★ 【女神祀典】アウトゥンノの祝実祭 ★
<オープニング>

「あら……素敵ね」
 そこに踏み込んで周囲を見渡し、森の女王はにっこりと微笑んだ。
 赤や黄色やオレンジ、朱色に赤茶色、黄金、灰銀。
 鮮やかに色づいた森の木々が、目を、心を楽しませてくれる。
「秋というのは、心躍る季節だわ。きっと、皆さん、喜んでくださるに違いないわね」
 会場の準備は着々と進んでいる。
「アウトゥンノさん、素敵な機会をどうもありがとう、感謝するわ」
 レーギーナが言うと、秋の終わりに降りる初霜を思わせる白の髪に、高く澄んだ秋空のような明るい青の目、滑らかな白皙をした美しい女が、莞爾と微笑んで首を横に振った。
「プリマヴェーラ姉さまやエスターテ姉さまによくしてくだすった方々に、何かお礼が出来るのならば、妾(わらわ)も嬉しゅう思うわえ」
 季節を司る四女神のうちの一柱、“赤き太陽の娘”エスターテは、数ヶ月前に“青き大地の娘”プリマヴェーラの『妹』であり、銀幕市の個性的な面々は、彼女の催した団体戦に参加して、すったもんだの大騒動を繰り広げたのだったが、今、レーギーナの傍らに立つ女は、その二柱の『妹』であり、秋を司る“白き恵みの娘”なのだ。
 エスターテよりも更に二つ三つ年上に見えるが、この街において外見年齢ほど不確かなものはない。
 彼女らは個別の神性を司りながら同一の存在であるため、同時に四柱が顕れることは出来ないらしいが、それぞれの女神の記憶は、全員に引き継がれているのだという。
 そのため、銀幕市でのよい記憶を引き継いでエスターテと交替したアウトゥンノが、銀幕市の人々と楽しい一時を、と考えたのは、何もおかしなことではなかった。
 ――折しも今は、実りの季節。
 様々な大地の恵みが世界を彩り、人々の舌を楽しませる、一年でもっとも心弾む時期だ。
 アウトゥンノはその神性上、そこに存在するだけで実りをもたらす。
 植物を活性化させる森の女王とアウトゥンノが、賑やかなパーティ会場を求めてふたり同時に杵間山に入った結果の出来事は、賢しく書きたてる必要もないだろう。
「栗に、柿に、梨に、葡萄に……アケビにグミ、ブナにシイ。……素晴らしい実りね」
「サルナシ、マタタビ、クコもよい季節であろうな。薬酒なぞ漬けてもよいやもしれぬ。ああ、そちらに設けた即席の畑では、ヤマノイモやサツマイモも採っていただけるわえ」
 かくして、秋の女神と森の女王主催の、『収穫の秋を楽しみ尽くすバーベキュー・パーティ』の準備は、働き者の森の娘たちと、アウトゥンノの眷属である獣や虫や鳥の妖精たちによって、着々と進められてゆくのだった。
 それ自体は、この銀幕市においては――もしくは、森の女王が開催する人を集めてのパーティにおいては――あまり珍しくはない。
 銀幕市の人々はお祭り騒ぎが大好きだし、何より、親しい仲間たちと集まって過ごすことや、新しい友人と出会える機会を大切にしている。きっと今回も様々に個性的な人々が、遊びに来てくれることだろう。
「でも……これは、ムービーハザードなのかしらね? 少し、不思議な気分だわ」
「まったくだ。紅葉がこのように大きゅうなるとは、面白いの」
 少し風変わりなのは、ふたりがパーティ会場と定めた杵間山の一角に、不思議なムービーハザードが発生しており、そこに踏み込むと、従来の十分の一程度のサイズになってしまうこと、だろうか。
 身長180cm弱のレーギーナも、ここにいる現在は全長20cmである。
 女王が頼んで、危険な木の枝や大き過ぎる草花には退いてもらったので、会場はすっきり広々としている。
 大人数が集まって、バーベキューやお茶会、大騒ぎを繰り広げることを考えれば、場所が広く使えるに越したことはないのだが、何故か動物を含めたすべての銀幕市民とそこに持ち込まれた道具類のみがミニサイズ化するらしく、持ち込まれた食材は普通サイズのままだ。
 たくさん食べられていいかもしれないが、準備が大変で仕方ない。
 喜ぶものも多そうだが。
「じゃあ、調理も、得意な方にお手伝いをお願いすることにして、と」
「うむ、あとは……キノコ狩りのメンバーと、レストスペースの人員確保と……?」
「食欲の秋と同時に、芸術の秋を楽しむのもいいかもしれないわ。歌や踊りや音楽を提供してくださる方を募るのも、賑やかでいいわね」
「おお、それは素晴らしいの」
「あとは、向こうに発生していたお菓子の森の探索隊も募集したいところね。楽しそうだもの。――ああ、そういえば、アウトゥンノさん」
「うむ、いかがされた、レーギーナ殿」
「今年の菌類は、少し、様子がおかしいと思わない? そわそわしているというのかしら」
「……ふむ」
 秋といえばキノコである。
 山の中での味覚狩りに、キノコがなくては始まらない。
 しかし、巨大な絶望が杵間山に穴を空けたからなのか、今年のキノコは調子が悪い。
 秋の女神と森の女王の放つフェロモン的な神聖エネルギーの影響で、普通のキノコたちは何とか顔を覗かせたのだが、
「この国の人たちが大好きな、マツタケというキノコは、少しも息吹が感じられないのよね、特にこの杵間山では。……去年は、確か、少なからず採れたと思ったのだけど」
 秋の味覚といえばキノコ、キノコといえばマツタケ、という方程式が成り立つほどの人気高級キノコであるマツタケは、何故か気配すら感じ取れないのだった。
「うむ、そうよな、あのレヴィアタンとかいう絶望の気配に、杵間山のマツタケは静まり返ってしまったのやも知れぬ。残念なことだが……無理強いも出来まいよ」
「ええ、ゲートルードさんが『うっかり』地獄門を開けっ放しにしてくださったから、地獄三大珍味のひとつである地獄菌類をこちらで獲ることも出来るけれど……やっぱりマツタケは必要と仰るわよね、皆さん」
 ちなみに地獄菌類というのは、『天獄聖大戦』の地獄内で採れる、身の丈三メートルの、コモドドラゴンのような四肢とホオジロザメのような口がついたエリンギ状のキノコである。キノコのくせに肉食で獰猛なので、捕獲には骨が折れるが、その苦労に見合った美味を与えてもくれるだろう。
 採集者の戦闘力によっては、キノコ狩りというよりはキノコ狩られになる可能性もあるが。
「他の場所に生えているかもしれないから、それを採って来てもらうというのはどうかしら」
 山は杵間山がすべてではないし、森もここがすべてではない。
 どうしてもマツタケが必要となれば、選択肢は外へ向くことになる。
「ああ、それはよい。どこにも生えておらぬというわけではないようだしの」
「じゃあ……どうしようかしら。誰か、暇そうな……」
 森の娘やアウトゥンノの眷属に行かせるという手もあるが、女王の視線は、それを思いつくより早く、運悪くバーベキュー・パーティ会場に来ていた男性へ辿り着いてしまっていた。
 青年の名をサムという。
 映画『シカゴ』から実体化したムービースターで、現在では銀幕警察署で熱血刑事として名を馳せている。
「サムさん、サムさん」
 女王が手招きすると、あちこちで繰り広げられる準備光景を眺めていたサムが首を傾げながら歩み寄ってくる。
 サムは、ここでパーティをすると対策課及び銀幕署に報告及び申請をした際、会場の警備と、何か事件や危険なことがあった場合に対処する人員として派遣されてきていたのだが、女王はそんなもの知ったこっちゃないと言わんばかりにマツタケの説明をする。
「……いや、自分はこの場の警備を……」
「森の髄たるわたくしが守護し支配するこの場で、危険なことなど起きはしないわ。それよりも、銀幕市の皆さんのためにマツタケを手に入れて来ることの方が重要なの。……お願いできるわね?」
 女王の中ではすでに決定事項。
 暇なわけもないのに、すでに暇人認定されてしまっているサムが憐れだ。
 人の話を聞かない、我が道を爆走するにもほどがある、傍迷惑な神聖生物の『お願い』に、生真面目なサムは、職務を全うせねばならないのだとあくまで断ろうとしたのだが、
「いや、だから……」
「……嫌だと仰るなら、レストスペースの接客役をお願いしてしまうわよ?」
 女王の流した視線の先に、黄色に真紅の斑点という明らかに毒キノコ以外のなにものでもない菌類をテーブル代わりに使用したレストスペースと、深紅のゴスロリ衣装をお召しになったゲートルード姫及び問答無用で引きずり込まれた被害者たちの姿を見い出して顔を引き攣らせた。
 純然たる被害者(当然全員男性である)たちが、色とりどりの、目にも鮮やかな美しいゴシック&ロリータ服に身を包まされ、さめざめと泣いていたり放心していたり地面に額を打ち付けていたりと、プチ地獄が展開中である。
 ちなみにスペースの名は『毒蝶の園』。
 お茶や、カフェ『楽園』のスイーツの他、お菓子の森から採集してきたスイーツまでがいただける癒しの空間……のはずなのだが、本当に心穏やかに休息が取れる場所なのか判然としないネーミングである。
「サム子さんとお茶をするのも楽しそうだから、無理にとは言わないけれど」
「サム子さん!? そのまますぎるというかそんな源氏名!?」
 かくして苦労人・サム青年は、マツタケを求めて山を降りることになったのであるが、サムと彼の協力者たちの繰り広げる、すったもんだの大騒動は別所にて語られることとなる。
「さあ、では、これで何も問題はないわね」
「うむ、安心してお客様をお招きできるというもの」
 一部の阿鼻叫喚を綺麗にスルーし、森の女王と秋の女神は美しく微笑を交し合った。
 紅葉、黄葉がまばゆく輝く秋の森で、不思議で賑やかな秋の味覚狩りとバーベキュー・パーティが開始されるのは、そこからほどなくしてのことである。

種別名パーティシナリオ 管理番号831
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
クリエイターコメント皆さん今晩は。
イベントの気配に乗っかって、パーティシナリオのお誘いに参りました。

今回のパーティシナリオは、秋の女神と森の女王の主催する、秋の味覚狩り&バーベキュー・パーティを、ミニサイズ化する不思議な会場で皆さんに楽しんでいただこうというものです。

周囲には様々な秋の恵みが実り、不思議なムービーハザードが発生しており、たくさんの食材が採集していただけます。

ご参加の方は、以下より行動指針をひとつからふたつお選びになり、プレイングの頭に番号をご記入ください。
なお、今回も完全なボツはありませんが、ふたつ選んでいただいたとしても、必ず描写される保障もありませんのであしからず。『(色々な意味で)美味しいプレイング』は採用されやすいかと思います。

【1】普通に秋の味覚狩りを楽しむ
普通に、普通の秋の味覚を採集します。
採集したいもの、一緒に行きたいお相手など、書いていただければ反映させます。

【2】地獄菌類を狩りに行く
地獄菌類については拙ノベル『Delicious Panic!?』をご参照ください。
明らかにバトルになります。
戦闘力の低い方は身の危険に晒されかねませんのでご注意を。

【3】お菓子の森を探索する
パーティ会場の近くに、何もかもがお菓子で出来た森があるようです。
どんなものがあるのか、確定ロール推奨。
スイーツを会場に持ち帰るもよし、入り浸って貪り喰らうもよし、お好きに探索してください。

【4】バーベキューの手伝いをする
お料理のお好きな方にはこちらをお願いしたいです。
肉も魚も野菜もその他の食材も、すべて一通り揃っていますので、鍋奉行ならぬバーベキュー奉行を務めて皆さんを満足させてあげてください。
採ってきた食材で、他の料理を作っても楽しいかもしれません。
食材はどれも巨大ですので、ちょっと苦労するかもしれませんね。

【5】ひたすらに貪り食う・奪い合う
採集? 手伝い? なにそれ美味しいの? とばかりに、バーベキューを堪能し尽くします。食材が巨大なので食べ応えがありそうです。
大食漢PCさんの周囲では、肉などの争奪戦が起きるかもしれません。
お好きな食材や、お友達とのやり取りなどを教えていただければ嬉しいです。

【6】友人との語らいを大切にしながら食事やお茶を楽しむ
一番普通で無難な項目です。
楽しい、賑やかな、お腹も心も満足できるような、幸せな一時を描かせていただきますので、お好きな方との食事についてお書きください。レストスペースでのお茶も選択していただけますが、殿方は要注意です。

【7】芸術の秋を体現する・お祭に乗じて大騒ぎをする
秋といえば食欲と同時に芸術。
バーベキュー・パーティに参加しつつ、美しい森を描いたり、撮ったり、音楽を奏でたりしていただいても楽しいかもしれません。
他のお祭り騒ぎも歓迎しますが、あまりやり過ぎると女王に締められますのでご注意を……!

【8】『毒蝶の園』に引きずり込まれる
言わずもがなのアレです。
この項目を選択の時点でフラグが立ちます。
……接客、頑張ってください。


注意事項としましては、以下のようになっております。
*PCさんがあまりにも偏ってしまった場合は、独断と偏見で移動していただくことがあります。
*シナリオの性質上、あまり細かい、詳しい行動は描写できない可能性が高いです。
*基本的にノートは参照出来ませんが、お友達関係については参照させていただきます。


なお、他所で行われるマツタケ採集及びマツタケ争奪戦においてマツタケをゲットし、パーティ会場に持ち込んでくださった方には、秋女神からちょっとしたお礼が進呈されるようですので、掲示板イベントにご参加の上、マツタケをパーティ会場にもたらしていただければ幸いです(マツタケをお持ちでないからといって、何か不具合が起きることはありません)。


