★ クリスマス・アムネジア・ナイト ★
<オープニング>
街のあちこちにモミの木が飾られていた。
神の子供の魔法に踊らされた街にやってきた二回目のクリスマスだ。ぴかぴかと輝く星が緑の木々で揺られ、人々はその輝きを目にすると、何か心が逸るような忙しない気持ちを味わうのだ。
この二年の間、様々な──本当に多種多様な事件があった。
それでも季節は巡るし、クリスマスはやってくるのだ。
誰かがこの街から消えたとしても、人は誰かに贈り物をするだろう。本質は何も変わらないのだ。この世界が人間のものである限り。
──それは前兆だったのかもしれない。
「次の方をお通ししてよろしいですか?」
その声に、市役所職員の植村直樹は、ハッと我に返った。
今、自分は何をしていたのだろうか──。応接のソファに腰掛けたまま彼は顔を上げ、同じ対策課職員の灰田汐が、パーテーションの脇から顔をのぞかせているのを見る。
「あれ、今、相談を受けてた方は……えっと?」
「帰られたんじゃないですか?」
灰田は背後を振り返りつつ、首をかしげた。
応接はソファが対面で置かれており、間には小さなテーブルがある。今、そこには植村しか居なかった。
だが、テーブルの上には茶が二つ載っている。たった今、誰かがここに居たのだ。
「それよりも、次の方がお見えですよ。ムービースターの隣人とのトラブルの件で」
「うん、ああ、じゃあ通してもらおうかな」
生返事をしながら植村。忙しさの余り、自分は座ったまま、うたた寝でもしてしまったのだろうか。相談者が帰ったことにも気付かないなんて。
どうもハッキリしない気持ちを引きずったまま、彼は目をパチパチやってから眉間を指で摘んでみた。
──おや?
植村は違和感に眉をひそめ、アッと声を上げた。彼は自分の顔を押さえて立ち上がる。
ようやく、ようやく、彼は異変の正体に気づいたのだ。
「ど、どうしたんですか?」
「眼鏡が──」
驚いたような灰田に、植村は半ば慌てて返したのだった。
「いつもの眼鏡が無い!」
一方、同じ頃。市長邸の書斎にて。
この邸宅の現在の主たる、柊敏史は難しい顔をして部屋の中央に立っていた。
今日は休日だった。ここのところ休日を返上して働く機会の多かった彼に訪れた、貴重な日である。
しかし、彼は今、少々問題を抱えていた。
考え込むように自らの顎に手を触れるが、状況は変わらなかったらしい。彼は書斎を出て、廊下の窓から、庭に立つ長身の異形を見た。ミダスだ。
ダメだ。柊はかぶりを振る。
彼では、この問題を解決できない。リオネは──リオネはどうか。いや、ダメだ。彼女にこそ、この問題を相談できない。
さて、どうしたものか。
困ったように、頭を掻いて、彼はようやく呻いた。
「せっかく、みんなに選んでもらって用意したのに。私はあれをいったいどこにしまったんだったかな……」
ふと、柊は視線を壁のカレンダーに留めた。12月のそれにはよくあるクリスマスの風景がパステル調のイラストで描かれている。
その中の、いかにもプレゼント然とした白くて赤いリボンのついたギフトボックスを見て。
柊は、はぁーと困ったようにため息をついたのだった。
「せっかく、用意したのになあ……」
彼は、同じ言葉をもう一度繰り返す。
いかにもクリスマス・プレゼントらしく見える、白くて赤いリボンのついたギフトボックス。
それが白いズタ袋の中に三つ。自転車の前かごで揺られていた。
鼻歌まじりに上機嫌で自転車を漕いでいるのは、ごつごつした筋肉質の中年男である。作業服風のツナギに身を包んだ彼は商店街を抜け、坂道の方へとハンドルを切っていく。
彼の名前は、トビー・ザ・サンタ。『55丁目の奇跡』というクリスマス映画から実体化した、本物のサンタクロースだった。
彼は映画の中では、あまり幸福とは言えなかった。何しろ、自分は本物のサンタクロースだと主張して精神病院に入れられてしまい、ギャングに家族を殺され復讐のために精神病院を脱出、クリスマスプレゼントと称して鉛の弾をギャングにブチ込む羽目になるのだから。
──が、この銀幕市では普通のサンタとして幸福に暮らしていた。
夢のないニューヨークに比べて、この街の何と大らかなことか!
彼はサンタクロースとしての職務をまっとうするために自転車を漕いでいた。彼の預かったプレゼントは三つ。これをクリスマスの夜に届けてやるのが彼の使命である。
トビー・ザ・サンタは孤独だ。だが、彼は幸せだった。
「よし、あとは夜に備えてヘアスタイルを整えておくかな……」
そんなことを独りごちるトビー。
惜しむらくは、彼がサンタクロースであるというだけで予知能力を持っていなかったことだった。トビーはその時、自分に危険が迫っていることを察知することは出来なかった。
「……ルンルン♪」
奇妙な歌に、ふと顔を上げたとき。
トビーの目の前に、脇道からミントグリーンの影が躍り出た。悲鳴を上げ、トビーはブレーキを握ったが間に合わなかった。
ドガガッ。
次の瞬間、トビーとミントグリーンの何かは道の真ん中で正面衝突していた。
「イタタタ……」
尻をさすりながら、オカマのマギーはようやく身体を起こした。
周りには、沢山の白い箱が散乱している。道の真ん中だ。手に取れば、それがいかにもクリスマスプレゼント然とした、赤いリボンのギフトボックスであることが分かる。
浅黒い顔を可愛らしく(本人談)かしげて、それを見つめるマギー。
「あら? えと? アタシ、ここで何してたのかしらン?」
さらに辺りを見回せば、ごつごつした筋肉質のツナギ姿の男が倒れているのが見える。そして回りに散らばる、白い箱、箱、箱……。
「ねえ、ちょっとアナタ。起きて、起きて」
状況が飲み込めず──そもそもアタシったら、ここで何してたのかしら?──マギーはそんなことを思いながらも、ツナギの中年男の背中をゆすってみた。
「ん……?」
パチリ。目を開け、男はぶるぶると首を振りながら身体を起こした。
「何だ、いったい……」
と、彼の視線が目の前に散らばる白い箱に留まった。「プ、プレゼントがッ!」
本物のサンタことトビーは、慌ててギフトボックスに飛びついた。
「えっ? あっ?」
混乱した様子で白い箱を次々に手にしては地面に置き、取り乱すトビー。
こんなにたくさん配達するんだったっけか俺は。トビーは尻のポケットからメモ用紙を取り出した。
── 美原のぞみ様宛て (送り主:柊敏史、その他有志一同様)
── 竹川導次様宛て (送り主:匿名)
── 植村直樹様宛て (送り主:富美子様)
脇からそれを覗き込むマギー。
しばしの間の後、彼女(?)は何か分かったように人差し指をピッと立てた。
「これはつまり、アナタはこの三人に贈り物を届けるところだったのネ!」
それを聞いて、思わずトビーはこのオカマに驚愕の視線を向けた。
「そ、そう。そうなんだよ、俺はサンタクロースで──」
見た目によらず、何て頭がいいんだ、この人物は!
「この散らばった箱の中に、俺の運ぶ予定だったプレゼントがあるはずなんだ!」
「まァ、そうなの!? 大変じゃないの、この中からどうやって探すの?」
見た目によらず人が良いマギーは、女らしく口を押さえながら道に散乱するギフトボックスを見下ろす。
あら? マギーはふと思った。
この箱はひょっとしてアタシが運んでたのかしらン? ぶつかって落としたとか?
「外から見ても区別はつかない。中に手紙が入ってるから、それで分かるはずなんだが」
「せっかくのキレイな包装を解かなくちゃならないってこと?」
「いや、心配するな。俺はサンタクロースだ」
よく意味の分からないことを言って、トビーはニヤリと笑った。
「サンタクロースは、誰でも特殊な眼鏡を持ってるんだ。黒縁の四角いやつなんだが、プレゼントを選んだり、煙突から家に入るときにも重宝するんだよ。何しろ、その眼鏡をかけて精神集中すれば、何でも見ようと思うものを透視することが出来るから──」
ごそごそごそ。トビーは着ているツナギのポケットというポケットを探した。
やがて、彼は最後のポケットから手を出した。
その手は空っぽだった。
「──眼鏡、無くした」
「……。開けてみるしかなさそうね」
泣きべそをかきそうになったトビーに、マギーはニッコリと笑ってみせた。
「大丈夫よ、アタシ、手伝ってあげるから!」
「何してんだ、邪魔だなあ」
そんな二人のムービースターの横を、一台の軽トラックがゆっくりと走り抜けていった。ある引越し業者のトラックだった。
「まったく、年末が近いってのに。ここのムービースターって連中はまったくいつも何してんだかさっぱり分からないね」
見たところバッキーも持たず、ましてやムービースターとも思えない若い男は、ブツブツと呟きながら一人で車を運転していた。
「えーっと? 市外に出るには橋を渡った方が近いかな?」
引越し屋の青年は、頭の中の地図を思い出しながら、ハンドルを切る。
──この時点では、誰も気づいていなかった。
トビーの運んでいたギフトボックスが一つ、この軽トラックの荷台に乗ってしまっていることを。
詰襟の学生服を着た少年が、ボーッと道に立っていた。
現代伝奇卓球映画から実体化した卓球少年のジミー・ツェーだった。
車にクラクションを鳴らされ、彼は我に返った。気づけば、道の真ん中に突っ立っていた。おや、今、自分は何かをやりかけていたような……?
「???」
釈然としないままだったが、もう一度クラクションを鳴らされて、彼は車の方にキッと睨みをきかせてから、歩道に戻ることにした。
「やだな、どうしちゃったんだろ」
口に出してそう言ってみて。ジミーは口を尖らせる。
そこで、彼は歩道の花壇に何かがひっかかっているのを見つけた。何の気なしに近づいてみれば、それは白い箱の赤いリボンのついたギフトボックスだった。
箱を手に取ってみるジミー。
振ってみると中に何かが入っている音がした。
「!」
そのまま彼は、キョロキョロと辺りを見回す。誰も彼に注視している者はいなかった。
途端にニンマリと微笑むジミー。
彼はその箱をしっかりと胸に抱いて、軽やかな足取りでそこを去っていった。
「ワオ! なんて気が利いているんだ!」
マギーとサンタのトビーが必死になって箱を開けている横で。あるオープンカフェの一席で、映画監督のロイ・スパークランドは感激の声を上げていた。
トイレに立ち、飲みかけのコーヒーを残した自分の席に戻ってみたら、テーブルの上に、いかにもクリスマス・プレゼント然とした白いギフトボックスが置かれていたのだ。
彼は映画監督だった。
だから、ロイはこれを気の利いた演出だと信じて疑わなかった。つまり、道で散乱したギフトボックスがたまたま彼のテーブルの上に乗ったとは決して思わなかったのだ。
──きっと、どこぞのシャイ・ボーイかシャイ・ガールのどちらかが、プレゼントをそっと席に置いていったのだろう。
彼は感激した様子のまま、椅子に腰を落ち着けた。
「さて、一体どんなプレゼントなのかな?」
上機嫌になったロイは、コーヒーを一口飲んでから、箱を両手で持ち上げてみた。さて中身は何であろうか。
──カチ、コチ、カチ、コチ……。
「ん?」
小さな異変に気づき、ロイは箱に耳を付けてみた。
中から、何か、時計の音のようなものが聞こえるが──?
一方、銀幕市で一番大きな病院である、銀幕市立中央病院の一室にて。二人の人物が午後のアフタヌーン・ティーを楽しんでいた。
「そうなんですか。それならきっと、のぞみさんも喜ぶんじゃないかと思いますよ」
繊細な指をカップに絡め、にこやかに微笑むのはドクターDである。
「ええ。敏史さんとね、皆さんと、何にするか決めたのよ」
柔らかな光の差し込む窓の方を見ながら、大女優のSAYURIは言葉を返す。彼女は実の娘であり、昏睡状態にある美原のぞみを見舞うため、いつもここに足を運んでいた。
でもね、とSAYURIは囁くように続ける。
「のぞみは眠ったままだから──」
「……」
しばし、二人の間に沈黙が訪れた。
ドクターDは目を伏せ、何かを思案していたようだったが、やがて小さく息をついてから口を開いた。
「彼女に歌を聞かせてみてはどうでしょう?」
「──歌?」
急に何を言い出すのだろう。SAYURIは美しい眉を寄せて精神科医を見た。
「いつも彼女に話しかけているではありませんか。それと同じです」
ドクターDは彼女を安心させるように柔らかく微笑んでみせた。
「のぞみさんは現在、昏睡状態にありますが、同じような症状の患者が音楽を聞かせることにより症状を改善させたという事例もあります。ほかの皆さんも誘って、彼女に歌もプレゼントしてみてはいかがでしょうか?」
「そうね、それは素敵なアイディアだわ」
SAYURIは──大女優にして一人の母親である彼女は、みるみるうちに目を輝かせていた。
種別名
パーティシナリオ
管理番号
846
クリエイター
冬城カナエ(wdab2518)
クリエイターコメント
こんにちわ、冬城です。
クリスマスですねということで、街のあちこちで起こる小さな事件を取り扱うパーティシナリオをご用意いたしました。
……あれー、それにしてもみなさん物忘れが激しいですね。
……なんでですかねー(笑)?
