーを飲まなかったが、ありがたく懐に入れて暖を取った。
「ここからちょいと西に行ったところなんだが、妙なんだ。えらい吹雪で前もロクに見えやしねぇ」
「吹雪? この森で? そんなの、おかしいわ」
「ソレがそうでもないんだよ」
どこから現れたのか、リョウ・セレスタイトが美樹に言う。
「どうやら、スノウマンにも行方不明者がいるらしい。ここから少し西に行ったきり、だそうだ」
「ダ・ヤア。手がかりかもしれない。サムライ、案内してくれるか」
「また戻るってのかい、やれやれ。まぁ仕方ねぇ。――旦那、あっしは侍なんてご立派なモンじゃ御座いませんぜ。侍ってなぁ、ああいう御仁を言うんでさ」
清左は苦笑いしながらアゴをしゃくって、岡田剣之進を指した。ストラは無表情で剣之進と清左を見比べ、……やがて首をかしげた。
「違いがわからない。キモノにチョンマゲだ」
「……」
「……ま、僕らもハーメルンの皆さんの区別がつかないからなあ。お互い様といったところだろうか」
真船と清左は苦笑いした。少し先にいる剣之進は、自分が話題にのぼっていることに気づいていない様子だったが、ひとつ大きくクシャミをしていた。
清左の案内で問題の方角に進むにつれ、確かに、冷えこみがきつくなってくる。雪の粒も大きくなり、風も強くなってきた。
ミイラ取りがミイラになる状況だ。捜索隊は全員、固まって移動した。
ごうっ、と肌を刺す冷たい風。
ここがクリスマスツリーの森とはとても思えない。
「木が……。見てよ、木が、モミの木だけじゃなくなってる!」
レオが風に負けないように大声を張り上げた。
吹雪の中目を凝らせば、確かに、クリスマスツリーの森では見かけなかった種類の木々が、あたりにまばらに生えている。
「座標に異常。『クリスマスツリーの森』とは異なるムービーハザード内に入った模様です」
白姫の分析に、一同は顔を見合わせた。
クリスマスツリーの森という比較的大きなムービーハザードの中に、まったくべつの映画のムービーハザードが起きているようだ。ブレイフマンやスノウマンの幾人かは、このハザード内ハザードに迷いこんでしまったのだろう。
「おや。こちらから……獣の匂いが」
ランドルフが風上を指し示す。
その先を食い入るように見つめ、……美樹が走り出した。
「ダメだ、ひとりで行っちゃ!」
リョウが追いつき、彼女の腕をつかむ。美樹は振り払わなかったが、勢いよく振り向いた顔は真剣そのものだった。
「灯かりが見えたのよ!」
ソレを聞いたストラは猛然と走り出し、美樹とリョウを追い抜いていった。
「あ、トナカイだ」
「え、ルドルフさんじゃなくて?」
「うん、普通のトナカイ……」
「そんな言いかたしたらルドルフさんが普通じゃないみたいじゃない」
吹雪の先にあったのは、一軒の立派なログハウスだ。木の柵で囲われた敷地があり、その中では数頭のトナカイが、ひどい吹雪にもかかわらず悠然とたたずんでいる。
「ストラさん! ちょっと待っ……」
真名実の制止もむなしく、いち早くログハウスのドアに辿り着いたストラは、蹴り一撃でドアをブチ破った。
「熱い人だな、まったく」
エドガー・ウォレスが苦笑しながら、急いで後を追う。
「撃つな! おい、撃つなって!」
中からは、慌てふためいた男の声。
そしてブレイフマン捜索隊は、ドタドタとログハウスの中になだれこんだ。
「わ、あったかい……」
思わずコレットがそう言ったほどに、丸太小屋の中は、暖かかった。
その温もりの中で、ストラがガリルARMを構えている。銃口の先にいるのは、両手を上げた40代の男。
「桑島さん!」
ランドルフが男の名前を呼んだ。
「おやおや。今日はずいぶんお客さんが多いのぅ、ほおっほっほ」
どこかで聞いたような笑い声がして、大きな影が……部屋の中に、入ってきた。