それでは、皆さんとの賑やかな一時を楽しみにお待ちしておりますので、お誘い合わせの上、揃っておいでくださいませ。

参加者
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
片山 瑠意(cfzb9537) ムービーファン 男 26歳 歌手/俳優
スルト・レイゼン(cxxb2109) ムービースター 男 20歳 呪い子
理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
ルウ(cana7787) ムービースター 男 7歳 貧しい村の子供
アズーロレンス・アイルワーン(cvfn9408) ムービースター 男 18歳 DP警官
ケト(cwzh4777) ムービースター 男 13歳 翼石の民
竜吉(czep8291) ムービースター 男 10歳 白龍の落とし子
魄 穂哭(cpys2146) ムービースター 男 37歳 狂骨
レオ・ガレジスタ(cbfb6014) ムービースター 男 23歳 機械整備士
槌谷 悟郎(cwyb8654) ムービーファン 男 45歳 カレー屋店主
綾賀城 洸(crrx2640) ムービーファン 男 16歳 学生
ジラルド(cynu3642) ムービースター 男 27歳 邪神の子、職業剣士
ヴァールハイト(cewu4998) エキストラ 男 27歳 俳優
シフェ・アースェ(cmhd3114) ムービースター 男 21歳 ミンネゼンガー
リャナ(cfpd6376) ムービースター 女 10歳 扉を開く妖精
晦(chzu4569) ムービースター 男 27歳 稲荷神
玄兎(czah3219) ムービースター 男 16歳 断罪者
ミサギ・スミハラ(cbnd9321) ムービースター 男 25歳 生体兵器(No.413)
リヴァイアサン(cbss8024) ムービースター その他 5歳 7つの首を持つ海竜
朝霞 須美(cnaf4048) ムービーファン 女 17歳 学生
エドウィン・ゴールドマン(cubb7504) ムービースター 男 30歳 始祖の吸血鬼
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
ガルム・カラム(chty4392) ムービースター 男 6歳 ムーンチャイルド
ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
HAZEL(czbv5284) ムービーファン 女 18歳 高校生
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
昇太郎(cate7178) ムービースター 男 29歳 修羅
神龍 命(czrs6525) ムービーファン 女 17歳 見世物小屋・武術使い
刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
十狼(cemp1875) ムービースター 男 30歳 刀冴の守役、戦闘狂
ヴォルフラム・ゴットシュタール(czuz3672) ムービースター 男 30歳 ガンスリンガー
イェータ・グラディウス(cwwv6091) エキストラ 男 36歳 White Dragon隊員
有栖川 三國(cbry4675) ムービーファン 男 18歳 学生
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
唯・クラルヴァイン(cupw8363) エキストラ 男 42歳 White Dragon隊員
マリアベル・エアーキア(cabt2286) ムービースター 女 26歳 夜明けを告げる娘
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
ジョン・ドウ(caec2275) エキストラ 男 32歳 White Dragon隊員
臥龍岡 翼姫(cyrz3644) エキストラ 女 21歳 White Dragon隊員
ディズ(cpmy1142) ムービースター 男 28歳 トランペッター
葛城 詩人(cupu9350) ムービースター 男 24歳 ギタリスト
ゼグノリア・アリラチリフ(cshh6181) ムービースター 女 26歳 赦されぬ子を産んだ女
ベル(ctfn3642) ムービースター 男 13歳 キメラの魔女狩り
チェスター・シェフィールド(cdhp3993) ムービースター 男 14歳 魔物狩り
ハウレス・コーン(cxxh9990) ムービースター 男 32歳 悪魔
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
津田 俊介(cpsy5191) ムービースター 男 17歳 超能力者で高校生
藍玉(cdwy8209) ムービースター 女 14歳 清廉なる歌声の人魚
森砂 美月(cpth7710) ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
サマリス(cmmc6433) ムービースター その他 22歳 人型仮想戦闘ロボット
桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
沙闇木 鋼(cmam9205) ムービーファン 女 37歳 猟人、薬師
市之瀬 佳音(csvm1571) ムービーファン 女 25歳 バックダンサー兼歌手
ランスロット(cptf5779) エキストラ 女 28歳 White Dragon隊員
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
ギャリック(cvbs9284) ムービースター 男 35歳 ギャリック海賊団
ルドルフ(csmc6272) ムービースター 男 48歳 トナカイ
ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
前戎 琥胡(cdwv5585) ムービーファン 男 15歳 見世物小屋・魔術師
ハリス・レドカイン(cwcs2965) エキストラ 男 34歳 White Dragon隊員
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
大教授ラーゴ(cspd4441) ムービースター その他 25歳 地球侵略軍幹部
サキ(cbyt2676) ムービースター 女 18歳 ヴァイオリン奏者
ディーファ・クァイエル(ccmv2892) ムービースター 男 15歳 研究者助手
玉綾(cafr7425) ムービースター 男 24歳 始末屋/妖怪:猫変化
霧生 村雨(cytf4921) ムービースター 男 18歳 始末屋
ヴィディス バフィラン(ccnc4541) ムービースター 男 18歳 ギャリック海賊団
本陣 雷汰(cbsz6399) エキストラ 男 31歳 戦争カメラマン
夜乃 日黄泉(ceev8569) ムービースター 女 27歳 エージェント
フェイファー(cvfh3567) ムービースター 男 28歳 天使
吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
ネティー・バユンデュ(cwuv5531) ムービースター 女 28歳 ラテラン星親善大使
真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
アルヴェス(cnyz2359) ムービースター 男 6歳 見世物小屋・水操士
フランチェスカ・バルバート(czsc4028) ムービースター 女 26歳 写真屋
ルイーシャ・ドミニカム(czrd2271) ムービースター 女 10歳 バンパイアイーター
クラウス・ノイマン(cnyx1976) ムービースター 男 28歳 混血の陣使い
神月 枢(crcn8294) ムービーファン 男 26歳 自由業(医師)
鳳翔 優姫(czpr2183) ムービースター 女 17歳 学生・・・?/魔導師
ニーチェ(chtd1263) ムービースター 女 22歳 うさ耳獣人
神畏=ニケ・シンフォニアータ(cpuv3573) ムービースター その他 24歳 隠者・古竜神
エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
ジム・オーランド(chtv5098) ムービースター 男 36歳 賞金稼ぎ
ギルバート・クリストフ(cfzs4443) ムービースター 男 25歳 青の騎士
イェルク・イグナティ(ccnt6036) ムービースター 男 25歳 紅の騎士
エレクス(czty8882) ムービースター 男 28歳 碧の騎士
黒瀬 一夜(cahm8754) ムービーファン 男 21歳 大学生
マナミ・フォイエルバッハ(cxmh8684) ムービースター 女 21歳 DP警官
星 神凰(cumu6608) ムービースター 女 16歳 ファイター
ミネ(chuw5314) ムービースター 女 19歳 ファイター
南雲 新(ctdf7451) ムービーファン 男 20歳 大学生
エフィッツィオ・メヴィゴワーム(cxsy3258) ムービースター 男 32歳 ギャリック海賊団
ゴーユン(cyvr6611) ムービースター 女 24歳 ギャリック海賊団
ヤシャ・ラズワード(crch2381) ムービースター 男 11歳 ギャリック海賊団
ナハト(czmv1725) ムービースター 男 17歳 ギャリック海賊団
冬野 真白(ctyr5753) ムービーファン 女 16歳 高校生
冬野 陽杞(cfwy3665) ムービーファン 男 5歳 幼稚園生
冬野 那海(cxwf7255) エキストラ 男 21歳 大学生
シオンティード・ティアード(cdzy7243) ムービースター 男 6歳 破滅を導く皇子
岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
ネロ・クラルテ(cxsn8005) ムービースター 男 22歳 DP警官
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
ハンナ(ceby4412) ムービースター 女 43歳 ギャリック海賊団
藤(cdpt1470) ムービースター 男 30歳 影狩り、付喪神
京秋(cuyy7330) ムービースター 男 38歳 探偵、影狩り
相原 圭(czwp5987) エキストラ 男 17歳 高校生
トリシャ・ホイットニー(cmbf3466) エキストラ 女 30歳 女優
黒 龍花(cydz9334) ムービースター 男 15歳 薬師見習い
アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
ルア(ccun8214) ムービースター 男 15歳 アルの心の闇
ジュテーム・ローズ(cyyc6802) ムービースター 男 23歳 ギャリック海賊団
花咲 杏(cyxr4526) ムービースター 女 15歳 猫又
クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
フレイド・ギーナ(curu4386) ムービースター 男 51歳 殺人鬼を殺した男
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551) ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
バロア・リィム(cbep6513) ムービースター 男 16歳 闇魔導師
阿久津 刃(cszd9850) ムービーファン 男 39歳 White Dragon隊員
タスク・トウェン(cxnm6058) ムービースター 男 24歳 パン屋の店番
マイク・ランバス(cxsp8596) ムービースター 男 42歳 牧師
成瀬 沙紀(crsd9518) エキストラ 女 7歳 小学生
アスラ・ラズワード(crap4768) ムービースター 男 16歳 ギャリック海賊団
ベアトリクス・ルヴェンガルド(cevb4027) ムービースター 女 8歳 女帝
ロゼッタ・レモンバーム(cacd4274) ムービースター その他 25歳 魔術師
王様(cvps2406) ムービースター 男 5歳 皇帝ペンギン
エドガー・ウォレス(crww6933) ムービースター 男 47歳 DP警官
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
ファーマ・シスト(cerh7789) ムービースター 女 16歳 魔法薬師
狼牙(ceth5272) ムービースター 女 5歳 学生? ペット?
光原 マルグリット(cpfh2306) ムービースター 女 82歳 理事長/主婦
シュヴァルツ・ワールシュタット(ccmp9164) ムービースター その他 18歳 学生(もどき)
一乗院 柳(ccbn5305) ムービースター 男 17歳 学生
鹿瀬 蔵人(cemb5472) ムービーファン 男 24歳 師範代+アルバイト
龍樹(cndv9585) ムービースター 男 24歳 森の番人【龍樹】
兎田 樹(cphz7902) ムービースター 男 21歳 幹部
悠里(cxcu5129) エキストラ 女 20歳 家出娘
桐生 清華(cdat7804) ムービースター 女 17歳 女子高生
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
<ノベル>

 1.燃える森の収穫祭

 鮮やかな彩に染まる森の中に、賑やかな笑い声が響き渡る。
「しっかし、すっごいねー。一度にこれだけのものが収穫できるって、圧巻かも」
 浅間縁は、林檎や梨や葡萄や栗を次々に手持ちの籠へ放り込みながら、隣で林檎を収穫している森の娘サリクスに笑いかけた。
「たくさん集めておられるのね、縁さん」
「うん、ちょっとね、友達の誕生祝いにお菓子作りたいなぁって。そのための材料集めなの」
 中には明らかに自分で食べるためのものも大量に混じっているが、そこを突っ込むのは野暮というものだ。
「あら……素敵」
「でも秘密だよ、超秘密。サプライズだからね。あ、そうだ、サリクスさん、こういうののさ、お勧めの保存法とかレシピとか、ある?」
「そうね、保存なら、干したものを洋酒に漬け込むのが一番かしら。一年くらいは持つのよ。レシピは……そうね、バターケーキに一緒に練り込んで焼くのが一番一般的で、王道で、美味しいと思うわ」
「おおー、なるほど。あ、ねえねえ、今度さ、『楽園』に教わりにいってもいい?」
「ええ、喜んで」
 やった、と喜びながらも手は物凄く的確に果物を収穫していく縁。
 その近くでは、きょろきょろと周囲を見渡した竜吉が、
「きのこ言うたらエノキやで。どこにおるんかなー」
 などと言いながらエノキを探している。
「お、こんなとこにどんぐりあるやん。あ、こっちには栗も。よしゃ、これ、あとでやじろべえにしたろー」
 と、拾ったどんぐりや栗を、嬉しそうに一ヶ所に集めている。
「おお、竜吉はたくさん集めたのじゃな。わしも頑張るのじゃよ」
 にこにこ笑いながらその隣で栗を拾っているゆきは、竜吉と、少し離れた場所で毒キノコ探しに所為を出している魄穂哭とは同じアパートに住んでいる友人同士だ。
 三人は、秋の味覚を堪能しようと一緒にやってきたのだ。
「アケビに葡萄……おお、グミもまだあるのじゃな。グミはグミ酒にもよいし、ジャムにもよいゆえ、たくさん集めるのじゃよ」
「ああ、グミは美味いなー。あとな、昔はよう椎の実とか食ったでー。あれ、生でも美味いもんなー」
「椎の実か。少し炒ってやるとまた風味があって美味いの、確かに」
 取った葡萄を分けて食べながら、収穫を楽しむふたりの傍では、魄穂哭が木の根っこを熱心に見詰めている。
「ナメコとかもあるのかなぁー。ああでもカキシメジもいいなぁ。あ、ツキヨダケとかシロタマゴテングダケもシャグマアミガサタケも久々に食べたいよねぇ」
 彼は、キノコを探しているのだが、後者三種類は立派な毒キノコである。
「おっ、ニガクリタケ発見、いただきまーす」
 混ざったら人死にが出るぞという話だが、穂哭はその場で毒キノコを見つけるなりぱくぱくと食べてしまい、まだまだ足りない様子で周囲を探しているので、それが誰かの口に入る心配はなさそうだ。
「ふう……あっちは大変だったけど、こっちは落ち着いて収穫できそうかな……?」
 やれやれ、と息を吐くのはレオ・ガレジスタだ。
 彼は、艶やかな彩りに満ちた森を、感嘆の含まれた目で見上げている。
「この世界は本当に凄いなあ……自然が、こんなにたくさんのものをくれるんだね」
 真っ赤な林檎、艶やかな葡萄、宝石のようなグミ、つやつやとした栗をいとおしげに収穫しながら、滅亡寸前の故郷を思い、同時にこの世界の恵みを思う。
「奇跡って……こういうことを言うのかな」
 呟くうちに、いつしか収穫の手も止まって、美しい色彩に見とれている。
 この世界の自然が、自分の故郷のように、取り返しのつかないほど破壊されるようなことがないように、と思いつつ。
「ルウ、見てみろ、こんなに大きな栗がある。拾ってごらん」
 シャノン・ヴォルムスは義息のルウ秋の味覚を狩りに来ていた。
「うわあ、おおきいねえぱぱ。すべすべして、とってもきれいだね」
「そうだな、ルウの手よりも大きいな。これも秋の女神の力……なんだろうか」
 ルウが、小さな両手で特大サイズの栗を抱え、借りてきた籠に入れるのを目を細めて見詰め、自分は手を伸ばして大きな梨を収穫する。
「あとで、茹でて食べよう。きっと、甘くて美味しいぞ」
「うん、るう、たのしみ」
 栗を食べたことのないルウは期待でワクワクしている。
 旋風の清左は、自然を楽しみながら収穫に精を出していた。
「はは、たまにゃこういうのも悪かねぇ」
 幼い頃に兄妹たちと駆け回った郷里の野山が思い出され、清左は目を細める。
 アケビや柿を手にすると、兄妹たちとそれらを食べた思い出が脳裏を過ぎり、郷愁めいた感情に捕らわれるが、思い出は思い出だ。
「よし、真船の旦那にも食わせてやるとするか」
 世話になっている家主たちに食べさせてやろうと、清左はせっせと大きな栗を拾う。
「ご主人―、見てくださいっす、こんなに採れたっすよー!」
 玉綾は、主人である霧生村雨に神獣の森で採ってきた松茸を見せていた。
 部屋の片隅で捕らえたネズミを自慢げに見せにくる飼い猫のようだ。
 実際、玉綾は猫の転じた妖怪だが。
「ほほう、ネコオ、おまえもたまにはやるな」
「ネコオじゃないっす、ちゃんと名前で呼んでくださいっすよ、ご主人……って、たまにってなんすか、たまにってー!」
「言葉の通りだ。……まぁ、その腕を、食べ物を見つける以外にも役立てられたら、更に文句はないんだけどな」
 飄々と言い、村雨は、もっと役に立って見せるっすよー、と頬を膨らませる玉綾に笑って歩き出した。
「よし、じゃあ他のも頑張って探せよ」
「はいっす! マツタケは持ってかえってマツタケご飯にするっすー」
 楽しげに並んで歩くふたりとすれ違いながら、ゴーユンはたくさんの足に山のような秋の味覚を抱えていた。
 ギャリック海賊団の胃袋を担う料理人・アゼルに頼まれたのだ。
「ああ、確かにいい匂いだ。そのまま食べても美味そうだ」
 貧乏海賊団のことゆえ、貯蔵して毎日の食卓に載せることになるのだろうが、きっと、加工しても美味いだろう。
「……そういえば、ヤシャの奴、アレをどうするつもりだ……?」
 視線を脚の先に向けつつ呟く。
「まぁ、いいか」
 気にすることでもないだろうとすぐに思考を放棄し、ゴーユンは黙々と食材を船へ運ぶ。
 華奢で美しい手で葡萄を一粒もいで、トリシャ・ホイットニーは笑みをこぼした。
「素敵ねぇ、美しい景色、澄んだ空気、綺麗な果物。見ているだけで心がうきうきするわ」
 バーベキュー会場、すなわちミニサイズ化するムービーハザードに近い場所で秋の味覚を収穫しているため、果物はすべて異様に大きく、葡萄の一粒がメロンやスイカくらいある。
「これ、持って帰れたら面白いのに……ねえ、シオン。……あら、どうしたの?」
 シオンティード・ティアードは、枯葉の大きさに驚きながら、トリシャとの散策を楽しんでいたのだが、枯れ木の光景に自分の故郷を思い出し、哀しくなってしまったのだ。
「……大丈夫よ、大丈夫」
 ぎゅうと石版を抱き締める少年を抱き締め、頬と額にキスをして、トリシャは微笑む。
「背負い込まなくていいの。でも、悩んで苦しんで、哀しめばいいの。……だけど、大丈夫だから」
 トリシャの言葉に、葡萄の芳醇な香りが重なる。
「……いいにおい……」
 シオンの呟きにトリシャは再度微笑み、特大の葡萄を彼に手渡した。
「一緒に食べましょう、ね?」
 シオンが頷き、ようやく、ほんの少し笑顔になった。
 その傍を、七つ首の海竜、リヴァイアサンがてちてちと歩いていく。
 水場を探しに来たリヴァイアサンは、そのついでに……というかこちらがメインになっているような気もするが、秋の味覚狩りに来ている人々にじゃれつき、可愛がってもらってご満悦だ。
 今も、七海遥に七つの頭を交互に撫でてもらって、とても幸せそうにしている。
「うーん、自分が小さくなるのって不思議な感じ! 周りの景色も普段と全然違って楽しいなぁ……!」
 遥はリヴァイアサンの前脚スタンプサインをもらって大喜びした後、秋の味覚狩りに参加していた。
「秋の味覚ってどれも美味しそうで悩んじゃうけど……前に料理教室で教わったケーキの練習のために、林檎を探しに行ってみようかな? ずいぶん広いみたいだし、迷子にならないように気をつけなくちゃ」
 ムービースターにサインをもらう機会を虎視眈々と狙いつつ、遥は、鮮やかに彩られた森の中を進んでいく。
 賑やかなのは、とある事件で頂戴したアンドロイドを改造した戦車状の乗り物に乗ったアズーロレンス・アイルワーンだ。
「はーっはっはっはっ! 今日の夕食も安心! らんか……と思ったのだが、食材が大きすぎるね? これではどんぐりとか椎の実しか採れないじゃないか……!」
 バーベキュー会場の近くなので当然、林檎は両腕で抱えきれないサイズ、栗はカボチャサイズ、柿はクッション級だ。
「……まあ、いい。とにかくたくさん採ろうじゃあ、ないか」
 食材が大き過ぎて大量には採れないことを嘆いた後、すぐに気を取り直して、アズーロレンスはエレナを駆って椎の実狩りを始めた。
「どんぐりと椎の実も多分、味に問題はない筈だからね! はっはっは!」
 それに逐一突っ込むのは、
「ちょ、待ちましょうそこの博士!?」
 DP内有数の問題児、ネロ・クラルテである。
 アズーロレンスの隣にちゃっかり座りつつ、ひとつひとつ丁寧に突っ込んで行く。ある意味職人気質というべきかも知れない。
「どんぐりはそのままでは食えませんし大きい食べもんでも切り分ければ問題ねェしそもそもたかが味覚狩りにエレナを駆り出すなァァアッ!!」
 突っ込みに裏拳が混じる。
 基本的に年上の相手には丁寧なはずが、突っ込みどころが満載過ぎる博士に、段々エスカレートしていくネロだった。
 黒龍花は薬草を探しに来てハザードに巻き込まれた。
「ああ、とてもいい。素敵です、とても」
 秋の女神と森の女王の神聖エネルギーに満たされた杵間山は、秋の味覚である果実やキノコだけでなく、龍花が必要とする薬草まで活性化しており、彼は素晴らしい成果に思わず微笑む。
 と、そこへ、
「地獄菌類狩りも素敵ですけれど……こちらの薬草も素晴らしいですわね」
 ファーマ・シストが、籐編みの籠を手に、楽しげにやってきた。
「あら、あなたも薬草を? わたくし、ファーマと申しますの、薬師ですのよ、どうぞよしなに」
 龍花も笑顔で名乗り、互いに薬師と知って親近感を覚え、自分たちの成果を見せ合う。
「ワタシ、これ乾燥させます。熱さまし用と、整腸用、なります」
「ああ、素敵ですわね、これから風邪の季節ですし、忘年会とか言うものでおなかの調子を崩される方も出てきますものね。そういえば龍花さま、ご存知ですか? 向こうの方では、地獄菌類という凄まじいキノコが獲れるそうですわ。……サンプルに、少しほしいですわね」
「キノコ……ですか。ワタシ、キノコ、よく判りませんが……」
 首を傾げる龍花をファーマが誘う。
「少し、見に行ってみませんこと? きっと楽しいですわ」
「そうですか? では……」
 連れだって歩き出すふたりを見て、ファーマの籠に入ったミヒャエル王子がケロローンと鳴く。
 その頃、赤城竜はバーベキュー会場に近い芋畑で芋掘りを楽しんでいた。
 当然、銀幕市民や持ち込まれた器具だけがミニサイズ化するハザードの中なので、畑の薩摩芋も巨大というしかないサイズになっている。
「よっしゃ、いっちょやったるか!」
 気合い充分の竜は、軍手に腕まくりのジャージという彼的正装で、頭には鉢巻を巻き、懸命に土を掘り返していて、頬には土が付いている。
 大人の手首ほどもある薩摩芋の茎を持ち、『大きなカブ』を脳裏に思い起こしながら引っ張る。
「よっこらしょ、どっこいしょっ! うおお、何だこの抵抗は……!」
 当然、芋が大きいのでなかなか抜けない。
「おーい、誰か手伝ってくんねぇか? ちょっとこれおっちゃんひとりじゃ無理っぽいぞ……!」
 と、他の場所で収穫に精を出す人々や、バーベキューの準備をしている人たちに声をかけるが、皆忙しいらしく、来てくれたのは座敷童子のゆきと森の娘の筆頭リーリウムのふたりだけだった。
 ゆきは竜を労おうと思ったらしく、お茶を持っている。
「お、ありがとよ。じゃあ早速」
 竜は助っ人に笑顔で礼を言うと、一体どれだけデカいんだろう、何個分の焼き芋が食べられるのだろう……と想像を膨らませながら、薩摩芋の採集に取り掛かる。
 竜が気合い充分の掛け声とともに茎を引き、ゆきが可愛らしい顔を真っ赤にして引っ張り、リーリウムが笑顔で、かつ飄々とふたりに倣うこと数分。
 ずずず、と、土の中から赤紫色の塊が顔を覗かせ、
「お、やった……」
 竜が快哉を叫ぶより早く、ずっぽし、とすっぽ抜ける。
 一番後ろで渾身の力をこめたのが、怪力のリーリウムだったからか、全長二メートルを超える薩摩芋が、高々と空を飛んだ。
 ゆきが歓声を上げる。
 地響きを立てて薩摩芋が落下するその脇を、採集した秋の味覚をソリに乗せたルドルフが鼻歌交じりに通り過ぎる。ソリの中には大きな林檎が積み込まれ、背中には、ご機嫌な縁とサリクスの姿があった。
 血気盛んな若い衆が、ルドルフの姿にすわ獲物かと身構えるのが見えたが、ルドルフは、
「ヘイそこの兄さんたち、俺を食おうってんならトナカイキックを覚悟しな。ぶっちゃけ肉が抉れるほど痛ぇぜ」
 と、彼らを牽制することも忘れないのだった。
 ともあれ、バーベキュー会場には、ぞくぞくと食材が集まって来ている。

