★ 【銀コミ夏の陣・改】School of Memories2 〜臨海学校でときめいて〜 ★
<オープニング>

 銀幕市平和記念公園を会場とした同人誌頒布イベント、いわゆる「銀コミ」は、にぎやかに開催され、恙なく終了を迎えた。そこここで濃ゆかったりほのぼのだったりな交流と、なんかトラウマになりそうな阿鼻叫喚世界を織りなしながら。
 豪快な大人買いをした参加者たちも、サークル参加者や本部スタッフたちも、イベントの余韻醒めやらぬ笑顔で次々に撤収していく。
「お疲れ様でしたー、植村さん。……それにしても、やっぱり植村さんて……ぷぷっ」
「……おつかれさまでした。お気をつけてお帰りください」
 挨拶を交わすたびに、何やら皆の視線に生暖かい含みを感じるような気がするが、そこらへんは追求しないことにして、植村は救護所の様子を見に行った。
 今日は最終日とあって、ムービースターによる気温調整も間に合わぬほど、会場の熱気はヒートアップしていた。迷子になって体調を崩した少年の報告も受けているし、救護所へ水分補給に行った人々も多くいたようだ。
 しかし、植村が出向いたときには、救護所はがらんとしていた。身体を休めていた人々は帰路についたようなのだが、残っているはずのドクターDや源内の姿も見えない。
 本部物販スペースにいた小山緋桜が、
「戻ってこないなぁ、ふたりとも。栄養ドリンクの追加分、ほしいんだけど」
 と、思案顔をしている。
「ドクターDと源内さんは、まだ撤収したわけではないですよね?」
「そうなの。いましがた、気になることがあるから見てくる、って、噴水のある泉のほうに行ったきりなの」
「――噴水に、異変でも?」
「それがねぇ」

 ――潮の匂いが、する。

 ふたりはそう言って、席を外したそうなのだ。

「あっ、わかった。わかっちゃった!」
 ぽんと手を打ち、緋桜は、手にしていた見本誌の中から小冊子を1冊、抜き出した。
 それは本田流星の妹、星華と、嶋さくらとの合同誌で、学園恋愛SLG『School of Memories』の攻略本である。
「また『これ』関係のムービーハザードが発生したのよ。銀コミのにぎやかさに触発されて」
「……ああ、そうかも知れません。『School of Memories』はシリーズごとに映画化されていますから、おそらくは去年の七夕のときのように……」
 そう、あれは去年の7月7日。
 帰宅途中の植村は、「銀幕市自然公園」に発生した学園タイプのムービーハザード――中に入ったら最後、生徒やら教員やらになって、学園生活に適応してしまうそれに遭遇したことがあったのだ。
 1日だけで消える、特に害のないものであったので、好きこのんで巻き込まれる人々もいた。それが再び、今度は「銀幕市平和記念公園」に現れた――
 たぶんこのハザードは、にぎやかで楽しい祭りが好きなのだろう。

  ★ ★ ★

「ひぃぃぃ〜〜。タコがぁ〜。大ダコがぁぁぁ〜〜〜! 食べないでください〜〜」
「あ〜〜れ〜〜〜! 妾がふざけて砂浜に埋めた信夫が、突如海から現れた大だこに囚われて、でんじゃらすなことになっておりますえ〜〜〜!!」
「えらく説明的な台詞だな、姫さん。じゃなかった、珊瑚くん」
「ですが状況はよく伝わると思いますよ」
「さらに説明的に云うならば、妾は出血大さーびすのすくーる水着姿、信夫は海ぱん一丁ですえ。妾たちがこのように大胆に身体を張っておりますのに、何ですか源内先生もどくたーも揃って白衣とは。夏ですえ〜、海ですえ〜、臨海学校ですえ〜〜。せめて浴衣に着替えなされ。むかぷん」
「あの〜〜〜。たーすーけーてーーー」

  ★ ★ ★

 泉の方向に移動した植村と緋桜は、推測が的中したことを確認した。
 公園内に、白い砂浜と海が出現している。
 巻き込まれたらしき人々は、生徒として、あるいは教員として、まさしく臨海学校のひとコマを体現しているらしい。
「……楽しそうですね」
「ですね」
 植村と緋桜は、とりあえず、それだけを呟いた。

種別名パーティシナリオ 管理番号713
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメント去りゆく銀コミたんの足にすがりつくように、見苦しくこんにちは、神無月まりばなです。
さて、同人誌頒布会もカレー試食会も終了した後、突如、ムービーハザードが発生しました。
こちらはカレーの幻覚(笑)ではなく、訪れる人々を強引に学園設定(臨海学校編)に巻き込んでしまいます。
よろしければ貴方も、生徒や教員やその他学校関係者と化して、みんなで海で遊んだり、夜は浴衣で花火をしたりなど、なし崩しにゆるゆるな1日を過ごしましょうという趣旨でございます。
今回、調査や謎解きの必要はないです(!)。心おきなく、1日だけの臨海学校をお楽しみいただければと思います。
(募集期間が5日間と短めですのでご注意くださいませ)

このシナリオは、昨年の七夕時にリリースいたしました「School of Memories 〜七夕の夜の奇跡〜」の続編にあたります。前作をご存じなくともまったく差し支えありませんが、お目をお通しいただくと、わかりやすいかもしれません。
また、前作にご参加くださったかたも、設定を踏襲いただく必要はないです。整合性などはあまりお気になさらず、お気軽にどうぞ。

【ちょこっとひとこと】
・他PCさまとのバランス上、行動や設定に適宜調整が入る場合もございます。
・文字数の関係で、微細に渡った学園内設定、人間関係の設定は、表現が難しい場合がございます。お許しを。
・「ノート」欄は参照いたしません。
・このシナリオに限らず、未参加PC様に対してのプレイングは反映できませんのでご注意ください。

なお、うっかり(あるいは好きこのんで)足を踏み入れたNPCは、今こんな感じになっています。
(一例)
レーギーナ……美貌の生徒会長。男子生徒や男性教師が恐れt、げほんごほんもとい憧れの的。
ドクターD……スクールカウンセラー。悩める青少年の心のオアシス。
ジェフリー・ノーマン……体育教師。軍隊風の厳しさには定評有り。
寺島信夫………巻き込まれ型1年生。常に絶賛ピンチ中。
珊瑚姫…………「あ〜れ〜!」の掛け声とともに、悪気なく何かを破壊する1年生。
平賀源内………古文担当・発明同好会顧問。

※各NPCはフレーバーとして配置していますので特に絡む必要はないです。
ご希望がある場合、また、PCさまとの交流が流れとして自然である場合、描写させていただきます。上記例以外のNPCも、ご希望と状況により登場可能と判断できましたら描写する場合がございます。

それでは、ひとあし先にスイカ割りの準備などして、お待ちしております。

参加者
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
アディール・アーク(cfvh5625) ムービースター 男 22歳 ギャリック海賊団
シノン(ccua1539) ムービースター 女 18歳 【ギャリック海賊団】
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
クライシス(cppc3478) ムービースター 男 28歳 万事屋
森砂 美月(cpth7710) ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
日向峰 来夢(cczc8375) ムービーファン 女 16歳 絵描き
日向峰 夜月(cavn7800) ムービーファン 男 20歳 絵描き
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
小式 望美(cvfv2382) ムービースター 女 14歳 フェアリーナイト
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
ルウ(cana7787) ムービースター 男 7歳 貧しい村の子供
藍玉(cdwy8209) ムービースター 女 14歳 清廉なる歌声の人魚
マリアベル・エアーキア(cabt2286) ムービースター 女 26歳 夜明けを告げる娘
神凪 華(cuen3787) ムービーファン 女 27歳 秘書 兼 ボディガード
沢渡 ラクシュミ(cuxe9258) ムービーファン 女 16歳 高校生
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
花咲 杏(cyxr4526) ムービースター 女 15歳 猫又
柝乃守 泉(czdn1426) ムービースター 女 20歳 異界の迷い人
シルヴァ・オディス(cstd8527) ムービースター 男 35歳 森の番人
スルト・レイゼン(cxxb2109) ムービースター 男 20歳 呪い子
サンクトゥス(cved7117) ムービースター 男 27歳 ユニコーン
槌谷 悟郎(cwyb8654) ムービーファン 男 45歳 カレー屋店主
針上 小瑠璃(cncp3410) エキストラ 女 36歳 鍵師
ヴィクター・ドラクロア(cxnx6005) ムービースター 男 40歳 吸血鬼
玄兎(czah3219) ムービースター 男 16歳 断罪者
ガーウィン(cfhs3844) ムービースター 男 39歳 何でも屋
昇太郎(cate7178) ムービースター 男 29歳 修羅
ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
八重樫 聖稀(cwvf4721) ムービーファン 男 16歳 高校生
ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
レイエン・クーリドゥ(chth6196) ムービースター その他 20歳 世界の創り手
前戎 琥胡(cdwv5585) ムービーファン 男 15歳 見世物小屋・魔術師
前戎 希依(cyme3856) ムービーファン 女 15歳 見世物小屋・魔術師
ルヴィット・シャナターン(cbpz3713) ムービースター 男 20歳 見世物小屋・道化師
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
バロア・リィム(cbep6513) ムービースター 男 16歳 闇魔導師
タスク・トウェン(cxnm6058) ムービースター 男 24歳 パン屋の店番
ルースフィアン・スノウィス(cufw8068) ムービースター 男 14歳 若き革命家
鳳翔 優姫(czpr2183) ムービースター 女 17歳 学生・・・?/魔導師
麗火(cdnp1148) ムービースター 男 21歳 魔導師
片山 瑠意(cfzb9537) ムービーファン 男 26歳 歌手/俳優
佐藤 英秋(ccss5991) ムービーファン 男 41歳 俳優
狩納 京平(cvwx6963) ムービースター 男 28歳 退魔師(探偵)
鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
カサンドラ・コール(cwhy3006) ムービースター 女 26歳 神ノ手
柊木 芳隆(cmzm6012) ムービースター 男 56歳 警察官
綾賀城 洸(crrx2640) ムービーファン 男 16歳 学生
レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
津田 俊介(cpsy5191) ムービースター 男 17歳 超能力者で高校生
ユージン・ウォン(ctzx9881) ムービースター 男 43歳 黒社会組織の幹部
ベルヴァルド(czse7128) ムービースター 男 59歳 紳士風の悪魔
クロノ(cudx9012) ムービースター その他 5歳 時間の神さま
キスイ(cxzw8554) ムービースター 男 25歳 帽子屋兼情報屋
ティモネ(chzv2725) ムービーファン 女 20歳 薬局の店長
朝霞 須美(cnaf4048) ムービーファン 女 17歳 学生
三嶋 志郎(cmtp3444) ムービースター 男 27歳 海上自衛隊2曹
王様(cvps2406) ムービースター 男 5歳 皇帝ペンギン
アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
藤田 博美(ccbb5197) ムービースター 女 19歳 元・某国人民陸軍中士
本気☆狩る仮面 あーる(cyrd6650) ムービースター 男 15歳 謎の正義のヒーロー
ルア(ccun8214) ムービースター 男 15歳 アルの心の闇
カロン(cysf2566) ムービースター その他 0歳 冥府の渡し守
ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
本気☆狩る仮面 るいーす(cwsm4061) ムービースター 男 29歳 謎の正義のヒーロー
ノリン提督(ccaz7554) ムービースター その他 8歳 ノリの妖精
崎守 敏(cnhn2102) ムービースター 男 14歳 堕ちた魔神
セエレ(cyty8780) ムービースター 女 23歳 ギャリック海賊団
レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
Sora(czws2150) ムービースター 女 17歳 現代の歌姫
コア・ファクテクス(cahw4538) ムービースター 男 0歳 DP警官
山口 美智(csmp2904) エキストラ 男 57歳 屋台の親父
ロンプロール(cbwr9939) ムービースター 男 43歳 ギャリック海賊団
クロス(cfhm1859) ムービースター 男 26歳 神父
李 白月(cnum4379) ムービースター 男 20歳 半人狼
人狼王(chwd3504) ムービースター 男 25歳 人狼の王
エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
フェレニー(csap5186) ムービースター 女 8歳 幼き吸血鬼
天月 桜(cffy2576) ムービーファン 女 20歳 パテシエ
サエキ(cyas7129) エキストラ 男 21歳 映研所属の理系大学生
リヒト・ルーベック(cptw5256) ムービースター 男 20歳 騎士
萩堂 天祢(cdfu9804) ムービーファン 男 37歳 マネージャー
鴣取 虹(cbfz3736) ムービーファン 男 17歳 アルバイター
エリック・レンツ(ctet6444) ムービーファン 女 24歳 music junkie
アズーロレンス・アイルワーン(cvfn9408) ムービースター 男 18歳 DP警官
ラルス・クレメンス(cnwf9576) ムービースター 男 31歳 DP警官
クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
フレイド・ギーナ(curu4386) ムービースター 男 51歳 殺人鬼を殺した男
ベアトリーチェ・ゴットヘルム(cwxb6139) ムービースター 女 22歳 DP警官
続 歌沙音(cwrb6253) エキストラ 女 19歳 フリーター
T−06(cpsm4491) ムービースター その他 0歳 エイリアン
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
龍樹(cndv9585) ムービースター 男 24歳 森の番人【龍樹】
空昏(cshh5598) ムービースター 女 16歳 ファイター
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
悠里(cxcu5129) エキストラ 女 20歳 家出娘
フェイファー(cvfh3567) ムービースター 男 28歳 天使
来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
ネティー・バユンデュ(cwuv5531) ムービースター 女 28歳 ラテラン星親善大使
兎田 樹(cphz7902) ムービースター 男 21歳 幹部
夜乃 日黄泉(ceev8569) ムービースター 女 27歳 エージェント
<ノベル>