このシナリオでは、ストーリー構成上、ボツ有りに近い判定をさせていただきます。
というのは、PCさんの行動が被るということが頻繁に有り得るからです。
同じ行動をとるPCさんが非常に多くいらした場合、最も映える方を優先いたしますので、ご参加される皆様も、ご自分のPCさんが最も“映える”シーンを選ばれることをお勧めいたします。
そして、パーティシナリオの形式上、
すべての方にオチを付けられませんことを先にお詫びとして申し上げておきます。
***
登場したいシーンと、そこで取る行動については、以下の選択肢を参考にお選びください。
【1】対策課
植村のメガネを探す、何か調べ物をする、など
【2】市長邸
市長の悩みを聞く、一緒に探し物を手伝う、など。
【3】道の真ん中で
トビーとマギーを手伝う、箱を持ち去る、など
【4】引越し屋のトラック
トラックを追いかけてギフトを取り戻す、そのギフトを送り先に届ける、など
※市外に出るまでに何とかしましょう。
【5】ジミー
ジミーに持ち去られたギフトを返してもらう、など
※ジミーは「これは自分がもらったもの」と主張し、なかなか返してくれないと思われます。
※返してもらったら、その送り先に届けてみてはいかがでしょう?
【6】オープンカフェにて
ロイが開けようとしているギフトに対処する、など
※なんかカチコチ言ってますけど、開けちゃいます?
※これも送り先に届けてみると良いかと思います。
【7】中央病院
のぞみに歌を歌ってあげる、ドクターやSAYURIとお茶を飲む、など
※伴奏なんかもいいんじゃないでしょうか。
【8】その他
※上記にない、自由な行動をとります。
※この物語にまったく関係ない行動はボツにさせていただくか、簡潔な描写に済ませていただくことになります。(ハズレだったんだということで、ご堪忍ください)
★ご注意!★
・いくつかのシーンを選んでいただいても構いませんが、すべて描写されるとは限りません。
・PLさん側からの捏造歓迎です。その場が面白くなる捏造ネタをお待ちしております。
***
■■そしてそして! 重要なお願いがあります■■
柊市長とSAYURIが、娘に贈るクリスマス・プレゼントの中身を、
ご参加の皆様から募集させていただきたいのです。
任意でのご参加ですが、どうぞいろいろなアイディアをくださいますよう、お願いいたします。
意見を参照しながら、多数意見を採用する形で、のぞみへのクリスマスプレゼントの中身を決めさせていただきます。
プレイングではなく、クリエイター向け欄など、文字数の関係ないところにお書きください。
それでは、みなさんの楽しいクリスマスなプレイングをお待ちしております。
(※募集が6日で一日だけ短くなっております。お気をつけ下さいませ)
参加者
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622)
ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
トリシャ・ホイットニー(cmbf3466)
エキストラ 女 30歳 女優
太助(czyt9111)
ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
小日向 悟(cuxb4756)
ムービーファン 男 20歳 大学生
エドガー・ウォレス(crww6933)
ムービースター 男 47歳 DP警官
リゲイル・ジブリール(crxf2442)
ムービーファン 女 15歳 お嬢様
浅間 縁(czdc6711)
ムービーファン 女 18歳 高校生
柊木 芳隆(cmzm6012)
ムービースター 男 56歳 警察官
コレット・アイロニー(cdcn5103)
ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
桑島 平(ceea6332)
エキストラ 男 46歳 刑事
流鏑馬 明日(cdyx1046)
ムービーファン 女 19歳 刑事
クラスメイトP(ctdm8392)
ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
ゼグノリア・アリラチリフ(cshh6181)
ムービースター 女 26歳 赦されぬ子を産んだ女
アズーロレンス・アイルワーン(cvfn9408)
ムービースター 男 18歳 DP警官
メルヴィン・ザ・グラファイト(chyr8083)
ムービースター 男 63歳 老紳士/竜の化身
新倉 アオイ(crux5721)
ムービーファン 女 16歳 学生
ルドルフ(csmc6272)
ムービースター 男 48歳 トナカイ
新倉 聡(cvbh3485)
エキストラ 男 36歳 サラリーマン
ウィズ(cwtu1362)
ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
藍玉(cdwy8209)
ムービースター 女 14歳 清廉なる歌声の人魚
朝霞 須美(cnaf4048)
ムービーファン 女 17歳 学生
ソルファ(cyhp6009)
ムービースター 男 19歳 気まぐれな助っ人
マナミ・フォイエルバッハ(cxmh8684)
ムービースター 女 21歳 DP警官
ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551)
ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
ケト(cwzh4777)
ムービースター 男 13歳 翼石の民
チェスター・シェフィールド(cdhp3993)
ムービースター 男 14歳 魔物狩り
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886)
ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
アレグラ(cfep2696)
ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
大教授ラーゴ(cspd4441)
ムービースター その他 25歳 地球侵略軍幹部
佐々原 栞(cwya3662)
ムービースター 女 12歳 自縛霊
メグミ・フォイエルバッハ(cwrh1025)
ムービースター 女 21歳 DP警官
ファレル・クロス(czcs1395)
ムービースター 男 21歳 特殊能力者
小嶋 雄(cbpm3004)
ムービースター 男 28歳 サラリーマン
ギャリック(cvbs9284)
ムービースター 男 35歳 ギャリック海賊団
片山 瑠意(cfzb9537)
ムービーファン 男 26歳 歌手/俳優
ヘンリー・ローズウッド(cxce4020)
ムービースター 男 26歳 紳士強盗
旋風の清左(cvuc4893)
ムービースター 男 35歳 侠客
レイ(cwpv4345)
ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
レモン(catc9428)
ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
バロア・リィム(cbep6513)
ムービースター 男 16歳 闇魔導師
刀冴(cscd9567)
ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
三月 薺(cuhu9939)
ムービーファン 女 18歳 専門学校生
ジュテーム・ローズ(cyyc6802)
ムービースター 男 23歳 ギャリック海賊団
タスク・トウェン(cxnm6058)
ムービースター 男 24歳 パン屋の店番
十狼(cemp1875)
ムービースター 男 30歳 刀冴の守役、戦闘狂
イェータ・グラディウス(cwwv6091)
エキストラ 男 36歳 White Dragon隊員
ヴォルフラム・ゴットシュタール(czuz3672)
ムービースター 男 30歳 ガンスリンガー
ティモネ(chzv2725)
ムービーファン 女 20歳 薬局の店長
霧生 村雨(cytf4921)
ムービースター 男 18歳 始末屋
コア・ファクテクス(cahw4538)
ムービースター 男 0歳 DP警官
西村(cvny1597)
ムービースター 女 25歳 おしまいを告げるひと
真船 恭一(ccvr4312)
ムービーファン 男 42歳 小学校教師
クレイジー・ティーチャー(cynp6783)
ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
理月(cazh7597)
ムービースター 男 32歳 傭兵
フレイド・ギーナ(curu4386)
ムービースター 男 51歳 殺人鬼を殺した男
月下部 理晨(cxwx5115)
ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
玉綾(cafr7425)
ムービースター 男 24歳 始末屋/妖怪:猫変化
T−06(cpsm4491)
ムービースター その他 0歳 エイリアン
ディズ(cpmy1142)
ムービースター 男 28歳 トランペッター
ヴァールハイト(cewu4998)
エキストラ 男 27歳 俳優
ジラルド(cynu3642)
ムービースター 男 27歳 邪神の子、職業剣士
ミケランジェロ(cuez2834)
ムービースター 男 29歳 掃除屋
サキ(cbyt2676)
ムービースター 女 18歳 ヴァイオリン奏者
ディーファ・クァイエル(ccmv2892)
ムービースター 男 15歳 研究者助手
スルト・レイゼン(cxxb2109)
ムービースター 男 20歳 呪い子
昇太郎(cate7178)
ムービースター 男 29歳 修羅
サンク・セーズ(cfnc9505)
ムービースター 男 28歳 ジャッジメント
本陣 雷汰(cbsz6399)
エキストラ 男 31歳 戦争カメラマン
古森 凛(ccaf4756)
ムービースター 男 18歳 諸国を巡る旅の楽師
本気☆狩る仮面 るいーす(cwsm4061)
ムービースター 男 29歳 謎の正義のヒーロー
ルイス・キリング(cdur5792)
ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
佐藤 きよ江(cscz9530)
エキストラ 女 47歳 主婦
津田 俊介(cpsy5191)
ムービースター 男 17歳 超能力者で高校生
シグルス・グラムナート(cmda9569)
ムービースター 男 20歳 司祭
メリッサ・イトウ(ctmt6753)
ムービースター 女 23歳 DP警官
ギルバート・クリストフ(cfzs4443)
ムービースター 男 25歳 青の騎士
二階堂 美樹(cuhw6225)
ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
キスイ(cxzw8554)
ムービースター 男 25歳 帽子屋兼情報屋
フェイファー(cvfh3567)
ムービースター 男 28歳 天使
香玖耶・アリシエート(cndp1220)
ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
リョウ・セレスタイト(cxdm4987)
ムービースター 男 33歳 DP警官
ルークレイル・ブラック(cvxf4223)
ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
シャノン・ヴォルムス(chnc2161)
ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
綾賀城 洸(crrx2640)
ムービーファン 男 16歳 学生
岡田 剣之進(cfec1229)
ムービースター 男 31歳 浪人
赤城 竜(ceuv3870)
ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
相原 圭(czwp5987)
エキストラ 男 17歳 高校生
来栖 香介(cvrz6094)
ムービーファン 男 21歳 音楽家