 * * * * *

 変わって、こちらは地獄菌類が出没する危険地域に指定された一角である。
 周囲には、思わず陶然となるほどのよい香りと、その食欲をそそる香りを打ち消すほどぴりぴりとした、賑やかで楽しい秋の味覚狩りとは思えない緊張が満ちている。
「……できる!」
 こちらに向けてじりじりと距離を詰めてくる、身の丈三メートルの巨大人食いエリンギ(仮称)と睨み合いながら、太助は思わず唸った。
「あの隙のなさ……ただものじゃねぇ……!」
 エリンギ(仮)がしゃげええと咆哮した。
 大音響のそれに、周囲の空気がびりびりと震える。
 太助は拳を握り締めた。
「でも……負けねぇぞっ! かもされるもんか、かもしかえしてやるっ!」
 気合いとともに一回転し、ぼぼん、という音とともにドラゴンへと変化――とはいえ尻尾の部分は狸だが――。
 太助竜もまた雄々しく咆哮した。そして、地獄菌類の一体が地を蹴ると同時に自分も相手に向かって突っ込む。
 大きな牙に飾られた顎から、赤い欠片がちらちらと零れ、次の瞬間太助竜は炎のブレスを人食い茸目がけて放っていた。
 辺りに、よだれが滴り落ちそうなほど香ばしいにおいが立ち込める。
「さあみんな、ほっくほくを収穫してくれっ!」
 誇らしげに胸を張る太助竜の傍を、
「おおお、太助、カッコいいっ!」
 感嘆の声とともに走り抜けていくのは、天狼剣を手にした片山瑠意だ。
「っし、働かざるもの喰うべからず! 狩って狩って狩りまくるぞっ!」
 いまやこの一角は大量の地獄菌類に囲まれているといっていい。
 太助が一体を仕留めたが、茂みの向こうからは同時に三体の人喰い爆殺茸が姿を現し、しゃげええええと不吉な唸り声を上げている。
「……瑠意殿、今更かとは思うが、努々ご油断召されぬよう」
 主人に引っ張られてきた感のある十狼が、好き勝手に突っ込んで行く刀冴と瑠意とを交互に見比べ、軽く溜め息をつきながら言うのへ、瑠意は笑顔で頷いた。
「判ってますって。でも、ほら、美味しいものを食べるためには、やっぱ、よく運動しなきゃね!」
 地獄菌類との命をかけた戦いも、瑠意にとっては食事前の腹ごなしだ。
 ついでに、十狼が傍にいてくれるので上機嫌かつ幸せ満載笑顔である。
「よっしゃかかって来い、人喰い爆殺茸が怖くてバーベキューが出来るかあぁッ!」
 無茶な叫びを発しつつ突っ込んで行く瑠意の近くでは、センサーを駆使したサマリスが正確に地獄菌類の居場所を探知し、他の狩人たちに報せている。
「ははァ、こいつァ便利だ」
 沙闇木鋼はサマリスのセンサーに感心しながら、自分も狩場内の空気を読んで狙いを定め、的確に地獄菌類を狙撃し、動きを止めていく。
 その傍を、大教授ラーゴの造ったクモ型ロボット『殺戮小曲』が、地獄菌類を前脚で圧殺・ワイヤーで斬殺しながらガタガタと進む。少々立て付けが悪いのは、ラーゴが、酒などきこしめしながら一晩で作った即席品であるためだ。
 ラーゴがわざわざこんなものを造ったのは、アレグラに格好いいところをみせたかったからなのだが、その本人は、残念ながらお菓子の森に行っていてここにはいない。
 人食いエリンギが一体また一体と狩られていく。
「お宝と聞いちゃ黙ってられねぇ!」
 ギャリックのテンションはマックスまで上昇中だ。
 夢とロマンを求めるのが彼らギャリック海賊団だ、地獄一の美味という名の宝良を求めて、ギャリックは人食いキノコと対峙する。
「すげぇ殺気だな……だが、負けねぇ!」
 ホオジロザメのような口から涎を滴らせながら飛び掛ってくるのを素早くかわし、ギャリックは人食いエリンギの胴体にサーベルの刃を滑らせる。
 なめらかな、血肉を持った生き物とは思えない手応えがあって、人喰い茸の脇腹部分に、生白い繊維質の傷がぱっくりと口を開けた。
 痛覚があるのか、怒りの咆哮を上げたそいつが牙を剥き出しにして喰いつこうとする口に、銃弾を次々にお見舞いする。
 びくり! と震えた人食いエリンギが、ずずん、という重苦しい音とともに力なく地面へ沈み、脚をひくひくと痙攣させるのへ、ギャリックは満足げな、猛々しい、しかし少年のように闊達な笑みを浮かべた。
「最近ちょっと太ってきちゃったのよねぇ……秋って美味しいものばかりなんだもの。だから……運動させてね?」
 爽やかな汗を流しに来たのは、夜乃日黄泉だ。
 いかなる武器でも使いこなす、凄腕のエージェント嬢は、しかし今日は、体術の鍛錬のために武器は使わない、というマイルールを定めて地獄菌類狩りに参加していた。
「十分で一体、仕留められるかしら……?」
 人食いエリンギとの距離を保ち、間合いを計りつつ、日黄泉がどう攻めるかを算段している時、
「おや……あんた、あの時の」
 通りすがったのは、夏の祀典で拳を交わした仲である、ホワイトドラゴンの阿久津刃だった。
 日黄泉はにっこりと微笑む。
「あら……あなたも、キノコ狩りに?」
「ん、あァ、ちょっと面食らったけどな。ありゃァ本当に食えんのか?」
「美味しいって噂よ。だって、とってもいいにおいだもの」
「あー、まぁなァ」
 二体の地獄菌類が咽喉の奥で不吉な唸り声を転がしながらふたりの前に立ちはだかる。
「こういうの、どうかしら」
「ん? 何がだ?」
「どちらが先に仕留めるか、競争」
 日黄泉が言うと、刃はにやりと笑って頷いた。
「……面白そうだな」
「でしょう」
 顔を見合わせた後、ふたり同時に地面を蹴る。
 ――人喰いエリンギの、物悲しい断末魔の声が響き渡る。
「うん……やっぱ、楽しい」
 鳳翔優姫は刀を手に頬を緩めていた。
 視線の先では、あちこちに切り込みを入れられた地獄菌類が、怒りとも苦痛とも取れぬ唸り声を上げている。
 夏の祀典での戦いで戦いというか狩りに目覚めたらしく、刀やら素手で戦うための防刃手袋まで装備して、かなり本気で地獄菌類と向かい合っているのだが、その隣では、兎獣人ニーチェがすらりとした美脚を披露しながら何故か優姫の尻を撫でていた。
「……ニーチェ、なんか近くない? ってか、手の位置がなんかおかし……」
「そんなことないわよん」
「そっか。じゃあいいんだけど」
 明らかにセクハラタッチしまくりなニーチェに首を傾げつつ、しかしそれ以上は気づかぬ様子で、優姫は人食いキノコに突っ込んで行く。
「うふふん、ウサちゃんがいつまでも狩られる側だと思わないことよ〜ん」
 その隣で、お色気たっぷりに、地獄菌類に投げキッスなどしつつ、牙を剥いたそいつが飛び掛ってくるのへ、華麗な足技をお見舞いし、巨大口つきエリンギを地面に沈めるニーチェ。
「ん〜、いい匂い。お野菜とか巻いて食べたいわよね〜」
 ずずん、という地響きを立てて引っ繰り返る人食いキノコの傍を、やたらと大きな籠を背負った星神凰が通り過ぎていく。
「見ているがいいわ愚民ども、これで私もセレブの仲間入りよ……!」
 始皇帝の子孫でありながら基本的に庶民で貧乏な神凰は、超高級品が存在すると聞いて黙っていられなくなり、大量に仕入れて売りさばくため、引いては左内輪な生活をするために、気合十分に乗り込んできたのだ。
 残念ながらマツタケはここでは採れないようだが、通にはマツタケより美味と喜ばれるマイタケやクリタケ、ホンシメジやナラタケなどを見つけて神凰はご満悦だ。
 と、そこへしゃげえええという不吉な咆哮が響き、危険を察した彼女が剣を抜くよりも早く、
「仕留めな、カント=レラ!」
 聞き慣れた声がして、風よりも速く突っ込んできた美しい白鷹が、今まさに神凰に襲い掛かろうとしていた人食いキノコの胴体の真ん中を食い破り、そいつを派手に転倒させた。
「ああ、いい匂いだ。丸焼きにして食ったら絶対に美味いな」
 鷹を労いながら、トホマ族の勇猛なる女戦士、ミネは倒れた地獄菌類をしげしげと見遣る。
「生で食ったらどうなんだろうな、これ……?」
 ぽつりと呟き、トマホークで端っこを切ってみる。
「……要るか?」
 神凰に切れ端を指し示しつつ、すでに食う気満々のミネである。
 ロゼッタ・レモンバームはというと、秋の味覚を堪能しようとわくわくしながら杵間山にやってきたのだが、地獄菌類なる珍味が獲れると言うこの一角に興味を持ち、狩りに来ていた。
「菌類のくせに逆らうな、大人しく喰われろ」
 ドS魂に火をつけられ、ハイテンションで高笑いしつつ魔法を展開、地獄菌類の足元を地域限定の火の海に換え、丸焼きにしていたロゼッタを、いつの間にか何体もの人食いエリンギが取り囲んでいる。
「ち、面倒な……まとめて吹き飛ばすか」
 魔法使いであるロゼッタは、接近戦や乱戦には向いておらず、それゆえにそんな物騒なことを呟いていると、
「きゃあああああっ」
 甲高い悲鳴とともに、いかにも良家のお嬢さんといった印象の少女が、別の地獄菌類に追われて森の一角から飛び出してくる。
 ムービースターの桐生清華だ。
 彼女は、普通に秋の味覚を楽しみに来たはずが、間違って狩りの集団についてきてしまい、銀幕市民対地獄菌類の戦いに巻き込まれてしまったのだ。
 そして更に、
「なんやなんや、これは!? ああもぉ、何で俺はこないなとこにおるんや……!」
 やはり、普通に秋の味覚狩りに来たはずが道を間違えた所為で地獄菌類狩りご一行様と一緒くたにされてしまった南雲新が、数体の口つきエリンギに追われながら走ってくる。
 彼の手の中で美しい日本刀が踊るたび、地獄菌類の身体に深々と切込みが入った。
「そこのあんたら、大丈夫か!?」
 日本刀を揮って手近な地獄菌類を切り倒し、ロゼッタと清華を守るように、ふたりの前に立ち塞がる新。
 その横から、牙を剥いた人食い爆殺茸が突っ込んで来たのを、見事な跳び蹴りで沈没させたのは、武闘派牧師マイク・ランバスだった。
 実体化してあまり間がないマイクは、杵間山でバーベキュー・パーティが行われると聞き、何か手伝いがしたくてこちらを訪れたのだが、その中でも一番手の必要そうな地獄菌類狩りに志願し、ここまで来ていた。
「ご無事ですか、皆さん……!」
 誰かが襲われているのを見かけて放っておけず、つい飛び出してきたが、ゾンビやアンデッドならばまだ耐性もあるものの、地獄菌類などというインパクト大な生き物に、度肝を抜かれているマイクである。
 危ういところを救われた新は、見慣れぬ顔にきょとんとしたあと、
「助かりました、ありがとう。……アンタ、なかなかやりますね」
 屈託のない笑みを浮かべてマイクの腕前を讃えた。
 マイクが微苦笑を浮かべて首を横に振り、そして再度身構える。
 新もそれに倣った。
 その頃、エフィッツィオ・メヴィゴワームは海賊団の料理番に頼まれて狩りに来ていた。無論、赤貧を地で行く海賊団の食料庫に彩りを添えるためだ。
 どう頑張ってもやっぱり銃弾は当たらないので、いつものように拳銃を諦めて素手で地獄菌類に挑んでいる。
「しかし……なんつーでかさだよ……」
 が、地獄菌類のサイズはエフィッツィオの想像を超えていた。
 あまりの大きさに、殴りかかっては弾き返され、尻尾(らしき部分)に背中を強打されて引っ繰り返り……と、なかなか上手くいかず、未だに収穫できてはいない。
「……このまま帰ったら雷が落ちる……」
 ぼそり、と呟く背中に哀愁が漂う。
 そのくらい、ギャリック海賊団の料理番とは恐ろしいのだ。
 やべぇ真剣にやべぇ、と別の意味で危機に陥っているエフィッツィオから少し離れた場所では、神龍命が冷や汗を流している。
「いやぁ、皆楽しそう……だねぇ……?」
 サイズといい凶悪極まりない出で立ちといい、とてもではないが食物とは思えない。
「うーん、菌類って言うから、これが使えるかと思ったんだけど……ちょっと違う、みたいだねぇ」
 言いつつ、命が取り出すのは殺菌剤。
 ……それは普通、病原性あるいは有害性を有する微生物を殺すための薬剤である。多分というか間違いなく効かない。
 その近くで地獄菌類を容赦なく氷漬けにしているのはファレル・クロスだ。
「情けはかけません……食用として生まれて来たことを後悔してくださいよ、ねえ?」
 ファレルは、己が世界には存在しない貴重で稀少なキノコを美味しくいただくべく、地獄菌類の周囲にある空気の分子を組み替え、氷にして、人食いエリンギたちを身動きできなくしていく。
「こうして冷凍しておけば、新鮮なまま調理が出来ますからねえ」
 にっこりと仄かに黒く笑うファレルから離れた場所では、背中に籠を背負い、襷をした岡田剣之進が地獄菌類の一体と向かい合っていた。
「……あの怪物のようなキノコは、本当に食べられるのだろうか……」
 確かに素晴らしく食欲をそそる匂いは充満しているが、それが本当にあの、鮫のような口のついたお化けキノコのものなのか、剣之進には確かめようもないのだ。
 ふしゅるるる、と地獄菌類の一体が猛獣めいた息を吐く。
 特別でかい――恐らく全長五メートルは超えている――そいつの放つ殺気と、食欲は本物だ。
 このまま座して見ていても、奴の腹に収まるだけだろう。
「……巨体の鬼に挑む一寸法師のようだなぁ」
 ずし、と地響きを立ててこちらへ踏み出すお化けキノコに、剣之進は刀を構えた。
「やあやあ我こそ……は……?」
 向上を述べようとした剣之進の語尾が消えたのは、ホオジロザメのような口の中に、人影らしきものを見たような気がしたからだ。
 褐色の肌に、灰色の髪に、ちらりと見えた青いアレは、目ではなかっただろうか。しかも、誰か助けてーなどと、わりと余裕の声で、聞き覚えのある声が助けを求めてはいなかっただろうか。
「……うむむ……」
 何か大変不味いことになっているような気がして思わず考え込む剣之進。
 そこに聞こえてきたのは、
「き……きゃーっ!?」
 普通のキノコを探していてこちらへ迷い込んだ三月薺の悲鳴だった。
 その悲鳴に、特大地獄菌類が薺の方を向く。
「む……不味い」
 表情を引き締めた剣之進が薺を救うべく走り出すよりも、