ACT.1★昼の浜辺であれこれと
 
「助けに来てあげたわよ、信夫! 喜びなさい癒されなさい崇め奉りなさい!!!」
 波打ち際に、ものっそ不自然に設置された謎のダンボールハウスから、じゃじゃ〜ん! という掛け声(本人の自演っぽいがツッコまないように)とともに、今、一匹のうさぎが光臨した。
 普段から学園のあちこちに神出鬼没な謎うさぎ、レモンである。一応、信夫のピンチを救う名目で登場したはずだが、その愛くるしい双眸はひたと大ダコを見つめ、らんらんと輝いている。……食欲で。
「新鮮な真ダコね。逃がさないわよぉぉ。いでよ、エンジェルセイバー!」
 かっちょよく召還された武器は、しかしどう見ても釘バット(持ち手部分に天使の羽の意匠あり)だった。
「助力しよう。せっかくのタコだし、バーべーキューの具にしたいものだ」
 測量が趣味のクールな地理教師、神凪華は、一年中スーツを着ていることでも有名だ。当然、夏の海辺でもスーツ姿である。
 取り出した(どこから?)ナイフを手に、冷静に戦闘を開始する。
「大ダコ出現ですって? ちょうどよかったわ。117名+αの夕食メニューに迷ってたのよ」
 涼しげな和服で現れたのは、今日の宿泊所となっている旅館の女将、香玖耶・アリシエートである。
「あのタコと戦うの……? う、うん。がんばってみる」
 ご近所の少女ルシファは白い割烹着を着ていた。厨房が忙しくなることを見越した香玖耶に、臨時アルバイトとして雇われたのだ。華奢な手にぐぐっとフライパン(対タコ用武器らしい)を握りしめている。
「だめだだめだだめだ、そんな危険なことは許さぁぁぁぁぁーーーん!!!」
 超絶過保護な『お父さん』レイドは、料理ひとつさせたこともない可愛い可愛い箱入り娘ルシファの、アルバイト活動そのものを真っ向から反対していた。
 ゆえに、香玖耶女将に物申しつつ、海辺までくっついてきたのである。
「ええい、戦力が必要なら俺がやる。貸せ」
 フライパンを引ったくられ、ルシファは目をぱちくりさせる。
「でも……。私も何かお手伝いしたい……」
「じゃあ、応援してろ。危ないから、ちょっと離れてな」
「うん♪ いっぱい応援するね」
「しかし、でっかいなぁ」
 素直に頷いたルシファを後ろ手に、改めて大ダコを見たレイドは途方に暮れる。
「こんなの、どうすりゃいいんだ」
「ちょっと源内先生。何かいい発明品はないの?」
 香玖耶女将は源内を振り返る。
「う? うん」
 それまで大ダコも信夫の危機もそっちのけで、浜辺を彩る水着だったりそうじゃなかったりな美少女生徒や美人教師たちの誰にどう関心を向けたらいいのかいやもう目移りして俺困っちゃうなぁ状態だった発明同好会顧問は、ようやく我に返る。
「そうだなぁ……。実はレモンのエンジェルセイバーは俺とのコラボ開発品なんだが、あれはどっちかっていうとスイカ割りを盛り上げるために考案したんで、武器としてはいまいちなんだよなぁ」
「このっ! このこのこのっ!」
 レモンは元気に釘バットを振り回しているが、そこは小さなうさぎのこととて、タコに致命傷は与えられないようだ。
 ナイフを的確に駆使している華のほうは、ようやく足を一本切り落とした。が、相手が巨大過ぎて難儀しているのは同じである。
「たぁーすぅーけぇーてぇー」
 なおも信夫は叫ぶ。
「いよっし。海辺のお助けキャラ、さんじょう!」
 すたたたた、と、愛嬌のある仕草で砂浜を走ってきたのは、バッキーコスチュームを纏った謎の小動物だった。
 波打ち際につくなり、コスチュームをしゅばっと脱ぎ捨てる。現れたのは……。
 大胆にも、「魅惑のおなかまるだし」水着を着た狸、太助であった。
 その悩殺っぷりに、この事態に全然関係ない動物好きギャラリーたちが何人も、「かわいい……」と呟いて倒れる。
「たすーたいちょーかっこいいです。ぼくもいくです」(註:ムービーハザードの影響でしゃべれます)
 太助のあとを、とてとてててて、と、まるまっちぃコウモリ似の生物がくっついてきた。こちらは、魅惑の保健医黒木先生(黒魔術研究会顧問)の謎ペット「つっちー」である。
 なぜかひんやり涼しい救護テントにて、冷たい午後の紅茶と厳選スイーツの優雅なお茶会空間を演出しつつ待機していた黒木先生のほうは、いきなり忙しくなった。太助のおなかに悩殺され熱中症的状態になった人々の、救助と介護をせねばならなくなったからだ。
「ちょうど大波がきたぞ。用意はいいな、つっちー!」
「はいです!」
 太助とつっちーは、海賊船型お子様ボートに乗り込み、どどどどーんと海に乗り出した。ぐるっと大ダコの背後に回り、折からの大波に乗ってボートごと突撃する。
「bんjづへふぇd!」(註:タコの叫び)
 結果、大ダコはぐらりと体勢を崩し、信夫の拘束を解いた。帆布を引き裂く悲鳴と共に、信夫は真っ逆さまに海に叩き落とされたので、良かったねと言えるかどうかは微妙なところだが。
「うふふふ……、酷い目にあったわね、寺島くん」
 命からがら波打ち際に這い上がった、というかぐったりしつつ打ち上げられた信夫を、2年生の鬼灯柘榴が介抱してくれた。
「……あ。鬼灯先輩……」
 黒魔術研究会所属の柘榴は、大層おまじないに詳しいことで有名だ。しかし専門は、女子高生が好きそうな恋☆のおまじない♪ なんてぇ可愛いものではなく、草木も眠る丑三つ時に髪を振り乱して執り行う呪いのほうである。ときどき血を吐いているとか、鬼灯先輩の影からは声が聞こえるとか、怖い噂にも事欠かない。
 その鬼灯先輩が、ニヤリと笑い、なぜか口からたら〜りと血を流しつつ顔を覗き込んでくださったので、寺島くんは胸キュンラブを感じるまえに、恐怖で気を失った。
「寺島くん……? あらあら、安心して気が抜けたのね」
 鬼灯先輩、わりとポジティブシンキングである。
「これこれ、信夫。わしがついておるぞ。しっかりせい」
 信夫の頬を、幼子の小さな手がぴたぴたと叩く。
 なんと、学園七不思議のひとつ、会った人に小さな幸せを与える座敷童、ゆきであった。最近、よく、信夫のもとに現れるのである。
「……ゆきちゃん。臨海学校にまで来てくれたんですね」
「いつも騒動に巻き込まれている信夫が不憫で、放っておけぬのじゃ」
 ゆきは、にこりと笑う。
 つられて柘榴も顔を上げ、ちら〜りと大ダコと目を合わせ、素敵に無敵に微笑んだ。
 ……タコは、いきなり青ざめて硬直した。
 どうやら、鬼頭先輩のおまじない☆オーラに悩殺(?)されたらしい。
 よってタコ退治関係者一同は、見事大ダコをゲットすることができたのだが。
 巨大海の幸の出現は、これだけではなかった。
「お……? おおおおおぃぃ。すまん、助けてくれー! イカが。巨大イカがぁぁー!」
 皆がタコにかかりっきりになっている間に、今度は大王イカが現れ、源内を捕獲したのだ!
 このベタな事態に、
「イカ食べるわよぉぉぉー!」
「バーベキューの具が増えたな」
「応援してろ、ルシファ」
「うん♪」
「イカにとつげきだー!」
「はいですー!」
 戦闘担当の皆さんは、ノリ良く付き合ってくださったのである。

 昇太郎は制服姿で唖然としていた。
 彼は、平和記念公園に出向いただけなのである。何がどうしてこんなことになったのか、さっぱりわからない。
「高校3年生……? 俺が?」
 このハザードの意味も制服のなんたるかも知らない29歳は、しかしその童顔ゆえに学ランの夏服がえらいこと似合っていた。似合いすぎていた。
「わっはははははーー!!! く、苦しい……くくくくっ、はははははは……くっ、くるし、」
 何もそこまで笑わなくても、っていうか苦しいのを我慢して身体二つ折りにしてまで爆笑しなくても、ってくらいに、ミケランジェロは大受けに受けていた。
 似合うとか似合わないとか以前に、この状況が面白くて仕方ないらしい。
 ミケランジェロのほうは、非常勤の美術講師ということになっている。服装もいつもと変わらない。
「……! そないに笑わのぉても……!」
 昇太郎はむっかぁ〜とした。頬がうっすら紅潮し、それがますます学生っぽい。従って、ミケ先生の笑いにもいっそう拍車がかかる。
「だって、おまえ、ぶふっ、とても俺と、同い年には見えな、ごほっ、くくくく、ぶははははは」
「たいがいにしろぉーーー!」
 とうとうキレた昇太郎は、笑い続けるミケ先生の首根っこを掴む。

 そして、その後、何が起こったかというと。
「しょうたろくん、みけせんせいをえいやってなげとばして『ゆうえいきんしちく』におっことしたです。……あ。おおきなくらげさんがきたです。あぶないです。みけせんせいをねらってます。……………ぁ。さされちゃったです。みけせんせい、ぐったりしてます」
 お子様ボートから身を乗り出して、つっちーが実況中継を行う。
「しょうたろくん、びっくりしてうみにとびこんだです。みけせんせいがしんぱいみたいです。おおきなくらげさんは、しょたろくんがやっつけたです。かーらせんせー、きゅうかんです。みけせんせいをたすけてほしいです」
 非常事態発生だが、黒木先生は手がふさがっている。つっちーは、保健の非常勤講師、カサンドラ・コールに呼びかけた。人手が足りないため、カサンドラ先生は、保健室の手伝いに入っていたのだ。
「……なんて顔してんだい。あんたのほうが刺されたみたいだよ」
 ミケランジェロを海から引き上げ、背負って運び入れた昇太郎を、カサンドラは呆れ顔で迎え入れる。
「ミゲルを……、助けてくれ」
「このまま亡き者にしてやるのも一案なんだけどね」
 怖いことを呟いたカサンドラは、心配そうにしている昇太郎の顔を見て、ふっと笑った。
「今日のところは手を打つとするさ。しかし、呆れたタマだねぇ……。これは貸しにしといてやるよ?」