「ジェット・マローズ」
「ジェット・マローズだ」
ガスマスクたちが口々に言う中、
「サンタさんじゃない……」
「サンタクロースじゃん……」
銀幕市の人々はそう言っていた。
「お友達をお探しかな、軍人さん。わしのベッドを貸しているよ。奥の部屋だ、早く会いに行ってやりなさい」
「……ソレにしても、桑島さんはどうしてこんなところに――」
「聞くな」
ランドルフにそう返す桑島は、ふてくされた顔でプカプカ煙草をふかしている。いきなり銃を突きつけられ、飛び出しそうになっている心臓を落ち着けようとしていた。
ここは、サンタクロースの家――。サンタクロースの映画など、めずらしくもない。フィンランドや、みんなの心の中にしかいないサンタクロースも、銀幕市には存在していた。彼は突然ドアを蹴破って乱入してきたテロリストも、どやどやと彼に続いて押しかけてきた人々も、暖かい眼差しで迎え入れてくれた。
「軍人さんも刑事さんも、わしのトナカイが見つけて運んできたんじゃ。今夜は忙しくてのう……病院に届けるつもりだったんだが、シチューを食べてからでも遅くないと思ったのじゃよ」
暖炉ではぱちぱちと薪が燃え、台所の大鍋ではシチューが煮えている。そして寝室のベッドでは、ロシア系の白人男性がひとり、青い顔で寝込んでいた。
「あーっ、いたー!」
「ブレイフマン! わが同志!」
「ちょ、痛っ!」
ベッドに駆け寄ろうとした美樹を盛大に撥ね飛ばし、ストラが突進した。ベッドで寝ていた男は途端に目を覚ましたが、駆け寄って詰め寄って襟をつかんできたストラの顔を見るなり、ものすごい叫び声を上げた。
「リーダー! ぅわああああ、リーダー、ゲホ、なんで置いてったんですかあっ、自分を置いてかないでくださいよおおおぉ! うゴホッ、ゲホゴホッ! 会いたかったあああ! もう会えないかと思いましたあああ! ゲフッ! дг&#Ioё!」
「すまなかった! すまなかったっ! ブレイフマン、Иёоф‘#“&э!」
「あのー、頼むからわかる言葉でしゃべって……」
ブレイフマンはストラに抱きついてオイオイ泣き出した。ストラはブレイフマンを抱きしめ返しているつもりなのかもしれないが、病人にヘッドロックを極めているようにも見える。ブレイフマンの捜索にあたっていた有志は、ドア口付近で呆気に取られるか失笑しているかだった。
「見つかってよかった。いろいろ持ってきたんだよ、食べるかい? それにしても……どうしてはぐれたんだろうか?」
やっとストラから離れて鼻水をすするブレイフマンに、真船がホットサンドやティッシュを差し出す。ブレイフマンは激しく咳きこみながら、ティッシュで鼻をかんだ。
「実は夕方ごろから体調が悪くて……スノウマンが完成した頃にはもう立っていられなくなっていたんだ。そしてあの緊急事態になって。必死でついていったんだが……どんどん遅れて……リーダーも他の同志も見えなくなって……う、ゲフッ、ゴホッ……」
「なに、貴様体調が悪かったのか。なぜすぐに報告しない!」
「……ゲホッ、だって……だってリーダー、楽しそうだったから……」
桑島以下数名がそこで盛大に噴いた。
そしてストラは病人の坊主頭を思いきり叩き、大またで部屋を出て行った。鬼のような形相だった。
エドガーは彼を苦笑いで見送り、ブレイフマンにウオッカを渡す。
「いいリーダーじゃないか。君を探してほしいと、俺たちに頼んできたのは彼だ。君は置いていかれたわけではない」
「……。……そんなことは、わかっている」
ブレイフマンは叩かれた頭をさすってから、ウオッカをあおった。
「ううむ、よもや風邪で行き倒れておられたとは。快活なおなごの良さを伝えるのはまた後日だなあ」