『三属の雄、エテル=ヘカテの眼球よ/閃き瞬く光中の蜘蛛よ/奔る白雷/斬り裂く烈糸を持ちて/我が敵を打ち据え、跪かせよ』

 朗々とした呪文の詠唱と、それと同時に発生した小規模な稲妻によって、地獄菌類が尻尾と思しき下半身の一部分を焼き焦がされる方が早かった。
 ギャン、という獣のような悲鳴を上げて人食いキノコが吹っ飛ぶ。
 そいつが吹っ飛んで地面に叩きつけられた際、溶けかけた何かが口から飛び出て、びちゃり、という生々しい音を立てたような気がするが、そしてその中に、ううう死ぬとこだったーアルのやつめーなどという呻き声が聴こえたような気がするが、多分、幻聴だ。
「薺に手を出そうなんて百億年早いよ……うぷ」
 カッコいい台詞のあとに間抜けな呼気が混じるのは、マツタケ狩りの最中に幻覚の見えるキノコを食べてしまい、『女王と無体な仲間たちにとっ捕まってバロナにされてしまう』という幻覚を延々と見せられて満身創痍のバロア・リィムだ。
 正夢じゃね? とは言ってはいけない。その後、本当にリーリウムにとっ捕まるとしても、だ。
 人食いエリンギが怒りの咆哮を上げる。
「バロア、フォローするから、でっかいの、頼む!」
 ちらと剣之進を見遣り、互いに頷き合って、剣を抜いたタスク・トウェンが走り出す。
 お化けキノコが身構えるのへ、剣之進は右、タスクは左から攻め込み、ほぼ同時に刃を揮った。剣が、刀が、生白い胴体へ吸い込まれ、深い切り込みを入れる。
 吼え猛る地獄菌類を見据え、バロアはまた言霊を練る。
 彼の周囲を、鮮やかな光の色をしたオーラが舞い、彩った。
 響く爆音、断末魔の咆哮、そんな物騒な音を含みつつ、秋の味覚狩りは続く。



 2.ハッピー・スゥイートな夢の森にて

「やはり、甘い物にはお茶だな、うん」
 スルト・レイゼンは、夢のようなお菓子の森にて、臨時の茶飲み処を開いていた。
「そうだねぇ、お茶には甘いものだよねぇ。甘いものを食べたらお茶がほしくなるしねぇ」
 スルトが自分で持ち込んだ胡麻団子と、黒蜜がかかった葛餅の砂利、スイートポテトの土とそこから生えていた羊羹フラワーなどを食しつつ、まったりと笑い合うのは、エンリオウ・イーブンシェンだ。
 お菓子の森に緋毛氈を敷き、ポットと急須、湯呑み茶碗、お菓子用の小皿や楊枝など、色々なものを持ち込んでいる。
「ううん、このお団子、美味しいねぇ」
「エンリ、それ、さっきも言ったぞ」
「んん、そうだったかなぁ」
 スルトの居候している団子屋と、エンリオウの下宿している茶屋とは立地が近く、そのためふたりは親しい仲なのだ。
「スルトくん」
「ああ、どうした」
「……このお団子、美味しいと思わないかい」
「いや、うん、確かに美味しいと思うけど、だからエンリ、さっきも言っ……」
 エンリオウといると落ち着くけど、この天然ボケなところは何とかならないかなぁなどと、自分の天然振りを棚に上げて思うスルトである。
「うーん、このクリーム、最高」
 ケーキの丘では、チョコレートフラワーの植わった生クリームの花壇を貪りつつ、ケトがご満悦だ。
「お、あんなとこにも」
 目を輝かせてフルーツポンチの池に飛び込み、甘酸っぱいフルーツやアロエやナタデココ、カラフルなゼリーの泳ぐシロップの中で、華麗な平泳ぎを披露しながらそれらを食べまくる。
「チェスターもこっち来いよ、美味いぞこれ!」
 ケトが呼ぶと、いかにも着色料たっぷり甘さガッツリと言った趣の、歯がガタガタ言いそうなケーキの岩を頬張っていたチェスター・シェフィールドは呆れた顔をした。
「……なんでわざわざ中に入ってるんだ」
「え、だってこんなの、滅多に経験できないことだし」
「でもシロップだろ、それ。ベタベタになるぞ」
 言いつつ、チェスターはチョコレートビスケットの木に齧り付いている。
 ケトはフルーツ寒天の魚を捕らえて頭から齧った。
 つるりとした咽喉越しが心地よい。
「うーん、幾らでも入るなぁ、これ」
「だな。でも……あとでバーベキューにも行きたい」
「当然じゃん、肉も食うよ肉も」
「うん、育ち盛りだしな、たくさん食べないと」
 そんな算段をしつつ、少年たちは更に甘味の森を探索していく。
「いっぱいお菓子があって、どれを食べるか迷っちゃうわね……」
 コレット・アイロニーは、甘く芳しい香りを漂わせる森の中を、うきうきと探索していた。
「あ、あんなところに、チョコレートの泉がある……いい匂い」
 絹のように滑らかな風合いの、濃い茶色の液体で満たされたその泉からは、芳醇にして濃厚なる香りが立ちのぼり、コレットを誘惑している。
「中にジャブジャブ入っても大丈夫かな。チョコレートの泉に漬かることが出来るなんて、夢みたいね」
 両手でチョコレートをすくって一口啜り、コレットは笑顔になった。
 皆にもこのことを教えてあげよう、バーベキュー会場に持って行ってあげようと、周囲をきょろきょろと見渡し、コレットは、ストロベリーキャンディで出来た、洗面器ほどもある大きさの紅葉にチョコレートを掬って運び始める。
 その脇を、玄兎に引っ張られて歩いて行くのは、二十代半ば程度の青年の姿を取った晦だ。
「ああもぉ……酒飲みたかったのに……」
 彼は、酒と油揚げがあれば上機嫌なのだ。
 バーベキュー用に持ち込まれる酒を目当てに、ミニサイズ化するというパーティ会場へ行こうとしていた晦は、同じ居候である玄兎に巻き込まれてここまで来ていた。
「まぁ……ええけど。ええにおいやな、ホンマ」
 とはいえ、お菓子の森に興味津々で、ポッキー松の木やマシュマロキノコ、飴細工の果物などをつまみながらあちこちを探索していた晦は、
「おおー、なかなか圧巻やなぁ」
 金色の蜂蜜が流れる川に行き当たり、感嘆の声を上げて水面を覗き込んだ。
 川の中を、色とりどりのキャンディ・フィッシュが泳いでいるのが見える。
「不思議やなぁ……どないなっとるんやろ、あれ」
 真剣に川面を見詰めている晦の背を、玄兎が、ロリポップ・クローバーを噛み砕きながらじっと見ている。
 ――かと思いきや。
「えい☆」
 可愛らしい掛け声とともに晦の背を押し、彼を蜂蜜川へと突き落とした。
「ぎゃーっ!? ちょっ……われ、何すんねん……っ!?」
 ねっとりとろりとした蜂蜜の中にダイヴしてしまい、思う存分溺れる晦。
「あひゃひゃ、やっちゃったZE★」
 腹を抱えて笑う玄兎。しかも助けない。
「ああああああこのアホおおおおおおお!」
 甘くて芳醇な液体に口を塞がれつつ絶叫しつつ溺れつつ半泣きで玄兎を罵る晦は、いつの間にかチワワサイズの仔狐に戻ってしまっている。
 そんな彼を引き上げたのは、
「……変ナ魚が取れタ」
 お菓子の森を何となくフラフラしていたミサギ・スミハラだった。
「どんな魚類やねんっ!?」
 自慢の毛皮がベッタベタな仔狐に絶叫ツッコミされても真顔だ。
 彼は、蜂蜜川を泳ぐ飴製の魚が気になって、それを取ろうと手を突っ込んだところで晦をゲットしてしまったのだ。
「ううううう、ベトベトになってしもたやんけ……」
 全身蜂蜜漬けで毛がぺちゃんこになってしまった晦が呻いていると、
「あひゃひゃひゃひゃ、なんか別の生き物みたいになってるうぅー!」
 玄兎がそんな彼を指差して爆笑する。
「……」
 晦は無言で玄兎の傍まで寄って行き、おもむろに、彼の尻に全力で噛み付いた。
「いってえええぇー! 何すんだよー!」
 自業自得風味の玄兎の悲鳴が木霊する。
「んー、いい匂い!」
 その頃、レドメネランテ・スノウィスは、お菓子に満ちた空間にワクワクしながら歩いていた。
「やっぱり、こういう時は、カキ氷だよね」
 と、サイダーやジュースの川の一部を凍らせてシャーベットにしたり、ケーキの果物を凍らせて砕いてフルーツカキ氷を作ったりして食べていると、
「ユーリ、どこに行っちゃったのだ、ユーリ」
 半ベソ状態のベアトリクス・ルヴェンガルドがとぼとぼとやってくる。
 彼女は、友人の悠里と一緒に散策に来たのだが、目に映るものを追っているうちにはぐれてしまったのだ。有り体に言えば迷子である。
「あれ、ビイ」
 レドメネランテが声をかけると、ベアトリクスはぱっと顔を上げ、ワンピースの袖でごしごしと顔を拭った。
「どうしたの?」
「な、なんでもないのだ。それより、レンは何をしておるのだ?」
「ボク? 美味しいものがたくさんあるから、カキ氷を作ってるの。ビイも食べる?」
「う、うむ……食べてやってもよい、が……」
「うん、どうしたの?」
「レンは、バーベキュー会場への道を知っておるか。帰り道でもよい。知っているのならば、褒めて遣わすぞ」
 精一杯虚勢を張ってみるものの、不安そうなベアトリクスをきょとんと見詰めた後、レドメネランテは頭を掻いた。
「帰り道……ごめん、ボクも判んないや」
 彼の言葉に、幼女帝が本気で泣き出しそうになったところへ、
「ビイちゃーん、よかった、見つけたーっ!」
 息せき切って駆けて来るのは悠里だった。
 色々なお菓子の生っている木や、ジュースの湧く泉に見とれている間に、ベアトリクスと離れ離れになってしまったのだ。
 ホッとして、安堵のあまり泣きそうになるベアトリクスに悠里が飛びつき、レドメネランテは笑顔でフルーツカキ氷を差し出した。
 そこから少し離れた場所で、
「天国って、こういうことを言うのかなぁ」
 37歳とは思えない、無邪気極まりない満面の笑顔で森を歩くのは月下部理晨だ。
「……このチョコレートの岩山、持って帰りてぇなぁ」
 チョコレート・アイスクリームで思わず釣られてしまうほどのチョコレート・フリークである理晨は、チョコレート・ムースの苔を剥がして食べ、ホワイトチョコレートの花びらをつまんで食べながら、上機嫌で散策を続ける。
 ヴァールハイトは、その隣を歩きながら、理晨の好きそうなチョコレート菓子をこっそり採集していた。
 何故なのかなど、今更尋ねるまでもないだろう。
 理晨に関することでは、実は(当人は知らないが)かなり献身的なヴァールハイトが、ビターチョコレートの木の枝や、フォンダンショコラ茸などを、持参したケースに仕舞い込んでいると、
「……あー……」
 複雑な声が上がる。
 声の主はイェータ・グラディウスだ。
 ヴァールハイトと同じく、理晨とともにお菓子の森を探索していたイェータは、やはりヴァールハイトと同じく、理晨の好きそうなチョコレート菓子を採集していたのだ。
 そして、ヴァールハイトが自分と同じ行動を取っていることに気づいて、大変複雑な表情をしている。
 唯・クラルヴァインもまた、理晨と同行した人間のひとりだったが、
「……おや、こんなところに」
 彼は、納豆味のコーンスナック木の皮やくさや味のキャラメルの実、味噌味のわた飴の花など、妙な味のものばかりをこっそり採集していた。持ち帰って、ひとりで密かに楽しむつもりらしい。
「さて、んじゃそろそろ移動すっか」
 思う存分チョコレートと戯れてご満悦の理晨が、そう言った後、
「あ、ジョンと翼姫じゃん」
 クリームたっぷりのミルフィーユ地層や、ショートケーキ岩を食べて満足そうにしている臥龍岡翼姫と、チョコレート岩の塊や、その他様々なお菓子を抱えて佇んでいるジョン・ドウを見つけて手を振った。
 理晨に気づいた翼姫が嬉しそうな笑顔になると同時に、
「……ツバキ、頬にクリームついてる。子どもみたいだ」
「うるさいわね、アクセサリよっ!」
 余計なことを言い、首まで赤くなった翼姫に足の甲を思い切り踏ん付けられて息を詰めるのがジョンクオリティである。
「……幸せそうだな、翼姫。よかったじゃねぇか」
「そうですね、本当に幸せそうです」
 本気でそう思っているイェータと、神々しいまでに美しい確信犯笑顔の唯、双方の言葉に、翼姫がこれ以上ないくらい真っ赤になり、
「も、もう……知らないんだからっ!」
 裏拳でジョンを沈没させる。
 ――それも愛だ、愛。
「わー、凄いなー」
 その傍を通り抜けつつ、ベルは、カラフルなお菓子の森を歩いていた。
 自分の世界にはありえないような摩訶不思議な光景に、ベルは興味津々だ。
 べっこう飴の木の枝に、赤や青や緑の小鳥が留まっていて、ベルを金色の目で見ている。
 と、
「う、うわわっ!?」
 敵だと思ったのか、その小鳥たちがいきなり突っ込んできて、ベルは、それを避けた拍子にチョコレートの沼にはまってしまった。
 底なし沼のようにずぶずぶと沈んで行きそうになるのを何とか脱出したはいいが、自慢の尻尾がチョコレートまみれだ。
「……あーあ。どこか、洗うところないかな。水場水場」
 言いつつきょろきょろしていると、木立の向こう側に小規模な滝があるのが見えた。
 近づくと、爽やかな香りが漂っている。
「まぁ、これでいいや」
 茶色くなってしまった尻尾を滝の水に浸し、チョコレートを洗い落とす。
「よし、これでOK……うん?」
 顔にかかった水しぶきを舐めてみると爽やかに甘い。
 どうやらサイダーらしい。
「……今度は、ベタベタする……」
 無表情に、しかしややアンニュイに呟くベルから少し離れた場所で、森砂美月は大はしゃぎしていた。
 西洋人形のような、クラシカルロリータファッションを身にまとった彼女は、このメルヘンな場に溶け込むかのように馴染んでいる。
「素敵、とっても素敵」
 甘い香り、ふんわりとした優しい風合いの景色に、胸が高鳴る。
「写真に残しておきたいな……」
 美月が、誰かに写真を撮ってもらおうときょろきょろしていると、金髪の幼女とボーイッシュな女性とがやってくるのが見えた。
 アレグラと市之瀬佳音だ。
「このスポンジケーキの幹は最高だ。地球人、燃すと刷毛だ、おまえも食え!」
「ええと、それってお裾分けのこと?」
「……そうとも言う!」
「わあ、ありがとうアレグラ、じゃあ私はスフレの岩をお裾分けしちゃうね。縮むから早く食べた方がいいよ」
「おお、これも美味いな! かーちゃんにも燃すと刷毛したいぞ!」
「お裾分けねお裾分け。……うん、この袋貸してあげるから、たくさん詰めて持って帰るといいよ。きっとお母さんも喜ぶよね」
「おう!」
「あのー……」
 ほのぼのとしたふたりに、美月が声をかける。
「おう、どうした、地球人」
「ごめんなさい、よかったら写真を……」
「いいですよ、シャッターを押すだけで大丈夫ですか?」
 頷く美月に笑いかけ、佳音がカメラを手にする。
 アレグラも美月と一緒にハイチーズ。
 ほのぼのとした光景だった。
「不可解……とても不可解です」
 ネティー・バユンデュは、植物や岩や大地までがお菓子になっている仕組みを科学的に分析・解明しようと躍起になっていたが、この不思議の場において計測器具は役に立たず、その目論見は果たされていなかった。
 一緒にお菓子の森へ迷い込んだフェイファーはというと、葉っぱのスナック菓子やどんぐりの飴、ミント味の砂糖菓子の雑草、チョコレートの小石などをつまんで食べ、楽しそうにしている。
「自然界としてありえません……何故この森はこのように、」
「ネティ、ネティ」
 用をなさない計測器を手に、自分の世界に入っていたネティーは、チョコレートケーキの木の皮を剥がしたフェイファーに、その一部を差し出されて瞬きをした。
「これ、美味いぞ」
「え、あ、はい、そうですか」
 咄嗟に受け取ってしまった後、まじまじとそれを見詰め、一口齧ってみる。
 決して甘過ぎないチョコレートの芳醇な香りと、ほろ苦さと甘味、そしてふわりとした食感に、ネティーは思わず微笑んだ。
「……そうですね」
「ん、どしたー?」
「いえ、こうして楽しいひとときが過ごせるのなら、必ずしもすべてが解明される必要はないのだろうと」
「はは、そうだな」
 フェイファーは、そんな、生真面目なネティーを可愛いと思いつつ笑った。
 その頃、銀幕市一のスイーツイーターの異名を取るクレイジー・ティーチャーは、マツタケってキノコでしょ野菜でしょ菌類デショそんなモン食えるかっつーのペッ! ということもあり、また甘味に目がないということもあって、当然のごとくお菓子の森へ特攻していた。
「ウウーン、パラダイスってこういうことを言うノかな!」
 耐性のない人間には敷居の高いホラーな幸せ笑顔で、片手に巨大シュークリーム岩を抱え、片手に持ったチェーンソーでチョコレート並木を伐採し、枝から根っこまでを喰らい尽くすと言う暴食ぶりだ。
 次々とチョコレートの木が伐採され、フルーツパフェの花畑が刈り尽くされ、金つばの岩山が喰らい尽くされ、クリームソーダの池と、それに隣接する白玉ぜんざいの池が飲み干されていく。
 誰にも奴を止められない、そんな勢いだった。
 これぞまさしく甘池糖林。酒池肉林より高カロリー。