ノリン提督(ccaz7554)
ムービースター その他 8歳 ノリの妖精
成瀬 沙紀(crsd9518)
エキストラ 女 7歳 小学生
Sora(czws2150)
ムービースター 女 17歳 現代の歌姫
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253)
ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
続 歌沙音(cwrb6253)
エキストラ 女 19歳 フリーター
ルースフィアン・スノウィス(cufw8068)
ムービースター 男 14歳 若き革命家
セエレ(cyty8780)
ムービースター 女 23歳 ギャリック海賊団
ニーチェ(chtd1263)
ムービースター 女 22歳 うさ耳獣人
<ノベル>
銀幕市を見下ろす杵間山。その山麓に一軒の古民家があった。
この街に魔法がかかる前から、そこに存在したのかどうか、それは分からない。
が、兎にも角にも、ここには二人の男が住んでいた。天人と呼ばれる人間とは異なった種族の、強い力を持ち、そして少しだけ手料理が得意な刀冴と十狼の二人だ。
「……あっ、二人ともここに居たんだ」
宵の明星が輝く夜空の下。古民家の庭先で、獲ってきた鳥の頭を落としていた刀冴は馴染みの声に振り返った。
軒先から顔を出し、ひらひらと手を振っているのは友人の理月だ。
「クリスマスってやつを楽しみにきたぜ」
彼の後ろから、同じ顔の月下部理晨、イェータ・グラディウスとヴァールハイトの三人が顔を出す。
「やあ、こんばんわ、お二人さん」
理晨は“弟”の頭を後ろコツンとやりながらニッと笑う。「賑やかな方がいいだろうと思ってな。邪魔するよ」
「これはこれは」
タンッと二羽目の鳥の頭をナタで断つと、十狼は目を細め来客に微笑みかけた。そう、彼と彼の主人たる刀冴は、クリスマスというものを知り、そのパーティの準備をしていたのだ。
気心の知れた友人たちが訪れたのを見、彼は安らかな笑みを見せた。それに反応してか、周りの空気が煌めきを見せた。精霊たちがきらきらと瞬きながら、古民家の屋根や壁の近くを舞っているのだ。
「おっ、よく来たじゃねえか。ちょうどいいや。実は焼いたケーキがえらいデカくなっちまってさ。瑠意と洸が、家ん中で切り分けんのに苦労してるんだ」
刀冴も来客たちに、満面の笑みを向けた。鳥を捌いていた刀を持ったまま家に入るように促す。
うなづき、理月はいつものように家に上がりこむ。襖を開けば、刀冴の言った通り、先客の片山瑠意と綾賀城洸が、皿を用意したり忙しく準備をしているのが見えた。軽く手を挙げ、手伝うよ、と声をかけると、二人が振り返り微笑んでいるのが見えた。
「ホラホラ、遠慮すんなって」
初めての場所だからか、居心地悪そうにしているイェータとヴァールハイトの背中を理晨が押す。
ヴァールハイトはワインらしき包みを抱え、仏頂面だ。どうも彼は、理晨と二人で過ごしたかったらしく、恨みがましい目つきで彼に目をやっていた。
「──悪りぃ、遅くなった」
そこへ現れたのが、いかにもファンタジー映画出身者らしき二人組、ジラルドとヴォルフラム・ゴットシュタールだった。彼らを見て理晨が嬉しそうに手を挙げる。
どうやら彼らも誘われてやってきたらしい。呼びかけた当人は家主を振り返る。
「ちょっと呼びすぎたかな?」
「いいや? 何人だって歓迎するさ」
少しだけ申し訳なさそうな理晨に、刀冴は気楽な口調で答えた。彼の視線は、ヴォルフラムと十狼の間を──同じ顔をした二人の間を行ったり来たりしている。「こりゃ、なかなか面白い光景だしな」
「若、私の顔に何か?」
「別に」
「──実は、道の真ん中で荷物を拾い集めてる奴らがいてさ。それを少し手伝ってやってたんだ」
主従の二人に挨拶をしながら、軒先に上がりジラルドが言う。それに理晨は頷いて、ああ、あれかと声に出して答えた。
「? 街で、何かあったのか?」
すると隣りにいた刀冴が不思議そうな顔をした。理晨は向き直り、ん、たいしたことじゃないんだけど、などと前おいて話し始めた。
「いや、ちょっとしたトラブルっていうか──来るときに見かけたんだけどな」
と、いうわけで、理晨が話し始めたエピソードはこうだ。
* * *
「──とにかく、散らばったプレゼントを集めねえと」
ごつごつした身体つきの中年男トビーは、両手にギフトボックスを抱え言った。道の真ん中である。彼の前に立つミントグリーンのワンピース姿のマギーの足元にも、たくさんのギフトボックスが落ちている。
マギーはうなづき、オカマと中年男は四つん這いになって箱を片っ端から拾い始めた。
「あのー、どうしたんですか?」
その二人の傍に小型車が停車した。車窓から顔を出したのは、三月薺である。
「もー大変なのよ〜。クリスマスプレゼントの配達中にお互いぶつかっちゃっのよン。それを今、拾い集めてるところで──アアッ! あそこ!」
説明し始めたマギーが突然、大声を上げた。ビクッと薺は驚いて肩を震わせる。
マギーが指差す方向には、白い軽トラックが走っていた。見れば、その荷台の上に一つ白いギフトボックスが乗っているではないか。
「ま、任せてください!」
咄嗟に、薺は車のアクセルを踏んだ。急発進する車。飛ばされてもんどりうつマギー。
そして、小型車は猛然とトラックを追いかけていった。
「おう、どうした? 困りごとか?」
死ぬなー! と、トビーがマギーをガクガクと揺さぶっている横に、近くを歩いていた太助が近づいてきた。彼の他にも、何事かと数人が次々に近寄ってきていた。
「俺の運ぶはずのプレゼントが、プレゼントが……。混ざっちまって中身が分からなくなっちまって。俺がサンタ眼鏡を無くしちまったがばかりに」
トビーの説明はたどたどしかったが、この状況を見ればほとんどの者が事情を掴むことが出来た。
「ふんふん。そういうことなら、振ってみたらどうだ?」
太助は手近な箱を拾い上げ、慎重に振ってみた。コツ、コツ、コツ。何か固形物が入っているようだが──?
「なんだろ? 軽いし壊れもんじゃなさそうだけどな?」
「なるほど。そうやるんやな」
太助の様子を見、通りかかった昇太郎は真似をして箱を振ってみた。
ガコ、ガコ! 中身からいい音がした挙句、軽く掴んだつもりだったのにプレゼントの箱は彼の握力で、ひしゃげていた。
「……」
無言のまま、それを見つめる昇太郎。隣にいた友人のスルト・レイゼンが、あ、と声を上げている。
恐る恐る箱を開けてみると、中から出てきたのは真っ赤な革のピンヒールのブーツだった。右足のヒールが今の衝撃で折れていたが、とにかく派手派手しいブーツである。
「キャー! ステキじゃないのそれ!」
いきなり誰かが嬌声を上げた。振り向けばそこにはギャリック海賊団の自称“美しき薔薇”ことジュテーム・ローズがいた。真っ赤なブーツを目を輝かせて見つめている。
「あっ、それアタシが用意したやつよ」
そっと昇太郎が彼にブーツを渡すと、気絶から復活したマギーも寄ってきた。ジュテームと目が合い、途端にフレンドリーな笑みを浮かべてみせる。
「ね? 素敵よね。プレゼント交換会に持っていこうと思ってたんだけど……。気に入ったのならアナタにあげるワ」
「ほんとに!? いやッ嬉しいッ! わたしに似合うかしら?」
「似合うわよン。アタシが保障するわ」
「あ……の、それ……」
キャッキャッと盛り上がるオカマちゃん二人に声を掛けたのは、ギャリック海賊団のセエレだ。あらっ、セエレどうしたのン? というジュテームの問いには生返事を返し、彼女はおどおどした様子でブーツを手にとった。
彼女はギャリック海賊団の船大工である。船内のクリスマスツリーの飾りつけをしようと街に買出しにきて、迷子になっていたところで、この騒動に出会ったのだ。
セエレは道に座り込み、工具を取り出すと壊れたブーツのヒールを黙々と直しはじめた。
「クリスマスだっていうのに、いろいろ大変だな」
それを見ながらスルトが言う。隣りで昇太郎が──散らばったプレゼントの回収に専念しはじめた彼が不思議そうに目を向ける。
「クリスマスって、何なんや?」
「え」
スルトは急に言葉に詰まり、口ごもってしまった。「いや、アレだよ。お祭り。この時期の」
「どんな? なんで贈り物するんや?」
「あー、それはだな」
とにかく説明せねば。彼は慌てて続けた。「えーと、誰かさんが生まれた日を祝うもので──。あっ、そうそう。それがサンタクロースさんっていうんだ。サンタさんは……あー、十二人兄弟の長男で大国の跡取りだったんだよ。だけど心が清らかすぎて、父親に疎まれて放逐されちゃう、と。それで諸国を放浪することになるんだけど、それでも希望を失わず人々を助けようとする彼に、みんなは心打たれる。そう! 最初は彼に石を投げていた民衆も彼を助けるようになるんだ。晴れて王になったサンタは民衆に贈り物をしようとするんだけど、裏切り者に刺されて最期を遂げる。その血で、衣装が赤く染まって、あんな風になったんだよ」
「そうなんか!」
うっかり勝手なエピソードを披露してしまったスルト。ふと昇太郎以外の視線に気付けば、靴を修理し直したセエレが感動したように彼を見上げている。
うっ、と唾を飲み込むスルト。
「あいつ、苦労してきたんやな……」
温かい目でトビーを見る昇太郎とセエレ。当のスルトは、何も言い出せなくなって、思わず地面を見つめた……。
「みんな、あ、ありがとう」
サンタのトビーは、見ず知らずの人々が、プレゼントを拾い集めるのを手伝ってくれている様子に、涙ぐみながら感激していた。「俺、この街に来てよかった……」
「よし、私も手伝ってしんぜよう!」
新たな声ともに、肩をポンと叩かれトビーはにこやかに振り返った。が、その笑顔がピキと凍りつく。
そこにいたのが、怪しい蝶々仮面をつけ、上半身裸に白い特攻服をまとい、胸に「本気☆狩る」の文字を光らせた、本気☆狩る仮面るいーす、だったからだ。
爽やかな言葉とは裏腹に、ドス黒いオーラをまとった彼は、むっ、とか、とぅっ、とか無駄に声を上げながら、プレゼントを拾うのを手伝ってくれている。
「あれ一応、正義の味方だから。大丈夫よ」
ドン引きしているトビーに、ひょいと顔を出した浅間縁が教えてくれた。通りかかった彼女は両手にいっぱいの紙袋を抱えている。
「存在がウザイだけの、無害な存在なの」
少々ひどいことを言いながら彼女も荷物を置いて、プレゼントを拾い集めるのを手伝い始めた。紙袋から見えているのはお菓子づくりの材料のようである。これから自宅でケーキでも作ろうとしていたらしい。
「マギーさん、手伝うよ」
「縁ちゃん! まあッ、ホントにッ? 悪いわねー」
「いいのいいの。気にしないで」
縁はニカッと、マギーに微笑みかけながら地面に落ちた箱を拾い始めた。
「今日はね、このあとお母さんと一緒にケーキつくるんだー」
「まぁ! いいわネェそういうの。女の子らしくてステキなクリスマスよねッ?」
「──なァにしてるの? みんなで」
その時、突然後ろから白くてフワフワしたものが縁に飛びついてきて、彼女をぎゅっと抱きしめた。ウサ耳獣人のニーチェだった。
「楽しそうだから、あたしもお手伝いするん」
「わぁっ、ちょっ、どこ触ってんのっ?」
じたばた暴れる縁を嬉しそうに抱きしめるニーチェ。なぜかキャアキャァと盛り上がるマギー。
その光景を見て、なんだか恥ずかしくなってトビーが俯いていた。ジュテームが、あら、と彼に流し目を送る。彼、シャイな感じでステキね、と隣のマギーに問えば、マギーは彼をひじでこづき、ダメよ彼は本物のサンタなんだから、とたしなめている。
「──本物のサンタ!?」
誰かの小さな声に、縁が顔を上げると、道端でこちらの様子を伺っている小学生の成瀬沙紀と目が合った。もじもじしていた彼女は、縁が手招きするとゆっくり近づいてきた。
彼女も箱を拾うのを手伝い始めたが、目線はトビーに釘付けだ。本物のサンタに会えるなんて! 小学生の目はキラキラと輝いている。
そこへ、桑島平とエドガー・ウォレスという異色の組み合わせが通りかかった。現実の刑事と、映画の刑事がなぜか二人で歩いていた。しかも同じ水色のトレーナーを着てペアルックで、である。
彼らは、何か神妙な顔で話し込みながらその場を通りすぎて行った。
「んー?」
ゲームセンターに遊びに行こうとしていたチェスター・シェフィールドとケトの二人も、通りかかってこの光景に首をかしげた。……みんな何をしてるのだろう?