空になったショットグラスに、剣之進が唸りながらウオッカを注ぐ。ブレイフマンは、またひと息で飲み干した。
「このウオッカ、そこそこうまいな。……そうだ、『すげえウオッカ』は、どうなった……?」
★ ★ ★
「あれー。なんか、いなくなったね。逃げちゃったのかな」
「冗談じゃねぇ、まだ暴れ足りねぇってのに。なぁ、カント=レラ」
ハデに暴れてスノウマンを撃退していたベルとミネ。そんなふたりも、いまは敵の姿を求めて歩き回っているだけだ。ミネの腕にとまった白い鷹は、鋭い眼差しで辺りを見回している。
奇妙なくらいの静けさを取り戻しつつあるクリスマスツリーの森。しかし、50体近くのテロリストがまだ生き残っているはずだ。
「あ」
不意に、ベルが声を上げた。
ミネは彼の視線を追う。
「おっ、まだいるじゃねぇか」
ツリーの間で、なかばもがくようにして歩いているテロリスト。妙に不恰好だ。ミネがソレを追いかけようとした、その瞬間。
「逃げろ! ズラかれ! 早く走るんだ!」
ボロボロの男が、必死の形相で飛び出してきた。見るからにアメリカ人だった。彼、マキシミリアン・ジョーンズに罪はない。彼は西部劇の保安官なのだから仕方がないのだ。そして仮にこの森にアメリカ嫌いの過激派がいると知っていたとしても、彼はそのルックスを貫き通しただろう。
そんなマキシミリアンの背後から――巨大な黒い影が、ヌッと首をもたけだのだった。
『このクソブタどもがぁぁぁあ!! 世界のために消えてなくなれえ!』
ソレはスノウマン50体ぶんくらいの大きさの巨大スノウマンだった。
ベルとミネが呆気に取られるその横を、マックスがヨロヨロ逃げていく。
スノウマンの目は憎々しげにアメリカ人の背中に向けられた。そして、手にした氷のMk19も向けてきた。普通ソレはヘリに搭載したり地面に固定したりして撃つモノだし、そもそもアメリカ製のグレネードマシンガンのハズだがそんなことはテロリストにとってどうでもいいようだ。強けりゃいいのだろう。
呆気に取られていても、ベルとミネの対応はすばやかった。パッと散開して爆発をよけた。照準がマックスに合わせられていたのも不幸中の幸いだった。
保安官はフッ飛ばされていたが。
「おい、お嬢ちゃん。逃げるか徹底的に戦うか、決断するときが来たようだぜ」
普通じゃないかもしれないトナカイのルドルフが、上空から息せき切って降りてきた。
巨大ツリーの周りは熱気で満ちていた。浅間縁の発案で、大人数によるバケツリレーが行われることになり、すでに無数の熱湯入りバケツの準備が整っている。テロリストが撤退してからしばらく何の音沙汰もなかったので、このままバケツリレーチームは解散かと思われていた……が。
長い悲鳴が近づいてきた。ボロボロの保安官が放物線を描いて、巨大ツリーの枝葉の中に突っこむ。
「あ、ああああわわわわわアレアレアレ……ぶっ!?」
ツリーの下でアワアワと広場の向こうを指さすクラスメイトPの上に、マキシミリアンがドサリと落ちた。
「ちょ、マジ……?」
「な、なにアレ……なにアレ、ちょっと」
「なんだかややこしいことになったね」
バケツを取り落としそうになった新倉アオイと縁の横で、バロア・リィムが嘆息する。
表面は異様にデコボコしていたが、現れた一体のスノウマンは、巨大だった。巨大ツリーと同じくらい大きいのではないか。
デコボコの顔を歪めて、巨大スノウマンはグレネードマシンガンを構えた。
「ヒャハーーーーーッ!! 上等だコラァアアア!!」
なにかがクレイジー・ティーチャーの闘志に火をつけた。それまで水入りのバケツに酸化カルシウムを突っこんで即席の湯を作っていた彼だったが、持参したチェーンソーを振り回しながら、爆発の中を突進していった。氷のグレネードの破片で負傷しても、爆発に巻きこまれて吹っ飛びかけても、彼はものともしない。