 * * * * *

 その頃、お菓子の森の一角ではちょっとした冒険と戦いが勃発していた。
『甘いものなんか嫌いだ、あんな子どもっぽいもの、食べられたもんじゃない!』
 クッキーの木の下で赤いブレスを吐いて息巻くのは、全長五メートルほどの真っ赤なドラゴンだ。
 金色の目と蝙蝠のような大きな翼、長い尻尾と山羊のような角を持つ、名をハバネロドラゴンという彼は、まさしく激辛ブレスを武器とする、お菓子の森の登場人物の一体だった。
 お菓子の森で、主人公の前に現れては意地悪や悪戯をするという餓鬼大将的なキャラクターだが、実際には大人ぶりたいだけで本当は甘いものもお菓子も大好きという憎めない存在である。
『お菓子が好きな奴らなんて、みんなぶっ飛ばしてやるっ』
 鼻から赤い息を噴き出して言い、ハバネロドラゴンが羽ばたく。
 ゴウ、と風が渦巻いて、ビスケットの茂みを揺らし、シュガーパイの葉っぱを吹き飛ばした。
 ――ついでに、運悪くそこにいたレモンも。
「ぎゃーもうなんなのよー!?」
 お菓子の森で楽しく採集を行っていた聖なる兎様は、あっという間に遠ざかっていくハバネロドラゴンに向かって盛大に毒づいたあと、プンプン怒りながらバーベキュー会場へと移動していった。
『お菓子好きな奴らめっ、いざ尋常に勝負っ!』
 ハバネロドラゴンが挑みかかったのは、彼の話を聞きつけてパーティを結成していた勇者様ご一行こと銀幕市民たちだった。
『ぷぎゅ、おかしはすてきなのです! ドラゴンさんもおかしをたべたらしあわせになるです!』
 ブラックウッドの使い魔、ジョブ:ゆうしゃがむんと胸を張る。
 その可愛らしさ、プライスレス。
「あ、やばい、鼻血出そう」
 使い魔を肩に乗せて、そんな不穏なことを幸せ笑顔で言うのは、ジョブ:ナイトの理月だ。
 ジョブが、剣士でも侍でも忍者でもなくナイトなのは、使い魔を守る騎士のつもりだからだが、目じりが下がり、力の抜け切った笑顔に迫力は皆無だった。
「あのハバネロドラゴンも可愛いよなー」
 当然、あまり戦う気もない。
「……幸せそうね、あなた……」
 呆れたように、ジョブ:まほうつかいの香玖耶・アリシエートが言うのへ、理月が何の躊躇いもなく頷く。
「動物って可愛いもんな」
『誰が動物だっ!』
 理月の言葉に腹を立てたらしく、ハバネロドラゴンが牙を剥いて襲いかかって来る。
 えーだって動物じゃねぇかよーなどとこぼしている理月に溜め息をつき、香玖耶はお菓子の森に満ちる精霊たちに向かって意識を凝らした。
 彼女が言葉を紡ぐ間、ジョブ:けんしのガルム・カラムと、ジョブ:みずつかいのアルヴェス、そしてジョブ:アサシンのフランチェスカ・バルバートがハバネロドラゴンの前に立ちはだかる。
 ガルムは片手にソーダキャンディの剣を持ち、反対の腕に特大のシュークリーム岩を抱えていた。
「ドラゴンさん、甘いものっておいしいよ! ねえ、一緒に食べよう?」
 ガルムがシュークリーム岩を掲げて呼びかけ、
「そうだよっ、おかしはすごいんだよ! あまいだけじゃなくて、からいのもすっぱいのもあるもん! ボクはキャンディがすきなんだー、キラキラしてていろんな色があるから」
 アルヴェスが満面の笑顔でキャンディを差し出し、
「ここで会ったが百年目……と言えばいいのかしら? お菓子のよさを判ってもらうわよ、ドラゴン君」
 両手に蜂蜜クッキーを持ったフランチェスカがにじり寄る。
 ハバネロドラゴンはしばしシュークリーム岩やキャンディや蜂蜜クッキーを羨ましげに見詰めていたが、ややあってぶんぶんと首を横に振り、
『ううううるさーいっ! おまえたちの手になんか乗るもんかっ!』
 大きな尻尾を振り回して、三人をべちべちと叩いて弾き飛ばす。
 ガルムはキャンディ剣の先っちょを齧られてしまい、ションボリしていた。
 それを、ジョブ:しろまどうしの人魂たちが慰めて癒している。
「よーしっ、次はあたしのばんだよーっ!」
 威勢よく手を挙げ、ハバネロドラゴンの前に飛び出すのはジョブ:ぎんゆうしじんの妖精リャナだった。
 先ほどまで採集に精を出していた彼女のポケットからは、居候先へのお土産のグミのどんぐりやべっこう飴の落ち葉が覗いている。
「つかいまくんをえーごんしちゃうんだからねっ!」
 それを言うなら援護だが突っ込んでも恐らく無駄だ。
『何だよチビ……やるのかよ』
 ドラゴンがこちらを伺うのへ、自信満々で胸を張り、リャナが口を開く。

「おかしはあまいぞー。うまいぞー。はがうくぞー」

 神秘的な美少女から放たれる、メロディが壊滅した援護の歌。
 ……いや、援護のためなのかどうかも正直微妙だ。
『うわあああ力が抜けるううううう!?』
 前脚で器用に耳の部分を押さえてドラゴンがびったんばったんとのたうちまわる。
「ちょ、何かすげぇ力抜けるんだけど……!?」
 ついでに味方も壮絶脱力中。
『むむむ……や、やるな……!』
 好敵手と認定したらしく、ドラゴンがリャナとの間に距離を取る。
「……可愛い……」
 流鏑馬明日は、そんなほのぼのとした戦いを木の陰から見詰めていた。
 可愛いお菓子の森に、無表情かつ沈着冷静ながら、彼女なりにテンションは上がっていて、自分も勇者様ご一行に参加したくて仕方がないのだが、
「私が混じっても、こう、もえーにはならない気がする、から……」
 それを言うなら理月など三十路を超えているが、少し間違った認識と照れで、木の陰から見守るに留まっているのだった。
「あ……パルを入れるくらいなら、いいかしら……?」
 と、小さな白バッキーを手に明日が迷っていると、
『くっそう、これならどうだっ!』
 大きく口を開いたドラゴンが、真っ赤なブレスを吐いた。
 火やエネルギーではなく、激辛唐辛子の粉という辺りが子ども向け映画の登場人物である。
 しかし効果は覿面で、
「うわあん、ヒリヒリするようっ」
「うう、さすがに効いた。目がしばしばするわ……」
「口ン中がすっげー辛いっつか、熱いっつか、痛ぇ……」
 勇者様ご一行は激しく咳き込み、目尻に涙を浮かべて見事に危機に陥っている。
『ぷ、ぷぎゅーむ』
 皆のピンチに、自分も唐辛子粉に苦しみながら咄嗟に手(?)を伸ばした使い魔が掴んだのは、金色のドーナツだった。
『ま、まけないのです……っ!』
 気合いとともにドーナツを掲げた瞬間、それが眩しく光り輝き、
『そ、それは……でんせつのおかし……!』
 ハバネロドラゴンが驚愕の声を上げる。
「よしっ、今だわ!」
 ブレスの勢いが弱まったのを見計らい、香玖耶が森の中のお菓子を合体させて『スイーツ魔人』を召喚、身の丈三メートルほどもあるそれが、レモンキャンディの木の枝を武器代わりにドラゴンへと向かっていく。
「覚悟なさいな……!」
 香玖耶がびしりと指を突きつけると同時に、スイーツ魔人がキャンディの木の枝をドラゴンの口の中に突っ込んだ。
『あ……』
 ハバネロドラゴンから力が抜ける。
『あまーい。おいしー』
 にへにへと笑って脱力し、幸せそうに地面を転がるハバネロドラゴン。
 それを、ジョブ:みならいまほうつかいの成瀬沙紀が、アニメの魔女っ娘が持っているような可愛らしいステッキを手に見ている。他にも、沙紀の目は、お菓子の森やスイーツ魔人に釘付けだ。
「素敵、カッコいい……!」
 本当に魔法を使える人たちを羨ましく思いつつ、今はこの場所にいられるだけでも嬉しくて仕方がない。
「そうかな、えへへー」
 素敵やカッコいいという単語とは一番無縁だったように思える技を披露したリャナが、照れ臭そうに沙紀の肩に留まる。
 沙紀はそれへとっても素敵だったと本気の賛辞を向けてから、まだぐねぐねと幸せそうにのたうっているハバネロドラゴンに、
「パパ……じゃなくて、お父さんが甘いものは朝食べるといいって言ってたの!」
 と、甘いものの持つ効能を伝授するのだった。
『むむむ、残念……僕の負け、か……』
 残念そうにしつつ、ちょっぴり嬉しそうでもあるハバネロドラゴンが、お菓子が詰まった大きな宝箱をくれる。
『ぷぎゅ、ありがとうなのです、たのしかったのですー』
『ま、まぁ、来たかったらまた遊びに来てもいいぜっ』
 照れてそっぽを向くドラゴンに別れを告げ、勇者様ご一行は意気揚々とバーベキュー会場へ向かうのだった。



 3.ライヴリィ・ビート!