足元にあるプレゼントをチェスターが拾うと、向こうで誰かが、おーいこっちと手を挙げている。面倒くさそうだな、と思った瞬間。
「あらっ! まあまあまあ!」
どんっ、とケトは後ろから誰かに突き飛ばされ、前につんのめった。わぁっ、と悲鳴を上げれば誰かが走り寄り、彼を抱きとめてくれた。
「大丈夫ン? 気を付けてね」
「……」
浅黒く逞しい腕。マギーだった。思い切り蒼白になるケト。
「おばちゃん、こういうの得意なのよ! まかせなさいっ!」
一方、ケトを突き飛ばしつつ現れたのは、ぽっちゃり太ったおばちゃんこと佐藤きよ江だった。どうしたの、ねえねえ、とトビーに事情を聞くと、嬉しそうにプレゼントに飛びついた。
「わざわざ開けなくても、振れば中身が分かるわよ!」
ガラッ、ガランッ。舌をペロリと出しながら箱を勢い良く振る。ガシャ、ガシャッ。ピー。
「うーん、中身はロボットのオモチャねっ」
イイ笑顔を浮かべながら、「ねっ? こういうの非破壊検査って言うんでしょ」
「──破壊してますけどォ!」
ボケるきよ江に、ちゃんと縁が突っ込んだ。
そんな彼らの背後で、何だコリャとプレゼントの箱を拾い上げている男が一人。バイト帰りのフレイド・ギーナだった。
「トナカイの中身やって、俺、がんばったしな……」
辛いバイトに耐えた自分へのご褒美だとばかりに、彼は箱を小脇に抱え、そのまま立ち去っていった。
「結局、開けて中を見てみるしかなさそうだな……」
埒があかない状況だった。ようやく切り出すトビー。彼は残念そうに言ったのだが、他の面々は途端に嬉しそうになって、箱に飛びついた。皆、中身を見たくて仕方が無かったらしい。
子供向けのオモチャ、クッキーの詰め合わせなどに始まって、籐で編まれたボールやLLサイズのワンピースなども混ざっていた。
「えーと? 俺の配達するプレゼントはこの三つのはずなんだが」
トビーが出してきたリストを、集まった者たちはみんなで覗き込んだ。その足元でせっせと包装を包み直しているセエレ。るいーすも無駄に器用に物品を包みなおしている。
「──ちょ、植村さん宛てのプレゼント! 富美子って誰!?」
「ドウジ親分宛てに、とくめい? うーん」
縁やジュテームが乙女はしゃぎしている横で、太助は神妙な顔だ。
「美原のぞみさん宛てに、市長と有志一同って? 何かしらねェ?」
ニーチェが首をかしげるのに、昇太郎が口を挟む。
「せやけど、その三つのプレゼント。ここには無いみたいやで」
その彼の言葉に、皆は困ったように顔を見合わせたのだった。
「……ていうことは、どこか別の場所に飛んでいったとか?」
チェスターが言った。
* * *
「確かに、その富美子は気になるなあ」
瑠意がテーブルに皿を置きながら言った。「誰なんだろ? 富美子って」
古民家のパーティは準備が完了し、さあこれから料理を楽しもうという状態だった。刀冴が小さな陶器の器を皆に配り、一人ずつ果実酒を注いでやっている。
「ドウジ親分へのプレゼントの内容も気になるが……。それより、のぞみってのは、あの美原のぞみのことか?」
「ええ、たぶん」
洸は、刀冴からの酒をやんわりと断りながらも相槌をうつ。今、刀冴がついでいるのは彼の母親のお手製の果樹酒だったが、彼はこの場でただ一人の未成年なのだ。
「その話なら先日、縁殿に聞いた」
すると、十狼が隣りからそっと口を挟む。
「柊市長殿とSAYURI殿が、娘御への贈り物を決めるのに、数人で集まり決めたとか」
「ああ。そういやアレグラもそんな話をしてたけど……ん?」
綺麗な赤いキャンドルに火を灯しながらジラルド。居候先のマスターが作ってくれたキャンドルである。彼は話しながら何かに気づいたらしい。
「市長が家でプレゼント探してたから手伝ったって言ってたけど、そのことかな?」
* * *
「それはおかしい」
柊市長に、いきなり面と向かってルークレイル・ブラックは言った。
「実の娘に選んでやったプレゼントだろ? なんでどこに置いたかを忘れちゃうんだ?」
「いや、その、面目ない……」
バツが悪そうに市長は背を丸めた。ここは市長邸である。主人であるはずの彼が、困ったように頭を掻いていた。
「で、無くしたプレゼントはどんな?」
「実は、プレゼントの本体はすでに娘のそばに届けてあるんだ。少し大きなものになってしまったんでね。それと別に手渡しできるものを、リオネの分と二つ用意したんだ。今、探しているのはそっちの方で」
「でっかい、とがった木につるすー!」
二人の足元で幼女が声を上げる。アレグラだ。彼女はなぜかいつものガスマスクではなく、黒ブチの眼鏡を掛けていた。
「みんなで選んだ、さゆり、かーちゃん。のぞみに、これでも食らえーって、とり折った」
「???」
首をかしげるルークレイル。柊は、ああそうだったね、とアレグラの頭を撫でながら、彼女の言葉を翻訳して説明してくれた。
「のぞみへの贈り物を決めるのに──SAYURIとね、みなさんの知恵を借りたんだ。ドレスやぬいぐるみ、いろいろな案を出してもらったんだが、どれも良くて捨てがたくなっちゃってね」
彼は、少し寂しそうに別れた妻の芸名を口にしながら続けた。
「クリスマス・ツリーを用意して、それにみんな吊るすことにしたんだ。この子が言っているのは浅間縁さんが出してくれた千羽鶴クリスマスバージョンのことだよ。私も妻もサンタを折ったし、みなで折り紙をしたんだ」
「へえ、そりゃいいアイディアだな」
相槌を打ちながら、ルークレイルが言う。
「リオネどこ!? 遊ぶ遊ぶ、すけすけ眼鏡で遊ぶ!」
「彼女は、まるぎんにコロッケを買いに出かけたよ」
「──仕方ない、探すの手伝うよ。その後でいいから、ウチのゾウの散歩の件、相談に乗ってくれよな」
「分かった。ありがとう」
足元で何か騒いでいるアレグラをそのままに、ルークレイルと柊は探し物の算段をし、それぞれ散っていった。
「アレグラ、すけすけ眼鏡で手伝う!」
そして彼女もまるで遊びに加わるような口調で言い、探し物に加わったのだった。
「これはおかしい」
ルークレイルは、庭にたどり着き、もう一度言った。「これは絶対におかしい」
財宝探しを得意とする彼が、あっという間に邸内で迷ってしまったのだった。いつの間にか自分がどこにいるか分からなくなり、戻る道を忘れてしまう。ヤケになってひたすら前に進んだところ、庭に出たのだ。
ぱちん。彼が振り返ると、ミダスが薔薇の手入れをしていた。ぱちん。ハサミの音が彼の思考をより鮮明にしてくれた。ルークレイルはつかつかとミダスに近寄った。
「何かこの館に変な力が働いていないか? やたら物忘れしちまうんだが」
ミダスは彼をゆっくり見た。無言だ。……ということは、よく分からないということか。
「見つからないねえ」
そこで柊とアレグラが別々の方向から出てきた。柊は困ったような表情のままだ。
「アレグラ、見つけた! すけすけ眼鏡で見つけた!」
また急にアレグラが顔を出した。チラシと額縁を持っている。んん? とルークレイルが覗き込むと、額縁には数人が宇宙人らしき扮装をしている写真。チラシの方は、大きな文字で“トビー・ザ・サンタ。本物のサンタがクリスマスプレゼントを届けます”とある。
「そう言えば、そんなムービースターに来てもらったような……って、アッ、それ!」
柊がチラシと写真を見て声を上げた。珍しく動転した様子で写真をアレグラから取り上げ、背中に隠す。
「これは学生時代に参加したSF大会の──」
「かえせ! アレグラのともだち、かえせ!」
武士の情けか。ルークレイルは何となく察して、チラシの方を見てつぶやいた。
「サンタ? もしかしてそいつがプレゼントを盗んでいったのか?」
* * *
「それ、その、すけすけ眼鏡って、理晨が見かけたトビーとかいうサンタのじゃないのか」
ジラルドの話を聞き、ヴァールハイトがワイングラスを傾けながら言った。古民家の面々は乾杯を終え、数々の料理に手をつけながら話に花を咲かせていた。
「だ、だよな? 俺もそう思う。あの子が拾ったんだ」
理晨もうなづく。
「しかし物忘れになる者ばかりだな。クリスマスとはそういうものか?」
ぼそりと口を挟むのはヴォルフラムだ。チキンの切れ端を、子犬ほどの大きさになった十狼の黒竜に食べさせてやっている。
「そうですよね、変ですよね。──あ、そういえば」
隣りにいた洸が、何かを思い出したように続けた。「僕、今日、対策課に行ったんですけど。その時にも、植村さんが眼鏡をなくしたって、皆さんが騒いでいましたよ」
お昼前の話の話ですけど、と言って今度は洸が話し始めた。
* * *
植村直樹は、眉間に皺を寄せていた。ぴっちりと二本。
「だ、誰かかと思ったら、植村さんじゃないですか!」
「ハァー? 眼鏡がなくなった? いつもかけてんのに何寝ぼけたこと言ってんの」
「頭の上には……乗ってなさそうだね。無くしたなら買い換えればいいのに」
「これ、植村殿は“ひがいしゃ”だぞ。きちんと“じじょうちょうしゅ”を」
いつものカウンターの前に立ち、眼鏡を無くしたと一言、言ったらこれだ。彼の目の前にはあっという間に人がたかり、それぞれに騒ぎ立て始めていた。
「“眼鏡は顔の一部同盟”の盟友の危機です! 早く配達を終えて、探すの手伝いますね!」
ラーメンの配達中だったクラスメイトPは岡持ちを手にしたまま慌てて外に飛び出していってしまった。
「どーせ、その辺に置き忘れたんじゃないの?」
新倉アオイは、ずかずかとカウンターの中に入り込み、机の上や引き出しを引っ張り開けたりし始める。しまいにはロッカーここだっけ? などと言いながら植村のロッカーを勝手に開けている。
「ん? これ胃薬? 何この瓶、デカっ」
「ちょっ、勝手に開けないでくださいよ」
「──おっと、これはお宝シーン♪ イタダキマス!」
わたわたとアオイの手から愛用の胃薬の瓶を取り戻そうとしている植村を、ウィズがこっそりデジカメに写していた。つまり盗撮というやつだ。
「隠れ植村ファンにも売れるし、これモチーフにして植村さんフィギュア・眼鏡無しVerなんてのもいいカモ!」
「メリー・クリスマース!」
そこで、元気に対策課に入ってきた二階堂美樹が、いきなりベシャッと転んでいた。その拍子に持っていた紙袋から大量の鼻眼鏡──パーティ用の眼鏡が床に散乱してしまう。
「やっちゃった……。って、何? 植村さん眼鏡なくした?」
なぜ鼻眼鏡を持ってきたのかは知らないが、美樹は嫌がる植村に、こっちにしなさいよとばかりに玩具の眼鏡を掛けさせている。
植村はすぐに取ったが、それをパシャリ。ウィズがこっそり撮影していた。
「灰田さーん、ちょっとちょっと」
そんな彼らを尻目に、岡田剣之進とパロア・リィムはカウンターの前に陣取って、灰田汐を呼びつけた。どういうことなの、と聞けば彼女も首をかしげながら教えてくれた。
「確かにね、変な話なんです。植村さん、相談者の方が帰られてから眼鏡がなくなってたことに気づいたって」
「相談者とは、どのような者だったのだ?」
問いを発したのは剣之進だ。彼は最近、家主と一緒にテレビのサスペンスドラマにハマッており、すっかり探偵気分である。「おなごか? 特徴はわかるか?」
「それが──、ごめんなさい。植村さんも、わたしも良く覚えていなくって。あ、でも」
灰田は何かに思い至ったようだ。「女の人かもしれません。最初わたしが話を聞こうとしたんですよ。それをその方の希望で、植村さんに代わってもらったから……」
「覚えてない? そりゃ変だよ」
バロアは、そう言って腕を組んだ。彼はもっと詳しく話を聞こうと植村を見たが、彼はアオイと追いかけっこをしていて、その時間は無さそうだった……。
「まったく。探すのは胃薬じゃなくて、メ・ガ・ネですよ!」
ようやくアオイから愛用の瓶を取り戻した植村は、叱り付けるように言う。とはいえ、舌を出しているアオイに懲りている様子はない。
「おーい何だ? 今日は開店休業中か?」
「あ、スワンボートさん」
植村はカウンターに来ていたセバスチャン・スワンボートに気付く。途端に彼は、顔をパアッと明るくさせた。
「あの、あなた過去を見れますよね? 実は眼鏡を──」
「誰かと思ったらあんたか」
駆け寄ってきた植村に事情を聞き、セバスチャンは、かぶりを振った。
「俺の登録情報の、名前のところを通称に変えてくれたらイイデスヨ……って冗談だよ」
植村が困っている様子を見て。仕方ないと、さっそく彼は自分の能力を行使した。
過去視で過去の光景を見ようとしたのだが、どうも──断片的だ。灰田に呼ばれ、応接に行く。そして空白──。
これは駄目だ。灰田の方も見た方が良いと思い、セバスチャンは灰田を呼んだ。
「??」
「ちょっとじっとしてて」
彼は灰田の過去を見た。植村を呼ぶシーン。そこだった。意識を集中すると、応接の衝立の向こうに白いスカートの若い女の横顔が見えた。一瞬だけ、ちらりと。
「女の子だ。人形みたいに色白のショートボブのコだ」
「やはり、おなごか! 特徴は?」
セバスチャンの言葉に沸き立つ面々。剣之進などは、ぐっと彼ににじり寄っている。
──スタッ。
「うわぁっ!!」
そこへ唐突に、黒い影が天井から落ちてきた。驚いて盛大な悲鳴を上げる植村とセバスチャン。
大きな塊はカウンターの上に着地し、ハッハッと息遣いをさせている。
それは鋼色のエイリアン、T−06だった。恐ろしい姿のエイリアンは、ふんふんと鼻を鳴らし尻尾を振った。その仕草はまさに犬である。
「……って、タローか」
一瞬、驚いたものの、植村は察して彼の首にかかった『無害』と書かれたスケッチブックを手に取った。本人に手渡すと、“眼鏡、見つける、得意”と、書いてくれている。
「ああ手伝ってくれるのか、ありがとう」
植村が頭を撫でると、T−06は尻尾を振って、ギギ! と嬉しそうに鳴いた。ピョンと床に飛び降りてふんふんとその辺りを嗅ぎまわり始めた。その仕草はやはり、犬だ。
「事件だね? 事件だね?」
続いて、バンと扉を開いて白衣の若い男が入ってきた。DP警官のアズーロレンス・アイルワーンだった。彼は小脇にリボンのついたギフトボックスを抱え、アンドロイドと同僚のメグミ・フォイエルバッハを引き連れていた。
「なに、眼鏡が無い? それはダイモーンの仕業かもしれんね」
と、言いながら、ドンとそのギフトボックス──実は生きたコンピュータのコア・ファクテクスである──を置き、高らかに笑う。
「私のスペアの眼鏡を貸そうかね? 視力が落ちない保証は何処にもないがね! はっはっはっ!」
カウンターに入り込み、そこにあるPCに勝手にコードを接続しながら、植村には眼鏡をぐっと突き出す。
「いえいえ。植村さんにはこちらの方がお似合いですよ」
すると横からメグミが手を出して眼鏡を取り上げてしまった。それを自分が掛け、植村には代わりに、床に落ちていた鼻眼鏡を手渡している。
「……あの。これは何の嫌がらせですか?」
「キミ、目は悪かったっけ?」
「博士以外は見えないんです♪」
「?」
植村そっちのけで、メグミがラブコールを送るのに、当のアズーロレンスはピンと来ていない様子である。それを尻目に、コア・ファクテクスはピーピロロロと悲しげな電子音をさせながら仕事に励んだ。市役所のPCの中身を覗いて、この物忘れ現象の元凶を調べようとしたのだ、が──。
「ジングルベール、じんぐるべーる、鈴がナル〜♪」
そこへ聞こえてきたのが、異様にノリのいいクリスマスソングだった。
ノリがいいと言えば“彼”の登場だ。
「ボクもクリスマス欲しいアルーー!」
現れたノリの妖精こと、ノリン提督はカウンターの上を鬱陶しくパタパタと飛び回ったあげくに、パッとコア・ファクテクスを手に取った。
「プレゼント、ゲッツー! ノリでゲッツ、アル!」
そのままノリの妖精は、コア・ファクテクスをプレゼントボックスと勘違いして、彼を拉致して窓から飛び去ってしまったのだった。
ウィズはいつの間にか姿を消し、バロアや剣之進、セバスチャンたちは謎の女の話で盛り上がっている。植村は、ふと手元の鼻眼鏡に視線を落とした。
「あの……私の眼鏡……」
物悲しい思いに囚われて。彼は、ぽつりと呟いていた。
その肩をポンと叩くのはメルヴィン・ザ・グラファイトである。彼はその瞳に憂いを浮かべ、市内で一番安い眼鏡ショップのチラシを無言で植村に差し出したのだった。
一方、課を飛び出して行ったクラスメイトPは廊下を走っていた。盟友たる植村の危機を救うため、急がねば、急がねば!