「泳げないヤツは集まれ! 全員泳げるようにしてやるぞ」
 皇帝ペンギン兼社会科教師の王様は、地球温暖化について熱心に説いてくれるエコロジカルさが人気の先生だ。あからさまに女子に優しく男子に厳しいのが玉に瑕だが、案外面倒見は良く、臨海学校でも熱血指導を行っている。
「さて。まずは誰かに、お手本を見せて貰おうか」
「まかせて先生。ガンジス川で鍛えた泳ぎを披露するわ!」
 真っ先に泳ぎ始めたのは1年生の沢渡ラクシュミだ。インドからの交換留学生で、所属はバトミントン部である。小麦色の肌に、清楚な水着が眩しい。
「……オレさぁ、来たくなかったんだよなー。なのに希依が行こう行こう言うからよぉ……はぁ……」
 などとぼやきながら、なにげに水着に着替え、なにげに準備体操をし、なにげに泳ぎ始めたのはダルデレ系の1年生、前戎琥胡だ。
「がんばろうね、くぅ君!」
 同じく1年生、琥胡とは双子の前戎希依は、すでに元気いっぱいのクロールを披露している。海で遊ぶのを楽しみにいた希依は、存分に泳いだ後は沖のほうに出て釣りを楽しむつもりのようだ。
 琥胡も琥胡も、実は魔術部のエースである。頼めばきっと、琥胡は「……はぁ」とか言いながら、希依は喜んで、海辺でのマジックを見せてくれることだろう。
「沢渡さんも双子さんたちも、きれいなフォームね」
 皇帝ペンギンな王様先生の隣では、水泳部マネージャーの藍玉が潮風に髪をなびかせている。かつて藍玉は『陸の人魚』と謳われたほどの優れた泳者だったが、事故で足を故障したため、現在はマネージャーを務めているのだ。
「はーい! あたしも泳いじゃいますー!」
 元気いっぱいに、中等部2年生の小式望美が手を挙げる。この臨海学校の参加資格は高等部も中等部も不問なのだが、気後れするせいか、中等部参加者は少ない。望美のようにものおじせず、目いっぱい楽しむ姿勢の生徒は貴重だった。
 宣言するやいなや、望美は海に飛び込む。トビウオのようなスピードで、遠泳を開始した。
「あまり、沖まで行かないようにね?」
 溌剌とした泳ぎっぷりに、若いわねぇ、と、水泳部顧問、化学教師の藤田博美はため息をつく。
(それにしても私……、ジョシコーセーじゃないのね? 炎色反応がどうのなんて、もういいのになぁ)
 好きこのんでハザードに巻き込まれるにあたって、ちょっぴり期待したのであるがそうはならなかった。日焼けがシミと化すのが気になるお年頃なので、UV対策をばっちりせねばならない。
 同じく、
「……どうせなら、もうちょっと若返りたかったなぁ」
 と、ぼやいているのは三嶋志郎だ。別に老けたわけではないのだが、どこからどう見てもチャラくて軽い、ええ感じのナンパ男になっている。しかも保健委員の腕章つきだ。
 水泳部員の志郎は、監視員役を割り振られていた。したがって、遊べない。溺れかけた女の子でもいたら、
「おおぉ、溺者発見! 救助だ! 心臓マッサージだ! 人工呼吸だーーー!!」
 みたいなことも出来るのだが、いかんせん、臨海学校に参加するような女生徒にそんなうっかりさんはいないのだった。
「……よし津田! おまえもお手本だ。まずは白褌に着替えて、マネージャーにアピール★しろ♪」
 水泳部顧問その2。学園有数の暴走加速装置つき問題教師っちゅうかむしろ問題児なルイス・キリングが、津田俊介の背中を叩く。
 ルイスはハイテンションのあまり、水泳部男子全員に白褌一丁での臨海学校参加を強要していた。んが、そんなん当然ながら部員たちはシカト。よって本日はルイス先生だけがある意味まぶしすぎてくらくらする白褌姿である。
 水泳部員その2の俊介は、マネージャーに一目惚れしてうっかり入部したはいいものの、まだ藍玉にはその想いを告げるに至っていない。そんな絶賛片思い中な少年の純情をルイス先生は見抜き、何かと利用したり茶化したりしているのだ。酷いや先生。
「恥ずかしがるなよ坊や☆♪ さあ……、リラックスして……、むぐっ!? ふがーーー!」
 ルイス先生はいきなり前のめりに倒れ、ずさささーと顔で砂浜を滑った。後ろから誰かに激しく「膝かっくん」されたのだ。
「うぜぇことしてんじゃねぇよ」
 ダブりで不良な1年生、来栖香介だった。1年生にあるまじき、年季の入った学ラン姿である。「泳ぎの練習とかめんどくせぇ」というポリシーなので、水着は持ってきていない。
 学園行事にいっさい興味がなく、臨海学校もサボるつもりだったのだが、萩堂天祢先生にとっつかまり、引っ張ってこられたのだ。
 真面目な音楽教師であるところの萩堂先生は、今日も今日とて皆の面倒を見ることに余念がなかった。夜間の肝試し用BGMに使用したいと楽器を持ち込みたがった生徒がいたりして、許可申請に走ったりなどもしたのである。
 香介のことは普段から気にかけているため、臨海学校に参加したことがうれしいらしく目を細めている。
「来栖くんは、こうして見ると海と太陽が似合うじゃないか。来て良かっただろう?」
「……ちっとも。せっかく体調が良かったから参加したのに、目障りなひとを見るなんてね」
 香介が文句を言うより先に、不満の意を表明したのは1年生の保健委員、Soraだった。大きなツバつきの白いお嬢様風帽子と白い長袖という完全防備ファッションである。
 香介同様に留年しているのだが、Soraのほうは病弱で休みがちなため、出席日数が足りなかったというのが理由だ。無駄にプライドが高いせいか大人びた性格が災いしてか友達は少なく、よく「嫌い」な香介に絡んだりなどしている。
「てめぇこそ目障りだ。あっちいけよ」
「言われなくても。保健委員としてのつとめで忙しいもの。みなさーん。熱中症には気をつけてくださいねー?」
 うふふふふ、と微笑んで呼びかけながらSoraは去っていく。
「覚えてろよ、くるたん! 『くるたん普及同好会』に言いつけちゃうんだからねッ!」
 砂だらけの顔で起きあがったルイス先生が、幼稚園児レベルの逆襲をする。
 香介が、ぴくりと眉を動かしたとき。
「みなさん。『くるたん冷茶』ですよ。日射しが強いですから、傘もどうぞ」
 おりもおり、茶道部兼くるたん普及同好会所属の2年生ティモネが、さわやかな浴衣姿で、冷茶と日よけ用の番傘を配り始めた。
 浜辺にセッティングされた茶席では、バッキーを象った和菓子が並べられている。
 ティモネを手伝って、『くるたん普及同好会』ののぼりを立てたり、お茶道具セットを運んだりしているのは、パソコン部顧問のレイ先生だ。ちなみにレイ先生は、信夫が大ダコに襲われてピーンチなのを早くから気づいてはいたのだが、(女の子なら助けるけど、男は放っておこう)というすがすがしい理由でスルーしたのだった。
「くるたんって、なんのこと?」
 ドクターDの同僚、スクールカウンセラーの森砂美月が、冷茶を受け取りながら小首を傾げる。
 ロリータブランドの日傘を差しているため、番傘のほうは辞退した。どうやら肌を焼きたくはないようで、日射しを避ける長袖ファッションである。
「ふふ、森砂先生。それはね……」
 ティモネはさっそく普及活動を始めたが、レイはレイで、シャツのネクタイをいっそう緩め、息をするように自然に美月の肩を抱いたりした。こちらはナンパ活動である。
「森砂先生は、水着にはならないのかな?」
「あのね……、レイ先生……」
 美月は女生徒に人気があるが、一部セクハラ男子には恐怖の対象である。
 ちょっかい出した男子のガクブルしながらの証言によれば、『変態滅脚』なる技をくらったとか『蚊取りマットミサイル』で迎撃されたとかなので、どうもロリな外見に似合わぬ武勇の持ち主であるらしい。
 ちなみに過去を聞くと「世の中には知らなくていいことがあるのよ……?」と、壮絶な笑顔を見せられたそうである。
「まあ、いいんだけど。可愛い子は、スクール水着でもロリータ服でも可愛い……ごフッ」
 いい調子で囁いていたレイは、「誰か」の肘鉄を脇腹に食らった。
「……レイ先生。お疲れ様でした」
 ティモネは淑やかな仕草で、冷茶を差し出す。
「ははは、ティモネもかわいいよ。そんなツンツンしてるところも……ッたぁぁー」
 脇腹を押さえながら冷茶を受け取ったレイは、今度はティモネに手をつねられたのだった。

「ちょ、可愛らしいね、恋というのは!?」
 その様子を見ていた空昏が、珊瑚姫に声をかけた。武芸関係の部活にまんべんなく顔を出している、活発な1年生である。なんでも3年に、優秀な兄がいるらしい。
「まったく、微笑ましい限りですのう〜。ところで空昏は、どなたか気になる殿方と海辺であばんちゅーるなど、しなくて良いのですかえ?」
「いや全然ちっとも」
「それは重畳。妾も、気の置けぬ友人と楽しく過ごすほうが性にあっておりますゆえ」
 珊瑚姫はにこにこと、ビーチバレー用のボールを取り出した。
「妾とびーちばれー対決など、如何ですかの?」
「ふぅん? そんなに言うなら、相手してやってもいいぞ」
 空昏は偉そうに答え、唐突に扇を取り出して顔をあおぐ。
「ビーチバレー? 楽しそう。あたしも混ざりたいですっ!」
 望美が笑顔で駆け寄ってきた。遠泳から戻ってきたばかりだというのに、元気爆発であった。

 空昏、珊瑚姫、望美たち女生徒チームのすぐ近くでも、教師有志によるビーチバレーは行われていた。
 ――今。
 夏空に、天使が舞い上がる。
 天使はTシャツにハーフパンツのいでたちである。体育教師のフェイファー先生だ。
「アタァァァァァーーーッツクゥゥウ!!!!!」 
 跳躍力ならぬ飛翔力を生かし、ファイファーは超上空から渾身のアタックを仕掛ける。
「……これ、アリなのかな?」
 対するは、Tシャツにハーフパンツ姿の国語教師、吾妻宗主先生。色つきサングラスがおされである。
「ルール上は問題ないようですが」
 そんでもって、ルールブック片手にアドバイスをしているのは、生物教師のネティー・バユンデュ先生であった。こちらはジーパン+Tシャツスタイル。
「これっくらい受けられるだろー?」
 フェイファー先生が繰り出す弾丸のような衝撃を、たしかに吾妻先生は緩急をつけながら応酬していた。それは端から見たら、ちょっと只ならぬバトルに見えなくもない。
「吾妻先生の筋力と運動神経があれば、理論上レシーブできるはずです。失敗する確率は3%程度ですので、お気になさらず」
 角度・空気摩擦・回転数などを計算し、ネティー先生は冷静に判断を下す。
「これでどうだー!」
 ファイファー先生の変化球が吾妻先生を狙う……と見せかけて、ネティー先生の顔面に来た。が、さすがは生物教師(?)、ドライに叩き返す。
「ファイファー先生、吾妻先生、ネティー先生ー! かっこいいですえー! がんばってくださいですえー!」
 先生がたの勇姿に思わず見惚れた珊瑚姫から、声援が飛んだ。