弾を当てても死なない殺人鬼に、テロリストは気を取られた。
「大丈夫、バケツリレーでも効果は出せる。足……というか、三段目の玉の根元を狙うんだ。相手は所詮雪なんだから、転ばせてしまえば一巻の終わりだよ」
メルヴィン・ザ・グラファイトが、バケツリレーの参加者に指示を出す。説得力のあることを言っているわりには、彼は眠そうだったし、あまり動こうとしていなかった。
「おい、おまえ大丈夫か? 大丈夫ならクレイジー・ティーチャーと一緒に走り回ってほしいんだが」
「あまり大丈夫じゃないが、みんなの役に立てるなら喜んで命を投げ出せるぜ……ソレがステイツの男ってモンだ……」
ルークレイル・ブラックがボロボロのマキシミリアンを叩き起こし、彼の愛馬のキャシーを引いてきた。キャシーには星条旗をまとわせている。
「こ、この旗は――」
「ミケランジェロが30分でつくってくれた。……アメリカはこの時代の資本主義の象徴だ。イギリス人でもよかったかもしれないが。ヤツの大砲を引きつけてくれ」
「OK」
「頑張れよ。死ぬんじゃないぞ。生きて帰ってこその英雄だ」
「OK! ハイヨー・キャシー!」
「やめたほうがいいと思うんだけど……」
朝霞須美の冷めたもっともな意見は、ルークレイルに焚きつけられたマキシミリアンに届かなかった。星条旗を背負った馬と保安官は、グレネードの弾幕の中に突っこんでいく。
『まだ生きてやがったか、このアメブタ野郎!』
テロリストが雷鳴のような声を上げた次の瞬間、バケツリレーの先頭に立つハーメルンが、熱湯をその足元にぶちまけた。
ところで、銀幕市民というのはバケツリレーが好きなのだろうか。
「どんどん行け! タマシイ燃やせ! 悪いやつみんなやっつけろ!」
「はい次!」
「よっしゃ次!」
「手え休めないで、ほら次!」
「え、なんで僕まで……」
「いいから早く!」
「熱い、あつっあちちち熱いっ」
「まだまだ!」
「下! もっと下にかけないと!」
「はい次!」
「右側の弾幕薄いよ、なにやってんの!」
「あっちっ熱いっ熱い熱いあつつつ熱いっ」
「誰かヤケドするんじゃないかと思ってた……」
最後尾の熱湯汲みは槌谷悟郎だったり狩納京平だったり流紗と入れ替わりが激しかったが、バケツリレーの列はおおむね素晴らしく息が合っていて、巨大なテロリストの足元(足はないがニュアンスが伝われば幸い)からはもうもうと湯気が上がり始めた。先頭グループのハーメルンは訓練されているだけあって虫の群れのように動きが正確だし、縁の呼びかけに応じて集まった市民は、みんな苦楽をともにしてきた仲間たちだ。
熱湯が汲んだバケツを4本の足で送り、空になったバケツを4本の足で受け取る。この場でそんな芸当ができるのはゴーユンだけだ。
熱湯の飛沫を必要以上に浴びて熱がるのはクラスメイトPの役目だった。
彼が取り落としそうになったバケツはアレグラが受け止めた。
熱湯バケツリレーという地道さになんとなく不安を覚えるのは須美の役目。
バロアは不本意なことに、いつの間にかバケツリレーの中に組み込まれていた。
メルヴィンは指示を出していたバズだが、いつの間にか木の根元でウトウトしている。
「ギャー!?」
突如、Pではない誰かが悲惨な悲鳴を上げた。アオイだった。エキサイトのあまり、盛大にバケツをブン投げながら思いきり転倒した。
「ぅわっ、アオイ、パンツパンツ! 丸見えだって!」
「おおっ、ピンク……」
ちょうどアオイの後ろにいた相原圭は、目を丸くした。思わず顔が一瞬だらしなくなったところに、ガスマスクが突っこんでくる。アオイと縁が抜けた穴を走って埋めてきたのだ。
「おい貴様っ、女の尻を見ているヒマがあったらバケツを運べ!」
「す、すいません! 撃たないで!」