焦る気持ちか、それとも彼の特性がそうさせたのか。
廊下の角を曲がった時、数人の人影が目の前に躍り出た。なんとそれは、相談に訪れたゾンビたちご一行様だった。
「ああっ!」
くるくると舞うように、彼は身体をひねって跳んだ。まるでフィギュアスケートの選手のように。ゾンビたちがゆっくりと振り返れば、もんどりうって床に転がるクラスメイトPの姿。
そして宙を飛ぶ、岡持ちが──。
「……というわけなんだよ」
廊下を歩きながら、桑島平は長い話を終えた。いつものよれよれのスーツ姿だ。隣りにはDP警官のエドガー・ウォレスの姿がある。
「なるほど。アムネシオス──『記憶力がない』か。この物忘れには、その大友ルルという女がアンチファンとなって関わっているということだな」
「目印は、真っ白なダイモーンだ。そいつは人の記憶を無くさせることができるんだよ。問題はソコなんだよな。不用意に近づくと逃げられちまう」
説明しながら桑島は懐からタバコの箱を引っ張りだした。ライターで火を付け、「あんたがいて助かったよ。俺の相棒は非番でさ」
うなづくエドガー。
「どうだろうか。人々の記憶に干渉出来ても記録は消せないはずでは?」
「いや、それが恐ろしいことに、大友ルルの戸籍が──昨日の時点で消えてやがった」
「記録すら消すのか」
真面目な顔をして桑島は紫煙を吐いた。
「俺に考えがあるんだ。みんなが忘れていく順番を元にたどっていけば、ルルの居場所を掴めると思うんだよ。どうだい、これから一緒に──」
どしゃぁっ。
「……」
「……」
二人の刑事は、仲良く頭からラーメンを被っていた。
汁が冷めていたのが不幸中の幸いか。二人は火傷こそしなかったが、ひとまずスーツを台無しにされていた。そこへクラスメイトPがすっ飛んでくる。
「ごめんなさいすいませんほんっっとにもうしわけないです!!」
「あー。まーしょうがねえよな。お前さんのせいだけど、お前さんのせいじゃねえしさ」
寛容にも桑島は、空になった器を少年に返しながら言った。
「──ところで、君、着替えは持ってないかな?」
エドガーも無理に笑いをつくりながら言う。
「ウヒャヒャヒャ、何してんだあ、お前ら?」
そこへ通りかかったのが、ギャリック海賊団の長たるギャリックその人だった。クリスマスムードに昼間から浮かれて酒をかっ食らって歩いていたところ、この状況に遭遇したのだ。彼は腹を抱えようとして、当の二人に睨まれ笑いを無理に引っ込めた。
「しっつれいしましたー」
そそくさと立ち去ろうとするギャリック。
パリン、という音がしたのはその時だ。恐る恐る彼が足をどけてみると、そこには粉々になった何かの残骸があった。
これは、まさか、眼鏡? そう思った時、タッタッタッ……と、廊下の向こうからエイリアンのT−06が走ってきた。彼はギャリックの足元の残骸に飛びつくように鼻を近づけて、ふんふんと匂いをかいだ。
そして、ギギッ! と嬉しそうに鳴いたのだった。
* * *
洸の話に、古民家の面々は爆笑していた。クールを気取っていたヴァールハイトや、イェータまでもがゲラゲラと大笑いしている。
ただ一人、十狼だけが不思議そうな顔をして友人たちを見、そして、ああそういえばと口を開く。
「私もギャリック殿というのか、彼を見かけた。道端の小さな墓の前で祈りを捧げていたので、大事な人を亡くしたのかと問えば、眼鏡だと言っていた。壊れた眼鏡が天国に行けますようにと言うので、私も一緒に祈りを捧げ──」
他の面々は、その話を聞いてさらに爆笑した。
彼の主人たる刀冴はひいひい言いながら笑い、守り役の背をバンバンと叩いている。
「分かった。分かったよ十狼、面白かったよ今の」
「この世界では眼鏡にも精霊が宿っているのかと」
「ああそうそう。きっとそうだよ」
ようやく笑いを納める刀冴。彼は、気を取り直して理月の土産である『楽園』のタルトを切り分けようとナイフを手にする。
「それはそうとさ、道端に散らばったプレゼントの方はどうなったんだ? トビーの持ってた三つの贈り物は?」
彼が問うと、理晨が何か思い出したような顔をして、ヴァールハイトを見た。
「ジーク。ひょっとして、例のカフェの爆弾騒ぎって、そのことかな?」
あっ、と声を上げるヴァールハイト。皆に注目され、彼は仕方ないとばかりに話しだした。
「いや……昼過ぎにカフェでさ、ロイを見かけたんだがな」
俳優である彼は、知り合いの映画監督を見かけたところから話を始めた。
* * *
「ワオ! なんて気が利いているんだ!」
昼下がり。トビーとマギーの話を聞いて、徒歩で周辺を歩き回ってギフトボックスを探していた柊木芳隆は、オープンカフェでギフトボックスを持って喜んでいるロイ・スパークランドを発見した。
距離、タイミング的にもあれがクサいな……。柊木はカフェへと近づいていく。
ブラウントーンの洒落たカフェである。奥では、サキとディーファ・クァイエルがクリスマスにちなんだ曲を生演奏していた。
「わ、いいっすね。プレゼントすか?」
高校生の相原圭は、女子に人気のこのカフェを下見しにきて、見かけたロイに思わず話しかけていた。彼にとってはテレビによく出ている有名な映画監督だ。モテるんだろうなぁ女の子からプレゼントを貰えるなんてさすがだなあ。どんなシャイガールだろう。圭の目はキラキラと輝いている。
「中からカチコチ音がするんだよ、なんだろうね」
と、フレンドリーにロイに返されれば、「きっと目覚まし時計っすよ! シャイ・ガールのボイス入り目覚まし時計とか!」
「あらロイさん、良かったじゃありませんか」
盛り上がる二人に、隣席にいたティモネが声を掛けた。暇を持て余した様子の彼女は深い緋色のチャイナドレスでドレスアップしており、誰かを待っている様子だった。
「やあ、ティモネ。今日も綺麗だね」
片目をつむってみせるロイ。「ホラ、向こうからナイトが現れたぞ」
「何が騎士だよ、うっせえなあ」
ロイの視線の向こうから現れたのは、不機嫌そうなレイである。白いスーツを軽く着崩してはいるが、明らかに二人でデートの約束をしていた様子だった。遅い、とティモネが小声で言えば、すまん、とレイは小さく返す。
「あーあーあー、イヤだネ、イヤだネ。先生は気に入らないヨ、クリスマスなんてだいッ嫌イィィだヨ!」
ざっく。ざっく。頼んだパフェにフォークを突き刺しながら、背を丸めているのは、クレイジー・ティーチャーだ。ふわふわと周りに飛び交う生徒たちの人魂に愚痴りながら、剣呑な目を──彼はオールウェイズ剣呑で常軌を逸した男だが、普段より増して血走った目をあたりに向けている。
その視線がロイの手元のギフトボックスに突き刺さる。
「アレー? ロイクン、ソレはプレゼントかナァァ!? ネェェそうだよネェェ?」
「ノーノー! 違うよCT、これは自分へのご褒美ってやつさ」
「ズルーイ! いいナーボクもプレゼント欲しィィィイッ!!」
クレイジー・ティーチャーは狂っているが馬鹿ではない。彼は騙されなかった。うざったくロイの周りをうろうろと動き回る。
「うっせえなあ、静かにしてろよ」
すると、来栖香介がガタンと席を立って文句を言った。彼はカフェで食事をしていたのだが、ここ数日、曲作りで寝られない日が続いており、機嫌も最悪だった。めんどくせーとか、殺すぞとか、こちらも剣呑な言葉が滑り出す。
「プレゼントだあ? そんなんさっさと開けちまえよ」
「あーっ、ちょっと待った!」
つかつかと近寄ってくる香介を、横からタスク・トウェンが制して止めた。何か嫌な予感がすると言いながら、彼はロイの箱を取り上げ、耳を当ててその音を聞いた。
「どうかな? これ時計にしてはどうも重たいし……」
「──クス、中身は時限爆弾ではありませんかね。現代の荒んだ人間が考えそうな事です」
そこでいきなり物騒なことを言ったのは、ファレル・クロスだった。それは荒んだ近未来映画から実体化した彼にとっては、順当な考えだった。
「ロイ監督。せっかくですから中身を確認し、落し物として持ち主に返してみては?」
「えええ!?」
彼の発言に、ロイをはじめ数人が驚いて顔を見合わせた。何事かと近くにいたギルバート・クリストフや、佐々原栞。大教授ラーゴ、キスイまでも近寄ってくる。
失礼、とギルバート・クリストフが注意深く箱を調べ始めた。あれルイスクン何やってるの、とクレイジーティーチャーが声を掛けるが、彼は顔を上げて皆に丁寧に説明した。
「申し訳ない。時計か爆弾かは、開けてみないと分かりません」
紳士たる彼は頭を下げながら言ったが、他は面白がっている者がほとんどだった。
「ふふん、時計の音ならば時限爆弾が定番だな。貴様のファンからの贈り物だとすれば、殺したいほど愛されているということか。良かったな」
二日酔い中のラーゴは機嫌もすこぶる悪く。地球人への嫌がらせの機会を逃さなかった。
「ははあ、だとすると、あの事件の時の彼女から、ですかね……?」
「エッ、何? だ、誰のことだい?」
それに便乗してキスイが言うと、ロイは泡を食った様子で彼に詰め寄る。が、むろんそんな彼女などいない。キスイの言葉はデマカセだ。
「開けちゃえ、開けちゃえ」
栞は開けちゃえコールを繰り返す。彼女は幽霊なので、もし爆発が起こったとしても全く関係ない。同じ理由でクレイジー・ティーチャーも、開けちゃえコールに乗った。開けちゃエ! 開けちゃエ! と騒ぎ出す。
「ええのん、ほんとに開けてしまいますのん?」
そこで、隣席にいたサンク・セーズがようやく声を上げた。ベーグルサンドをもぐもぐやりながら彼は言う。
「実は見とったんよー。向こうの方から、ぽーんと飛んできたんよね、その箱。儚いわあ、ロイはん。女の子からと思ったんやろ? かなしー!」
「彼の言うことは本当だよー」
と言いながら、ふいに皆の輪に近寄ってきたのは、柊木だった。
実はね、と、彼は道端で散乱してしまったトビーとマギーのプレゼントボックスが、ここに飛んできたらしいということを、皆にきちんと話して聞かせた。
「消去法で行くと、竹川くん宛の贈り物の可能性が大きいんだよねぇー、それ。だとすると、本当に爆弾だったりして」
などと暢気に言ってみせる。ロイや圭、タスク、ギルバートあたりはどよめいたが、キスイはポンポンと箱を叩き、栞などは傘を伸ばして箱をつついたりしている。
そこへ、異形の男が現れた。
紺色のスーツを着た男である。年末の挨拶回りの最中であったのだろう。赤いリボンのついた粗品が沢山入った紙袋を手に、カフェに足を踏み入れてきたのだ。
「あっ、ソレ俺のです。落としちゃったみたいですねー。返してもらっていいですか」
彼はロイの手元のギフトボックスを見て言う。その声に、皆は彼を振り返り一様にギョッと目を見開いた。
──鳩だ! 誰かが言った。鳩がスーツ着てる!