「リカ先生ー! 女将さんが『夕食に使う材料が余ったから、お昼にどうぞ』って、新鮮なタコとイカの切り身をたくさんくださいましたよ。大きなお鍋でシーフードカレー、作りましょう。飯盒でご飯炊けば美味しいですし」
 1年生にして料理クラブの部長を務める三月薺は、海辺においても愛用のおたまを握りしめる。うさぎマークのワンポイントつきワンピース水着が大変可愛い。波打ち際ではアライグマのばっくんが、しゃかしゃかと食器を洗っていた。
「いいわね。でももう少し、具材の種類がほしいかしら。ねえ、続さん?」
 リカ・ヴォリンスカヤは、その凄みのある美貌とは裏腹に、家庭科の先生兼料理クラブの顧問であった。仲良しな女生徒たちと乙女トークをするのがライフワークだったりする。
「……うん。採ってくる」
 料理クラブのクールな2年生、続歌沙音は、それが普通のことであるかのように、スクール水着ですたすたと海に向かう。
 ……いきなし。
 ベタの連続で気が引ける記録者を尻目に、ざっば〜〜んと、巨大エビが現れた。
 歌沙音はその急所を見極め、沈着冷静に蹴りを入れる。
 エビは、あっさり倒された。
 満足げに頷いたリカ先生は、ここぞとばかりにナイフを駆使する。
「いい、三月さん? エビはこうやってさばくのよ」
「わあ。こんなに大きなエビなのに、すごい。いつか私も、リカ先生みたいになれますか?」
「もちろんよ。あなたには料理の才能があるもの。そうそう、泳いでる魚を、どうナイフを使えば一瞬で仕留められるか、指導してあげるわね。あのね、持ち方はこう……」
 感激する薺に、料理というよりはなんか危険ゾーンなことをリカ先生は語り出す。
「くっ。うぅううぅぅぅぅぅ……。ぐっ」
 料理クラブ顧問その2。同じく家庭科教師、旋風の清左先生は男泣きに泣いていた。
 祭(???)があるというので平和記念公園に出向いてみたのが運のつき。うっかりトンデモハザードに巻き込まれ、そのギャップに適応できないのである。
「あっしなんぞが、可愛いお嬢さんのいらっしゃる部の顧問なんざぁ、似合わねぇ……」
「そんなことはない。清左先生が日本刀を振るって作る、シマダイの刺身は職人芸だ」
「ありがとう、続くん」
 清左先生は漢らしく涙を拭うやいなや、すらりと刀を抜いた。
「よし、炎天下で遊ぶ皆の水分補給に、あっしはかち割り氷を作りやしょう」
 素晴らしい早さで刀は動き、やがて、びっくりするほど食べ頃サイズのかち割り氷が山盛りに制作された。
(……『割り』、じゃねぇな……)
 自分ツッコミを忘れないのが、清左先生のいいところである。

 ――突然。
 浜辺のそこここで、悲鳴があがった。ラクシュミと双子たちが泳ぎを中断する。
「先生! 大変です! 海の中にサメがいます!」
「ち、違うっ! あれはもしや……」
「海坊主だぁぁぁーー!」
 王様先生とルイス先生をはじめ、皆がざわざわと海面を見つめる。
 よくよく見れば……。
 何も気付かず、見事なバタフライで広大な海を縦断するごとく泳ぎまくっているのは……。
 体育教師その2、寡黙なロンプロールであった。
 皆の視線が集中しているのを意識したとたん、彼は凄い形相で泳ぎ去ってしまった。
 いったい、ロンプロールはどこまで遠泳を続けるのか、そこに果てはあるのか――誰にもわからない。

 はみはみ。はみはみはみはみ。
「もぎぃ……」
 兎田樹は、生物部が飼育しているうさぎである。誰かが臨海学校に連れてきたようで、ごく平和に、ハマナスなどをはみはみ食べていた。
「めぎぃ……」
 彼のもぎぃ、めぎぃ語は、生物部員でなければ解読できないのだが、やっぱり浜のものは違うんだよぉ、磯の香りが食欲をそそるんだよぉ、とか、実はまだ熟してないけど、葉っぱも十分美味しいんだよぉ、とか、そういうことを言っているようだ。
「み、みみぎ?」
 あ、あれ? 身体にとげが絡まって取れないんだよぉ、だ、誰か助けてぇ〜、の意のようだが、いま、彼の近くに生物部員はいない。どうする、樹?

「パパー!」
 波打ち際の濡れた砂で城を作って遊んでいるのは、小等部から参加したフェレニーだ。義父の人狼王に手を振っている。金髪が夏の日射しを受けて輝いた。
「楽しいか?」
「うん、とっても」
 可愛らしいフリルのついたワンピース水着がよく似合う義娘に、不良教師として有名な人狼王も思わず目を細めた。
 大きく、手を振り返す。
「親子で、海に来たのか?」
 シャノン・ヴォルムスがウイスキーグラスを片手に、静かに声を掛ける。
 数学教師のシャノンは、泳ぐつもりはなく、砂浜で生徒たちを見守る構えだった。そばには、やはり小等部からの参加者であるルウが、子犬のようなひたむきさで座り、おとなしく砂いじりをしている。
「ああ。フェレが楽しそうなのはいいんだが、熱中症には気をつけてやらんとな」
「同感だ」
「せんせー! 焼きそば食べに行こー!」
 物怖じしない望美が、ビーチバレーの休憩がてらに駆け寄って、人狼王を海の家へと引っ張っていく。
「……ぱぱ」
 人狼王を見送るシャノンの服の裾を、そっとルウが引いた。 
 ルウは、シャノンの隠し子である。母が交通事故で他界してからは、祖父母のもとに預けられている。臨海学校のようなイベントは、ふだんあまり接触できない大好きな父親に甘えられる、絶好の機会であった。
「今日は日射しが強い。おまえも、ときどきは黒木先生のところで休むといいかもしれないな」
「ぱぱといっしょがいい」
「ああ。休みたくなったら、すぐに言うんだぞ」
「うん」
 生徒たちの溌剌としたはしゃぐ声。炎天下にきらめく波しぶき。ルウは眩しそうに目を伏せる。
「きょうがおわらないといいな……。そしたら、ぱぱとずっといっしょにいれるのに」