「穴ができたか、俺が入ってやるよ!」
熱湯の生成を召喚した天狐に丸投げして、京平が圭とガスマスクの間に入る。成り行きでしんがりをつとめていたが、実は彼もバケツを運ぶ側に入りたかったのだ。
『ググ、くそぉ……っ!』
執拗に同じ箇所に熱湯をかけられて、巨大なテロリストの姿勢が大きく傾ぐ。足元ではクレイジー・ティーチャーがハンマーとチェーンソーを振り回していた。たまに彼にも熱湯がかかっているのだが、殺人鬼はケラケラとハイテンションで笑っているだけだ。
『うるさい!』
スノウマンはグレネードランチャーの台尻でクレイジー・ティーチャーを殴り飛ばし、不安定な姿勢のまま、巨大な銃口をバケツリレーの列に向けた。
「そうはさせるか! アレグラには指一本触れさせんぞ」
「こんなこともあろうかと、エレナに熱湯放出マシンを装着してきたのだ!」
大教授ラーゴとアズーロレンス・アイルワーンが、独自に開発した熱湯兵器を繰り出した。ラーゴは高圧放水銃、アズーロレンスはエレナと名づけたアンドロイドだ。トンデモ兵器が放った攻撃は、スノウマンが片手で振り回す氷のMk19に命中した。
ラーゴとエレナの集中攻撃で、グレネードマシンガンの銃身が曲がる。
怒りの形相で銃を鈍器にしようと振りかざしたスノウマンの前に、バケツを持った沢渡ラクシュミが飛び出した。
「共産主義って、クリスマスをメチャクチャにする主義なの!? みんな楽しく過ごそうとしてただけよ。みんなの笑顔をメチャクチャにしたいの!? テロリストって最低! ヘンタイ!」
「耳が痛いな」
「まったくだ」
ラクシュミのすぐ隣にはガスマスクのテロ集団がいるのだが、彼女に悪意はない。ただ「目の前の」テロリストに興奮しているだけだ。ラクシュミは力いっぱい、手にしたバケツの湯をスノウマンに叩きつけた。
「――危ない! みんな下がって!」
いつもは静かな流紗が声を上げた。火気を帯びた身体なので、彼はスノウマンから距離を取り、バケツリレーのしんがりで熱湯を生成していた――だから、よく見えたのだ。
大きな雪の塊が、グラリと大きく傾くさまが。
「確かにこりゃ危ないな。よっ、と」
ゴーユンは逆に前に3歩ばかり飛び出して、タコ足を限界まで伸ばした。先頭から慌てて撤退してくるガスマスクの足首をつかむと、4人ばかりまとめて後方に投げ飛ばす。けっこうな悲鳴を上げてかなりの距離をスッ飛んでいったが、地面は雪で覆われているし、彼らはヘルメットをかぶっているので、たぶん落ちても大丈夫だろう。
「倒れるぞーーーー!」
悟郎が木こりばりに叫ぶ。
『す、スターリン……万歳!』
巨大なスノウマンは轟音を立てて崩れ落ちた。
三つの雪玉が割れて、砕けて、バラバラになった。
巨大なツリーの前に、一瞬にして巨大な雪山が築かれた――。
★ ★ ★
雪山の一角で、口笛が上がる。
ギル・バッカスだ。自慢の大槍は雪にまみれ、身体のあちこちに銃創をこさえていたが、目の前の雪にめりこんでいるものを見れば、疲れも痛みも吹き飛んだ。
「よく冷えてるぜ、こいつぁ」
独り占め……は、なかなか難しそうだ。スノウマンだった雪山には、いまや討伐隊が群がっていて、みんなでウオッカを探しているところだった。ジャック=オー・ロビンが1本見つけ、ギルが今1本見つけたが、残りの3本が見つからないのだ。
「まだ隠れてるダルマがいるのかねぇ……」
「あ! ちょっと、後ろ!」
恐らく人一倍熱心にウオッカを探しているリカが、ギルの背後を指さした。いや、指さしたのではなく、ナイフを手首のスナップで投擲したのだ。振り返ったギルの頬をナイフがかすめ、ヨタヨタと歩いている不恰好なスノウマンに突き刺さった。
「ぅご、や、やめろ!」
スノウマンはくぐもった悲鳴を上げて、なおもヨタヨタと逃げようとした。