「違いますよー。小嶋雄といいます。ただのサラリーマンですよ」
鳩頭の男は、なんでみんな鳩って言うかなあ、などとボヤきながら皆に近寄った。
が、次の瞬間。
ベシャッ、と転んだ。
「──えっ!?」
一瞬だった。小嶋の運んでいた紙袋にあった粗品が辺りに散らばり、テーブルの上に散乱してしまった。ロイは目を見はった。これでは先ほどのプレゼントがどれだか分からない──。
「みんなカチコチ言ってるよ」
タスクが近場の箱に耳をつけて言うと、当の小嶋が答えた。
「すいません、みんな時計なんですよ」
と、周りの視線に気付き、「って、別に時計は時計でも、鳩時計じゃないですよ」
ふうと息をついて、ティモネがレイの脇をひじで小突いた。
「レイさん、さっきの本物はどれ? 爆弾なら解体してあげなさいな」
ええっ! と、驚く鳩頭を尻目に、レイは面倒くさそうに一つの箱を取り上げた。
「こいつだと思うけど?」
「──爆弾だなんて、そんな馬鹿な!」
それを奪うように小嶋が箱を手に取った。よせ、と誰かが言ったが、止める間もなく彼は箱を開封し──
ドォンッ!!
その箱が本当に爆発した。辺りにもうもうと煙が立ちこめる。
だが、テーブルも椅子も何も吹き飛ばなかった。粉塵だけの爆発だったのだ。煙がひくと、そこには、目を点にした黒いアフロの集団が出来上がっていた。
「わあ、本当に爆発してしまったねぇー」
柊木を始め、要領良く爆発から逃れた面々がにこやかにそれを見つめた。サンク・セーズは爆笑し、幽霊の栞はクスっと笑う。キスイなどはさっさと姿を消しており、ラーゴは素面なら避けれたのだろうが、残念なことにアフロの仲間入りをしていた。
そして、チャイナドレスを台無しにされたティモネの鼻先にヒラヒラと紙が落ちてくる。
手にとるとそこには、こう書いてあった。
『竹川導次へ。先日のような失態を犯さぬためにも、この目覚まし時計で訓練するがいい。──東栄三郎』
ダン! とティモネはアフロ頭のままテーブルを叩いた。
「ここに、東栄三郎討伐チームの結成を提案します!」
みるからに黒いアフロたちの目に強い光が宿る。
「コードネームは、≪ブルーマウンテン≫!」
「行くヨ、ボクもヤル気アンド殺る気も満々、チョー盛り上がってきたヨォォ!! クリスマスはこうでなくッちャァァァアアッッ!」
「私も行くぞ。地球人め目にモノみせてくれるわァッ!」
黒いアフロの集団は、目を血走らせてがっしりと手を組むと、送り主の元へと団結して走り去っていった。
「さて」
静かになったカフェ。ぽかんと騒動を見つめていたサキはバイオリンを手にし、ディーファは気を取り直して歌を歌い始める。
「ええやん、それ悪くないで」
黒いアフロになったギルバートを慰め(?)ながら、サンク・セーズは爆発式目覚まし時計を元の包装に戻した。
「みんなで、のんびり届けに行かん?」
「そうしようか」
数人のアフロを交え、彼らはお互いの顔を見てプッと笑いながら、悪役会の竹川導次の元へとプレゼントを届けに行ったのだった。
* * *
「ありえねえ! ありえねえよ、それ!」
ヴァールハイトの話で場はさらに盛り上がっていた。
「鳩頭ってなんだよそれ、ありえねぇよ。お前酔ってたんじゃねえの?」
大笑いするイェータ。「いくらムービースターだって、そりゃねえよ。意味分かんねえし。何で鳩なんだよ」
「でも、俺も見たぜ? 本当に頭が鳩だった」
が、理晨がそう言うとイェータも、ム、と言葉を飲み込んだ。
「理晨がそう言うなら、いるかもしれない」
「なんだよそれ」
突っ込みつつもヴァールハイトもニヤッと笑う。
「──ん、これで一つは分かったのか。あとのプレゼントは二つ?」
「あ!」
刀冴が皆の顔を見ると、今度何かに気付いたのは瑠意だった。
「レモンがみんなで対策課に届け物に行くって言ってたの……そのことかな?」
促され、彼も自分の聞いた話を始めた。
* * *
落ちていたプレゼントをこっそり拾って持ち帰ろうとしたジミー・ツェー。その姿を、意外にも多くの人物たちが見ていた。
「よお、坊主。待ちなよ」
最初に少年の前に立ちはだかったのは、カメラマンの本陣雷汰だった。
「見てたぜ。誰かのプレゼント横取りしたら後味悪いだろ? 本当に受け取るべき人に渡らないなんて悲しい事ないさ」
と、目線を合わせて、頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「肉まんでも奢ってやるから、な? それ返しな」
「何だよお前!」
ジミーはその手を振り払った。
「これはボクの! ボクがもらったプレゼント!」
「──あんた何してんの?」
そこへ聖なるうさぎ様のレモンが通りかかった。彼女は自分が“部下”と認定しているジミーが羨ましいものを手にしているのを見て、すぐに状況を悟った。
「何それ、ちょっと見せてごらんなさいよ」
「よせってこのクソ兎! 放せよ」
「部下のものはあたしのもの! あたしのものはあたしのものよ!」
レモンはジミーのプレゼントを無理矢理奪おうとし、二人はキイキイ言いながら箱を引っ張り合い始めた。しまいには雷汰の周りをぐるぐる追いかけっこし始める。
「ジミー」
次に通りかかったのはソルファだった。彼もひと目で状況を察し、近寄ってくると、ひょいとレモンの襟首を持ち上げた。
「こらっ! 離しなさい! アンゴラ3号のくせに!」
「──本当に、ジミーがもらった?」
ばたばた暴れるレモンを無視して、彼はジミーに尋ねた。
少年は、うんと答えた。本当に? とソルファが二度問う。うん、とジミー。本当に? うん。
「これ、ジミーのだって」
レモンを地上に下ろし、ソルファ。レモンは、あんた何騙されてんのよ! とキレかかっている。
「ちょっと待ってくださーい」
その時、四人のところに、サラリーマン風の男が走ってきた。彼は、ハアハアと息を切らしながらもジミーの持つプレゼントをガン見した。新倉聡、36才だった。
「娘のアオイへのプレゼントをこの辺で無くしてしまって。それ、私のプレゼントによく似てるんですけど、ちょっと見せてもらえませんか」
「嫌だ!」
交渉の余地なく、ジミーは全力で拒否する。
「そんな! 見せてもらえばすぐ分かりますから!」
「やだッ!」
「返して〜っっ!」
聡は大人げなくジミーの持つプレゼントをギューッと引っ張った。少年も負けじと引っ張り返す。キャー、プレゼントが壊れちゃうわよ、キャー! と、レモンが無駄に騒ぐ。
「何をしてるかと思えば」
「まあまあ、賑やかね」
その騒ぎに気付いて、シャノン・ヴォルムスと、トリシャ・ホイットニーが近寄ってきた。
雷汰が聡とジミーを引き離すと、シャノンは懐から細長い包みを出して、それでジミーの頭をポンと軽く叩いた。
「見てたぞ。それはお前のじゃないだろう」
「ボクの──」
「代わりにこれをやるから、そいつは持ち主に返してやれ。これは俺からのプレゼントだ。正真正銘のな」
シャノンの言葉に、ジミーは途端に目の色を変えてプレゼントを手に取った。上目遣いになり本当にもらっていいのかと言わんばかりに彼を見る。隣りのレモンは羨ましくてしょうがない様子である。
「イチゴポッキーと、ブレスレットだ」
「……こ、これはもらってやるけど、こっちもボクの」
「あのな、ジミー」
「待ってー」
そこへ、パタパタと、金髪の少女が包みを持って走ってきた。コレット・アイロニーだ。彼女もまたジミーの様子を見ていて、プレゼントを返してもらおうと追いかけてきたのだ。
「美味しい評判のケーキなんです。これとそのプレゼント、交換してもらえませんか」
ジミーは下唇を噛んで黙ってしまった。おそらく、言い出した手前、引くに引けなくなってしまったのだろう。
それを察して、最後に彼の前に進み出たのはトリシャだった。
「ねえ、坊や。そのプレゼント。本当に自分のものか、ここで開けてみたらどう?」
少年は彼女を、きょとんと見上げた。しばらく考え、彼はおとなしくトリシャの言うことに従った。シャノンからの贈り物をしっかりと脇に抱え、謎のプレゼントの包装を開けたのだ。
中に入っていたのは──。
「芋けんぴ?」
雷汰が言う。サツマイモを細長く切って揚げ、砂糖をかけた渋い菓子である。中国人のジミーはその存在すら理解できない様子だ。
「植村直樹さん宛てになってるわ……送り主は富美子さん」
コレットが宛名カードを見て言う。ジミーは中身に興味を無くしたらしく、少しバツが悪そうに、それを彼女に渡した。
「良かったら一緒にいらっしゃい、坊や。何か欲しいものをプレゼントするわ。私も息子へ贈りたいから、一緒に選んでほしいの」
「……ま、ヒマだからいいけど?」
ジミーはそんなことを言いながらも、視線を泳がせた。彼は綺麗な大人の女性に誘ってもらえたのが嬉しくてたまらないのだ。
「チェッ、何なのよー」
というわけで、去っていくトリシャとジミーを、心底羨ましそうに見送るレモン。
その後ろで、新倉聡がコレットにケーキを譲ってもらい、ぺこぺこと頭を下げて礼を言っている。
「どうした? 浮かない顔だなカワイ子ちゃん」
そのレモンに後ろから誰かが声を掛けた。えっ、と彼女が振り返れば、そこにはトナカイのルドルフが眩しい笑顔を浮かべて立っていた。
「メリー・クリスマス!」
ルドルフはレモンに、赤いギンガムチェックの包装のプレゼントを手渡した。
「配達先が分かんなくなっちまったヤツなんだ。俺はお前さんの泣き顔なんざ見たくないからな。俺からのプレゼントだ」
「べ、別にそんなの要らないけど……でも、もらってあげるわよ! ……ありがとう」
思わずレモンは飛び上がって喜びそうになりつつ、サンタならずトナカイに、嬉しそうに礼を言っていた。
「富美子? ああ、私の祖母のことですが、それが何か」
数十分後。コレットたちが対策課に行ったところ、植村直樹はそう答えた。そして彼は、もうひとつ言ったという。
──私の眼鏡、どこかに落ちていませんでしたか、と。
* * *
「よし、これで直樹宛てのと、導次親分宛てのが分かったわけだ」
古民家のパーティで披露された話は、パッチワークのようにつながりつつあった。家主の刀冴は、集まった面々の顔を見る。
「分かった!」
そこで、声を上げたのは理月だ。
「引越し屋のトラックを、みんなで追いかけてたのを見たんだ。最後のプレゼントはあそこだったんだ」
彼は皆に習い、昼過ぎに自分が見かけた騒動をゆっくりと話し始めた。
* * *
マギーに話を聞き、引越し屋のトラックを車で追いかけた三月薺。話はそこにさかのぼる。
彼女の車を、上空から見ている者がいた。津田俊介だ。超能力者の彼は自転車で空を駆け、クリスマス専用の宅配バイト中だった。
「あ、あれは──」
彼は半ば慌てて、方向転換した。
地上では、メリッサ・イトウがわたわたと手を振っていた。彼女は例のトラックを追いかけようと、タクシーを捕まえようとしたのだが、止まったのは一台の原付バイクだった。
「どうしたの?」