「いいハザードね。常夏の休日みたい」
 黒のビキニにサングラスというセクシー爆発ないでたちで、砂浜に置いたチェアーに横になり、身体を焼いているのは、我らが理事長秘書、夜乃日黄泉である。
 青空の下、上機嫌で手を伸ばし、薄型ノートパソコンを触っているのは、どうやら仕事をしているものらしい。
 日黄泉のそばには、妖艶な身体のラインがかーなーりきわどくうかがわれてしまう女性教師が、涼しげな顔で腕組みをしていた。
 風紀担当の総元締め、英語教師のベアトリーチェ・ゴットヘルムだ。先ほどから、日黄泉とベアトリーチェの肢体にくらくらきた男子生徒が、
「ちょー! 秘書さんにベアトリーチェ先生、自分たちが風紀を乱してませんか、えっとあの、結婚してください!」
 などと、わけわかんないこと口走ってるが、気にする様子もない。
 もっとも、彼女らにセクハラする勇気のある男子はこの場にはいないだろう。
 キレやすい風紀委員として評判の3年生、ラルス・クレメンスが、ベアトリーチェ先生にちょっかいだしたりしないか、目を光らせているからである。
 ラルスは、普段はメガネの優等生だが、キレると不良言葉で暴れちゃうのだ。異常に筋力が強く、重ねた瓦も軽く割ってしまうほどだ。
 先ほども、風紀を乱しかけた男子生徒がいたのだが、ラルスに追っ払われたばかりである。
 また、倫理教師のキスイ――最も倫理にそぐわないと生徒&同僚に言われまくっているキスイ先生がスーツ姿で、この炎天下に汗ひとつかかず、氷の微笑みを浮かべているのも怖い。
 校則違反は大歓迎、生徒を「指導」できるから、という主義だ。「生き死にを超えて、倫理を説けるようになって欲しい」という高みを極めた名目をお持ちなので、彼の前で何かやらかすと命取りになる。なのでキスイ先生の前では、ほぼ全ての生徒が借りてきた猫状態になってしまうのだった。
 それでも、定時制生徒のエリック・レンツなどは、普段から大音量で音楽を聞いたり、喧嘩っ早くて何度も問題を起こしたり、そもそも授業を聞いてなかったりなどをやらかしているので、臨海学校でもぶっちぎり状態ではあるが。
「ウヒヒ、楽しいなァローラ……ろぉら?」
 香介に喧嘩をふっかけるわ、こともあろうに鬼灯先輩のスカートをめくるわ、購買部@出張営業中のクロノからアルコール飲料を購入してあわや飲酒未遂の事態になるわの凄まじさ。
 しかし、キスイ先生に睨まれてふと我に返り、その場にはいないバッキーの名を口にするあたり、まだまだテンションを極めてはいないようだ。なお、エリックは皆から男子と思われているが女子なのである。猥談もOKだけどね!
 そ・こ・に。
「先に来てたのか、エリック。がんばってんなあ」
 現れ出でたるは、定時制の生徒を引率した桑島平46歳である。もういちど言う。桑島平46歳である。
「全日制のやつらだけじゃつまらんだろうからな。盛り上げないとな!」
 桑島くんは、さっそく砂浜に落とし穴を掘っていた。
 それは、ルイス先生に仕掛けた悪戯のはずだったのだが……。
「「「「うわぁぁぁあーーーー!!!!」」」」
 落っこちたのは、つきあいの良い貧乏籤カルテット。リチャードことクラスメイトP、バロア・リィム、梛織、片山瑠意の4名だった。
 報道部員のクラスメイトPは、ずっとデジカメ片手に海辺を走り回っていたがゆえのin落とし穴である。主に記念アルバム用の撮影のためだが、加えて友人たちから、○○くんの××さんの☆☆ちゃんの◇◇先生の写真を撮って撮りまくって焼き増ししてタダで! ついでにレーギーナ生徒会長の写真もね! などと頼まれ、実は生徒会長の写真は自分も欲しかったりするので、不条理に起こる危険を顧みず、悲壮感を漂わせながらも律儀にシャッターチャンスを伺っていたところの災難だ。
 一緒にいた報道部員その2、バロア・リィムも、ばっちりしっかりがっつり巻き込まれて落ちた。銀コミでの衝撃のタス×バロ本にすっかり疲れていたのに、またもやこのハザード。何てパワーだ、でも取材しなくちゃ報道しなくちゃと思うあたり、あっぱれな記者魂である。
 自称何でも屋の1年生、梛織はといえば。
「雑事は俺にまかせろ、報酬は購買の食券ね!」とばかりにクロノのお使いをしていたところ、彼を「お兄ちゃん」と慕う帰国子女(超名門貴族の本家のひとりっ子、つまり跡取りの長男)レドメネランテ・スノウィスにすれ違いざま、
「おにーーーちゃーーーーーんーーーー!!!」
 と、熱いタックルをされての墜落であった。
 そして、2年生の瑠意も、梛織を助けようとして一緒に落っこちたのだ。芸能活動と学生との二足のわらじを履く彼は、欠席しがちなのに学業成績は良好。舞台の仕事を多くこなしているだけあって落っこち方も華麗だった。クラスメイトPが万難を排してその瞬間を激写したくらいである。
 ちなみにレドメネランテのほうは無事だった。肌を焼くのが苦手ななため、日陰で海を眺めていたところの遭遇である。
 レドメネランテの従兄弟、名門貴族の分家の3男坊ルースフィアン・スノウィスのすがたは見えない。日中は旅館で読書をしているようだ。以前バロアが調査したところによれば、きょうだいの中で一番努力家で出来が良いルースフィアンは兄たちの嫉妬に辟易して家を出、恋人のレイエン・クーリドゥと同棲しているそうな。
 生徒会副会長のレイエンは、その中性的な美貌と優しい物腰で多くのファンを持つ。が、ファンには気の毒なことに今はルースフィアンしか目に入らないらしい。果敢なことにバロアはレイエンにもインタビューを試みて、如何にルースフィアンに夢中であるかを思いっっっっきり惚気られ、3日ばかり高熱を発したほどだ。
「大丈夫? リチャードくん。バロアくん。梛織くん。片山くん――つかまって」
 ボランティア部部長、3年の小日向悟が、貧乏籤カルテットを引っ張り上げる。
 小日向部長はずっと、付近一帯への目配りを行っていた。巨大海産物との戦闘状況のチェックや、泳ぎに興じる生徒たちの安全確認、浜辺でのビーチバレーやスイカ割りといったイベントの調整など、臨海学校が円滑に運営されるよう見守り、影から支えていたのだった。今も、擦り傷がいちばん多かったクラスメイトPの応急処置までこなすというナイスフォローぶりである。
「うう〜。小日向部長〜。ありがとうございますぅぅー」
 ほんわりとした笑顔に癒され、クラスメイトPが涙ぐむ。
「桑島くん。臨海学校へ参加するのは構わないけど、悪戯は控えてくれない?」
 凛々しく注意したのは、2年生の風紀委員、流鏑馬明日だ。長い黒髪の隙間から、シマリスのパルがちょこんと顔を覗かせている。ショートパンツに長袖パーカーというあっさりしたいでたちを評して、浜辺のあちこちから囁きが聞こえた。
(流鏑馬さんだ)
(あいかわらず美人だよなー)
(でも、水着じゃないんだな……)
(楽しみにしてたのにな……)
「黙れ流鏑馬。臨海学校はハジけてナンボだ。期待に満ちた青少年に水着姿を披露せんとは空気の読めん女め」
 桑島くんにいわれのない逆襲をされて、天然な風紀委員は考え込む。
「そういうもの……かしら?」
「流鏑馬さん」
 あわや、何かを決意しかけたあたりで、ドクターDからの助け船が入る。
「ずっと見回りをしていては疲れるでしょう? ひとやすみしませんか?」
「あ、はい。ちょうどよかった。私、ドクターに相談したいことがあって。……今、良いかしら?」
「何なりと。あなたの願いを、一度でもわたしは断りましたか?」
 じゃあお言葉に甘えて、と、明日は、黒木先生の救護テント横に設置された、ドクターD専用簡易カウンセリングブースに腰掛ける。
「それで、どんなご相談でしょう?」
「『きみょ可愛い』の定義について。ずっと悩んでるんだけど、なかなか答がでないの……」
「……天然×天然にはかなわんなー」
 肩すかしを食った桑島くんが、ぼりぼり頭を掻いている隣で、同じく定時制生徒の真船恭一42歳、しつこく言うが真船恭一42歳は、砂浜に相合傘を書いていた。本職が教師なのになぜか生徒として巻き込まれてしまった真船くん42歳(3回目)は、同行メンバーのひとり、マリアベル・エアーキア嬢26歳に、
「何書いてるの?」
 と聞かれ、
「い、いや何もははははは!」
 恥ずかしそうに慌てて消した。ちなみに相合傘には、自分の名と奥さんの名を書いちゃったりしていた。
「うふふ」
 マリアベルは、真船くんのお茶目をあまり追求せずににこりと笑った。昼間はレストランで働きながら、夜は学校へ通っている真面目な女性だ。ときどき定時制の生徒たちに差し入れをしてくれ、たいそう喜ばれている。今日はたまのお休みとあって楽しそうだ。
 妙齢な女生徒はもうひとりいた。二階堂美樹24歳。こちら、定時制の生徒会長である。
 そんでもって二階堂生徒会長、ハザードの影響で、桑島くんにこっそり想いを寄せていたりしちゃうんである。だけど素直になれなくて、桑島くんが何か無茶をやらかしたらハリセンでツッコみ、何もやらかさなくともやはりハリセンでツッコむという、ラブコメ街道まっしぐら設定だったりもする。
 桑島くんのことは妄想ビジョンで見えるため、その超絶美化っぷりは当社比500%アップ状態。
 なので、美術教師の槌谷悟郎先生が桑島くんに声を掛け、
「桑島くん。ちょっと絵のモデルをしてくれないかな」
 などと、未だ銀コミの興奮醒めやらぬこのときに言ったからさあ大変。
 で、桑島くんてばあっさりと、
「いいぞ! 芸術のためなら脱ぐ!」
 Tシャツを脱ぎ捨てて海パン一丁になったからもっと大変。
(……これは……! ゴロ×桑? それとも桑×ゴロ?)
 それまで、まったく他意なく、皆の楽しげな様子をスケッチしていただけの槌谷先生は、二階堂生徒会長の乙女心があらぬ方向に逆噴射していることに気づいていない。
 ポーズを取った桑島くんを何枚かデッサンし、満足げに頷き、
「ありがとう、手間かけたね。……ああ、すまないノーマン先生。少しだけ絵のモデルに」
 槌谷先生、今度はノーマン先生を呼び止めた。
「絵だと?」
「その辺に立ってくれるだけでいいので。……いやぁ、いい筋肉してるねぇ」
 胡乱なノーマン先生に構わず、さっそく槌谷先生はデッサンを始めた。その目の光が、先ほど桑島くんをモデルにしていたときとは格段に輝きが違うので、美樹の妄想はさらに暴走する。
(槌谷先生、桑島くんからノーマン先生に乗り換えるつもりかしら?)
 ていうか槌谷先生、単に筋肉表現マニアなだけなのだが、そのうちデッサンに飽きたらず、波打ち際の濡れた砂を使ってノーマン先生裸像を制作し始めたからたまらない。
 いつの間にやら美樹だけでなく、ぽっと頬を染めたギャラリーがわらわら集まってきた。波打ち際が騒がしくなっていることにも気づかず、槌谷先生は創作意欲に燃えている。
「……私、も、皆が、楽しんでる、絵、を描き、た、い」
「ふふ、槌谷先生、楽しそうだね」
 日向峰来夢は、おっとり不思議な雰囲気の1年生だ。美術部に属しているわけではないのだが、絵の技術がプロ級に卓越しているため、兄の日向峰夜月とともに、槌谷先生に一目置かれていた。すでにこの年齢で仕事をこなし、来夢は「アルテメ」、夜月は「ルビスト」という名のほうがよく知られている。
「そうだねー、ボクも絵を描いて……、あと、カキ氷とか作りたいかな」
 夜月が穏やかな笑みを見せたとき。
「はっはー! そんじゃあ、カキ氷作りはまかせたぞ」
 用務員の山口美智おじさんが、豪快に言った。今日も今日とて鉢巻き腹巻親父シャツの暑苦しい姿が素敵である。
 海の家を手伝いながら、小腹をすかせた先生や生徒に焼きそばなどを振る舞っていたのだ。
「お前ら、巨大カニでも巨大貝でも超巨大カツオでも何でも捕ってこいや! おれっちも料理を手伝ってやっからよぅ!」
 などと頼もしいことをいう。
 ちなみに海の家は、3年生のセエレが作ってくれたものだ。
 やや対人恐怖症気味なセエレは、家が代々大工という環境で育った。見事な職人技も家庭で仕込まれたのである。人と接することは苦手なのだが、その能力を買われ、気づいたときには何かを作ったり修理したりしている。
 臨海学校が開始されてからずっと、誰とは言わないがはっちゃけたルイス先生とかルイス先生とかがお茶目をかまして破損した壁や柵やその他もろもろの修理を、嫌な顔ひとつせず、こつこつとこなしていた。
「いつもいろいろ頼んでしまって、ごめんね?」
 小日向部長のねぎらいに、セエレは無言で首を横に振る。本人としては、黙々と修繕に携わっているほうが落ち着くのであった。
「……ふぅ……、今年の夏は暑いね。このままじゃ誰か倒れてしまいそうだ。ワタシも手伝うよ」
 神出鬼没の警備員、ルヴィット・シャナターンが、いつの間にやら美智おじさんと夜月の間におさまっていた。楽しげにカキ氷を作り、しかも自分で食べている。
「ま、ボクは泳がないしスイカも割らないけどね。見てるだけでも楽しいね」
 一人称がころころ変わる独特の口調で、ルヴィットは笑う。
「やあ、それにしても、みんな元気だねぇ」
 ほやほや〜と笑顔を振りまきながら、エンリオウ・イーブンシェンも海の家を手伝っていた。作りたてのエンリオウ特製、絶品宇治金時が輝きを放つ。
 彼は、学園近くにある喫茶店のマスターである。なので今日、海の家には、喫茶店定番メニューの紅茶とクッキーもあったりするのだ。
「……エンリオウ殿……。なぜここにいらっしゃるのですか……?」
 合唱部の顧問にして神父様なクロスが、微妙に引きつった笑みを浮かべる。
 エンリオウはクロスにとって天敵なのだ。いつもこんな感じで、ぴりぴりしたやりとりをしている。
「さあー? どうしてかなぁ。気づいたときはこうなっていてねぇ。きみは?」
「私も同様では御座いますが」
「せっかくだから、一緒にお手伝いしないかい?」
「……エンリオウ殿は、いつもお暇なのですね……」
 クロスは仕方なく、神父服を腕まくりする。
「しかし暑いな。早く帰りたいですね……」
「これをかぶるといいよ?」
 エンリオウがにこにこと何かを差し出す。
 ふわり。クロスの頭に、麦わら帽子が乗せられた。

 槌谷先生の爆裂する創作意欲は、ノーマン先生裸像が完成した時点で落ち着いた。作品はクロノが保存して引き取ったのだが、これをどうするつもりなのかは永遠の謎である。
 ようやくモデルを放免されたノーマン先生は、本来の職務に戻る。
 2年生の鳳翔優姫と3年生の麗火が、浜辺でばったり遭遇し、一触即発、こいつら本気で殺し合いをするかも、という状態だったのである。
「鳳翔も麗火も、いいかげんにしろ!」
 ノーマン先生に制止されながらも、ふたりは睨み合う。
 ことここに至るまでには、彼らにもいろいろ事情があった。平和記念公園に保護者というか同郷のムービースターに迎えに来てもらったのだがはぐれてしまい、このハザードに巻き込まれたということらしい。
「そんなに元気が有り余っているのなら、スイカ割りでもするんだな。レモン、その釘バットを貸せ」
「エンジェルセイバーよっ!」
 レモンから釘バット(記録者、言い切った)を借りたノーマン先生は、それを優姫に渡そうとした。が。
「はははははー! 夕日に向かって走れー!」
「「「「玄兎先生〜! まだ真っ昼間ですぅ〜!」」」」
 そのとき、たまたま、超危険な体育教師その2、陸上部顧問の玄兎先生が、熱血教師風に海辺を青春っぽく駆けぬけていたのだ。落とし穴から助けられたばかりの貧乏籤カルテットを強制的に巻き込んで。
 玄兎先生は釘バットを見るなり、きら〜んと目を輝かせ、奪い取った。
 そして……。
 水泳もビーチバレーも一段落し、ちょうどスイカ割りの準備をしていた、ラクシュミ、琥胡、空昏、珊瑚姫、ファイファー先生、吾妻先生、ネティー先生たちのど真ん中に突入する。
 バットが、振り下ろされた。
 
 ちゅっっど〜〜〜ん!!!!

 なにその効果音。
 誰かがツッコむ間もなく、スイカは粉砕された。
 そんらもう思いっきり粉々に。
 ……そして。
 なりゆきでスイカ惨殺現場に立ち会うことになった一同および貧乏籤カルテットと、うっかりそばにいた小日向部長は、その残骸を、顔中身体中に引っかぶったのだった。

 スイカ割りの喧騒をよそに、朝霞須美はひとりきりで砂浜を歩いていた。
「あ、朝霞さんだ。写真撮らなきゃ」
 スイカまみれの顔を拭い、クラスメイトPが果敢にカメラを向ける。
 ヴァイオリンが得意な須美はクールなツンデレっぷりで人気があるのだが、どうも最近、好きな人と何かあったらしい。臨海学校では物憂げな雰囲気だった。
「おーい、貧乏籤カルテット。てきとーに気をつけろよ? まあどうでもいいけど」
 臨時教師のセバスチャン・スワンボートはスイカシャワーをかろうじて避け、ものすごくやる気に欠けた口調で注意を促した。
「あれぇ、セバン先生。臨海学校なのにいつもと同じ服」
 1年のリゲイル・ジブリールが、さらさらのロングヘアを靡かせながら声を掛けてきた。戦隊もののレッドに異様な執着を燃やす、このロシアの大富豪令嬢は、須美の友人でもある。
「ほっとけ。おまえこそなんだ、いつもと同じその真っ赤なミニスカートは」
 セバン先生は、ちらっと須美のほうを意識しながら応酬した。
 須美もまた、こちらを気にしているようだ。
「海だから、いいの。須美ちゃんが話したいみたいだから、わたし、行くね? ……アルくーん!」
 リゲイルは心得顔で、手芸部の1年生、アルに手を振り、そちらへと駆けていく。
「あ……。リゲイル」
 引き留めようとしたのは、須美と対峙するのが気まずかったからだ。
 須美のほうは、少しためらってから会釈した。そのまま、踵を返し、走り去ろうとして――
 砂に足を取られ、転びそうになった。
 セバンは慌てて駆け寄って手を伸ばし、抱きとめる。
「――大丈夫か?」
「……ええ。ありがとう」
 しばらく無言で向き合ってから、やがてセバンは須美を促し、波打ち際を指さす。
「少し、歩かないか」
「え、……ええ」
「あの、な」
「何かしら」
「今夜、生徒たちが肝試しを企画してるみたいでな……。だっ、だからその、……肝試し、一緒に行かないか!?」
 焦りながらの提案をするセバンに須美は目を見張る。
 そして、こっくりと頷いた。