 時刻は正午へ指しかかろうとしていた。
 会場の一角からは、芸術の秋を満喫している人々の奏でる賑やかな音楽が響き、楽しい雰囲気を更に盛り上げている。
「よーし、じゃあ、食材を見せて。おや、バーベキューなんて焼くだけ、って思ってた? 違う違う、切り方とか焼き方ひとつでね、全然違うもんなんだよ、ふふふ」
 槌谷悟郎は特大の食材を前に腕を揮っていた。
 人々の持ち込む野菜を華麗な包丁捌きでカットし、次々にバットへ並べていく。
 悟郎の周囲には、あっという間に食材の小山が出来た。
 その隣では、桑島平が、身の丈ほどもあるマツタケを積み上げながら、バーベキューの極意を伝授している。
「いいか、肉、野菜、野菜、野菜、誰かが持ってきたマツタケ、野菜、肉! あくまで野菜中心に食え!」
 言ってから、平は悟郎にマツタケを差し出した。
「俺が頑張って採って来たマツタケだ、よろしく頼むぜ」
 数の上では四本と大して多くはないものの、すべてがミニサイズ化するここでは相当な収穫だ。
 悟郎は笑って礼を言い、
「ああ、うん、ありがとう桑島さん……っと、しかし、ものが大きいと大変だな。また腰をどうかしないように注意しないと……」
 どうということのない内容だが、夏の祀典に参加した上でそこだけ聞くと意味深過ぎる台詞とともにマツタケの調理に取り掛かる。
 そこへ特大というより巨大な薩摩芋を引き摺った赤城竜がやって来て、
「そうだな、桑島の(マツタケ)はでっかいからな、無茶すると腰に来るぜ、注意してくれよなっ!」
 豪快に笑って傍に薩摩芋を置く。
「まぁ、おっちゃんの(薩摩芋)もでっかいけどな! ってわけで腰には要注意だ!」
 一部の人々の視線が意味深な色彩を帯びてしまうような、誤解力に満ちた言葉を豪快に放ってガハハと笑う竜。
 ……もしも次の日カレーショップ『GORO』が休業になったら、また、微妙極まりない噂話が常連客の間を巡り巡ることだろう。
「さて、では……」
 ハウレス・コーンは、人々が難儀しそうな大きな食材を切る手伝いを申し出ていた。
 包丁ではなく爪で、器用にみじん切りや飾り切りまで自由自在にカットしている。
 新鮮極まりない硬い人参、ちょっとした自動車くらいのサイズがあるキャベツ、帽子サイズの椎茸、骨付きカルビの骨の部分、大型犬サイズのえびの殻、大王イカ級のイカのカットまで何でもござれだ。
「あ、そうそう、マツタケも手に入れてきましたので、よろしければどうぞ」
 笑顔でマツタケを差し出すハウレスの隣では、本陣雷汰がサバイバルナイフを用いて人食いエリンギの解体に精を出している。
「面白いな、こいつ。どういう生態なんだろうな……?」
 元々戦場カメラマンである彼は、戦地に長期滞在してきた経験から、下手物の類いでもおいしく調理してしまう腕を持っている。
「でっかい食材ってのも、楽しいじゃないか。なぁ……?」
「ああ、本当に。興味深いし、何というか……ワクワクするね」
 マイ包丁セット持参で巨大食材に特攻しているのは真船恭一だ。
 お土産に持ち帰る分を除いてマツタケを提供し、あまりの巨大さに四苦八苦しつつも楽しそうに包丁を揮っている。
「うーん、そうだな、じゃあ、私は……」
 呟きつつ、野菜が苦手な人用に、野菜の美味しさを引き立てると同時に臭味や苦味をやわらかくする甘辛いタレを準備し、肉が苦手な人たちのために脂身を調節したりやわらかくなるよう筋切りをしたりと、丁寧で細かい仕事に精を出す恭一である。
「ふむふむ、なるほど、そうやればいいんだ……って、あ痛っ!? あああ、指切った……!」
 新倉アオイは、それほど料理が得意なわけではない……というかチョコレートを直火で溶かす的な失敗をよくやるのだが、皆でワイワイと準備をすると言うのが楽しくて、積極的に手伝いに参加していた。
 その結果指を切ったりものを落としたり可食部分を大幅に減らしたりしているのだが、アオイ自身は楽しそうだ。
「でもいい匂い。どんな味なんだろう……楽しみ」
 実はきちんとマツタケを食べたことのないアオイは、その味を想像して頬を緩め、材料を串に刺す手伝いのさなかに自分の指まで刺してまた大騒ぎするのだった。
「へえ、上手なのね、ハンス」
 マナミ・フォイエルバッハは夏の祀典で知り合ったハンス・ヨーゼフとともに料理に精を出していた。
「ん、ああ……好きだからな。自分の作ったものを美味いと言ってもらえたら、嬉しいし」
 言いながら、ハンスが、器用に、丁寧に食材を切り揃えていく。
「折角だから、こっちで秋鮭のホイル焼きを作ろうか」
「ええ。どうやったらいいの?」
「そうだな、まずは……」
 魚の切り方、それに添える秋の味覚の切り方、味付け、並べ方、包み方などを、丁寧に、実践を交えて教えてくれるハンスに、マナミのときめきはノンストップだ。
 しかし、同時に、しっかりメモを取ることも忘れない。
「……熱心だな、マナミ」
 ハンスの言葉にマナミがふふっと笑う。
「あとでメグミにも作ってあげたいのよ。メグミは私の大事な家族なんだけどね、美味しいものを食べさせてあげたいの」
「……なるほど」
 かすかに笑うハンス。
 マナミはにっこり笑って、ハンスの頬にキスをした。
「教えてくれてありがと、ハンス」
 ハンスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに苦笑を浮かべて頷いた。
「どういたしまして、かな」
 そこから少し離れた調理台では、ルイーシャ・ドミニカムがクラウス・ノイマンとともにのんびりと調理に勤しんでいる。
「美味しいと言っていただけるのは、とても嬉しいことですわね」
「そうだね、料理をするだけで楽しいし、幸せなのに、美味しいとまで言ってもらえたら、もう、美味しいものを作るしかないよね」
 ほのぼのとした笑顔を向けあうふたり。
 食材をカットするほか、キノコを使った惣菜を作ったり、秋が旬の果物を使ったスイーツを作ったりと、のんびりとではあるが、ふたりの作業は着実に進んでいた。
 そして、そろそろ、大きな網を真ん中に、バーベキューパーティそのものも始まっているようだ。
 腹ペコの人々が、肉や魚や野菜や惣菜に突撃していくのが見えて、クラウスはのんびりと微笑んだ。
「なんかハルくんと一緒に出かけるのって久々だね」
 冬野真白は、母親の従姉妹の息子である冬野陽杞と、兄の冬野那海とともに会場へ来ていた。
 見よう見まねで食材をカットし、キノコや薩摩芋、果物を使った料理やデザートを作って、ふたりへ振る舞っている。
「うん、ほんとだね」
 母親が仕事で来られず、ふたりに預けられた陽杞だが、大好きなふたりと一緒なのであまり寂しさは感じていない。
「まーちゃん、まーちゃんのごはん、おいしいね」
「そう? ありがとう、ハルくん」
 バッキーのぽことくおがじゃれあって遊んでいるのを目を細めて見ながら、真白は微笑み、陽杞を膝の上に抱っこした。
「いろいろなものがおおきくて、わくわくだね、まーちゃん」
「そうね、不思議な気分だけど、わくわくしちゃうわね」
 その傍では、那海が、真白の作ったキノコパスタとスイートポテトを感動しながら食べている。
「うん、美味い。真白の作るものなんだから当然なんだけど、美味い。何かもう……うん、幸せだな……」
「大袈裟よ、お兄ちゃん」
「ん、そうか? でも、真白が作ってくれたっていうだけで、感動してしまうというか」
 喜びでベタ褒めな兄と、少し呆れつつも嬉しそうな妹、そんなふたりを交互に見ては嬉しそうに笑う陽杞。
 ほのぼのとした時間が流れていく。
 その頃、ヴォルフラム・ゴットシュタールは、特に何を食べるでもなく会場をウロウロしていた。
「皆が楽しそうだと、私まで楽しい気分になる、な……」
 食事には一切手をつけていないのは、食べなくとも死なないという肉体的な理由と、それゆえに食事を取ることを忘れてしまっているという理由からなのだが、それでもヴォルフラムは楽しげだった。
「兄さん、せっかく来たんだから何か食えよ、でねェともったいないぜ?」
 そこへ声をかけたのは藤だ。
 彼は、同じアパートに住んでいる、可愛い妹分の花咲杏と一緒に食事をしにきたのだが、ウロウロするだけで何も食べようとしていないヴォルフラムが気になって声をかけたのだ。
「せやで、食べへんともったいないで」
 ご機嫌でバーベキュー会場へやってきた杏は、藤の言葉に同意しながら、彼の皿に、山のように肉や野菜を盛り付けて渡している。
「ああ……うん、そうか、ありがとう」
「あっちの方に色々あるから、好みのものを探しに行って来たらどうだ?」
 一瞬きょとんとした後、わずかに微笑んで頷き、ヴォルフラムが歩み去っていくのを見送っていた藤は、同じ映画出身のムービースター、京秋を見つけて破顔し、彼に駆け寄った。
「おおい探偵の旦那ー、旦那は食わないのか?」
 京秋はと言うと、会場の一角で繰り広げられる、たくさんの芸術家、音楽家たちの共演を、興味深げに見詰めているところだった。
 何せ秋という季節は心地よい。
 秋の暖かい色合いは黄昏に似ている上、自分の名前にも入っているため、非常に居心地がよく、穏やかに鑑賞していたところへ藤に声をかけられ、
「……君のことだ、どうせ私が行くというまでは折れないつもりだろう」
 微苦笑して頷く。
「まぁ、ここで出会ったのも縁だろうからね、ご一緒させていただくとしようか」
 言いつつ、やった、と喜ぶ藤とともに座席へ行こうとして、
「あ、秋はんやないの」
「う……」
 天敵である猫の妖怪、猫又の杏に気づき、その場で硬直する京秋だった。
 どないしはったん? と可愛らしく小首を傾げる様すら、正直に言えば、恐ろしい。
 何か食えと言われてたくさんの食べ物が焼かれている辺りに辿り着いたヴォルフラムを、ギルバート・クリストフが見つけて世話を焼いていた。
「ええと……では、食べることを忘れている、というのは」
「食べなくても死なないからだ」
「……住処も要らない、いつもは外で雨に打たれている、というのは」
「多少冷たいと思わなくもないが、やはり、死なないからな」
「……ッ」
 あまりにもあまりな彼の身の上に思わず涙してしまうギルバートである。
「……何故泣く」
 当の本人はむしろ不思議そうな顔をしていたが。
「いいえ、何でもありません。こちらで一緒に食事をしましょう、ヴォルフラム殿」
「……そうか」
 ギルバートは目尻の涙を拭いつつ、気のいい大型犬のように従順なヴォルフラムとともに、同じ世界から実体化したイェルク・イグナティとエレクスのいるテーブルへと戻る。
 途中、なにやら意味深な視線を向けられたような気がしたが――というか、実体化してからこっち、ずっと同じ種類の視線を向けられているような気がするのだが――、今はそれどころではないと無視する。
「戻ったか、ギル。先に始めさせてもらってるよ」
「ああ、別に構いませ……エレクスは相変わらずですね」
 イェルクの言葉に頷きかけ、無言で黙々とたくさんの皿を空にしていくエレクスに呆れた声を上げるギルバート。
 エレクスはというと、ギルバートの言葉を気にするでもなく、ヴォルフラムにチラと一瞥を寄越し、すぐに視線をずらして、次の皿を確保に出かけていく。
 食に関しては容赦のない鬼となる彼は、ホーク・アイまで使って食材すべてを見通し、美味なものから狙い打つという凄いのか凄くないのかのラインが微妙な手段をとっていた。
 ちょうどそのころ、フレイド・ギーナは普段食べられないような食材を食べまくっていた。
 よほどのことがない限り争いは避けたいヘタレなので、奪い合うというよりも、とりあえず食べることに集中している。
 毒蝶の園と呼ばれるレストスペースを見てしまったときは、さすがにドン引きしたが、触らぬ神に祟りなしということで、ノーリアクションで食事を続行するという賢明さである。
「今度は、どれを……」
 地獄菌類と秋鮭のクリームパスタを平らげ、今度は肉でも……と思いながら手を伸ばそうとしたら、同じ皿に、顔の左側に傷痕のある男の手とかち合った。その瞬間、男から凄まじい殺気が放たれ、フレイドはさっと手を引っ込める。
 怖い人と遭遇した場合、獲物は大人しく譲るヘタレ。
 だって怖いじゃん。
「……料理は、他にもあるわけだし、な」
 薩摩芋の天ぷらと白菜をたくさん使った豚汁をゲットして来て、ほっと一息つく。
「うん、美味い」
 恐らくフレイドは、この場でもっとも地味に、静かに幸せを噛みしめるひとりだっただろう。
「刀冴さん、はい、あーん♪」
 リゲイル・ジブリールは、自分でカットし、自分で焼いたキノコや野菜にたれをつけ、同じテーブルを囲むメンツに差し出していた。
「おいおい、子どもじゃねぇんだから」
 豪快に地獄菌類を焼きつつ言う刀冴は、少し照れていたが、リゲイルの差し出すキノコを食べて目を細めた。
「ん、美味い」
「本当? これ、わたしが切って、焼いたのよ」
「そうか……だから美味く感じるのかな」
「ああ、それって……とっても素敵なことね。そして、とっても嬉しいことだわ」
 にこにこ笑った後、リゲイルはまた、自分で調理したキノコを箸でつまみ、今度はアルへと差し出す。
「はいアルくん、あーん」
「え、あ、は、はい……」
 アルは当然のように赤くなったが、頬を染めつつも素直にぱくりとキノコを食べ、
「じゃあ、お礼に、リゲイルさんも」
 よく焼けた、ほくほくの薩摩芋を割って、その欠片をリゲイルに差し出す。
「ありがとう、アルくん。うん、甘い、美味しいっ」
 ルアは黙ってそれを見ていたが、
「とーごおとーさん、僕のも食べて!」
 香ばしく焼けた肉を刀冴に差し出した。
 苦笑した刀冴がそれを食べ、
「……ありがとな」
 お礼として頭を撫でてくれると、にこにこと無邪気に笑って彼に抱きつき、しっかり甘えたあと、ふらりと姿を消す。
 アルはそれを羨ましそうに見詰めていたが、
「……あの、とう……刀冴さん……」
 勇気を振り絞り、首まで赤くなりながら、自分で剥いた梨を刀冴に差し出した。
 刀冴が微笑ましげに、面白そうに笑い、ぱくりと梨に食いつく。
「あ、あの、ぼ……僕も、」
「ん、どした、アル」
「ええと……ですから、その……僕も、頭をなでて欲しいです……」
 これ以上ないくらい赤くなりつつ、素直に希望を言うと、刀冴が晴れやかに笑って、大きな手で頭を撫でてくれた。幸せのあまり、花が綻ぶような笑顔を見せるアルに、刀冴が慈しみの含まれた笑みを向ける。
 その横では、刀冴に料理を取り分けてもらう、茶を注いでもらうなどの世話を焼かれて十狼が感涙気味である。
「若……ご立派になられて……」
「今のこの流れでそう持って行けるお前がすげぇと俺は思う」
 刀冴の呆れ声など、無論十狼には届いていない。
 それを、十狼の隣で食欲魔人ぶりを発揮している瑠意が、苦笑交じりに、でも俺そんな十狼さんが(略)などと呟きながら見詰めている。
 十狼の半身、エルガ・ゾーナはというと、肉が苦手なリゲイルに、こっそり自分の分を分けてもらい、白鳥サイズでそれを堪能していた。
「……リゲイル殿」
 ようやく自分の世界から帰還したらしい十狼が苦笑交じりに声をかけると、リゲイルは固まる。
 好き嫌いはよくない、と、本当は判っているからだ。
「ええと、あの、だから……」
 思わず言い訳を考えるリゲイル。
 それを、並んで座った理月とブラックウッドが微笑ましげに見ている。
「ブラックウッドさん、何か食うか?」
「ああ、そうだね」
 理月が何か取ろうかと声をかけると、魔性の美壮年氏は艶の含まれた笑みを漆黒の傭兵に向け、非常に彼らしい、しかし公衆の面前では少々難のあるオーダーを口にした。
「では君を……と、言いたいところだけれども、さすがにそれは、ここでは憚られそうだから、君のお勧めを二三、見繕ってもらおうかな」
「前者って言われた時点で、悪いけど俺逃げるからな」
 プチビビリ状態を示しつつ真顔で突っ込む理月は、おやそれは残念などと飄々と笑うブラックウッドに脱力を隠せない様子だ。
 昇太郎はそれをきょとんと眺めつつ、刀冴が肉や野菜を焼いてくれるのを素直に喜んで食べていた。
 視線が、アーティストたちが集まる一角に向かうのは、そこに親友の姿があるからだろう。
「……あとで、観に行ってみよかな……」
 などと呟く昇太郎の前に現れたのは、
「あああああアルうううううう」
 ショッキングピンクのゴスロリ衣装に身を包んだルイス・キリングだった。
「……どうしたルイス、その格好は。目に痛いからとりあえず地面に埋まるか?」
 笑顔で物騒なことを言うアルに、愛が足りないわっなどと叫んだ後、
「埋めんなよ!? って、どうしたもこうしたも、お前が簀巻きにするから大変だったんだぞ!? 爆殺人喰い茸には消化されかかるし、服は溶けるし、着替えようと思ったら毒蝶の園に行くしかなかったし!」
 ここ数時間で自分が辿って来た艱難辛苦の道のりを訴えるルイス。
「……地獄菌類に飲まれて被害に遭ったのが服だけ、ってのがルイスだよな、うん」
 妙にしみじみと頷く瑠意に、皆がナチュラルに同意する。
「ううう、ルシーダったら不幸……!」
 思わず、顔を覆ってさめざめと泣きたくなるルシーダちゃんである。
「ほらほら、こっちも焼けたよ、早く食べないと焦げちまうよ、あっはっは」
 ハンナは豪快な笑顔で、笑顔と同じくらい豪快にバーベキューの焼き係に徹していた。
 食べっぷりのよい人、楽しそうに手伝う人たちを見ているだけで、ハンナも自然と笑顔になる。
「ああ、ほらほら、肉ばっかり食べてないで野菜も食べなよ? そうじゃないと大きくなれないよ、あっはっは」
 偏った食べ方をする人たちにお節介を焼きつつ、自分も時々秋の味覚をつまみ、どこからどう見てもゴーユンの蛸足の一本としか思えない巨大なそれを、おやおやいつの間に……などと言いつつ焦げないように引っ繰り返している。
 その隣では、虎の姿のアスラ・ラズワードが、
「がるるるぅー(お前ら、野菜も食えよ)」
 と、鍋奉行ならぬバーベキュー奉行に精を出している。
 その弟のヤシャ・ラズワードはというと、
「肉肉肉肉ぅう――――ッッ!!」
 もう肉しか見えていない。
 そもそも、呪いの進行の関係上、肉には過敏に反応してしまうヤシャだが、同時に育ち盛りでもあるので、食べて食べて食べまくる。
 こんなにたくさんの肉が焼かれているにも関わらず、網に載せられた肉に手を伸ばす人には敵愾心を剥き出しにして、兄のアスラに怒られている。
「だ、だってさー」
「がるっ(仲良くやれ、仲良く!)」
「……はーい」
 渋々頷くヤシャだが、次の瞬間には、ナハトの皿から肉を奪い去り、
「あああっ、テメ、犬っころ! またオレの肉取ったなあああああ!」
「犬っころじゃないっつってんだろ!」
 盛大な争奪戦を繰り広げては、アスラに呆れられ、ハンナに笑われていた。
 ああいつもどおりだなぁと微笑ましげに見ているのは、ペンギンなのに異様に箸の使い方が美味い王様だ。その手でどうやって使ってるんだ、とは突っ込んではいけない。
「ったく、困ったもんだぜ……」
 ぶつぶつとこぼすナハトに、
「まぁ、これでも食べて元気出せ」
 と、香ばしく焼けたキノコや野菜が入った皿を差し出す。
 そこから少し離れたテーブルでは、マツタケ争奪戦ですでに身も心もボロボロのクラスメイトPが、そんな自分を癒すべく割り箸を手にしたところだった。
「キノコ大好きなんだ、こんなに大きいなんて夢みたいだよ! よーし、いっただきま」
 す、を言い切る前に、上からスイカサイズのどんぐりが落ちてきて、クラスメイトPの陣取った机を陥没させ、ついでにキノコを行方不明にしてしまう。
「ええッ、キノコはどこにっ!?」
 思わずきょろきょろ周囲を見渡すクラスメイトP。
「き、気を取り直して、今度は肉をいただこう。よし、ここの、もうすぐ焼け……おうっ!?」
 その途端吹きつける突風、横殴りに襲い来る楓の葉、攫われていく肉。
「じゃ、じゃあこっちの肉、」
「あっPじゃん! って、そこの肉もういい感じだね、いっただきーぃ」
 唐突に来襲した浅間縁が隣の席に陣取り、次々にクラスメイトPが育てていた肉を徴収していく。
 縁には決して勝てないという属性を持つクラスメイトPは、彼女が隣に座った時点で敗者となることが決定していた。
 かくて敗残兵は涙とネギを噛み締め、
「やっぱり銀幕市って楽しいなぁ……」
 などとしみじみ呟くのだった。
 ――この流れでそう思えるのがPクオリティである。
 そして、そんなクラスメイトPを、
「ある意味凄い、というか……尊敬するなぁ」
 同席した相原圭が感心した様子で見ている。
 友人を増やす名目でやって来て、偶然このテーブルを選んだ圭だが、こういうのも悪くない、と思う。
「あ、リチャードだっけ、これ、よかったら」
 そして、他の場所から確保してきたキノコ料理や肉が載った皿を差し出し、
「あ、ありがとう……君の背に後光が差して見えるよ……!」
 クラスメイトPを感涙にむせばせる圭だった。
「いや、そんな、大袈裟な」
 苦笑しながら、自分も香ばしく焼けた肉や野菜や魚介類をいただく。
 ピーマンをコッソリ除けているのは、見て見ぬふりをして欲しい。
 鹿瀬蔵人は、前回蔵美ちゃんになってしまった経験を生かし、毒蝶の園は見なかったことにしてバーベキュー会場の隅っこに陣取っていた。
「あっちのスイーツは美味しいけどね……」
 スイーツがどんなに美味くても、その結果試されるものが男として大事な何かでは、少々割りが合わない。
「ということで、今日はこっちで」
 今日の自分は食べる人、とばかりに、食べることに専念し、時には奪い合いも辞さない構えである。
 大食漢の面目躍如と言うべきか、驚くほどの量を胃袋へ送り込み続ける蔵人から少し離れたテーブルでは、狼牙が目を輝かせていた。
「ウォッ、すっげーなぁ! 色んなもん全部でっかくなってんぞ!? このどっかに松田家(マツタケ)があんのか? ここでニオイを覚えたら、次はおれも探しに行くぜっ。見っけたら2人に食わしてやっからな!」
 皿には肉や野菜(ネギ類除く)が山のように盛られ、よい匂いを漂わせている。
「祝実祭……か。美味しいものが食べられそうだし、前のイベントよりはよっぽどいいよね。まぁ……マリー……じゃなくて、えーと、狼牙のばっちゃんが一緒じゃなきゃ、ホントによかったんだけど……」
 狼牙と同じく、皿に山盛りの料理を載せつつ、シュヴァルツ・ワールシュタットは複雑な表情だ。
 親友の狼牙に誘われて来たシュヴァルツだが、狼牙の飼い主で、シュヴァルツにとっては『姉』に当たる光原マルグリットが同席していることには不満を隠せない。
 何というか、理屈抜きに苦手なのだ、マルグリットが。
 マルグリット本人は、シュヴァルツのそんな不満などどこ吹く風で、
「秋っちゅうと紅葉狩りやら味覚狩りやら毎年爺様と行っとったもんじゃが、こうやって自分がこもぉなって見学することになるたぁ思わなかったの。この歳になって初めて経験することが多いっちゅうなぁ幸せなことじゃ。その時間を大切な家族と共有できるっちゅうのも、のぉ」
 などと、周りの風景や賑やかな雰囲気などを楽しみつつ、毒蝶の園にいる孫を隠し撮りしていたが。
「シュヴァルツとばっちゃんと一緒なんて……おれはなんてヒャッホウものなんだ……」
「あー、それはもしかしたら果報者のことかな……? まぁ、うん、狼牙が楽しいんなら、いいや。ってことにしとこう」
 ふう、と溜め息をつき、大人しく林檎に齧り付くシュヴァルツ。
 狼牙はその溜め息には気づかぬ様子で、景色を楽しみ、よい匂いを楽しみ、美味しいものを楽しみ、忙しなく過ごしている。
 あちこちでいい匂いが漂い、あちこちで幸せな笑顔があふれ、あちこちで笑い声が響く、そんな一時だった。