乗っていたのはケーキを配達中のリカ・ヴォリンスカヤだ。メリッサが事情を説明しようとすると、彼女の後ろをトラックと薺の車がすごいスピードで通り過ぎた。
「うわあ!」
「おっと!」
街を散歩していた霧生村雨と玉綾は、小型車に轢かれかけて悲鳴をあげる。
「ワタシは警察官で、あれを追いかけたいんです」
「分かったわ! 悪い奴を追ってるのね、任せて!」
やたら物分り良く、リカは後部座席にメリッサを乗せた。カゴからはみ出していたケーキのギフトボックスを景気良く路肩に放り出して、彼女は原付を急発進させる。
「ご主人、厄介ごとっすよ。俺らも!」
「ん、行っとくか」
実は妖怪の猫変化である玉綾は、レトロな自転車をがしゃんと方向転換させた。彼の主人である村雨は後部座席に乗り込んだ。行くぞ! と彼が叫べば、玉綾が自転車をこぎ始める。そしてどこからともなく、氷魚と呼ばれる魚のアヤカシが彼らに合流し、トラックを追いかけ始めた。
「同僚のマナミが、予知して、トラックが……」
「いいのよ、黙ってて。近づいたら悪党どもをナイフで串刺しにしてやるから」
メリッサが必死に説明しようとするのを、さっくりスルーするリカ。
「おっといけねぇ。落としたみたいだな」
そのやや上空を通りかかったのが、クリスマストナカイ本業のルドルフだった。彼はリカが道に放置した赤いギンガムチェックの箱をひょいと拾い上げた。彼はそれが自分の落としものだと勘違いしてソりに乗せ、そのまま空へと飛び立っていってしまった。
そんなわけで、この事件を能力で予知していたマナミ・フォイエルバッハだったが、拾ってもらえず、近くを自分の足で走っていた。通り一本間違えた! と悪態をつきながら。
「どうした、マナミじゃないか」
「ハンス!」
そこをいいタイミングで、ハンス・ヨーゼフがバイクで通りかかった。マナミは飛びつくように彼に駆け寄った。事情を話せば、彼はすんなり予備のヘルメットを彼女に放ってくれる。
「乗れよ。ただしきちんと掴まるんだぞ」
「オッケ♪」
これ幸いとマナミはバイクの後部座席に飛び乗るとハンスの背中にぎゅっと抱きついた。
ひらり。冬の寒空に舞うのは大きなブラジャー。
「ああっ!」
それを見て血相を変えて道に飛び出したのは、旋風の清左である。彼の名誉のために説明すると、それは家主の奥方のもので、風に飛ばされた洗濯物だった。
「姐さんに申し訳ねぇ!」
だが無常にも清左の目の前で、それは通りかかった件のトラックの荷台にハラリと落ちてしまった。慌てて追いかける清左。
「どうしたんですか?」
そこへ道を併走しながら小型車から顔を出したのは薺だ。清左は、トラックを指差し、あれに大事なものが! と叫ぶ。
「分かりました! 乗ってください」
もはやその場の勢いである。薺は車を停め清左を拾うと、アクセルを思いっきり踏み込んだ。
が、前をよく見るべきだった。いきなり目の前を横切る人影に気付いて、二人は盛大に悲鳴を上げる。
「ウワッ!!」
もちろんその人物も驚いて叫んだ。フレイド・ギーナだった。彼はリボンのついた熊のぬいぐるみ──先ほど拾った箱の中身だ──を手に、凍りついたように立ち尽くす。
ギャギャギャッ!
薺は目をつぶりハンドルを右へ左へと切った。隣りでガコ! と清左が頭を窓にぷつけていたが衝撃はなかった。目を開けば、彼女はうまくフレイドをやり過ごせている。
「し、死ぬかと思った……」
熊を抱きしめ、ハアハアと息を整えるフレイド。走り去る車を見つめていると、ひょぃっ。ぬいぐるみが上空へと消えた。
「ナハハハ♪ こっちの方がいいアル〜!」
どこかから沸いて出たノリンだった。熊をフレイドから奪った彼は、この野郎降りてこいと怒鳴るフレイドに、重たい金属の箱──コア・ファクテクスを落としてやった。
「ノリノリで、プレゼント交換アル〜♪」
「待て! この──」
怒って追いかけようとした彼だったが、ふと手元の箱に目を向けた。ピーピロロロ。なんだろうこれはミュージックボックスか? つつくと、また物悲しい電子音がした。
結局、フレイドはちょっと幸せそうな顔になって、箱を抱えてまた歩いていった。
「積み忘れ? なんだ仕方ないねえ」
件のトラックの助手席には続歌沙音が乗っていた。バイト中の彼女は、同じくバイトの小日向悟から無線連絡を受けたところだった。さて、どこに停まろうか。彼女は辺りを見たが、まだ自分たちが追われていることに気付いてはいなかった。
「キャァッ!」
香玖耶・アリシエートは、ぼんやりと歩いていていきなり身体をグッと強く引っ張られた。通り過ぎたトラックに腰の鞭が引っかかってしまったのだ。
慌てて彼女は鞭をホルダーから外すと、体勢を立て直してトラックの荷台に飛び移った。
「び、びっくりした……。一体何なの?」
と、その鼻先で、もっさりと起き上がる人影。
もう一度悲鳴を上げる香玖耶の前で、ミケランジェロは驚いて尻もちをついた。
「エッ、何? これ」
彼はここで昼寝をしていたのだった。起き上がってみれば、ひどい運転の小型車やら、原付バイクやら、二人乗りの警官らしき女やら、少年二人の自転車や精霊らしきものや、様々なものが自分たちを追いかけてきているではないか!
「アイツが犯人ね!」
しかも原付の女が不穏なことを叫んでいる。ありゃリカじゃねえか、ミケランジェロは知り合いであることに気付き、手を振った。が、自分が手に何かを握っていることに気付く。
ふと見ると、それは大きな白いブラジャーだった。
誤解だ、誤解ッ! うるさい女の敵! などと罵声とナイフが飛び交う中で、香玖耶はトラックの屋根に移り、フロントガラス越しに逆さまに運転手を覗き込んだ。空から俊介も降りてきて横からコンコンとガラスを叩く。
「クリスマスプレゼントが紛れ込んじゃったみたいだよ」
その説明に、助手席の歌沙音が窓から顔を出した。
「なんだか騒がしいなと思ったら、そういうこと?」
彼女は軽く溜息をついて、ドライバーに車を泊めるように言った。そこへちょうど良いタイミングで原付バイクに乗った小日向悟が到着した。
「遅くなっちゃってすいませんでした。──ん?」
彼の視界の端を、嬉しそうにブラジャーを握り締めた清左が走り去っていった……。
「まあなんにしろ、解決して良かったっすね」
ぜえぜえと息を切らしながら玉綾。その肩を村雨はねぎらうようにポンと叩き、小さな箱を取り出した。
「そうだな。ネコオ。がんばったご褒美にプレゼントだ」
「まじっすか! まじ嬉しいっす!」
大喜びする玉綾。
その隣りをハンスとマナミがバイクでゆっくり走っていく。どこか送っていくか、と言っていたところ、空からポフッと熊のぬいぐるみがマナミの手元に落ちてきた。
「アッ、ボクのノリックマが! 返すアルよ!」
慌てて追いかけてくるノリの妖精。ハンスはそれを見てニヤリと笑い、飛ばすぞと一言マナミに言ってバイクを急発進させていた。
あらぬ誤解も解け、例のプレゼントを開けてみるとそれはオルゴールだった。美原のぞみ宛とカードに書いてある。
「のぞみさんと言えば、中央病院だよね」
「届けにいこっか?」
薺が言った言葉に、悟はにっこりとうなづいた。
* * *
「美原のぞみ。すべての始まりか」
何かしんみりするように理晨が言った。この古民家のパーティ。この空間自体が、のぞみが居てこそ存在するものなのだ。
「俺、みんなに遭えなくなるのは寂しいけど……」
理月の方がそっと囁くように言った。「のぞみにだって、幸せになる権利はあるもんな。俺はもうそれ、叶えられたから──」
無言で、彼の頭を刀冴がくしゃくしゃとやった。
その時、瑠意の携帯電話が鳴った。おや、とばかりに彼が出ると、相手は彼の妹同然の少女からだった。
「瑠意兄さま、ねえ、とっても素敵なの」
リゲイル・ジブリールだ。彼女の声はとても弾んでいた。「今、中央病院にいるんだけど、みんなでのぞみちゃんに歌を歌ってあげようって」
「そりゃいいね」
その話を瑠意が。他の者にも話すと、皆一様に笑顔になった。
いい夜だな。俺らも歌おうか。
誰かが言い、全員が笑顔でうなづいた。
* * *
もう日が暮れる頃合であった。謎の正義の味方に頼まれたというルイス・キリングに付き添われて、トビーはきちんとサンタクロースの格好をして病院に来ていた。
入口で待ち合わせをして、のぞみ宛のプレゼントのオルゴールを薺や悟から受け取り、咳払いをしつつのぞみの病室へと足を進める。
受付では、ダッフルコートを着た女がたどたどしい言葉で小さな古いラジオをSAYURIに渡すように頼んでいるところだった。
「SAYURIさん…に伝えーて、欲し…いん…です。貴女が…願…い、続け…る限り、彼女が…目覚める…時は、絶…、対に…来る、と」
「西村さん」
優しげな声に振り向けば、そこにはかの大女優が立っていた。
「良かったら、のぞみに会っていって」
西村は、死神である自分は行けないと固辞しようとしたが、SAYURIは笑って聞き流し、彼女を連れて上の階へと戻っていった。
そんな二人を見つめるのはリョウ・セレスタイトだ。銀幕市の夢の「はじまり」を自分の目で見たい、とのぞみの見舞いにきたのだが、この物忘れ現象が気になって、看護婦たちに軽く逆行催眠をかけたのだ。だが、分かったことは外に出かけた時の記憶が欠落しているということぐらいである。
「ふん、さてさて?」
リョウは、ひとまずのぞみの病室に向かうことにした。
病室の手前、ティー・ルームはいつもより多い人数で賑わっていた。
ドクターDと流鏑馬明日は、クリスマスツリーにいろいろな折り紙を飾り付けていた。皆でつくった千羽鶴クリスマスVerだ。
鶴の代わりにサンタやトナカイ、星や雪の結晶やプレゼントがたくさんついている。柊市長はサンタを、SAYURIはトナカイを折った。クラスメイトPはのぞみに似た女の子を、メリッサ・イトウは、色とりどりのバッキーを、相原圭はクリスマスカラーの袋に包まれたキャンディーやチョコを、成瀬沙紀は、折り目が幾つか付いている千羽鶴を折った。
サキとディーファ・クァイエルは、私達が出会えたのは彼女のお陰ですもの、と、感謝の気持ちを込めた。サキはぶきっちょな星とステッキを、ディーファは正確な出来のクッキー人形型と靴下を折る。
そして小日向悟はサンタ帽のバッキーのオーナメント、とポインセチアの造花。赤城竜は手元にあったヒーロー物のフィギュアを吊るしている。ソルファが用意したミダスの薔薇のポプリは部屋にいい香りをもたらした。
古森凛は、少女の憧れを満たすために無数の寄せ書きを用意した。
みな、のぞみに宛てたものだ。
──自分は皆に忘れられて消えてしまったと告げた彼女に、両親も、皆も覚えている。思っている。という想いを込めたのだ。
一通り付け終わったところで明日が振り向けば、テーブルにはいつの間にかヘンリー・ローズウッドがいて、つまらなさそうにティーカップを傾けていた。
「なんだか今日は変な日だよ。この僕まで天然ボケだ」
ヘンリーは悪役会に二度も行ってしまったことをなどを淡々と話した。そうなんですか、とドクターDが相槌を打てば、どこからともなく白い箱を取り出してみせる。