 アルは小柄な少年だが、その怪力ゆえに、ルイス専用ストッパーという不名誉な称号を持つ。
 ルイスに関しては言葉より拳をうならせたほうが効果的だというのが、学園全体の認識である。なので、アルくんは今の今まで、縁の下の力持ちとして、描写されてないシーンでも大活躍だったりする。
 苦労性のアルは、恋人のシャノン先生が昼間っからお酒を飲み過ぎてないかなー、などと心配してもいるのだが、今日は親子水入らずのようなので、遠慮して声は掛けていない。
 なお、アルのそばには、アルそっくりのルアが常につきまとい、何かとお騒がせな行動をしていた。アル同様に怪力であるため、浮き輪でバタ足で遊んだだけで津波が起こったりするのである。
 アルはそちらの行動も制御しなければならなかったが、ただ、このときばかりは、ルイス先生は、水泳中の生徒が巻き込まれないようフォローに入ってくれた。
 ……あわや、ルイス先生のまぶしい白褌が、大津波に呑まれかけたというアクシデントはあったにせよ。
 また、ルアは黒木先生とシャノン先生に懐いており、見つければ抱きついて甘えたがる。
 黒木先生は微笑んで許してくれるにしても、
(シャノン先生のところは、親子だけにしてあげたほうがいいよね)
 何かと気を遣う、アルくんなのだった。

「お待たせしましたにゃ、クレイジー先生。面白花火打ち上げ用の材料を納品するにゃよ。費用は発明同好会のツケでいいんにゃね?」
 ドクロマーク付き火薬箱という、いかにもデンジャラスなブツを、クロノが引きずってきた。
 発明同好会とはじぇんじぇん関係ない、担当科目は理科なクレイジー・ティーチャーのご発注物のようだ。
「OKOK! イイ仕事してるネェ、クロノクン」
 ご満悦なクレイジー先生に、源内が文句をつける。
「おいこらそこの先生。ひとんちの部費使って何する気だ」
「ヤダナァ。ボクは崎守クンやアズーロクンのために用意してあげただけダヨ?」
「え? 今聞いたばかりだけど面白花火か! いいよね!」
「なかなかいいアイデアじゃないか! さっそくやってみよう!」
 れっきとした発明同好会所属、1年の崎守敏と、3年のアズーロレンス・アイルワーンが、顧問を差し置きまくったよそのセンセの提案に、俄然やる気になった。
 実は敏は、海をみてホームシックにかかってしまい、しょんぼりしていたところだったのに、火薬を見て目を輝かせるあたりが、まあ、何というか。
 自称天才博士のアズーロレンスも、わくわくマッドな雰囲気を漂わせ、さっそく制作に取りかかる。
 打ち上げは、夕食後になりそうだった。

(見つからないようにしよう)
 数学教師フレイド・ギーナ先生は、クレイジー先生と顔を合わせることのないように、ビクビク逃げたり隠れたりしていた。いくらここがハザード内で、いわば一種のパラレルワールドを形成しているからといって、CTと会ってしまうといろいろまずかろうと思ったからである。
 また、この場における自分の役回りについて、かーなーりー違和感を感じてもいた。
 ……とはいえ、本職が教師のフレイド先生は、生徒に対してはわりとスタンダードに模範的だった。
 羽目を外していればきちんと注意するのである。
「……こら! また落とし穴を掘ってるな」
 桑島くんが落とし穴その2を懲りずに掘り進めているのを見咎め、フレイド先生は叱る。
 臨海学校はハメを外してなんぼ、と、またも桑島くんは説く。
 が、規律重視を重んじる、いかにも先生らしい先生なフレイドは、
「何度言っても聞かない子は、バケツを持って立っていなさい」
 そう命じたので、桑島くんはしばらく、波打ち際で水入りバケツ持って立ちつくすことになりまして――

(……よし。面白い『絵』が撮れた)
 物理担当の教育実習生サエキは、大学で映画研究をしていることもあり、ロイの映画研究同好会をときどき手伝っていた。
 今日、臨海学校の様子をビデオに収めて回っているのは、報道部とは別の視点での映像表現をしようと思ったからである。ゲットしたあ〜んな映像やこ〜んな映像は、あとでドキュメント風映画に編集する予定だった。
 サエキは一見、くせ者揃いの学園には珍しいほどの普通のひとに見えるのだが、
「何だサエキも来たアルかーー! 何か手伝うアルかどうするアルか!」
 学園七不思議のひとつ、騒動の起こる場所に現れてはノリをまき散らすノリン提督が、なんかナチュラルに仲良しさんぽくやってきたところを見ると、たぶんサエキさんて、へんなひと、なんだろね、きっと。

「胡麻団子は世界を救う!」「救う!」「救っちゃうぞ!」
 浜辺の一角で、シュプレヒコールがわき起こる。
 それは、甘味を愛し青春を甘味に捧げる胡麻団子愛好会の部長、スルト・レイゼン、本名河合スルトの音頭取りによるものだ。
 この部の活動は、主に甘味の情報収集、それをもとにした甘味マップなどの編集、実際の甘味の作成などなど、多岐に渡る。たまに真面目に甘味の歴史を探ったりもするのだが、なにぶんにも部長が天然ボケなので幽霊部員も多い。
だからというわけでもなかろうが、さきほどから部員に混ざって甘味ディスカッションに参加し、無駄に広い知識を大公開しているのは、誰あろう鬼灯先輩であった。
「やっぱり、胡麻団子は正義だと思うわ」
「それを言うなら、パンも正義だよ」
 きらららら〜ん☆という効果音が、どこからか響いてくる。なんかキラキラした好青年が、爽やかな笑顔でパンを売っているのだ。
 パン屋のお兄さんタスク・トウェンは、パンが好きで好きでたまらずにとうとうそれを職業とし、購買部の一角に店を構えてしまったひとである。臨海学校にも出張し、海で遊ぶ少年少女や教師たちや定時制生徒のために、やきそばパンやカニクリームコロッケパンなどを店頭に並べていた。
「それにしても、青春だなぁー」
 そこここで展開されている濃ゆいあれこれを見やっては、うんうん頷いたりなどしている。
「タスクは常にキラキラしてるにゃね。夜はライト効果もあるにゃ。その調子で売店一帯を照らせば経費節減になるにゃよ」
 いかなるときも商売魂を忘れないクロノは、出張サービスと銘打ってはさまざまな逸品を絶賛割増販売中だった。先生がたには選りすぐりの日本酒純米吟醸やらヴィンテージワインやら珍しい地ビールまで、生徒には市販の花火から本格的打ち上げ花火、スクール水着ではなくブランド水着、各種浴衣までも。マタタビを渡せばムフフな品を横流してくれるとあって、水面下では風紀委員とのバトルがあったりなかったりするそうな。 
「おいクロノ。網走地ビールの『流氷ドラフト』はあるか?」
 源内先生がマニアなことを聞いてくる。
「オホーツク海の流水を仕込水に、最古の植物スピリルナを使用したレアものにゃね。もちろんありますにゃよ」
 オホーツクブルーの液体が注がれた大ジョッキをいくつか器用に持ち、源内はちゃっかりと針上小瑠璃先生のもとへ行った。
「やあ針上先生。どうだ、一杯」
「おおきに」
 砂浜に腰を下ろし、ぷっかりと煙草をふかしながら生徒たちを見守っていた針上小瑠璃は、技術担当の先生である。包容力のある雰囲気のためか、女子男子問わず、恋愛相談を良く受けているようだ。
 先ほどから、
「皆、危ない遊びしたらアカンで?」
 と、海辺の生徒たちや一部の先生たちに声を掛けてきたが、なんかみんなあんまり気にしないで楽しく暴走中のため、
「ほんま、あんたら、元気やな〜、ええこっちゃ」
 焦るでもなく、肩をすくめていたところだった。
「良かったら狩納先生も」
「いただこう。少しは頭が冷える。さっきから、ルイスを燃やしたくて仕方なくてな」
  狩納京平先生の専門は民族学である。授業はいつも実戦的な陰陽道、神道、稲荷信仰の講義などで、高校生にはハイレベルなのだが、この学園には民族学好きが多いため、出席率は異様に高い。
 おまけに、東洋呪術研究会顧問でもある。部員たちは、神社の礼拝の作法から本格的な呪殺法まで幅広く教えられ、ばっちりマスターしているのだ。狩納先生にうざがられているルイス先生、かーなーりー危険かも。
「ほれ柊木先生。あんたの分も買ってきたぞ」
「いやー、ありがとう。今日は暑いからうれしいねー」
「……あんた、その絆創膏」
「出がけに、うっかり教室の入口にぶつけてしまってねー」
  政経担当のナイスミドル、柊木芳隆先生は、背景に「のほほん」という文字をしょって、まったり微笑んだ。
 おでこに小さな絆創膏を貼っているのは、その背の高さが災いし、頻繁にぶつけているのが原因である。
 合気道部の顧問でもあり、部活中は雰囲気が一変するのだが、しっかりしているようでいて、たまに可愛いお茶目をやらかしてくれるので、男女問わず人気の高い教師である。
「おーい、清左先生。かち割り制作はその辺にして、あんたも飲め」
「お? おう、こいつはありがてぇ」
 それまで一心不乱に、かち割ってないかち割り氷を作り続けてきた清左先生は、ようやくその手を止めた。
「さてと、アレグラ先生には……、勧めないほうがいいんだろうな、たぶん」
 先生たちの懇親会スペースと化した一角から少し離れ、音楽教師設定なアレグラは、生徒たちと一緒に夢中になって遊んでいた。
 波打ち際で砂にお絵描きなどしていたのだが、すぐ波に消されるので、
「意地悪するな、海!」
 と泣いて怒ったりしている。
(どの生徒よりも生徒らしい……)
 そのかわいさに、先生一同、大ジョッキ片手に胸キュンした昼下がりであった。

 ざざざざーん。
 ざっばーーん。
(しっかし……。 これはないよなぁ……)
 龍樹は、波打ち際で潮騒を聞きながら呆然とした。
 海で遊びたくとも、散歩をしたくとも――動けない。足が根付いてしまっているのだ。
 なぜならば、彼の設定は『園芸部の木』だからである。
 園芸部のどの物好きが、臨海学校に木を同伴したのかはわからないが、きっと龍樹は愛されているのだろう。
(まぁ、俺はこの日射しと大地があれば良いかぁ)
 強い日光は、むしろ歓迎するところだ。良い光合成の機会を得られたと考えることにして、のんびり日光浴を楽しむことにしたのだが……。
「あら」
 そこに、レーギーナ生徒会長がやってきた。ばしっと目が合った瞬間、生徒会長様は薔薇の笑みを漏らす。
「しなやかな絹と、繊細なレースの手触りを求めて、わたくしをお呼びになったのね」
(いえ呼んでません呼んでません)
 龍樹の全身を脂汗がだらだら流れる。高速匍匐全身で逃亡――できるはずもなく。
 帆布を引き裂く悲鳴がひとつ、海辺に響く。

 ピーピロロロ……――。
 哀しげな電子音は、コア・ファクテクスが発していた。彼は、パソコン部の生徒に作成された動くペットボトルである。そしてなぜかこの金属ペットボトル、海パンと浮輪を着用しているのだが、夏仕様?
 学園のマスコットでもあるコアは、わりかし不幸に見舞われやすい子でもあった。
(……だめだ、動けない……)
 彼もまた、難儀していた。砂にタイヤを取られて身動きできなくなっていたのである。
 だが。
「なんだコア。こんなところにいたのか」
 レイが見つけて拾い上げてくれたので、こちらは一件落着。

 柝乃守泉には、ハザードに巻き込まれたという感覚はなかった。
 ふと気づいた時には、何故かスカートの短い制服で浜辺に立っていたのだ。
 異界の迷い人である泉は、元々は女子高生だった。だからこの姿は懐かしかったし――少し寂しかった。
「足を隠せ! 変な男が寄ってくるだろう!」
 白いスーツ姿のシルヴァ・オディスに言われ、泉は目を見張る。どうやら彼は「先生」らしい。
「……別に制服は普通ですよ! これはまあ、ちょっと短いけど……」
「泉?」
「泉!」
「泉」
「あれ? 泉ちゃん」
 サンクトゥス、八重樫聖稀、ガーウィン、佐藤英秋という馴染み深い面々が、次々に現れる。
 サンクトゥスと聖稀は、その制服からして学生ということだろうし、バイクで砂浜を突っ走ってきたガーウィンは、遅刻やサボリが常習犯な不良学生という設定のようだ。佐藤さんは雰囲気からして用務員その2であろう。
 計らずして遭遇することになった彼らを、そこはかとない緊張感(註:佐藤さんだけはのほほんまったり)が包む。
 そして泉+ガレージ一家+佐藤さんの熱い夏のエピソードは、夜まで持ち越されることとなった。