 4.刺激的な極彩パラダイス

「う、うう……」
 龍樹はレベル1の段階でラスボスの魔王に出くわしてしまった勇者さながらに、心の中でだくだくと冷や汗を流していた。
 頭や身体のあちこちの、体毛代わりの葉が見事な紅葉色なのは、秋になったので樹人である彼も紅葉しているためだ。彼ひとりで非常に風流である。
 しかし、そんなものは今の龍樹には何の関係もない。
 何故なら彼は、地獄菌類の一体を伸して、意気揚々と戻ってきたら、いつの間にか森の娘たちに囲まれていたからだ。
「いや、貴方たち黙って狩られた存在って何かの間違いだろう!?」
「あら、いやだわ、こんなか弱いわたしたちに」
 うふふ、と笑うリーリウムに引き摺られ、毒蝶の園のスタッフスペースへと連れて行かれる龍樹。
 立派な淑女龍子ちゃんの完成まであと数分である。
「け、結構なインパクトですね、これ……」
 盛大に脱力した洸美ちゃんこと綾賀城洸も、
「ええ、何というか……何かが根本的に間違っているというか……」
 思わず何故こうなったのか考え込んでしまうアリスちゃんこと有栖川三國も、
「ってか、オレやらねぇって言ってんだろおおおおおぉ!?」
 絶叫中のクミちゃんこと前戎琥胡も、
「ぼ、僕はただ普通にお茶したかっただけなのにぃいぃ!」
 本当に目の毒だな毒蝶の園って!? と叫ぶ柳紗ちゃんこと一乗院柳も、
「い、いいんだ、レーギーナさんに喜んでもらえるなら、いいんだ……!」
 ぶつぶつと呟きながら自分を必死に誤魔化しているシエラさんことシュウ・アルガも、皆、非常に質のいい別珍即ちビロードで仕立てられた色鮮やかなゴスロリ服を着せられ、メイクまで施されて、見事に漢女化している。
『皆さん、とっても素敵です! このゲートルード、感嘆の溜め息を禁じ得ません……!』
 目に毒の代表格にして毒蝶の園の漢女長、ゲートルード姫が、ごつい凶悪な顔を感動と恥じらいと喜びに上気させ、金の目を潤ませて、可愛らしく手を合わせている。
「こここ怖いッ怖いですゲートルードさん! そ、そうだ……これはきっとキノコの幻覚で現実じゃないんだ、そうに違いないッ!」
 姫からはなるべく目を逸らしつつ、毒キノコそのもののカラーリングのテーブルに頭を打ち付ける柳紗ちゃんを、同じ被害者たちが涙ながらに見詰め、背中を叩いたり犬に噛まれたと思って……などと慰めたりしている。
「でも、こうなってしまったからには、やるしかありませんし」
「そうですね、そもそも僕も、接客の基本を学びに来たわけですし……ちょうどいいかも」
「オレは……まぁ、レーギーナさんが喜んでくれるなら……」
 洸美ちゃんとアリスちゃんが何となく絆されて接客に向かってしまい、シエラはとっても素敵よと微笑む女王の視線に急かされて接客用のトレイを手にしてしまう。
 ある意味、麻薬のような空間である。
 どうしても抗えないという点で。
「なんでオレが……」
 クミちゃんも、ぶつぶつと何ごとかを呟いた後、
「……しかたねぇ……こーなったらやりきってやるぜぇえ……!! ……いらっしゃいませぇ、ご主人様ぁ!」
 声をワントーン上げ、きゃっぴきゃぴの漢女として、接客へ突貫して行く。
「……案外やるよな、オレ」
 ヴィクトリアという源氏名をつけられて、ノリノリで接客をこなすのはウィズで、彼は、自分が、華やかなゴスロリ服でも着こなせるという事実にかなり満足していた。
 お客で賑わう毒蝶の園を観察し、今後の海賊喫茶の営業に活かそうと脳内メモを忘れない。
「今度、ウチで女装フェアってのも面白いかもなぁ」
 ヴィクトリア嬢が、他の団員から盛大な悲鳴が上がりそうなことを思いつつ、笑顔で接客し、悪ノリを発動させて知り合いのお客を妖しく誘惑しているところへやって来たのは、ウィズに招かれて会場を、ひいては毒蝶の園を訪れた梛織だった。
「えーと……ウィズさんは……っと」
 目に痛い毒キノコテーブルにつき、きょろきょろしながらウィズを探していた梛織は、ちょうど通りかかったゴスロリ衣装の店員さんを見つけて、ひとまず飲み物を注文……
「あ、すみません、コーヒーをひと……えぇえ!?」
 しようとして声を引っ繰り返らせた。
「あら、お帰りなさいませ、ご主人様」
 妖しい魅力を振り撒きつつ微笑んでいたのが、
「う、う、ううううウィズさん……!?」
「今はヴィクトリアなのよ、似合うかしら?」
 ウィズ改めヴィクトリアだったのだから当然だ。
「……それで、ナオミさん」
「え、な、何……ってウィズさん名前間違って……」
「折角だから、一緒に働きましょう、ね?」
「いっ!? いや、ちょ、あの……」
 拒否する暇もあらばこそ。
 わらわらと湧いて出た森の娘たちにスタッフスペースへと引き摺られていく梛織、響く悲鳴、爽やかな笑顔で頑張ってーと手を振るヴィクトリア。そんなプチ阿鼻叫喚。
 ナオミちゃん再誕まで、あと数分。
「お……お帰りなさいませ、ご主人様。あの、お飲み物は何に致しますか……?」
 ルークレイル・ブラックが、ルンルンという源氏名で、羞恥心を堪えつつ接客に精を出す羽目になったのは、以前カレークエストの賞品として進呈された象のメアリの食費がかさんで団内で問題になったためだ。
 食費は自分で稼げ、と、ウィズに強制連行されたわけだが、
「ルンルンちゃん、大股で歩いちゃ駄目よ、はしたない! もっと、淑女としての自覚を持つの!」
 ヴィクトリア嬢から厳しい叱咤の声がかかり、ルンルンは淑女じゃないから無理だという悲鳴を飲み込んで歩き方を修正する。メアリの飼い主であるルンルンに拒否権などないのだ。
 ……正直、顔から火どころか血が出そうなほど恥ずかしい。
 にこやかな接客など出来るはずもなく、無口で無愛想な対応になってしまうわけだが、ツンデレも悪くない、と、目こぼしされている現状である。
 本人は、ツンデレでもないと叫びたかっただろうが。
「きゃーっ、素敵ね、皆とっても素敵!」
 ジュリアことジュテーム・ローズは、ヴィディーヌことヴィディス・バフィランとともに毒蝶の園を訪れ、ゴシック&ロリータ衣装に身を包んで上機嫌だった。
 ちなみにヴィディーヌちゃんは、ジュリアちゃんに巻き込まれ、ほぼ無理やり引きずり込まれた被害者である。
「カフェで給仕は慣れてるけど……」
 ヴィディーヌは首まで赤くなっていた。
「スカートとかパッドって、何だよ……!」
 無論、女装経験などない彼に、現在の出で立ちは試練である。
「あら、そんなこと言わずに。似合ってるわよ?」
 ジュリアの賛辞も恥ずかしいだけだ。
「う、嬉しくな……うん?」
「どうしたの、ヴィディーヌ?」
「いや……」
 滑らかな手触りの別珍でしつらえられた、赤紫色のゴシック&ロリータ風ワンピースは、裾や袖口をかがるレースの繊細さ、ところどころを飾るリボンやフリルが幻想的に美しい逸品だ。
 そのことに気づき、仕立て屋としてのヴィディスの魂に火が着いた。
「へえ、いい仕事してるな……」
 材質、デザイン、仕立て、そのどれもに、興味をそそられずにはいられない。
 思わず自分も、この場所に合う服を作るなら……などと勉強を始めてしまうヴィディーヌに、ジュリアがお茶と薩摩芋で作った和風タルトを持って来てくれる。
「あ、美味い」
 素直に感心し、
「うん、まぁ悪くないかも……いやいや」
 思わず絆されかけて、そんな自分を叱咤するヴィディーヌである。
「マツタケ狩りではとんでもない目に遭ったし、ここはひとつ、知ってる奴と一杯やろう……」
 レイはぐったりしながら毒蝶の園を訪れていた。
 とんでもない目のあれこれは思い出すだけで胃が重くなるので記憶から追いやって、視線を巡らせると、その先に知り合いの刑事、サムがいる。人ごみに紛れて首から上しか見えないが、なにやら顔色がよくない。
「あ、サムじゃん。……疲れてるように見えるのは気の所為か?」
 首を傾げつつ、折角酒の肴もゲットしたことだし、と、
「おおい、サム! マツタケで一杯や……」
 語尾が虚しく消える。
「さ、ささささサムさんどうなさったのそれ!?」
 声が裏返り、妙な敬語になる。
「……皆まで言わないでくれ……」
 アンニュイな溜め息をつき、遠くに視線を流して現実逃避中のサムは、白いレースが大変美しい、どう考えても男性という性別で手を出してはいけない類いの衣装を着せられていた。
 裾が短いのがとっても気になる。
「ま、まさか、」
 不吉なものを感じてレイが身を翻すよりも早く、
「あら、素敵な方。サム子さんのお知り合い?」
 神出鬼没どころではない唐突さで、背後に、森の女王が立っていた。
「そう……レイチェルさんと仰るのね」
「え、ちょ、違、」
「ちょうどいいわ、衣装がまだたくさん余っているのよ、ご一緒にどうかしら」
 どうかしらもこうかしらもない、と突っ込む暇もなく、クール美女レイチェル降臨と相成るのである。
「大家のばあちゃんの飯は美味いからなぁ」
 そのころ、ジム・オーランドは採ったマツタケをマツタケご飯にしてもらって持参し、それを肴に楽しい一時を過ごしていた。
 うっかり毒蝶の園に踏み込んでいるジムだが、特に気にするでもなく、炊き込みご飯やバーベキュー、そしてスイーツなどを堪能している。
 毒蝶な漢女たちにも、案外似合ってんなぁなどと思っていたジムだったが、
「……うん?」
 大層見慣れた姿をその中に見い出して、ぶっと噴き出した。
 光沢のある布地で出来た、裾の短い、レースやフリルやリボンの装飾が大変華やかでフェティッシュな衣装に身を包み、ブロンド縦ロールのかつらまでかぶせられているのは、メイクで化けていたとしても、相棒のレイ以外にあり得なかった。
「レイじゃねぇか!」
「げっ、ジム!?」
 顔を引き攣らせる相棒の姿に、ジムは爆笑する。
「ぎゃはははは、おめー、それは似合いすぎててきしょいわっ!」
 酔いもほどよく回って、超ご機嫌である。
「なんか手足がリカちゃんっぽいよな!」
「ううううるせえええぇっ!!」
 余計なことを言い、半泣きのレイチェルにドロップキックを喰らうジム。
 吹っ飛びつつも、やはり笑っている。
「うう、なんでこんなことに……」
 黒瀬一夜は、ひとり暮らしの学生として、美味しいものを食べる好機、とばかりにやってきていた。
 マツタケも進呈し、それが美味しくなって戻ってくるのを楽しみにしていたのだが、何故か女王と目が合ってしまい、必死で逃走を図ったが叶わず、今に至る。
 パッドでボリュームを持たされた胸、パニエで可愛らしく膨らんだスカート、レースの靴下、繊細で少し妖しさを孕んだメイク、頭には、黒髪を引き立たせる鮮やかな赤のレースのリボン。
「さやが見たらなんと言うか……というか、あの馬鹿にだけは死んでも見られたくない……」
 ばれないためにはなりきってしまうしかない。
 今の自分は美夜子なのだ、と己に言い聞かせながら、悲壮感すら漂わせて必死で給仕をする彼(女)が、儚げで美しい……と評判になってしまったのは、不本意以外のなにものでもなかっただろう。
「いやあ、相変わらず凄いですねぇ」
 神月枢はそれらを笑顔で観察しつつ、ルイーシャ・ドミニカムがお茶を入れてくれるやわらかな手つきに見入っていた。
「洋梨のタルトを作ったんですのよ、どうぞ召し上がって」
「そうですか……では、ありがたく」
 実は簡単なお弁当を作って持ってきていた枢だが、ルイーシャがお菓子を出してくれたので、何となく自分の分は出さずに置いてある。
 どうぞ、とお茶を出してくれるルイーシャに、相変わらず大人しいというか大人びたお嬢さんだ、と思いつつ、枢はタルトにフォークをつける。
「ああ、美味しいですね。洋梨の香りがとてもいいです」
「本当ですか? よかった、そういっていただけたら嬉しいですわ」
 はにかんだ笑みを見せるルイーシャは、とても可愛らしい。
 和やかな空気が、ふたりの間に流れる。
 と、その近くでは、
「だから、俺は理子ちゃんじゃねぇって……!」
 理月と間違われてとっ捕まった月下部理晨が、真紅のゴシック&ロリータ服を装わされて半泣きになっている。
 上背も筋肉もあるが、すらりとした細身なので、それほど違和感がないのが恐ろしい。
「あら、理月さんの中身さんなのね。じゃあ……理佳さんでどうかしら」
「どうかしらってどうにもならねぇだろそれ! 三十七歳・男にこれって、明らかに何かへの挑戦だっつの……!?」
 理佳という源氏名をゲットしてしまい、血を吐きそうな顔をしている理晨の前に、いきなりランスロットが跪く。
 質のいいスーツに身を包んだ男装の麗人がそういう仕草をすると、なんとも倒錯的な美しさがある。
「え、ちょ、ランスロット、何……」
「ああ、理晨……わたくしのグウィネヴィア。貴方の美しさに、わたくしの魂はすべて降参し、恭順を誓ってしまいそうです。かくなるうえは、貴方の永遠の奴隷として、生涯を貴方に捧げるしか、方法はありません」
 わなわな震える理晨姫の手を取り、その甲に口づけて、熱っぽく永遠の愛を本心から誓うランスロット、本気で泣きそうになる理晨。
「うん……でも、似合うな」
 ハリス・レドカインは真顔でそんなことを呟き、薫り高い紅茶をいただきながら理晨姫を愛でていた。
「ええ、とても可愛いですよね」
「そうだな、その点においては、否定する要因が見つからない」
「理晨は何を着ても似合うからな」
「ああ、ホントに似合ってる。眼福ってヤツだよなぁ」
 後光が差すような美しい笑顔の唯、完全に真顔のハリス、明らかに本気と思しき笑顔のイェータ、どこまでも真剣な刃に褒め殺され、理晨の目尻に涙が浮かぶ。
 肌の色が黒っぽい褐色なのでなかなか判らないが、恐らく首まで真っ赤になっているだろう。
「ううう、お前らなんか嫌いだ……ッ」
「おや、そうですか? 私は理晨のことを愛していますけど。……ああ、それに、いつもの理晨の方が素敵ですよ、勿論」
 唯の美しいフォローに詰まる理佳ちゃんである。
 沙闇木鋼はそれを愛でながら、友人のヴァールハイトと一緒にモンブランタルトと紅茶のティータイムを楽しんでいた。
「あァ、似合ってるぜ、本気で嫁に攫いたくなる。なァ、ジークフリート」
「ん? ああ、そうだな、今すぐ教会に駆け込みたい気分だ」
 無表情ながら実は割と本気のヴァールハイトは、
「うるせぇこの馬鹿ジークっ!」
 半泣きの理晨姫に八つ当たりで殴られ、まったく馬鹿力めと頬を押さえつつも、
「ははは、まぁ、そう照れるな」
「照れてねえぇっ!」
 確信犯笑顔でフォローにならないフォローを入れるのだった。
 一方、バーベキュー会場から移動した昇太郎は、
「はは、楽しそうやな」
 アーティストたちが集うスペースにて、楽しげに絵を描いている親友の姿を微笑ましく眺めていた。
「……ん、なんや、寒気が……」
 気づいたときにはもう遅い。
「そういえば、前回は源氏名をつけるのを忘れていたわね」
 楽しげな声が響くと同時に、身構えることも出来ないまま捕獲され、あっという間に剥かれて、臙脂色のゴスロリ衣装をまとわされてメイクまで施されてしまう。
 神業と言うしかない、見事過ぎる手際に、落ち込むよりもまず呆然とする昇太郎である。
 スカートからはみ出た素足がスースーするのもとりあえず現実逃避気味に放置しておく。
「『昇』の文字がとても素敵だから……お名前は昇華さんにしましょうね」
 しましょうねなどと言われてもまったく嬉しくない。
 誰かに見つかる前に隠れよう、とおろおろしていた昇華ちゃんが、異様に目敏い親友に見つかるまで、あと十分。