「で、いつの間にかこんなモノを持っていたんだ。要らないからあげるよ」
「秒針の音がします。時計ですね」
箱を受け取り、耳を付けてからにっこり微笑み。ドクターDは礼を言った。
「あたしもプレゼントがあるの」
その様子を見て、明日もドクターDへの贈り物の袋を差し出した。
海外ミステリの古典のハードカバー本と、手作りのブックカバーが中に入っていた。ドクターはそれを見て、また丁寧に礼を言った。
「素敵な装丁ですね。それにこのブックカバーは味があっていいですね。手によく馴染みそうです」
それを聞いて、照れたように俯く明日。
「やあ、ドクター。元気?」
そこへトビーを連れたルイスが入ってきた。レヴィアタン戦で負傷した彼は、その時ドクターに随分世話になっていたのだった。
「おっ、いい感じじゃねーか」
気のいい笑顔を浮かべながら、赤城竜もやってきた。
「押し寿司買ってきたんだ。みんなで摘もうぜ」
ありがとうございます、とドクターDは寿司を受け取りながら、彼らにのぞみに歌を聞かせることを話した。おおっ、いいアイディアじゃねえか! 盛り上がる二人。
SAYURIが西村を伴って戻り、ボランティアで患者へ演奏を聞かせている古森凛も、通りかかって話を聞き加わった。
「せっかくだからよ、皆で同じ歌を歌ったらどうかな? 俺、病室で歌ってもいいか病院の人に聞いてくるよ」
赤城はパッと病室を飛び出して行った。
「遅くなりました」
それと入れ替わりに、柊市長が現れた。気まずそうにSAYURIと視線を交わすものの、今日だけは娘のためにと駆けつけたのだ。
その足元でアレグラが、みんな裸んぼ! と騒いでいる。それに気付いて、あっ、俺の眼鏡! トビーが声を上げていた。
明かりを落とした病室の中で、蜘蛛の巣のように張り巡らされた医療器具の中で。美原のぞみは眠り続けていた。普段は安静のため面会謝絶なのだが、この日だけは様々な者たちが見舞いに訪れていた。
シグルス・グラムナートは、眠り続ける彼女の枕元で静かに十字を切り、神に祈った。集まった「のぞみを大切に想う人達」の心が、眠り続ける彼女の心に射す光となるようにと。
「漆くんに教えてもらったんだ」
言いながらリゲイルは、先ほど撮った写真を包んで彼女の枕の下にそっと差し入れる。柊とSAYURIと眠るのぞみが三人で写った写真だった。こうすればその人の夢が見られると、あの少年から聞いたのだ。もう一つ、大きな熊のぬいぐるみを傍らに置き、これは太助くんからね、と付け加える。
そこへSAYURIと柊の二人と、サンタのトビーと、集まった者たちが入ってきた。
「メリー・クリスマス」
トビーがぬいぐるみの隣りに、そっとオルゴールを置く。開くと静かな曲が流れ始める。春を待つ農民たちの歌である「来よ、のどけき春」という曲だ。のぞみの目覚めを待つ両親の重いを込めた選曲だった。
それが終わると、サキとディーファ・クァイエルが静かにクリスマスの歌を演奏しはじめた。病室には多くの人が集まりつつあった。その中でシグルスは病室を後にし、ふと想い人のことを思い出した。カグヤ──幸せでいてくれ。心の中で祈り、彼は姿を消していく。
「他の患者さんのご迷惑になりますので、歌はちょっと」
看護婦長は赤城にやんわりと言った。彼は頼むよ、と食い下がる。
「ほんの数十分だよ。みんなで歌うぐらいいいだろ? 独りぼっちのあのコのために、みんなが歌いてえって言ってるんだ」
それを聞いて、ふふっ、と婦長は笑った。
「赤城さん。よく聞いてください。私は、病室は駄目、と言ったんですよ」
「この部屋にピアノがあったら良かったのに」
バイオリンを構える朝霞須美に、トランペットを持ったディズ。リゲイルはそれを見て、自分が加われないことを惜しんだ。
「それに全員がお部屋に入れないわ。今、廊下で待ってる人もいるのに」
コンコン。思案顔になったリゲイルは、背後の窓をノックする音に気付いた。
「よっ」
振り返ると、そこには天使のフェイファーがいた。のぞみの姿に、病弱だった想い人の姿を重ね合わせた彼は、祝福を届ける為に現れたのだ。
「リガ、ピアノならこっちにあるぜ」
え? と彼女は窓に駆け寄った。下は中庭になっているはずだが──。リゲイルは覗き込み、ぱあっと笑顔になった。
ねえ、来て来て! と柊とSAYURIに手招きする。
見れば、窓下の中庭には、見舞いの者たちや、ディズたちが声を掛けて集めた子供たちが大勢、集まっていた。皆笑顔でこちらを見上げている。ピアノもきちんと用意されている。
感激したリゲイルは、ここで片山瑠意に電話をかけたのだった。
「のぞみちゃんが小さい頃によく歌ってあげていた歌はないですか?」
須美はSAYURIに聞いた歌を、リゲイルとディズとともに演奏した。歌は病院の子供たちや、集まった人たちが皆歌ってくれた。
ディズは病室に残り、トランペットを吹き鳴らしながら、のぞみの寝顔を見る。楽しげな空気に釣られて、のぞみが起きないだろうかと期待して。両親も彼女の頬をなでながら、しきりに声を掛け続けている。
のぞみの傍らには、両親とゼグノリア・アリラチリフが腰掛けていた。見舞いに訪れた彼女は、腹の子にも歌を聞かせたくてと、微笑む。
「良い名をもらったのう。愛情に包まれた良い名じゃ」
のぞみの額に触れ、ゼグノリアは言う。
「名は願い。のぞみと言うのは即ち“希望”。希望とは闇を照らす一条の光。そして、子の未来が明るく、幸せな包まれるように、との親の望みも抱いているのじゃ」
ありがとう、そう呟くSAYURIにも彼女は微笑んでみせた。
「母は強くあれとも言うが、無理はならぬ。子はその無理を見抜くからのう」
言われてしまったな、と苦笑いするSAYURI。
「今、のぞみさんに伝えたい言葉はありますか?」
「──夢かしら、ね」
凛にそう問われ、SAYURIは静かに答えた。「目覚めた世界にも、現実にも素敵な夢はあるわ。それをのぞみにも知ってもらいたい」
凛はうなづき、自らの「悟り」の能力で母子の心をつなげないかと笛を演奏する。
誰かと歌ったことはない、と最初は遠慮していたSoraも、皆と一緒に中庭で歌っていた。
ねぇ、あなたは何を望んだの……? Soraは歌いながらのぞみに話しかける。……起きて、教えてはくれないの?
あまり歌は上手くはないけれど──。照れながらも加わった真船恭一ものぞみへの気持ちを込めて歌った。現実は夢の中に比べれば悲しい事もあるが、夢より楽しい事や素敵な事も沢山あるはず。何よりご両親も皆も居るよ。こっちもきっと悪くない。皆、待ってるよ。
SAYURIは歌を聞きながら、ガラスのクリスマスオーナメントとともにのぞみに届いた手紙を静かに読み聞かせていた。
『のぞみさんへ。幸せな夢を有難う。ボクがあの人に会いたいと酷い事をした時、うなされていたら本当にごめんなさい。君が目覚めた時、楽しい夢だった。もう一度見たい! そう思ってもらえる夢であるよう頑張ります。覚めるのは怖い。でも覚めない夢はもっと怖い。願わくば。君の病気が早く良くなって、ボク達が幸せだった分の幸せが君に訪れますように。──レドメネランテ・スノウィス』
あなたの心の深くまで、ご両親の愛が届きますように。歌姫たる藍玉は、その美声を風に乗せて、のぞみの元へと送る。あなたは独りじゃないわ。みんな側にいる。安心して。あなたの夢は、いつもあなたと共に在る。見失わないで。私たちは、ずっとあなたの側にいるから。
まるで戦隊ヒーローものの主題歌のように歌う赤城の隣りで、ルイスは数々の歌を無駄に上手く熱唱した。感極まった赤城に肩を組まれると、段々とヒートアップしてきたのか、歌がデスメタル調になっていた。
みんな笑顔だった。注目されていたルイスは、少し恥ずかしくなったのか。こほんと咳払いをしてから、とっておきの子守唄を歌い始めた。
金の三日月
ナイフをください
夜の帳を降ろすために
銀の星たち
ぬくもりをください
愛しき児らを隠すために
白い満月
やさしいひかりで
わたしの児を眠らせて
居なくなった、彼の小さな兄に教えてもらった歌だ。きっとアルならこうするだろう、と。彼は想いを込めて歌った。
──この場のすべての想いを夢として、彼女に見せよう。
本陣雷汰は、この日の様子をカメラに収めた。素敵な素敵な一日を。
そして、フェイファーは空高く舞った。天界の詩を奏で、彼は奇跡を願う。夜空には、歌声が盛大に──厳かに。全ての人たちの心に幸せを。
そう。あの少女が目覚めるとき、きっと奇跡が起こるのだ。
歌声は、いつまでもいつまでも、夜空に鳴り響いていた。
* * *
最後に、桑島とエドガーが辿り着いた場所は市長邸だった。この日、一番最初に物忘れ現象が始まっている場所がここだったのだ。
彼らは真っ直ぐにミダスに会った。すると、彼は意外なことを口にした。
──神子が帰っておらぬ。
そう言ったのだ。
「リオネが?」
「まさか!」
桑島は驚いてエドガーと顔を見合わせた。
「まさか、これが目的か!?」
* * *
ルースフィアン・スノウィスは銀幕ジャーナル社にいた。ティアの最後の言葉「愚心、忘却、罪苦、渇望」が気にかかり過去の記事を読み漁っていたのだ。
「罪苦と、渇望が出た。……と、するとこれは“忘却”か?」
彼は分厚い本を、パタンと閉じた。
「忘却だとしたら、記録にすら残っていない可能性もある──」
* * *
リオネは、夜の街を歩いていた。二人の人物と一緒に、だ。
ある、散歩中のグレーハウンドがそれとすれ違った。名をペスという。リオネの姿に気付き、賢い彼女は、わんわんと吼えた。親愛表現のつもりだった。
だが、リオネは彼女を見て怯えたように身を引いた。
「あの犬、怖い」
「そうだね」
傍らの少年が相槌をうった。ペスはリオネの反応に驚いて、また吼えた。
わんっ! わんっ!
「うるさい犬ね」
今度は少女が言った。白いバッキーを撫でながらペスを睨む。
「ヒュペリオン、実験は成功だけど、犬にまでは力が及ばなかったようよ」
「クレイオス、行こう」
だが、少年に言われ彼女はペスから視線を外した。そのまま彼女たちはリオネを連れて歩いていってしまった。
賢いペスは、驚いてその姿を見送っていた。
──リオネ、あんたわたしのこと忘れちゃったの?
夜空にペスの哀しい鳴き声がこだましていた。
クリエイターコメント
遅くなりました〜〜!
全ての皆さんのプレを採用しきれず、さらにえらい捏造が加わっていたりしまして。いろいろサプライズを入れてみました。
イメージと違うところなど、何かありましたらお気軽に申し付けてください。
ちょっとラストに気になることが起こってしまいましたが、今後の展開は年明けからにさせていただきます。
本年も一年お世話になりました(^^)。
皆様も、どうぞよいお年をお迎えください。
公開日時
2008-12-31(水) 21:10
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