「逃がさないわよ、ウオッカ!」
「ぐわー!」
リカは一気に距離を詰めて、奇妙なスノウマンに飛びつく。不恰好なのは、ウオッカのビンを取りこんでいるからだ――そう思ったのだが。
半壊した雪だるまの身体は、やけに温かかった。
「……嬢ちゃん、どうやらウオッカじゃなくて野郎を見つけたみてえだぞ」
「え?」
リカは押さえこんだ雪の塊を見下ろした。
女にマウントポジションを取られて、雪まみれのクレイ・ブランハムが泡を吹いていた。
彼がだいぶ前に大柄なスノウマンの突進を食らって、それきり体内に取りこまれたままヨロヨロしていたことを、不幸にも誰も知らなかったのだ……。
「おーい、捜索隊が戻ってきたぞー。ブレイフマン、見つかったってさ!」
「ついでにウオッカも1本回収だ! がっはっは!」
ドミトリと赤城が、明るい声で雪山に群がる人々に呼びかける。
ふたりは、顔を真っ赤にしてニヤニヤと眠っている香玖耶を支えていた。
「ウフフ……やだ……シヴ、私もう飲めなーいからー……エヘヘ」
「うわ、完全に出来上がってる……」
「こっちはまだマシさ。ほんの一口でKOされたみたいだから」
驚き呆れる圭に、ドミトリが開封された『すげえウオッカ』を振ってみせた。
「なに、じゃあ手遅れだったウオッカがあるってのか」
思わず口を挟むギャリックに、赤城が苦笑いしながら後ろを指さす。
なんで俺が野郎を運んでるんだ、ブツクサ言いながら、リョウがミサギと一緒にふたりの男を担いでいる。レイとジムだ。ジムがしっかり握りしめているビンを、ミサギが無言でもぎ取る。ビンの中身は、すっかり空っぽだった。
「ふたりで飲んだの!? 1本を!?」
「でも、3本は回収できた。飲みたいヤツにはショットグラス1杯ぶんくらいは配給できるさ」
「だから配給って言い方……」
「リーダーから許可は出ている。飲むぞ!」
ハーメルンが、全員、ガスマスクを頭の上に押し上げた。
それまで同じ顔でしかなかった彼らに、一斉に目に見える個性があらわれた瞬間だった。
「スパシーバ、自分たちの不始末に、ケリをつけてくれて」
『すげえウオッカ』とハーメルンの周りに、笑顔の人びとが集まってくる。
ジャックがニコニコしながら、氷から削りだしたショットグラスを全員に配った。
「『ダバイ!』の音頭で飲むのが祖国の習わしよ。一気にね」
リカは我先にウオッカをグラスに注いで、ご機嫌だ。
「あれ?」
レオがキョロキョロと、集まった面子を見回す。
「ストラさん、いないよ」
「スノウマン全部やっつけたかどうか確認してくるってさ」
「もー、空気読めないんだから」
「ところでブレイフマンってどこでなにしてたの? いないみたいだけど」
「ああ、ソレがさ――」
乾杯の前に、それぞれが今夜体験した話に花が咲く。その間にも、ウオッカは氷のグラスの中で冷えていくのだった。
談笑が、広場の外にも漏れてきている。
巨大ツリーのきらびやかなイルミネーションに目を細め、ストラは白い息をつきながら、ガリルARMを手にして雪山の後ろを歩いていた。
追い詰められたスノウマンは合体して襲いかかってきたという。100体すべてを倒しきれたのかどうか、これでは正確に判断できない。
ストラの、説明できない感覚が、『気配』をとらえた。
「断末魔は『スターリン万歳』だったぞ」
ツリーの間から現れたのは、ユージン・ウォン。肩に銃創。こめかみからも血が流れている。ストラとウォンは、静かに睨み合った。
「脳ミソにカビが生えた共産主義者でもなければ作れないスノウマンだったな」
「……」
「生きるのは勝手だが、迷惑はかけるな。アカのクソイヌが」
フン、とストラが鼻で笑った。
彼がガリルで狙いをつけ、ウォンがグロックを抜き、ふたりが引金を引くのは、同時だった。