 そんなプチ阿鼻叫喚があちこちで展開される、毒蝶の園での出来事である。



 5.歌は響き、絢は舞い踊る

 午後の太陽光が、赤や黄色や金銀の葉を照らし出し、葉脈をくっきりと浮かび上がらせる。
 空は高く青く、手を伸ばせば届きそうな深さをも同等に含んで、目を射るほどの明るさでどこまでも広がっている。
 HAZELは、何種類もの色鉛筆を使って、スケッチブックにひたすらそれらの風景を描き続けていた。
「光、空、青、赤、白……」
 呟き、色鉛筆を走らせる。
 彼女には、周りは見えていない。
 バーベキュー会場の喧騒は遠く、HAZELの周囲には、静けさだけが満ちている。そのくらい、没頭している。
「そして、私……」
 たくさんの色で埋め尽くされたその光景に、今度は、スケッチブックでその風景を描いている自分を描く。
 そうすることで、彼女の世界は完成するのだ。
「こういう題材も、悪くねェ」
 ミケランジェロは、巨大な壁のような樹の根っこに、踊るような動きでギラフィティアートを描き付けていた。
 全員がミニサイズ化しているため、樹の根も、巨大なドラゴンのように見える。
 そのごつごつとした一角に、凹凸や風合いを活かしながら、朝日の照らし出す水平線や、朝靄に包まれる森林、躍動する人体、肉食獣の美しい身体、風に揺れる花や舞い飛ぶ羽根、そんなものを、次々に、飽きることなく描き続けている。
「……ん?」
 そんなミケランジェロの視線が、臙脂色のワンピースをまとった人物に吸い寄せられる。
「昇太郎、か……?」
 今は昇華ちゃんだ。
「み、ミゲル……!」
 どうにかして隠れようとして果たせなかったらしく、見つかってしまった、的な顔をする昇太郎を、ミケランジェロはまじまじと見詰め、
「意外と似合うよな」
 と、割と本気で褒める。
 本心からのことで、他意はなかったのだが、
「まったくもって喜べんわ、それ……!」
 ダメージが倍増したらしく、倒れそうになる昇太郎だった。
 そんなある種の悲劇をよそに、
「ふう……」
 ベルとともにやってきた朝霞須美は、お菓子の森へ出かけていくベルを見送った後、小さな溜め息をついて美しい紅葉を見詰めていた。
 翼を背に負った青年が、
「よう、暇だったらちょっと付き合わない?」
 同じ翼人であるマリアベル・エアーキアをナンパしている。
 マリアベルは、葛城詩人と一緒に来て、音楽を弾く面々を眺めやりながら、のんびりとお茶をしていて、イェルク・イグナティに声をかけられた。
「ごめんなさい、連れがいるのよ。それに私、他に好きな人がいるから」
 にこやかだがきっぱりとした拒絶に、イェルクはかえって興味をそそられたようだったが、そこへ、
「マリア、オレも好きだぜ!」
 他のメンバーとセッションをしていた詩人が物凄く堂々と告白し、それを聞いたマリアベルは嬉しそうに微笑む。
 いつもはさんづけなのだが、今回は情熱が溢れ出たのか、呼び捨てだ。無論、マリアベルは気にしていなかったが。
 須美はそれを、少し羨ましく思っていた。
「……言ってほしい人は、いるんだけど」
 なかなかつながらない、なかなか伝わらないものを心といい、思いと言うのかも知れない、などと思いもするが、
「くよくよしていても、始まらないわね」
 湿っぽさを吹っ切るために、持参したヴァイオリンを取り出し、友人である詩人やディズの元へ歩み寄って、セッションに加わる。
「何を演奏するの?」
「さあ……何がいい?」
 ディズは須美と詩人にウィンクをして相棒のブルーノを掲げた。
 響き渡る音は、まさに神に捧げるためのもの。
 詩人がエレキギターなので、かなりロック色は強いが、須美のヴァイオリンの優美さ繊細さ、ディズのトランペットの華やかさとが加わって、砕けた、ジャジーな、軽快で楽しげな音楽が、周囲に満ちあふれる。
 サキとディーファ・クァイエルもまた、そこに加わったひとりだった。
 サキにとって、ヴァイオリンは魂であり、父の面影だ。
 彼女が弦に弓を滑らせるたび、心の強さを音に乗せたような、強く儚く、滑らかで繊細な、しかし芯のある『音』が、セッションの中に融合し、美しい音楽となって奏でられていく。
 ディーファは姉のようなサキの隣で、響き渡るメロディに合わせ、心に浮かぶ言葉を、旋律をかたちにして、歌として謳い上げていた。
 謳うことはディーファの演奏だ。
 そこには、心が、魂がこもっている。
 サキに、自分を愛してくれる人々に出会えたこと、この場所に来られたこと、それらすべてに感謝するように、透き通った雪の結晶の如くに儚い高さの声を、空高く遠くまで届くようにと響かせる。
「悪くない。……どこまでも音が満ちている……とても心地いい」
 シフェ・アースェも、音楽に惹かれてこの場を訪れたひとりだった。
 普段はあまり歌いたがらないミンネゼンガーは、しかし、この雰囲気に、そんな自分を曲げてもいいかと思い、ミュージカル・ボウの素朴な音色を響かせながら、美しいコトノハをメロディの中に泳がせている。
 彼は森を守るものでありながら精霊の声が聞こえず、それゆえに森を追われて、精霊を恐れるようになったが、それでも、今この時ばかりは、もしも音楽に精霊がいるとしたら、それはこのような場に集うのだろう、などと思っていた。
「何と美しいのだろう」
 神畏=ニケ・シンフォニアータは、奏でられる音楽に目を細め、それに酔いしれていた。
「人の子の、そして人の子の築く世界の、何と力強く美しいことか」
 やがて自分もまた、神々しくすらある音の中に足を踏み入れ、神の言葉で歌を紡ぎ始める。
 神の言葉は人の子の耳にはかたちをなして聞き取れないが、それは強い力となって、秋の景色を一層輝かせ、太陽を燃え立たせる。
 そこには言霊が満ち、魂が満ちていた。
 音楽家たちの喜びと充足が。
 吾妻宗主は、それを聴きながら画板を広げていた。
 出で立ちが宗良さんなのは、先刻まで女王にとっ捕まって毒蝶の園で働かされていたからだが、『楽園』の新作タルトのレシピと、一緒にとっ捕まった来栖香介の、香子ちゃんな写真をもらえることになっているので、特に問題はない。
「ああ……いいね。とてもいい。命がひとつになっているのが、見えるよ」
 コンサート会場になっている一角も、バーベキュー会場になっている一角も見渡せる、明るく開放的な場所で、宗主は絵筆を滑らせる。
 脇には、『楽園』のお茶が詰まったポットと、毒蝶の園で分けてもらってきた林檎のビスケットが置かれている。
 あの空を、あの青を、そしてあの命たちを完璧に写し取ることは、恐らく出来ない。
 それはどこまでも純粋なNevermore。
 ふたつとなくまたとない、実存ゆえの美だ。
「それでも、『今』を切り取ろう……いずれ来る日のために。今は、歓びとして」
 穏やかに笑い、宗主は日常を描き続ける。
「くそ、散々だ……」
 一方、本当は地獄菌類に喧嘩を売りに来たはずが、あれよあれよという間に香子ちゃんにされてしまった香介は、適当に逃げ出そうと思っていたところを義兄に捕まり、濃厚なる一時を強制的に味わわされた。
 ぐったり疲れながら魂を飛ばして接客し、ようやく解放されてみれば、周囲に音楽が満ちている。
 音楽は香介にとって呪いだ。
 どうしようもなく憎悪すると同時に、どうしようもなく愛している。
 空気中に満ちる充足と歓びは、香介に感慨を抱かせはしないが、様々な楽器、様々な音、様々な声が入り混じったその音楽は、香介の心をざわめかせ、湧き立たせ、昂揚させる。
「……ストレス発散に、なる、か……?」
 呟きつつ、息を吸う。
 ――そしてまた、あふれ出す、神の音楽。
 香介の歌声は、麻薬のようだ。
 人の心を酩酊させるそれが、セッションによって紡がれる音の塊と出会い、更なる高み、更なる深みへと至ってゆき、滔々、殷々、津々と、高く低く妙なるメロディが絡み合い、ひとつの生き物のようになって、森全体、杵間山全体を包み込む。
 それを、バーベキュー会場の人々が、食べるのを忘れて聞き惚れている。
「素晴らしいね……とても、素晴らしい。こんな機会は、滅多にあるものじゃない」
 エドガー・ウォレスは、毒蝶の園の隅に設けた茶席で、薄茶を点てながら目を細めてそれを聞いていた。
 幼少時に母から教わった、表千家系の茶道を披露し、気軽にお茶を楽しんでもらおうというもので、これも立派な芸術である。
 ちなみに、茶席に花が生けられていないのは、秋の森が美しいためだ。
 侘びを尊ぶべきそれに、余計な付け足しは要らないのだ。
「ああ、これは向こうの、お菓子の森で採集して来たんだけど」
 と、繊細な細工のなされた和菓子の花を小皿に載せて、目の前に座る森の女王と秋の女神にそっと出し、
「自然を愛し、四季の移ろいを慈しむからこそ、茶の湯というものが確立されていったんだろうね」
 などと話しながら、ほどよく仕上がった茶を、味のある茶碗とともに供する。
「ええ……そうね、自然の美しさは、常に、わたくしたちの心を楽しませてくれるわ」
「いかにも、それは世界の根本ゆえ」
 エドガーのもてなしに、女王と女神が麗しく微笑む。
「エドガーさんのお茶には、心があるのね。なんて温かくて、胸に響くのかしら」
 エドガーもまた微笑み、小さく頷く。
「そういえば……」
「どうなさったの、エドガーさん?」
「いや、毒蝶の園の漢女たちは、本当に美しいなと思ってね。衣装も素敵だし、あの立ち居振る舞いも素敵だ」
 悪気一切なしに褒め殺した後、
「和服の美(漢)女がここに座ると絵になるだろうね」
 などと笑顔で言うエドガーに、無論漢女たちは誰が座るかァと心で突っ込んだが、
「あら、素敵ね。どなたか捕獲……もとい、お連れしようかしら」
 女王の確信犯愉快犯的笑顔に、蜘蛛の子を散らすように逃げていくのだった。
 そして、まったく別の意味合いで芸術を堪能するのが兎田樹だ。
「むみぎっ(朝露に濡れる朝掘り人参は何物にも代え難く美しいんだよっ)」
 樹は、いい汗とともに巨大人参を掘り起こしてはみはみし、おまえは本当に悪の幹部なのかと突っ込まれそうな萌え場面を提供した後、
「むむみみぎっ!(そして秋は芸術で、この前衛的ペットボトルロケットの美しさは、まさに『芸術は爆発』なんだよ!)」
 理科の実験でもお馴染みのペットボトルロケットを改造したものを、空に向けて発射しては悦に入っている。
 たっまや〜、という、掛け声とも発射音ともつかぬ微妙な音がして、空にぽひっと言う音と白煙が上がる。
 そこから一瞬遅れて聞こえて来る、ぎゃーという断末魔めいた悲鳴。
「もぎ?(あれ、今悲鳴が……)」
 首を傾げつつ、次なるロケットの発射準備に勤しむ樹の周囲を、
「またあなただったのね、兎さん」
「困るわ、営業妨害よ」
「本当。お客様に当たりでもしていたら、腹を掻っ捌いていただくところだったわよ」
「ほら……ご覧なさい、頭の天辺からあなたのロケットを喰らって、可哀想にサム子さんは彼岸を見ておられるわ」
 仄かに恐ろしい台詞を交えつつ、ゴスロリ衣装に身を包んだ神聖生物たちが取り囲む。
 森の娘の筆頭・リーリウムの腕の中には、頭に瘤をこしらえてぐったりとしたサム子ことサムの姿がある。どうやら、樹が放ったペットボトルロケットが直撃したらしい。
 しかし、多分彼岸を見てるのは別の原因だよね、とは、サム子さんと同じ被害者の誰も突っ込めなかった。当然、自分が巻き込まれるのが怖かったからだ。
「むむみぎっ(え、えーと……)」
 思わず固まる樹の目の前で、
「この落とし前はつけてもらわなくては」
「そうね、どんなお仕置きがいいかしら?」
「……うふふ、楽しまなくちゃね」
 碌でもない言葉を発しつつ、森の娘たちが樹へと距離を詰めていく。
 兎さんがどんな無体な目に遭わされたかは、各自の想像力にお任せする、ということで。

 一部に碌でもない阿鼻叫喚を含みつつ、森には波間のうねりの如くに、奇跡のような音楽があふれ、画家たちの指先は今という一瞬を真っ白な画材の上に描き出し、活き活きと表現していく。
 確かに輝く時間、そんなものを体現した一時だった。



 6.眠りの季節の前に


「おお、そうであった」
 不意に、アウトゥンノが声を上げ、侍従である妖精たちに何ごとかを指示すると、
「マツタケを提供してくだすった御仁らに、礼をさせていただかねばなるまい」
 その言葉とともに、妖精たちが、金色に光る葉っぱが連ねられた、繊細なブレスレットを手に集まる。
「この場に美味なる彩りを与えてくだすったこと、感謝するわえ」
 太助に、レモンに、浅間縁に、晦に、ガルム・カラムに、有栖川三國に、ハウレス・コーンに、津田俊介に、桑島平に、新倉アオイに、真船恭一に、黒瀬一夜に、三月薺に、透き通る羽を持った妖精たちが、金葉のブレスレットを恭しく差し出し、手渡していく。
「秋の日没の、あの眩しい光を閉じ込めたものじゃ。この光が、貴殿らを照らし、艱難辛苦に落ちる暗闇を、均しく暖めてくれるように」
 女神が言うと同時に、ざっと風が吹いた。
 風は冷たく、どこかシンとした、寂しい匂いを含んでいた。
 誰もが、そのにおいに、冬の訪れを思わされる。
「それと同じく、今日この場に集ってくださった皆に感謝を。楽しい一時を共有された方々に、均しく幸いのあらんことを」
 眠りの季節は、少しずつ近づいてくる。
 冬は、もう、間近だ。
 だが、熱気は続くだろう。
 銀幕市には、熾き火のようにそれが満ちている。
 秋女神が、もうしばし宴を楽しまれよと言葉を締めくくるのを見届けてから、皆に囲まれて幸せそうにしているヴォルフラムを微笑ましく眺めた後、ジラルドは会場を歩いていた。
「おっ、アレグラじゃん。元気してるか?」
 そこで、前の祀典で一緒に海遊びをした少女の姿を見つけ、笑顔になる。
 アレグラの方でも一応覚えていてくれたようで、彼女はびしりと手を挙げた。
「おお、地球人……ではなく、汁だったか、ここで会ったが百年目だな!」
「汁じゃなくジルだけどな、うん、久しぶり」
 アレグラの微妙に間違った物言いを華麗にスルーし、ジラルドは微笑む。
「あっちで、取れた果物を使ったスイーツが食えるらしいぜ、一緒に行かねぇか?」
「む、そうか、では冥土の土産に付き合ってやるとしよう!」
「はは、ありがとよ」
 笑ったジラルドがアレグラの手を取って歩き出そうとした時、
「そこの貴様、何の真似だ! 幼女誘拐か!? そのような羨ましい……もとい、不埒な真似は許さんぞ!」
 不思議な得物を手にした、超ナイスバディな美女が、脳天から湯気を立ち昇らせんばかりの勢いでこちらへ向かってくるのを見てぱちぱちと瞬きをした。
「……知り合いか、アレグラ?」
 金眼の少女を見下ろすと、アレグラは妙に大人びた、諦観めいた溜め息をつき、
「ラーゴ、馬鹿な真似は止せ! まったく困った奴だ!」
 そこだけは間違わずにラーゴを制止し、その途端にラーゴが動きを止めたので、ジラルドはまたぱちぱちと瞬きをする。
「む、アレグラ、しかし……」
「いいか、銀幕市の人たちは、皆、いい人ばかりだ。アレグラはかーちゃんも皆も大好きだ。だからラーゴ、ここではいい子にしてろ、いいな!」
 偉そうな物言いだったが、ラーゴは、自分を嫌うアレグラが銀幕市について話してくれるので笑顔だった。
「む、むう……そうか、アレグラが言うのなら……」
「わかればよろしい。それなら、お茶の時間とやらにさそってやってもいいぞ」
「ほ、本当か!」
 思わず目を輝かせるラーゴ。
 どちらが年上か判らないが、幸せそうな光景だ、と、ジラルドはのんびり思った。
 銀幕市だからこそ許されるそれを、今のうちに楽しめばいい、とも。
 その脇を通り過ぎていくのは、水の球に包まれた藍玉と津田俊介だ。
「……綺麗ね」
「ああ、うん……綺麗だね」
 藍玉と俊介は、前の祀典でプレゼントされた指輪の礼をしに行った後、ふたりで連れ立って紅葉狩りに来ていた。
 赤々と燃える森に、視線が釘付けになる。
「あれ、藍玉、どうかした?」
 湧き水のある場所で、人魚の姿に戻った藍玉が、自分に触れない程度の距離を保っていることに気づき、何かしただろうかと尋ねてみると、
「シュンスケ、人外の者に触れられるのは苦手だと思ったから」
 という答えが返り、俊介は首を横に振った。
「ち、違うって、そういうわけじゃ……」
「……本当に?」
 くす、と笑った藍玉が手を差し伸べる。
 俊介はごくりと生唾を飲み込み、恐怖で竦む身体を必死に動かして藍玉の手を取った――……つもりが。
「きゃっ」
 気づけば、勢いがつきすぎて抱き寄せていた。
 予想外の事態に硬直する俊介。
 藍玉は、大丈夫なのかと心配しつつ、俊介の胸に耳を当てて、彼の鼓動を聴いていた。故郷の波の音に似ていると、郷愁とともにふるさとの海を思う。
 そのまま、何分、何十分か経っただろうか。
 俊介が身動きできずにいるところへ、
「おやおや、お熱いねぇ」
 茶化すように声をかけたのは、吸血鬼の始祖たるエドウィン・ゴールドマンだった。
 エドウィンは、あの俊介が人外を連れていることに興味をそそられて後をつけていたのだが、硬直したままぴくりとも動けずにいる俊介になんとも甘酸っぱい気持ちになり、太助舟を出してやることにしたのだ。
「何、シュンの恋人? いつの間に?」
 にやにや笑いながらエドウィンが茶化すと、
「そ、そそそそそそそそれは……ッ!」
 真っ赤になって慌てふためき、俊介がようやく藍玉から離れる。
 くすくすと藍玉が笑った。
「いつの間にか、そんなに大胆になってたんだねぇ、何だか嬉しいよ。こういう時って、お赤飯炊けばいいんだっけ?」
「炊かなくていいからっ!!」
 全身全霊で突っ込む俊介に笑い、エドウィンは藍玉を抱き上げた。
 そして、
「僕よりシュンがした方がお似合いだからね!」
 と、藍玉の華奢な身体を俊介の腕に押し付け、自分は、後はごゆっくり〜などと言いつつ離れていく。
「……」
「……」
 見詰め合うふたり。
 一瞬あとにふわりと笑ったのは藍玉で、照れて頬を染めたのは俊介。
 仄かに甘い、やわらかな空気が流れる。
 その傍を通り過ぎていくのは、悪魔然とした出で立ちの中に、紛れもない母性を漂わせたゼグノリア・アリラチリフで、
「ふふふ……よい季節じゃのう」
 彼女は、ゆっくり歩きながら、秋という季節すべてと、皆が楽しく過ごしている空間そのものを満喫していた。
「この秋の色彩を、出来ることなら見せてあげたかったのう」
 凛冽さを増してきた空気を撫でるように指を宙へと滑らせた後、慈しむように、丸みを帯びた腹部に触れる。
「澄み行くこの空気は、届いているかの……?」
 赦されぬ子は、世界に生まれ出ることを赦されぬがゆえに、いかなる衝撃にも、寒さにも耐えられると知ってはいるが、ゼグノリアは母として、生まれ得ぬと知りつつも、腹の子のためにひざ掛けを編み、冬に備えている。
「それでも……」
 青々と、恐ろしいほどに高く澄んだ、秋の空を見上げてゼグノリアは微笑む。
「この街でならば、出会うことを赦されるのだろうか?」
 故郷では、子の名を望むことすらなかった。
 しかし、この街でならば。
 きっと皆が、ともに望んでくれる。
 きっと、ともに喜び、ともに考えてくれるだろう。
「もしも……出会えたなら、私は」
 一体、何と言って、我が子を抱くのだろうか。
 などと、他愛のないことを思って、ゼグノリアは、笑った。
 今は、今ならば、それは、恐らく、夢想ではない。
 そんな気がしていた。

 季節は少しずつ移り行く。
 大地は、世界は、暗く冷たい季節に向かい、徐々に静けさを増していく。
 それを知ってか、それともそんな静けさなど吹き飛ばしてしまおうというのか、杵間山の賑やかな宴は、まだもう少し、続いていく。
 終焉への予感を、様々な危機を、たくさんの別れを孕みつつも、今はただ、幸せな熱気が、満ちている。

クリエイターコメント大変お待たせいたしました!

毎度遅くなりまして申し訳ありません、パーティノベルのお届けに上がりました。

総勢153名様にご参加いただきまして、大変楽しく描かせていただきました。
参加者様たちの、賑やかで楽しい、ほのぼのと幸せな、大騒ぎの、しんみりと静かな、それぞれに充実した一時を、それぞれに色鮮やかに描けていれば幸いです。

あちこちでネタを提供していただきましたので、それもウヒヒと怪しく笑いつつ、美味しく書かせていただきました。某様や某様や某様や(以下略)、その節はどうもありがとうございました、ご馳走様でした。

再度お届けが遅れましたことをお詫びしつつ、皆さんに楽しんでいただけるよう、祈っております。

それではまた、次なるシナリオでお会い出来ることを祈って。
公開日時2008-12-20(土) 23:00
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