ACT.2★枕投げのお時間です

 そして日は落ち、臨海学校御一行様はいったん、香玖耶女将の旅館へと引き上げた。
 採れたてぴちぴち新鮮な海の幸をふんだんに使用した夕食は、女将とレイド、ルシファの心づくしである。
 食事が済んだらお風呂に入ってさっさと寝ろよおまえら、と、規律重視系教師陣の指示が飛んだが、元気いっぱいの生徒と一部教師がおとなしくしていようはずもなく。

 浅間縁と、薺・リカ先生・ラクシュミ・珊瑚は同室であった。どーゆー部屋割りですねんという感じだが、そうだったんである。
 乙女たち(?)は仲良くおしゃべりしながら、トランプに興じていたのだが。
「やったー。大富豪であがり!」
「縁ちゃん、すごーい」
 勝負運の強い縁は、すぐに早抜けすることになる。
 で、暇になる。
 押入など、開けてみる。
 そしたらば、当たり前のことながら、枕がたくさんあるではないですか……!
「えいっ!」
 縁はさっそく、リカ先生に枕を投げつけた。
「やったわね」
 リカも喜々として枕を投げ返す。縁は素早くよけた。
 ――と。
  枕は結局、部屋と廊下を隔てていた襖を、ぱたぱたぱたたーん、と、ぶっ倒して落ちた。
 リカは一応、手加減したようではある。んが、枕に与えられた威力は凄まじかったのだ。
「なになに? 枕投げ? やったー! 絶対したかったんだ。楽しいもんね〜!」
 通りがかった希依が大喜びで加わり、そばにいた琥胡に投げつける。
「くぅ君、えいっ!」
「……!」
 ぼふん、と、まともにくらった琥胡は、しかし、何だかうれしそうだ。
「……枕投げ、結構好きだなぁー……」
 ダルデレの面目躍如である。魔術部のエースが投げ返した枕は、一瞬、空中で消えて4つに分かれ――
「あああ〜〜〜?」
「いいいい〜〜〜?」
「ううううう〜〜〜?」
「ええええええ〜〜〜〜?」
 なぜ、よりによって今このときに通りすがるんだ君たちは、という状況で通りすがった貧乏籤カルテットの顔面に、華麗なヒットを決めた。
「負けないからね〜!」
 希依もまた、マジックがてらに枕を天井に投げる。
 天井を突き抜けた――かに見えた枕は、何がどうしてどうなったのやら、珊瑚の後頭部を直撃した。
「あ〜〜〜れ〜〜〜〜!!!」
 珊瑚はしかし、よろめきざまに大きめの枕を掴んだ。
 思い切り、投げ返す。
 ……投げてからわかったことだが、それは枕ではなかった。
「……アーーーレーー〜〜〜?」
 うっかり通りすがった、アレグラ先生だったのである。

 ……アレグラ先生、わりと楽しそうっていうか大喜びで投げられてたなぁー、というのが、どさくさ紛れに皆の記念写真を撮った希依の感想であるが、枕投げエピソードには続きがありまして。

「何をやっている貴様ら! 並んでそこに座れ!」
 関係者全員、生徒だろうが教師だろうが関係なく、ノーマン先生にこっぴどく怒られ、廊下にずらっと正座させられ、こんこんとお説教されたのである。
 薺とラクシュミは普通にかわいく枕を投げ合っていただけなのだが、まあ連帯責任ということで。

「ノーマン先生の仰るとおりだわ。今、何時だと思っているの?」
 優雅に浴衣などお召しになって現れたのは、レーギーナ生徒会長である。
「お仕置きが必要ね。クララさん、バロナさん、ナオミさん、瑠衣香さん」
 えええっ? あの、騒いでたの僕たち俺たちだけじゃないんですけどいきなり源氏名でご指名ですか生徒会長〜〜〜!!!!!
 などと言い返す隙も与えず、哀れ貧乏籤カルテットは、華麗なる美★チェンジマジックに襲われたのだった。
 
「おまえたちは巻き込まれただけなのにナ。可哀想にナー」
 と、3年のクライシスが慰める。絹とレースで飾られた麗しの貧乏籤カルテットは、肩寄せ合って泣いていた。
「くっ。ありがとうクライシス。おまえがそんなことを言ってくれるなんて……。いや……まてよ?」
(ありえない。何か裏があるっ!)
 ナオミたんがそう思ったのも道理で、梛織の家に居候しているこの遠い親戚は、俺様女王様なわがままぶっちぎりの性格で、周りからは、『裏番長、いや魔女だ』と言われるほどなのである。
 案の定クライシスは、
「気分転換にいいとこ連れてってやる」 
 などと甘い言葉で美カルテットを騙し、どこへ連れて行ったあげくに、置き去りにしたかというと――

ACT.3★〜KIMODANESHI〜 in School of Memories2

 そう――
 昼の浜辺でにぎにぎしいあれこれが展開されている間にも、水面下で陰謀は進行していたのだ。
 すなわち、学園有志による 肝 試 し 大 会 が。

 ======= 臨海学校で肝試しをしませんか企画 =======

【発案者】不明
「オレじゃないよ?」小日向部長のつぶやき

【メインスタッフ】
 ★シュウ・アルガくん
  脅かし役。ちなみに1年生。
  何だかよくわからない方法で人魂を出し、
  いきなり生暖かい風を吹かせたりなど、
  細やかな演出に努める。

 ★空昏さん
  脅かし役その2。とにかく驚かしたいらしい。

 ★T−06ちゃん
  本人的には不本意ながら脅かし役その3。
  学園の七不思議ならぬ臨海学校の七不思議のひとつ。
  ここが肝試し会場とは知らず、うっかりうろついてしまった模様。
  というかそのエイリアンな風貌からは想像つかないけど
  本人は誰かを驚かそうとか全然思ってなくて
  むしろ一緒に遊びたいだけなのに、
  遭遇したひとたちが恐怖におののいゃうのが可哀想。       

 ★清掃員のカロンさん
  コース案内担当。
  ひそやかな鈴の音とほのかな鬼火で、じんわりと恐怖を演出。

 ★黒木先生
  黒魔術研究会顧問として協賛。
  本物の魔除け札をチェックポイントで渡してくれる。
 「最後までなくさないようにね、絶対に」
  ……とのことだが、なくしたら一体どうなるのかは不明。

 ======= 参加者たちのひとコマ =======

【俊介&藍玉編】
 俊介に肝試しに誘われ、藍玉はOKした。彼の想いには気づいていないものの、練習熱心な部員として好意は持っていたのだ。
「おっ、俺がついてるから!」
 霊感が強い俊介であるから恐怖も倍増で、足腰はガクブルしている。だが、浴衣姿の藍玉をリードする機会など滅多にない。気合いと根性を見せなくては。
「ありがとう」
 実は藍玉はそんなに恐がりではない。だが、俊介の頑張りは微笑ましく感じた。
 突然……!
「……!」
 人魂が藍玉の目前に出現した。びっくりしてよろめく。
 慌てて支える俊介の腕に、胸が当たった。
「わ、ごめん!」
 何故か謝り、真っ赤になってしまう俊介だった。

【リヒト&杏編】
 学園七不思議のひとつ、花咲杏は学園のステンドグラスに描かれている黒猫である。本日は人の姿に化け、学生として臨海学校についてきたのだ。同行者は1年のリヒト・ルーベックである。
 杏がいきなり、すっとんきょうな大声を上げる。
「ほ〜〜ら、ヒトダマやよぉぉぉ〜〜?」
「うっひゃあああ〜〜〜!」
 先ほどからずっと、こんな調子だった。脅かし役担当が手を出す前に、杏自ら、リヒトを驚かしまくっているのである。
「あっらぁぁぁ〜〜? こんなところに鬼火やわぁ」
「うわぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!!」
 杏が何かやらかすたびにリヒトは絶叫を重ねた。やがてゼイゼイ言いながら涙目で懇願する。
「うう、杏〜。驚かさないでくださいよー……」
 杏はくすっと笑って、リヒトの手を握る。
「こうすると、不安じゃなくなるやろ?」

【白月&悠里編】
 演劇部の1年生、天然で不思議ちゃんな悠里は、同級生の李白月と一緒に肝試しに加わってみたのだが……。
「ぎゃぁぁぁぁー」
「ひぁあああー」
「うああああああああ!!」
 こちら全部、脅かされるたびに発した悠里たんの絶叫である。
「ぎ、ギ、(訳:こにちは)」
 T−06ちゃんが普通に親しげに挨拶したところ、絶叫のすっとんきょう度がヒートアップした。
「のうあえうぁおおおおおおぁーーー!」
 すんごい声で叫んでは、ぎゅうう〜と白月にしがみつく。
「よしよし」
 白月のほうは、小さな女の子をなだめるように、悠里の頭を撫でる。
「怖くない怖くない。落ち着いて?」

【虹&桜編】
「怖くなんか……ないです」
 2年生の天月桜は、何でもない風を装いながら、内心思いっきり怖がっていた。
「だ、だいじょうぶっすよ。桜さんは俺が守りますから!」
 桜に恋する熱血アルバイター、1年生の鴣取虹は、このときとばかりに張り切っていた。臨海学校が始まってからというもの、昼だろーが夜だろーが桜に見惚れていたくらいだ。だが、残念ながらというかやっぱりというか、桜のほうは虹の想いに気づいていないという王道パターンである。
 ただ虹としては、いつかは告白しようと思っていて……、だから、
「きゃあ!」
 カロンの鬼火を見た拍子に、思わず虹の腕にしがみついたのと、はっとして、顔を真っ赤にしてから離れたのは、少年への、神からのプレゼントというべきか。

【セバン&須美編】
 足元を危うくした須美をセバンが支えたりなんかしちゃって、須美たんが素敵に無敵にツンデレ状態だったりして、セバンはいつもの調子で脅かし役にツッコミを入れてたりして、これはこれで楽しいひとときなのではないでしょうか。

【リゲイル&アル編】
 こわいものみたさに参加を決めたリゲイルだったが、やはり怖いので、アルに頼み込み、一緒に来てもらうことにした。アルは、最初は脅かし役兼迷子案内をするつもりでドラキュラの扮装をしていた。
 なので、その格好のまま、リゲイルにぎゅうと手を握られ。脅かされ側となったのだった。

【マリアベル&歌沙音編】
「まあ」
 マリアベルの場合、いきなり何かが現れると驚きはするのだが、怖がったりはしないのだ。
 偶然後ろにいた歌沙音がぼそっと「あ、その辺に影が」といったりしてるが、それも気にしない。
 ただ、暗い場所は苦手だった。視界が利かず、転びそうになったところを、脅かし役のシュウに助けられて、もう何が何だか。

【洸&京平編】
 綾賀城洸は、銀コミを思いっっっっっっきり満喫した帰り道に巻き込まれてしまった。
 動物が大好きな彼は、園芸部と飼育委員を掛け持ちしているという設定である。持ち前の適応力であっさりこのハザードを楽しむことにしたのだ。
 せっかくなので、肝試しにも参加することにした。何事も経験である。京平先生が、参加生徒の引率をしてくれるというので、心強かったこともある。
「はっはっは、楽しんでるかい?」
「………!?」
 通路を進んでしばらくしたところ、洸くんの前に、よりにもよって、謎の蝶々仮面が出現した。
 本来、洸は、妖怪や幽霊の類は平気なのだが、こういった場面で、何かに突然出現されることには弱い。ただでさえ、緊張してびくびくしながらゴールに向かっていた矢先のことである。
「……許さん」
 真面目な綾賀城くんを無闇にびくつかせた罪は重い。生徒思いの京平先生は怒りを燃やし、術を発動する 。

 ――さて。【火炎符】をくらった蝶々仮面の運命は如何に?