ふたりの背後で、ドチャリと重い音。
テロリストスノウマンの残党がふたり、男たちの背後で雪に還った。
「――これで、『気配』は完全に消えた。周辺に敵はいない」
ストラはガリルを慣れた手つきで肩に担いだ。
「貸し借りはなしだ、片目」
「作りたくもない」
ス、とウォンの姿は森の闇の中に消えた。まったくの入れ違いに、リゲイルが息を切らせて、しばらくその場に立っていたストラのもとに駆けつけてくる。
「やっと見つけた。ストラさん、これあげる」
リゲイルは笑顔で、手のひらサイズの雪だるまをストラに差し出した。
彼は雪だるまが好きにちがいない、今もそう思っていたから。
ストラは口をへの字に曲げて雪だるまを受け取り、おもむろに腰のポーチから、ロシアン・スタンダードの小瓶を取り出した。
「あ」
ビンのウオッカを振りかけて、ストラは雪だるまの頭をパクリとひと口――。
「ん。フクート、フクート・ハラショー」
「……あー……。そういうことしてほしかったわけじゃないのにー」
リゲイルが溜息をついたとき、木々の間から、バシューッというすごい音と、黄色い悲鳴が聞こえてきた。
「きゃわーーーーっ!」
「すっごぉい! レモンちゃん天才ぃ! 素敵ぃ!」
レモンが上げる悲鳴には、歓声が混じっている。ニーチェが彼女を褒め称える声がソレに続く。もうもうとツリーの間から漏れてくる、硫黄の匂いをほのかに含んだ湯気……。
わき目も振らずに掘りつづけたレモンは、とうとう温泉を掘り当てたのだ。
★ ★ ★
『生き残ったのは、オレだけか……』
中央広場からも離れ、クリスマスツリーの森の只中を、よろめきながら歩くスノウマンがひとり。彼は氷のアサルトライフルを持っていた。顔も胴体もあちこちが崩れかけている。彼はハーメルンがつくったスノウマンの、最後のひとりだった――が。
シィィィィィ。
『……?』
シ、シィィィィィ。
ぎ・ギ・ギギギギ……。
『な、なんだ! 誰だっ!?』
どこからともなく聞こえてくる不気味な声に、テロリストはうろたえた。
「ギきぃぃーーーーーっ!」
『う、うわっ、うわぁああああああ!』
銃を撃つ間もなく、テロリストはものすごい勢いで飛びついてきた異形のエイリアンに押し倒された。すっかり弱っていたので、その体当たりによって、かれはあわれにも崩れ去った。
「ギ? シィイッ?」
スノウマンが動かなくなってしまったので、エイリアンは首を傾げる。
首からは『無害』と大きく書かれたお絵かき帳を下げていた。すみっこのほうには、「このこのなまえはタローです。ほんみょうはT−06。カッコイイ!」と鉛筆で追記されている。
崩れて動かなくなってしまったスノウマンからは、鼻をつくアルコールの匂いがした。
エイリアンは舌なめずりをして、酒くさい雪の塊を……。
★ ★ ★
彼にとってはとても馴染み深い音が聞こえて、ルドルフは空を見上げた。
ソリが、箒星の尾のようにきらめく光を引きながら、クリスマスツリーの森の上空を飛んでいく。
普通のトナカイを御しながら、白髭の老人がルドルフに向かって手を振っていた。彼の後ろでは、青い顔をしたロシア系の男がグッタリと、大きな白い袋にもたれかかっている。
彼なら、どんな救急車よりも安全に、病人を病院に送り届けてくれるだろう。
「今日ほど人間の身体がほしくなった日はないぜ……」
「なによ、急に」
「この脚じゃ敬礼ができないんだよ、ピンクのワイルドキャット」
そうは言いつつも、ルドルフは器用にショットグラスを傾ける。
彼がニヒルに決めた直後、『ピンク』の意味を時間差で理解したアオイが、ルドルフの横腹にローキックを叩きこんだ。
クリスマスツリーの森の、熱い時間はまだ終わらない。
ウオッカがみんなの身体を、ポカポカと温めてくれているから。