【貧乏籤カルテット編】
 絶叫。絶叫。また絶叫。
 ………そして4つの断末魔。
 ちなみに彼らをここに連れてきたクライシスくんは、さっさと帰っちゃったみたいですよ。

【ヴィクター編】
 図書館司書にして定時制の歴史教師、ヴィクター・ドラクロア先生は、肝試し会場のど真ん中で困っていた。
「……メガネ……、メガネ………」
 ヘタレ先生は お 約 束 ど お り 眼鏡をなくしてしまったのである。
 ヴィクター先生にとっては眼鏡紛失以上に恐ろしい事態などない。なんという恐怖の肝試しであろうか。
 そんなこんなで、ヴィクター先生は失われた眼鏡を捜しつづける。

     ……肝試し大会が終了し、皆が引き上げてしまった後も。

 小一時間後。
「ぎ、ギ?(訳:こレ、サガシ、テる?)」
 ヴィクター先生の眼鏡を拾って渡してくれたのは、淋しくその場をうろうろしていたT−06ちゃんだった。
「助かります、ありがとう……!」
 お礼を述べて眼鏡を掛けたヴィクター先生の視界いっぱいに、エイリアンの超ドアップが映る。
「………〜〜〜☆」
 ……ヴィクター先生は、華麗にヘタレに失神した。

【見回りスタッフ】
 ★シャノン先生の場合
  浴衣姿で見回り。ルウくんは部屋で待機。
  なんだかんだでシャノン先生は真面目ですよね。
  前回もそうだったし。

 ★本気☆狩る仮面るいーすさんの場合
  学園七不思議のひとつという使命感に燃え、学園じゃないのに出没した変t
 (ぴーっ)
  夜間パトロールと称して、肝試し会場に乱入。
  甘酸っぱい青春の1ページフラグを叩き割ろうとしていた。
  俊×藍とかリヒ×杏とか白×悠とか虹×桜とかセバ×須とか
  ……危なかった。
  どうやらイイ笑顔の黒木先生に肩叩かれて、
  そのままどこかに連れていかれたっぽい。

 ★本気☆狩る仮面あーるさんの場合
  学園七不思議ひとつという使命感に燃え、学園じゃないのに出没した変t(ぴーっ)
  ……を止めるため日夜精進する努力とツッコミのひと。
  どうやら見回り途中、シャノン先生と遭遇しかけたようだが
  風より早くその場から逃げた模様。
  るいーすのことは今回、黒木先生にお★ま★か★せ♪

ACT.4★もうひとつの肝試し

【ユージン・ウォン先生とベルヴァルド先生んとこ】
 じ・つ・は。
 外に設けられた肝試し会場以外にも、生徒の度胸試しにふさわしいポイントはありまして。
 それが、漢文教師のユージン・ウォン先生と、謎の生物教師兼紅茶同好会顧問のベルヴァルド先生である。
 ウォン先生は、挙動は静かだけれども見た目が怖くて中身も怖い、ハードボイルドな御方である。授業中に生徒が私語なんかしようものなら、容赦なく指弾でチョークを飛ばして頭をカチ割っ(ぴー)
 怪しい雰囲気漂いまくりのベルヴァルド先生は、黒木先生とだけ仲が良いのだが、他の先生や生徒たちからは「近づいたらなんかやばい」と思われている。
 なので、臨海学校では『もうひとつの肝試し』として、消灯時間もとうに過ぎた深夜、ふたりの部屋の前を通過できるか否かで度胸比べをするという、想像しただけで失神しそうなゲームが流行っているのだ。
 途中で見つかったら最後。
 逃走する生徒はウォン先生が後ろからコインなどの指弾を放ってきて捕獲する。そして、静かなのがより恐ろしい説教のコンボが待っているのだ。
 ベルヴァルド先生のほうはむしろ生徒がくるのを待ち構えており、じわじわ追い詰めて捕獲する事を楽しんでいるらしいので――
 
 もうひとつの肝試しポイントに行く勇気、あなたにありますか?

ACT.5★夜の海辺の片隅で

 浜辺に、爆裂音が響く。
「泉にはちょっかい出すな、嫁にはやらん!」
「なんだとぉ?」
 彼らは、最初は、浴衣で花火を楽しむだけのつもりだった。
 多くの生徒や先生が、今もそこここでひとかたまりになり、さんざめきながら線香花火などをしているように。
 その様子を、やはり浴衣を着た来夢と夜月が、スケッチなどしているように。なごやかに。
 しかーし。
 泉たんを巡っちゃうとどうしても、人間VS獣のバトルが勃発してしまうのだ。
 ただいまのすんごい爆発音連発は、シルヴァとサンクトゥス、ガーウィンと聖稀に分かれての争いが原因のようである。
 何がどうしてそうなるのやら、どどーん、と、バズーカ砲にこめられた花火が打ち上げられる。
 ※よい子は真似してはいけません。
「……ふう」
 男たちが何やら楽しく騒いでいるので、泉はそこはかとない疎外感を感じ、少し離れてひとり線香花火をしていた。
「いいね、線香花火。僕もやろうかな」
 泉を見つけ、佐藤さんがやってくる。
 バトルに忙しい聖稀になりかわり、ペットの白猫と黒猫も駆け寄ってきた。佐藤さんに身をすり寄せる。
「あれは、たーまやー、でいいのかなあ?」
 良い感じに空気読めない系の天然発言をしながら、佐藤さんは猫たちの頭を撫でた。

 ぱちぱち。ぱちっ、ぽとん。
 線香花火の儚いひかりが、手元を一瞬だけ照らしては、消える。
「ううう……」
「はああ……」
 2年生のルークレイル・ブラックとアディール・アークは、とっぷりと黄昏れながら向かい合い、線香花火などをしていた。
 ふたりはすっかり燃えつき症候群状態であった。話せば長いことながら文字数の事情もあるので簡単に言ってしまうと、銀コミで同人誌のネタにされ、それを隠蔽しようとしてくたくたになったのである。
 ルークレイルの頭には、騒ぎの最中にこっそりつけられた「ネコ耳」が、アディールの頭には「うさ耳」が乗っかっている。たぶん佐藤さんのしわざである。お互いに自分のけも耳には気づかず、相手の有様だけがわかっているのだが、何しろ燃え尽きているので教え合ったりする気力もないのだ。
 ルークレイルの隣にはペットの小さな象がいた。これまた話せば長いことながら元理事長夫人のSAYURIにインドからの留学生が一目惚れし、彼をあきらめさせるために全校あげてのカレー作りコンテストが開催され以下略、ルークレイルが参加した班が優勝し、象はその賞品なのだ。子象は先ほどからふたりにじゃれつこうとしている。記録者はさらっと書いているが、この後けっこう豪快に酷い目にあうこと必至である。
(アディ……)
 その様子を、物陰から1年生のシノンが見ていた。
 アディールに絶賛片思い中のシノンは、この機会に、夕暮れの海辺でアハハウフフな追いかけっこを夢見たりしていた。ターゲットが意気消沈しているこの状況は絶好のシチュエーション! 乙女、アタックのチャアアアンス、いざ告白をぉぉぉーーーー! 
 ……と試みたものの、あまりの哀愁に声すら掛けられなかったりして。嗚呼青春。
 
 なお。
 シュウくんは大胆にもレーギーナ生徒会長を「一緒に花火しませんか?」とデートにお誘いして(以下20行削除)、なぜか美★チェンジ状態で、ひとり線香花火をしているとかいないとか。

 そして、片隅の片隅にはヴィクター先生とT−06ちゃんがしゃがみ込んで向かい合い、ひっそり線香花火にいそしむ姿が見受けられたそうな。
 いろいろあって、不思議な友情が芽生えたらしい。

ACT.6★花火・改

    どーーーん。
      どーん。
     どどどどーーーん。どん。

 発明同好会提供、敏とアズーロレンス作の面白花火が、次々に夜空を彩る。
 どこらへんが面白いかというと。
 その花火は、『顔』を象っているのだ。
 つまり。
 学園の誰それさんのデフォルメ顔が打ち上げられるのである。
 それならば、打ち上げ対象に選ばれた人物はうれしいのだろうが、そうはうまくいかないのがお約束でもあって。
 ……夜空一面を彩った顔は、それはそれは、いびつだった。

「ちょっとぉぉぉぉ! あたしの美しい顔がどうしてこうなるのよ!」byレモン
「きぃぃぃーーーー! あたしの美しい顔がどうしてこんなことに!」by錯乱した蝶々仮面
「事と次第によっては、ただではおかない」byお怒りのシャノン先生
「おまえたちは顧問に何か恨みでもあるのか?」by源内先生

「はははは、金属の調合間違えちゃったな!」
 天才アズーロくん、あっさりカミングアウトした。

 そんでもって。
 発明同好会の面々が、ひとしきり不評の嵐をくらったあと。

 ――さあ。
 いまこそ。
 クレイジー先生、ご光臨! 
 赤い瞳をキラーンと輝かせ、ドーンと仁王立ち!

「ヤッパ花火って言ったら一尺玉だよネ超ビッグサイズだよネ理科教師に不可能はナッシンッ! ロマンでカオスでパニックなエマージェンシーの始まりサァちなみに答えは聞いてナイッ! 3、2、1、イグニッションヒィヤッハァアアアア!」
 どうやら先生、ご自分でも、打ち上げ用超巨大花火をお作りになられたらしい。

    ドォォォォーーーーーーーーーーーン
    「た〜〜〜〜まや〜〜〜〜〜〜!!!」

 ご自身すらもメラメラ燃やしながら、クレイジー先生が夜空に舞う。
 その勇姿は、クララたんがばっちり激写した。
 ついでに、うっかり巻き込まれて、ちゅっどぉぉぉおんな有様になってしまった、フレイド先生のお姿も。

ACT.7★消えないで、終わらないで

「のう、小日向部長。杏とも相談したんじゃが、皆に何か思い出を残せないものかとおもうんじゃよ」
 悟を見上げ、ゆきは提案する。 

 ゆきと杏の力――小さな幸福を与える力と狐火を合わせ、やさしい火の粉を降らせないものかと。
 触っても熱くはなく、すうと消えて、淡雪のようにすら思えるほどの、ほのかな火を。

「それはとてもいいと思うよ。でも……、そうだね、今からキャンプファイヤーをする予定だから、一番最後にするのはどうかな?」

 夜明け前に。
 このひとときが、終わりを告げる、その瞬間に。

 こころに灯る淡い光のような、思い出になるように。

クリエイターコメントACT.999★銀幕ジャーナル編集部にて

 がっくりポーズの無名の記録者を前に、盾崎編集長の怒号が響く。
「遅いっ!!! この記事は夏の終わりに取材したはずだろう。今いったい何月だと思ってるっ」
「10月……です。神無月です。出雲だけは神在月で」
「そんなことはどうでもいい。おまえがもたもたしている間にサーカス誘拐事件が起こって、レモンと小日向悟と、もうひとり学生がさらわれて救出活動がなされた顛末を、担当の記録者はとっっっくに提出してるんだぞ」
「知ってますー。記録者の鑑だと思いました。人質の皆さんも運動会にご参加できて何よりです」
「……たしかおまえ、以前、同じハザードが起こったときの記事も、提出に時間がかかったような気がするなぁ」
「(ぎくっ)……あのときは、水入りバケツ持たされて編集部の廊下に立たされました」
「その程度のお仕置きじゃ、懲りないってことか。わかった。おまえの性根を入れ替えてやる。銀幕市立中央病院の5つの棟を全部(ぴーっ)して(ぴーっ)する体当たりレポと、『楽園』+『地獄』のメンバー総動員して(ぴぴーっ)する命がけ取材の、どっちか選べ」
「じdshんえうhふぇdkfkm……!!!」

…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…

 超絶お待たせいたしましたぁぁぁーーー!
 ご参加くださった皆様に、愛と感謝を捧げつつ。

 最初から最後まで萌えシーンばかりだぜ! と思いながら書かせていただきました。

【記録者の捏造度が特に高かったもの】(すみません)
 ・香玖耶女将の設定(違うご指定でしたが、記録者の萌えを優先)
 ・エンジェルセイバー@釘バット
 (スイカ割り用にバットが必要だったので)
 ・桑×ゴロ(銀コミだし)
公開日時2008-10-27(月) 17:50
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